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10月30日(土)

今日と明日の二日間、今年の1月に訪れた深谷の「日本煉瓦製造株式会社」旧煉瓦製造施設が特別公開されるという。
天気が良ければもちろんブロンプトンで行くつもりだったが、生憎の台風到来。
次回の訪問も考えたが、先の事は分からないし、今年は初公開の施設もあるとのことで、
雨の日本煉瓦製造株式会社を車で訪ねてみた。
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ホフマン輪窯6号窯
目をひく煙突、元々は煉瓦造りだったが、関東大震災で倒壊しコンクリートで再建された。
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トタンで覆われた内部に潜入。イメージ 2

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ドイツ人ホフマンが考案した煉瓦の連続焼成が可能な輪窯。
明治40年(1907年)の建造で、長さ56.5m、高さ3.3mの煉瓦造り。
内部を18の部屋に分け、窯詰め・予熱・焼成・冷却・窯出しの工程を順次行いながら移動し、
22〜23日かけて窯を一周した。
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生産能力は月産65万個で、昭和43年(1968年)までの約60年間煉瓦を焼き続けた。
設計は辰野金吾、施工は清水組(現清水建設)。国重要文化財。イメージ 6

日本煉瓦製造株式会社で焼かれた煉瓦は、赤坂離宮迎賓館(国宝)や東京駅(重要文化財)、
慶応義塾図書館・旧館(重要文化財)などに使われている。イメージ 7

旧事務所
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煉瓦工場の建設および煉瓦の製造指導にあたったドイツ人技師チーゼの居宅兼事務所として、
明治21年(1888年)に建てられた。
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間口27m、奥行16mの木造平屋建て、寄棟造り、瓦葺、外壁板張り、煉瓦積基礎で、
裏側に幅3mのベランダを設けてある。
内部の天井と壁は漆喰塗り、天井は円形唐草模様の造り出し装飾があり、床は総板張り。
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明治22年(1889年)チーゼの帰国後は会社の事務所として使用され、昭和53年
(1978年)からは煉瓦資料館として貴重な文書・写真等を展示。国重要文化財。
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内部の様子。
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関東大震災で煙突が壊れたホフマン輪窯6号窯(右)。イメージ 17

裏側のベランダ部分。
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最盛期の模型。
道をはさんだ現在の深谷市浄化センター一帯も、かつて煉瓦製造の敷地だったのが分かる。
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旧変電室
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それまでの蒸気機関から電動機に切り替えるため、明治39年(1906年)市内で最初に
電灯線を引き、変電室として建てられた。
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間口5.83m、奥行4mの煉瓦造平屋建て、切妻屋根、コロニアル葺。イメージ 23

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今回初公開の内部。壁は漆喰塗り、床は板張り。
変電設備自体は既に失われているが、この建物だけが建造当時の外観をとどめている。
国重要文化財。
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昭和26年(1951年)には50基あったというホフマン輪窯。現存するのは日本煉瓦製造の
ホフマン輪窯をはじめ、以前訪れた旧下野煉瓦製造会社ホフマン輪窯(栃木県野木町)、
神崎煉瓦ホフマン輪窯(京都市舞鶴市)、中川煉瓦製造所ホフマン輪窯(滋賀県近江八幡市)の
4基にすぎないという。その貴重な施設を他施設と共に今回見学出来てとてもよかった。
毎年大変な盛況というこの特別公開。
今年は生憎の雨模様だったため、訪れる人も少なかったようだ。
日本煉瓦製造株式会社の歴史
明治政府は、欧米列強に対抗するため銀座周辺を近代的建築による官庁街とする
「官庁集中計画」を立ち上げ、明治19年に臨時建築局を設置します。
建物群は西洋風の煉瓦造りとするため、多量の煉瓦が必要となりました。
財政的に厳しい政府は、実業界の重鎮渋沢栄一に大量生産が可能な煉瓦工場の設立を
要請しました。従来から瓦生産が盛んで、煉瓦素地用の良質な粘土が採れること、
また小山川から利根川に下り、江戸川を経て隅田川を通り東京方面へ煉瓦を運ぶ
ための舟運が見込めることから、渋沢は実家近くの上敷免村を工場建設地として
推薦します。明治20年、渋沢栄一ほか4名の連名で「会社設立願」を東京府へ、
「煉瓦製造所設立願」を埼玉県庁へ提出し、それぞれ認可されました。建設にあたり
ドイツ人煉瓦技師チーゼを雇い入れ、設計等にあたらせます。明治21年、まず
事務所の建設を行いました。窯はドイツ人フリードリッヒ・ホフマンが考案した
最新式「ホフマン式輪窯」の図面をドイツから取り寄せ、建設を始めます。
また、蒸気汽缶・機械・素地製造機などは、ドイツから輸入しました。
同年9月に1号窯の火入れが行われ、10月4日には臨時建築局より煉瓦22万本の
注文を受けました。翌22年には2号窯と3号窯が完成し、操業を開始しました。
最盛期には6基の窯が稼動していた工場も、時代の波に押され、平成18年には
約120年におよぶ会社の歴史に幕が降ろされました。
事業清算の際、諸施設と敷地は深谷市に寄贈され、現在は市の所有となっている。
*解説は今回配布されたパンフレットより引用させていただきました。

*「ブロンプトン・フォールディング日記」では今まで、ポタリング記事のみ掲載してきましたが、
  国重要文化財という貴重な施設だけに、今回は特別に掲載しました。

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fitfreshfuture さん、こんばんは。
エ〜、野木町下野煉瓦窯が遊び場だったとは!
どちらも同じ重要文化財のホフマン輪窯ですが、下野の方が
オリジナルに近く、深谷の方は楕円形の発展型と聞きました。
外観も下野の方が個人的には好きです。
どちらも市町村の所有になっていますが、これらを維持するには
財政的にもかなりの負担のようですね。
それでも明治の貴重な遺産ですから、将来にわたり引き継いでもらいたいものです。

2010/11/1(月) 午後 9:54 yuckey_2003

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香芽さん、こんばんは。
何年か前までは見学出来ていたのを、非公開になってから知り
とっても残念に思っていました。
いつの日か見学出来ることを望んでいましたが、
今回実現して本当に良かったです。
年に一回とはいわず、もう少し頻繁に公開してもらえるとイイですね。
最近、資料館の方は金曜日のみ公開しているみたいですょ。
アハハ、実況中継上手く伝わりましたか〜(^^;?

2010/11/1(月) 午後 10:16 yuckey_2003

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マダホパさん、こんばんは。
煉瓦はある意味、明治の象徴ですからね。
実業界の重鎮 渋沢栄一は、まさに近代日本産業の重要人物ですね〜。
埼玉県人として、とても誇りに思います(^^。

2010/11/1(月) 午後 10:29 yuckey_2003

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swing_linkさん、こんばんは。
耐火に優れた煉瓦造りの建物も、関東大震災でその多くが倒壊し、
主流はコンクリート造に移っていったようですね。
煉瓦は一つひとつ色も違い、味がありますよね。
私も煉瓦造りの建物が一番好きです(^^。
同感です。
貴重な明治の遺産、大事に残して欲しいです。

2010/11/1(月) 午後 10:41 yuckey_2003

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たからったさん、こんばんは。
ホフマン輪窯、迫力ありましたよ〜!
昨年訪れた野木町の下野煉瓦窯は、2階部分も見学出来たので
構造や仕組みがよく分かりましたが、こちらでは窯の一部
数mだけだったので、ちょっと物足りなかったです。
それでも普段非公開の施設を見学出来たので、とても良かったです。
来年はぜひ行って見てください!

2010/11/1(月) 午後 10:51 yuckey_2003

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つくし頭さん、こんばんは。
そうですよね〜、100年も経っているのによく落ちないと思います(^^;。
当時の写真を見ましたが、1部屋に18000個の煉瓦を上部の曲面に沿って
いっぱいに積み上げて焼いていたようです。

2010/11/1(月) 午後 11:03 yuckey_2003

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お、ブロが登場しない記事は、もしかしたら初めてなのでは?

此処のホフマン窯、煙突を敷地外から眺めた事しかありませんでしたが、
内部はこんなかっこいい造りになってるんですね。
一見の価値、ありそうですね^^

2010/11/2(火) 午前 0:13 [ からす ]

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50mを超えるレンガのトンネル、すごいですね。
しかも、窯詰め・予熱・焼成・冷却・窯出しの工程を順次行える仕組みになっているという使い方にも驚きです。

2010/11/2(火) 午前 0:25 [ kuj*_ro**un ]

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す、すばらしい〜!
いつも以上に今回は資料としてもすばらしいです^^。
煉瓦萌えしています^^。

2010/11/2(火) 午後 5:49 [ mr_*ype*a2*00 ]

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からすさん、こんばんは。
今までポタリング日記のみ掲載してきましたが、今回は雨でブロンプトンが
出動出来ず。
それでも貴重な見学の様子は、どうしても残しておきたいし・・・。
という事で特別に愛車無しで掲載しました(^^。

ここの窯は煙突も含め、全てトタンで覆われているので外観は魅力を感じませんが、
模型や煙突の壊れた写真を見ると、結構カッコいい姿をしているのですよね。
今回中に入り、一部だけでしたが、垣間見る事が出来ました。
興味のない人には全く面白くないと思いますが、からすさんには
機会があればぜひ見てもらいたいです(^^。

2010/11/2(火) 午後 10:36 yuckey_2003

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KUJI_ROPPUNさん、こんばんは。
こちらは陸上競技トラックのように、楕円形で50m以上と大規模な輪窯です。
各工程をこなしながら一周するという、効率的な構造ですね。
見学は出来ませんでしたが、2階からは燃料である粉炭を窯内部に向けて投入、
3階には窯の予熱を利用して煉瓦素地を乾燥させる乾燥室があったそうです。
色々と関心させられました(^^。

2010/11/2(火) 午後 11:03 yuckey_2003

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YUCKEYさんは煉瓦オタクでしたか〜。そう言えば煉瓦造りの建物の登場回数が多いような・・・。うちの近所にもたまにTVに出る煉瓦塀があったにゃ〜。

2010/11/2(火) 午後 11:07 河っち

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mr_type_a2000さん、こんばんは。
お褒めいただきありがとうございます〜(^^。
今回特別公開という、とても貴重な見学でしたのでポタリング日記では
ありませんでしたが、掲載いたしました。
煉瓦の持つ独特の味わいは、萌え〜ますね(^^。

2010/11/2(火) 午後 11:12 yuckey_2003

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河っちさん、こんばんは。
アハハ、昨年秋の下野煉瓦窯に引き続き、今回の深谷ホフマン輪窯見学、
立派なオタクですね(^^;。
明治時代の洋風建築が専門?ですが、木造、石造りと色々あるうちで、
一番好きなのが煉瓦造りの建物なんですょ。
今では見ることが少なくなった煉瓦塀、古いモノでしょうから
存在そのものが話題になるのでしょうね。

2010/11/2(火) 午後 11:23 yuckey_2003

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地震国の日本で急速に減少しつつある煉瓦造りの建築物。
風化している様すら深い味・重みを感じますね。
休みが取れれば行こうと思っていたのですが、あいにく
台風のおかげでズッポリ仕事に・・・。
yucky2003さんのおかげで見学した気分になれました。^^)

2010/11/3(水) 午後 1:24 [ BROnago-1 ]

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BROnago-1さん、こんばんは。
煉瓦の建物、イイですよね〜(^^。
特別公開ご存知でしたか・・・、行けずに残念でしたね。
一見の価値ありです。
来年はぜひとも行って見てください!

2010/11/3(水) 午後 9:13 yuckey_2003

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深谷は、ポタしたい場所なので参考になりました。

2010/11/7(日) 午後 8:32 [ CARRERA2 ]

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いやぁ立派な施設ですね!なかなかこんなの見れないですよねぇ。
紹介ありがとうございます。レンガの赤色がなんともいい味ですよね。温かみがあっていいなと思います。

2010/11/7(日) 午後 10:01 ホワイトペガサス777

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CARRERA2さん、こんばんは。
深谷は今年の1月にポタリングで初めて訪れましたが、
自転車で巡るにはとても面白い場所でしたよ。
今回も本当は自転車で行きたかったのですが、残念ながら雨でしたので
また次回のお楽しみにしたいと思います。
煉瓦、渋沢栄一、宿場町など沢山の見所がある深谷、
ぜひポタリングでお出かけください。

2010/11/7(日) 午後 11:30 yuckey_2003

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ペガサスさん、こんばんは。
政府の要請という背景もあってか、とっても立派ですよね。
現存するのは一基のみですが、最盛期は6基も窯があったというから
途轍もないスケールです。
普段は非公開というのが残念ですが、逆に言えばそれだけに今回見られたのは
非常に価値があると感動しております。
煉瓦のもつ独特の風合い、一つひとつ違う色合いなど、
ホント温かみがありますよね。
煉瓦の建物は、現代建築の無機質な感じとは雲泥の差です。

2010/11/7(日) 午後 11:45 yuckey_2003


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