cafe&bar oldspring♪

内なる声に耳を澄ませ、勇気を持って行動せよ。

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友達のコーヒー屋さん「辻本コーヒー」のメルマガで連載したエッセー。 http://www.rakuten.co.jp/tsujimoto/index.html
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 どうにもこうにも腰痛がひどくなって、ジムで紹介された整骨院に行った。「こんにちは〜」と元気なあいさつで迎えられ、早速治療に。まずは腰に吸盤をつけ温める。腰に「冷え」は今も昔も禁物である。ベッドは硬く、清潔なシーツが敷かれている。部屋は弱いエアコンと首振りの扇風機。「涼」という言葉が頭に浮かぶと、だんだん眠たくなってきた。

 するとカーテン越しの隣りのベッドからおばあちゃんの声が聞こえてきた。「あたしが若い頃は配給で粗末な食べ物をやりくりしていたのね。今は何でもあるわねぇ。氷なんかは高級品で、なかなか口にできなかったわ・・・。」どうやらマッサージをしてもらいながら昔の思い出を喋っているらしい。おばあちゃんはそこで一段落すると、マッサージ師に「あなた、サーモン好き?」と尋ねた。サーモンて、あのサーモン(鮭)のこと?

 「あたしね、スモークサーモンじゃないと食べられないのよぉ〜。この前○○百貨店の鮮魚コーナーでね・・・。」話は戦時配給から現代の百貨店に飛んだ。午後の整骨院はおばあちゃんの声をFMラジオだと思えば、あとは治療用の機械と年代物の扇風機の音しかしない。小窓からは緑の葉っぱがゆらゆら揺れている。まどろんでいると、僕の機械が鳴った。20分経ったので、次は電気。ピリピリと小気味よい電気が一定の間隔で流れてくる。深い眠りの序章が始まった。

 と思ったら隣りのおばあちゃんDJが喋り出した。「湯葉おいしいのよね〜」湯葉ってあれか、京都とかで有名なあれのこと?「アナタ、揚げ湯葉って知ってる?あれを孫に作ってやったら評判よくてねぇ。ばぁば(おばあちゃん)の湯葉が食べたいなんていうのよ〜」へぇ〜、揚げ湯葉なんてあるのかぁ。別に食いたくもないけど。ふ〜ん、よかったねぇおばあちゃん。かわいい孫に喜んでもらえて、これぞ幸せ家族ってやつかな。「でもね、嫁の作る湯葉は食べないのよ〜アッハッハ」あらら、嫁姑戦争始まってるし。「嫁のはやっぱりダメみたいなのよね〜。あたしのじゃないとぉ〜」ってちょっと女子高生っぽい喋りが幾分気になった。

 電気治療が終わると、そこにかっこいいお兄さんが現れた。腰にいいストレッチのやり方、悪い姿勢の例、車に乗るときのシートの位置などいろいろ教えてもらった。日焼けした肌からのぞく白い歯が、彼の健康な体と清潔な笑顔を印象付けた。治療を終えお金を払い、湿布を貰って外に出た。照り返しがきつい、夏の午後。さてカフェでも行こうかなと車のキーをまわすとエンジンは風邪を引いたみたいな音で、異常に咳き込むのである。バッテリが上がってしまったのだ。どうやら駐車の際ハザードランプをつけっぱなしにしてしまったらしい。やってしまった。数分間、途方に暮れた。

 するとそこに「よう、兄ちゃん。どうしたい?」と威勢のいい声がした。電気治療のあと腰を吊ってストレッチする治療を受けたが、そのとき治療室で右肩を治療していた土方と思われるおっちゃんだった。僕は事の顛末を説明する。するとおっちゃんは肩に掛けた手ぬぐいを頭に巻き「ブースター持ってっか?」と言った。そういえば持っている。サーフィンで海に行った時などもしもの場合に備えて普段から持ち歩いていた。おっちゃんの車と僕の車を繋ぐ。「よし、兄ちゃんのエンジン掛けてみな」僕は恐る恐るキーを回した。相変わらず風邪を引いたみたいな音しかしない。おっちゃんはおかしいなぁという顔でブースターを繋ぎなおした。「もう一度やってみな」僕は言われた通りにする。

 するとエンジンはいつもの音を立て、息を吹き返した。僕はなんだか、とっても嬉しくなった。もちろんエンジンがかかってよかったってこともある。でも、それ以上におっちゃんの去り際に、涼しい風を感じたからだ。おっちゃんはこう言って去ったのだ。「よかったな、兄ちゃん!じゃあなっ!」。これ以上シンプルにも、これ以上複雑にもできない、暑い午後の涼しい風だった。

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 ここのところ、大方の日本人が仕事の合間やふとしたときに思っていることは「早く梅雨が明けないかなぁ」ではないだろうか。今年は例年に比べ、ほんとに長く感じる。雨の中をサーフィンしに出かけ、帰ってだるい体をほったらかしつつコーヒーを片手に夕方のニュースを見ていると、法令で7月1日から8月31日までしか営業できないという海の家のおっちゃんが嘆いていた。「このままじゃクビくくるしかねぇよ・・・」と。日本記録か僕の住む県かは忘れたが、この前目にした新聞記事には「梅雨が一番長引いたのは8月4日」と載っていた。とにかくこの雨、ホントよく降る。

 梅雨に入った頃はアジサイが雨粒をはじく様子や、隣りの家の濡れた生垣に風情を感じ、「梅雨もいいなぁ」などとうそぶいていた僕も、ここのところはゲンナリしている。週間予報にも晴れのマークはなかなか表れず、毎日天気予報を見ては「明日も・・・か」と何も嫌なことがないのにため息をついてしまう。休日で何もすることがない時などは窓から見える湿った洗濯物が、これまた湿った風に揺られ、僕の湿った心に追い討ちを掛ける。

 さすがにここまで梅雨の悪口を書くと、少しスッキリしてくる。蒸し暑いからコーヒーはちょっと置いといて、涼しげなカクテルでも作ってみることにした。ホワイト・ラム(バカルディ)にオレンジのリキュールであるコアントロー。氷を山に見立て、雪崩が起きているかのように、注ぐ。山はくるっと回転して、透明な素肌をあらわにする。そこにトニックウオーターを注いだ。最後にブルーキュラソーをさっと一滴。適当に作ってみたので味は保障できない。おまけに同じレシピのカクテルがあるのかもしれない。ゆっくりグラスを口に運ぶと、つかの間の南国気分に浸れた。ラムとコアントローの甘さが、トニックウオーターの苦味で引き締まった感じだ。青い海に浮かぶ、透明の山だ。

 梅雨を忘れるには音楽も重要だ。ついこの間買ってきたアフターサーフィンというCDを掛ける。その名の通りサーフィンをしたあとの帰りに聴くCDなのである。ユルユルのサーフミュージックやウクレレやスラック・キー・ギターを始めとしたハワイアンミュージックは外の雨音も、かき消すまでは行かないけれどボリュームを下げてくれた。よしよし、もう少しで梅雨を忘れることができる。あとひとつ、酒と音楽と、あとひとつ何かないものか。

 そのとき、開け放った窓からふわっと風が迷い込んできた。やられた、と思った。こればかりは自分では作れない。お酒でちょっとほてった体をやさしく包んだ風は、やさしくて、ゆるくて、心地よかった。また、明日も雨なのだろう。そして明日も明後日も・・・。でも明けない夜はないし、明けない梅雨もない。僕らは信じて8月の太陽を待つしかない。

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6月は休みが少なかったので、たいていの休日はゴロゴロしていた。お決まりのパターンは昼くらいに起き、ごはんを食べてからドロドロ愛憎劇の昼ドラやワイドショーをはしごし、夕暮れになると重い腰を上げてジムに行く。そんな毎日の繰り返しにもそろそろ飽きてきたところだった。夜、空き缶を捨てに家の1階に下りたとき、あるものが目に入った。

去年の夏以来、無用の長物と化したサーフボードだった。薄くホコリ、どころかクモの巣までもが盛大に張っている。去年の秋頃お友達になったのか、枯葉なんかも寄り添っている。家族からすれば「邪魔だから捨てろ」と思われても仕方ない存在になっていた。そろそろ海もあったかくなってきたと思いながらも日々の雑事に攻め立てられて、なかなか海に行けないでいた。駐車場の片隅に立てかけられたボードが、さびしくこちらを盗み見てすすり泣いている音なのか、時々どこからかからギギッと音がした。

今日、やっぱり僕は昼過ぎに起きた。サーフィンは朝に行くのが基本なので、すでに行く気は失せていた。しかし、昨夜の光景が蘇る。そこで一念発起、ボードの掃除をすることにした。夕方からでも海に行けばいいのだが、いかんせん「じゃあ言ってくる」と言って行ける距離ではない。オマケにネットで風や波の具合を調べたら、かなり荒れ模様だという。せめて行けないのならきれいにしてやろう。では午後の予定はコレや、と決心した。

まずボードを台に載せて日光にさらす。あったまってくると表面についた滑り止め用のワックスがやわらかくなってくる。スノーボードでは滑りやすくするためにワックスを塗るらしいから、サーフボードはちょうど逆である。やわらかくなったワックスをリムーバーというへらで丹念にはがしていく。コレが気持ちいい。当のボード本人もさぞや心地よいことだろう。だって去年の夏の垢(あか)を落としているようなものなのだから。

だいたいワックスが取れてきたら、今度はリムーバーオイルを用意する。キッチンペーパーにこれを染み込ませ、ひたすら拭く。残っていたワックスの小さなかけらや、砂粒もこれできれいに拭き取れる。水で流して拭き上げる。表面はつるつると光沢を放ち、わずかに残った水滴が風でつるんと落ちていった。これで第一段階は終わり。続きは夜だ。

申し訳ないとは思うが、もはや授業も週一の暇な大学生である我が弟がここでドレイとして駆り出された。ワックスには2種類あり、まず下地を塗る。僕は昼間の作業で腰が痛いので、ここで弟の出番となる。「ムラにならないように」「円を描くように」・・・外野(つまり僕のこと)からは様々な怒号が飛ぶ。忠実なドレイは淡々と、黙々と働く。ときどき「いい匂いだね」などとワックスの香りに恍惚となっている。そして1時間、やっとすべての作業が終った。ドレイには今日の給金としてセブンスター1箱が支給された。ドレイは「あ、どうも」と言って自室に引き上げていった。サッカーの試合でも見ているようだった。

雪のような化粧をしたサーフボード。蛍光灯の下で見ると、早くその姿を海で見たいという思いがフツフツと湧き上がる。幸い7月は結構休みがある。もう忘れてしまった波の音、焼けた砂の温度、海に入っていくときの高揚、終った後の心地よいだるさとゆるい音楽・・・。そしてなによりも自分の体が風になったように波の上を滑る快感を取り戻しに、僕は近いうち海に行くつもりだ。きれいにお化粧をしたサーフボードとともに。
(この文章を書いた6月の末から、3回ほど海に行きました)

旅はどこから始まっているか。こう問い出したら人によって様々に意見が割れることだろう。何かの拍子に旅先の目星がついたときやお金をドルに交換しに銀行へ行ったとき、バックパックに荷物を詰め終わったとき。さらには空港に行かないと旅が実感として迫ってこない人もいるだろうし、「そりゃ〜やっぱり現地に着いてからでしょうよ」とふんぞり返ってタバコをくゆらす人もいる。これは人によって本当に様々だと思う。

僕の場合はその都度違う。初めての一人旅のときは何ヶ月も前から始まっていただろうし、今年1月のベトナムでは着いた先の空港でだった。今回、5月の半ばから9日間、カンボジアと台湾に行ってきた。僕が旅を実感したのは、現地に着く前だった。それは意外にも早くやってきた。行きの飛行機内、成田―台北間での出来事なのであった。

飛行機には到着までいろんなサービスがある。機内食はその最もたるところだろう。美しいスチュワーデスがお酒や飲み物を注いでくれる。食後のコーヒーに一息ついた頃、僕は手元のコントローラーを操作した。コレで音楽やゲームができるのだ。僕は飛行機に乗るたびに映画を見ることにしている。新作映画もやっていて、普段あまり見ない邦画をここぞとばかりに見るチャンスなのである。なぜなら洋画は日本語の字幕がないと理解できないし、僕が乗った飛行機は台湾のエヴァー航空だったので中国の映画が多いからだ。僕が乗ったBR226便には、幸いにして2本の邦画が入っていた。

そのうちの一本を見た。たぶん日本にいたら、まず見ない映画だと思う。機内のパンフレットにはストーリーが日本語と英語と中国語で書かれている。筋はこうだ。文化祭で演奏をする予定の女子高生4人組バンド。ギター担当が指をケガし、それにキレたボーカルも脱退する。残ったメンバーはオリジナル曲を諦め、それに代わるコピー曲を練習し、ギタリストと韓国からの留学生をボーカルを加え、彼女たちは文化祭のステージに立つ。

たぶん、楽しめはするだろうなと思った。毒にも薬にもならないテレビを見ているような気分で、この映画を見終えるのだろうという軽い気持ちがあった。再生のボタンを押した時点では、約2時間後の自分を全く予想できなかった。何度も言うが、ストーリーは果てしなくつまらなかった。笑わせ所あり、しんみりした友情あり、淡い恋あり。たぶんこのまま行けば可でも不可でもない暇つぶしになったと思う一歩手前、突然それはやって来た。

やっと文化祭のステージに立った4人は、少し緊張している。ボーカルの韓国人女子高生は、変なイントネーションでバンドを紹介する。そして後ろを振り向き、深呼吸。客席を振り返り、ギターがDのコードをゆっくり鳴らす。そのときである。僕はなんだか、わけのわからないまま、泣き出していた。危うく隣りの席の女性に、嗚咽が聞こえそうなほどだった。ひざ掛けのブランケットの湿った部分は、うす塩味になっていた。

すでに聴いたことのある音楽に旅先で出くわすと、日本で聴いていたそれとは違った印象が訪れる。ドラマチックな恋愛を歌った曲が自分には程遠いものに思えてきたり、普段自分を励ましてくれていた曲が、上っ面で表層的でうすっぺらになったりする。逆も起こりうる。日本で聴いていたときにはなんと通俗的な歌なのだと鼻で笑っていた曲が、異国のオンボロバスの中で思い出され、風景とともに急に自分に迫ってきたりもする。

旅に泣く要素はある。でもこれまで旅先でワンワン泣いたことなど、ついぞなかった。出会いがあれば、別れもある。そんなことは旅に出る前から分かっていることだし、日本でもある。ましてや一人で旅をしているのだから多少感傷的にもなる。今回は行きの飛行機、それも乗って2時間で号泣した。いまだになぜだかわからない。わからないけれども、わからないほうがいいような気がしている。だって、ほとんどすべてのことに合理的な説明や答えが出るような世界で、わけもわからず泣くなんてことはなかなかできないと思うからだ。わからなくてよいことも、たまにはある。帰国後、真っ先にあの曲を聴いてみた。当然、というかやっぱり、涙は出なかった。

春、真っ盛りである。暦の上で春は3月から5月らしいので、4月中旬から5月の頭が春の飽和点といえるだろう。桜も無事散ったし、これでようやく本当の春らしくなる、と窓の外の春雨を見ながら考えている。春といえば入学式。春といえば出会いと別れの季節。皆、「春になれば何かが変わる」と淡い期待を抱きながらこの季節を待っていたかのように、なんか世間は慌しい。春は大変だ。ちょっと天気が悪いだけで、春の嵐。銀縁メガネの気象予報士に「春なのに気温が低く、各地では春の嵐。せっかくの桜が・・・」などと言われてしまう。そんなに期待されても、春の方だって困ってしまう。

去年の今頃も同じようなことを書いたような気がするが、春になっても相変わらず僕自身は全く変わりがない。相変わらずぼ〜っとしてるし、仕事場も変わらなければ給料もスズメの涙以上に変わらない。部署も仕事内容も全く変わりない。新しい人が入ってきたが、環境にそれほど変化はない。だからもう、魅力がない。明らかに周りが気持ちを入れ替えてがんばろうというときに、僕一人だけが宙に浮いてしまっているかのような錯覚に陥る。

こんな虚無感に付きまとわれてから、だいぶ経つ。いい加減こんな状態から逃れたいとは思うのだが、僕にも生活がある。つまらないことに逡巡している間にも、自分の知らない所で世界はめまぐるしく動いてしまう。コンビニの雑誌によればある芸能人同士が密会したらしい。どうせ芸能事務所が最近落ち目の彼らの人気回復を図ろうとした、ただのヤラセなんだろうと思う。新聞のオピニオン欄ではお隣の犯罪国家にやたらと毒舌を振りまくセンセイが、確信犯的に世間を煽っているだけのただの言いっぱなしだったりする。世界はそうやって嘘と本当の危うい均衡で成り立っているのだろう・・・。そんなことを考えていると何に対してもシラケてしまう自分を発見してしまう。その憂鬱を煽るのが、春雨だ。

外は春の雨が降って、僕はせっかくの休日を部屋で過ごしている。何をしているかといえば、何もしていないのだ。本も新聞も読まなければ映画も見ない。音楽も聴かないし、コーヒーはいつもより苦い。テレビなんか論外だ。やたらタバコをくゆらせて、時間が過ぎるのを待っている。BGMは、しとしと、しとしと・・・。窓を開けっ放しにすると、どこからか生温かい風が若葉の葉脈を滑り落ちながら入ってくる。僕はその風に向かってセブンスターの煙を吐く。煙は外へ出たものもあったが、大半は僕の顔に返ってきた。

夜、風が少し強くなった。僕は相変わらずタバコばかり吸っていて、そろそろ本気で喉が痛くなってきた。なんでパッケージにはSeven Starsなのにセブンスターと単数形なのかと考える。ふと、隣りの家のトタン屋根に雨が降りつける音を聞いていたら「春になれば何かが変わる」などというのは、どうも違うような気がしてきた。春の雨はこのまま全てから逃げている僕を、決して許しはしないだろうと思った。このまま現状維持を続けていたら、いつか本当にどうにかなってしまう、と。

突然強い風が部屋に滑り込んできて、いつかどこかで聞いた言葉が思い浮かんだ。一番大切なことは、自分が何をしたいのか、自分で知っていること。確か幼い頃見たムーミンの中で放浪のギター弾き・スナフキンが言っていた言葉だ。外は春の雨が降って、僕は部屋で一人ぼっち。僕はただ、何もしたくないだけなのだ。だったら焦ることなどなにもない。焦って自分がしたくないことを無理にするのだけはよそう、そう思っていたらコーヒーが飲みたくなった。不思議なものだ。さっきまでただ苦かったコーヒーは、絶妙な苦味を舌に広がらせた。さっきまでの風は止み、窓の外は相変わらず春雨が降っていた。


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