ここから本文です

書庫過去の投稿日別表示

全1ページ

[1]

イメージ 1

ヒューゴの不思議な発明 (2011年、アメリカ)

【ジャンル】
ヒューマン・ドラマ
【監督】
マーティン・スコセッシ
【出演】
エイサ・バターフィールド (ヒューゴ)
クロエ・グレース・モレッツ (イザベラ)
サシャ・バロン・コーエン (鉄道公安官)
ベン・キングズレー (パパ・ジョルジュ)
ジュード・ロウ (ヒューゴの父)
レイ・ウィンストン
クリストファー・リー
ヘレン・マクロリー
リチャード・グリフィス
フランシス・デ・ラ・トゥーア
エミリー・モーティマー
マイケル・スタールバーグ

あらすじ

1930年代、パリ。孤児のヒューゴは駅の時計台に隠れ住み、時計のネジを巻く日々を過ごしていた。彼の心の支えは父が残した不思議な機械人形と一冊の手帳。そんな彼の前にある日、機械人形の修理に必要なハート型の鍵を持った少女イザベルと、彼の養父で夢を捨ててしまった老人ジョルジュが現れる……。

感想 (2012年3月10日、109シネマズ富谷にて鑑賞)

第84回アカデミー賞で5部門を受賞し、マーティン・スコセッシ監督の傑作と名高い映画です。
もう一年近く前になりますが、好きな女優クロエ・モレッツが出てることもあって、劇場で3D鑑賞しました。

映画愛にあふれた作品であることは分かったんですが、正直イマイチな内容でした。
日本での紹介のされ方が間違っていたと思うんですけど、まず邦題の「不思議な発明」は「ヒューゴの」開発ではないし、発明品が巻き起こすストーリーではあるけれどファンタジー要素は一切なくて、あくまでもヒューマン・ドラマに終始してるんですよね。
僕が、観る前に勝手な思い込みをしていただけなんですけど、やはり予告編を見ても、少年が活躍する冒険活劇を思い浮かべてしまいます。
でも、実際はそうじゃない。


物語の前半はまだ楽しめたかもしれません。
時計台で暮らす少年ヒューゴ、嫌な老人ジョルジュや堅物の鉄道公安官、そして謎めいた機械人形。
いったいこの人形にはどんな秘密が隠されていて、どんなワクワクする冒険が待っているんだろう?

しかし、後半からは物語の焦点がヒューゴからジョルジュ老人へと移ってしまいます。
このジョルジュ・メリエスという老人は実在の映画製作者で、映画の創成期にさまざまな撮影手法を開発した「世界初の職業映画監督」と呼ばれる人物。
物語は、夢を捨てた老人と、彼と縁の深い機械人形の話になっていきます。

こうなってくると、「ヒューゴの不思議な発明」がますますヒューゴのものではなくなってきちゃうんですよね。
まあ、タイトルごときどうでもいいんですが(少なくとも原題「Hugo」よりはマシだしねw)、その他の点でも「なんかちがうんだよな〜」と思ってしまいました。

むしろサブストーリーの鉄道公安官の方が楽しめたかも。
絵的に見てて面白いし。

イメージ 2

それから自分が無知だったのが原因なんですが、ジョルジュ・メリエスの作品として「月世界旅行」が出てきてこの老人は実在の映画監督の役なんだと分かっても、なんとなくまだ疑ってるんですよ……(笑)
どこかで、この作品はファンタジーなんじゃないか、ここから終盤にかけてもっと盛り上がるんじゃないかって。
でも、結局は盛り上がらないまま、一人の老人の心を救って終了。
それともどこか盛り上がる場面あったのでしょうか……?

監督の映画愛は伝わりました。ジョルジュ・メリエスの映画への情熱も分かったし、スコセッシ監督が彼を尊敬していることもよーく分かりました。
でも、その映画愛というのが、最大のネックでした。無知な僕には映画そのものを愛でる感情がよく分からない。メリエスの映画に歴史的価値以上の感慨を持てないんですよね。

映画愛といえば「ニュー・シネマ・パラダイス」も映画愛にあふれているとして評価が高い映画。
しかし、僕はこの作品もあまり良いとは思えませんでした。むしろ退屈でした。
果たして僕には映画愛とやらが欠けているんでしょうか?知識はそんなにないですが、見たい映画はたくさんあります。映画好きであることは間違いないと思います。

……ということは、映画愛ってのは所詮監督のひとりよがりなんじゃないかって思うんですよね。

開くトラックバック(1)

イメージ 1

PSYCHO-PASS サイコパス
第15話「硫黄降る街」

あらすじ

槇島の計略によって、公然と犯罪を繰り返す者たちが街にあふれた。シビュラシステムによる犯罪抑制の信用は地に落ち、市民たちは自己防衛のために武器を取って、街では加速度的に混乱が広がっていく。狡噛たちは事態収拾のために奔走するが……。

感想

おお、なんと暴動が……。
槇島によるシビュラへの挑戦は予想よりも早かったですね。
そして、あっという間に変容してみせた世界。

オープニング前では、ヘルメット野郎どもによる止まらない犯罪を描き、OP後にはサイコハザードに陥った市民が武器を取りヘルメット野郎を殺して回る事態まで発展。
なんなの、この超展開( ̄□ ̄;)!!

優等生たちが多分中の人はヤンキーと思われるヘルメット野郎たちを狂ったように殺していたのはなんだか痛快でしたが……。(←僕のサイコパスも相当濁ってるw)
前回のレビューでサイコパスをコピーするヘルメットの仕様を「欠陥」と書きましたが、槇島は今回のような、アウトローも善良な市民もみな等しく生存のために他者を殺す狂乱の世界を作り出したかったわけで、最初からヘルメット野郎どもに多くを期待してはいなかった、ヘルメットは使い捨てということだったんですね。

しかし、それにしてもこの社会体制は脆弱。
ネットの情報によってもサイコハザード起きてるんじゃないかという動揺っぷりでしたね、市民は。
挙句の果てに、警察機構は暴動の起こる可能性をまったく考慮してないという……。
平和ボケにもほどがあるのでは……?(笑)


さて、次回はついにシビュラシステムの本体とご対面ですか……。
今回、チェ・グソンがクラッカーとしての見地から、システムの胡散臭さをたっぷり語ってくれました。
これはもう、システムが多かれ少なかれ民衆を欺いていたことは間違いないでしょうね。

そして、その偽りのシステムに愕然とする公安の面々の顔が目に浮かぶ……。
そこで狡噛はドミネーターを置き、OPのようにリボルバーに持ち替え、朱と対峙することになるのかも。
いや、ほぼそれで確定でしょうね。ああ早く16話放送されないかな〜。さくらんぼテレビよりもノイタミナの放送遅いって仙台放送さんよぉ(# ゚Д゚)

ちなみに今回、チェ・グソンの説明で「データが行き着くスタンド・アローンのシステム」というのがちょっと気になりました。
「スタンド・アローン」って孤立したコンピューターのことで、当然オンラインじゃないから話に矛盾があるように聞こえました。

で、ググってみたら、「他の機器に依存せずに独立して動作する環境」を言うらしいですね。つまり、「そのためだけに作られた機械」ということみたい。ワープロみたいに。それが転じてオフラインのコンピューターを指すようになった……?
要するにチェ・グソンが言いたかったのは、シビュラシステムはどのコンピューターでも動作可能なプログラムではなく、特注の本体ですべての演算を行うスーパーコンピューターみたいなものなんだよ、ってことですよね、多分。
これはシビュラ本体がどんなモンスターマシンなのか気になりだしてきました!

イメージ 2

槇島とチェ・グソンのSF談義は良かったですね。
そう、そうなんです。P・K・ディックの世界なんですよね。
第1話の街の風景なんて「ブレードランナー」のモロパクr(ry...
「硫黄降る街」というタイトルも「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」へのオマージュかな、もしかして。あの作品、戦争で汚染された未来を描いていて、空から硫黄が降ってたような気がします。記憶違いかな?

全1ページ

[1]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事