ポタリング

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幸手市歴史ポタリング

6月17日(日)

貴重な梅雨の晴れ間の今日は、幸手市の見どころを巡ってみる。
幸手総合公園駐車場から10時10分に出発。日曜日という事もあってか、車の少ない静かな道を
南下する。
最初に向かったのは浄誓寺
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境内の裏には、天慶3年(940)藤原秀郷・平貞盛らが率いる朝廷からの追討軍に敗れた、平将門の首が埋められているという、平将門の首塚がある。
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高さ3mほどの塚の頂には、時の流れを感じさせる五輪塔が建っている。
この付近には、将門の血が赤く木を染めたことから名付けられたという「赤木」という地名もあり、将門に関するいわれが数多く残っているという。
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浄誓寺を出発し、圏央道沿いを西へ進む。
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続いて日光御成道を左折し、杉戸町へ。
その昔、日光御成道の両脇には、松をはじめ杉、榎などが数多く植えてあったという。
往事の面影を偲ばせる松の大木。
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ほどなく日光高野一里塚が見えてきた。
約10m四方規模の塚。古利根川の自然堤防にもなっているという
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慶長9年(1604)に幕府は一里塚を設けることを命じ、その時に築造された。
大正初期、道路拡張により西側が消滅し、現在は東塚だけが残っている。ほぼ原型が保存されているというのは県内でも大変珍しく、大正15年(1926)県の史跡に指定された。
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ここで折り返し、来た道を戻る。
八幡神社の入口には、3基の石塔があり、真ん中の庚申塔は元禄7年(1694)に造られたもの。
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幸手駅近くにて。
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心鏡院の近くは、歴史を感じる路地空間。
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幸手市内には昔ながらの魚屋さんや、古い建物も見られる。
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日光街道沿いの聖福寺へ。
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ここは、徳川三代将軍家光が日光社参の時、御殿所(将軍の休憩所)として使用したのを始めとし、天皇の例幣使や歴代将軍が18回にわたり休憩した。

勅使門(唐門)。
日光東照宮に参拝する徳川将軍や、日光例幣使が通るとき以外に門の扉は開けなかったといわれている。
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日光街道を更に北上する。
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権現堂調節池行幸湖)に到着。
行幸湖は、2004年に彩の国まごころ国体のカヌー競技会場として使用された。
また、施設内には大噴水があり、高さは120フィート(36.6m)と迫力満点。
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遊歩道になっている湖の西側(埼玉県側)を北に向かう。
桜並木の下、湖を見ながらのんびり走る。天気は今一つだけど、とても気持ちがいい。
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大平橋で折り返し。再び来た道を戻る。
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外野橋を渡って権現堂桜堤へ。
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桜や曼珠沙華で有名な権現堂公園では、現在「あじさいまつり」を開催中。
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日曜日という事もあり、中々の賑わいだった。
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権現堂を出発。緑一面の田んぼを見ながら最後の見どころへ。
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権現堂集落農業センター敷地内で発見されたというマリア地蔵
文政3年(1820)に作られた子胎延命地蔵で、キリストを抱いたマリアに見立てられている。
錫杖の上に十字架が刻んであること、キリスト教の仮託礼拝物のヘビや魚が刻んであること、イメスと刻んであることなどから、江戸時代の隠れ切支丹の対象であったと考えられている。
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14時20分、幸手市総合公園駐車場に到着。
 
梅雨に入り、何だかんだで4週間振りのポタリングとなった。関東有数の桜の名所として知られる権現堂桜堤は、桜の時期に何度か訪れたことがあったが、紫陽花を見るのは今回が初めてだった。また日光御成道と日光街道の合流点に位置する宿場町として栄えた幸手には、歴史ある見どころも豊富で、とても楽しめた。
 
走行距離 30キロ
トータル 10545キロ

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