トウ小平氏(写真)の没後10年にあたる2月19日に中国政府主催の行事が開かれなかったことなどから、「トウ氏が唱えた『先に豊かになれるところから豊かになれ』とした先富論が政治的なタブーとなった」との見方が出ている。 ああ、来るものが来たのかという感じです。
いけいけどんどんでは、そろそろ立ちゆかなくなりつつあるのでしょうか。 |
無題
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
[http://takoashi.air-nifty.com/diary/2006/12/index.html 新ジャンルの社交ダンスみたいなもの] |

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用
再生会議では、特に理科や英語の専門性を持つ教員の増加を狙い、「採用者全体の2割」などの数値目標を設定して特別免許の付与を進めるよう提言する。同日の審議では「目標は2割では足りない。教員の半数程度を民間人から採用すべきだ」という意見も出た。 なんというか「民間人を起用するぞ」という意識だけが全面に出ていないだろうか。 いや、教育の世界が、これまで風通しが必ずしも良くなかったことは認めるが。 一つの学問体系を(それが例え小中学校の義務教育であっても)筋道立てて教えるという作業は、ある場面では現実からかけ離れたものになるのは、当たり前ではないか。 審議会会長の野依先生がそれをご存じでないはずはなかろう。ずっと教育現場にいたのだから。 民間起用が求められているのは、社会での実体験に基づく授業を行って欲しいという気持ちが(建前とはいえ)あるからであろう。 しかし、えてして実体験に基づく指導というのは、本人の思いこみによる視野の狭いものになりがちだ。(実体験に基づかない授業が、現実から遊離してしまうのと同じくらいしばしば。) そして、これから社会に出て行く学生達には、例え直接役に立たない知識であっても、広く応用の利く体系的な知識を習得させるべきではあるまいか。(応用科学より基礎化学を、ってことです) これまでの経緯を見ていると、安倍内閣になってからの教育改革議論というのは、どうも小手先の目新しさにこだわって、目標を見失っている気がしてならない。(だいたい仕事は増やすくせに、ろくな予算が付いていないようだか、違うのかな?)
短絡的な思いつきで現場を引っかき回すのは、やめにしてもらいたいものである。 |
全1ページ
[1]



