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お昼に起きた。久々に遅くまで寝てしまった。 食事を取ろうと階段を下りると、お昼に仕事から帰ってきた親がお昼ご飯を食べようとしていた。献立はごはんと漬物と、コロッケ。 コロッケにはすでにソースがかかっていて、まさに今から食べられようとしていた。寝ぼけ眼でそれをチラッと見て、僕はチキンラーメンの袋を取り出し、お湯を注ぐ。 ごはんはあるので、ラーメンをおかずに食べるつもりだった。 すると、親父が「このコロッケ、食べろナ〜」と言う。たぶん僕がコロッケ好きだから遠慮したのだろう。「いや、いいよ」と僕も遠慮する。こちらは休日、父はこれから午後も仕事があるのだ。 すると親父は「おれはな、昔から目玉焼きがすきだったんだ」と、意味不明なことを言う。 そうして父のコロッケは、なし崩し的に僕の目に置かれ、僕は充分ソースが染み込んだコロッケに「ごめん」と思いながら箸をつけるのである。 + + + 僕が10代のころ、父は「THE」という定冠詞をつけたいほど暴力的な存在だった。周囲の意見は黙殺、機嫌が悪いとけっこう当たられたと思う。 大学でいったん家を出て、また親と暮らすようになって6年くらい経つが、その間に父のことで理解できたこともあったし、未だによく分からないところもある。 ただ、前述したような「照れ隠し」は、理解できるとかできないとかの問題ではなく、背中がかゆくなるほど身に覚えがある。 僕自身、人との距離感がうまくつかめなくて、過剰にやさしくしすぎてなめられたり、軽く見られたり、だからストレスを感じたり、軽く見られないように理論武装したり、体を鍛えたりしたこともあった。 父にはたぶん、日々の子育てと仕事でそんなヒマはなかったろうから、歳を取ってからの「自己変革」にとても苦労したと思う。 + + + 昼時のテレビでは、「1990年比で温暖化25%減を目標」というニュースが流れている。厳然たる父性を醸し出していた時代の父と、下手な照れ隠しでコロッケを僕に譲った父が交錯する。 結局父は、シーチキンにマヨネーズをかけたものとインスタントの味噌汁で昼を済ませた。そして、なんにも言わずに、午後の仕事に出て行った。 僕はまた、コロッケに向かって「ごめん」と言った。
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