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パソコンのデータの整理をしていたら、2009年の秋に、おひさま(文庫の仲間)に頼まれて書いた作文が出て来ました。おひさまは仲間内で定期的に「お茶の時間」という冊子を作成しているんです。で、その冊子が100号になったので「記念に寄稿してもらいたい、ついては内容は病気のことで・・・」という依頼だったと思います。
乳癌の発覚から、入院、退院後と文庫の仲間には、支えてもらったので、喜んで書きました。一部紹介します。
がん患者はいつも再発に脅え、孤独を感じているので、周囲のさりげない励ましや声かけが支えとなり、病気に立ち向かう活力になるのです。結局、乳癌は進行していましたので温存は難しく左の乳房を無くしてしまいました。早期発見であったならと悔やまれました。現在は抗がん剤治療中で脱毛していますが、脱毛も片乳も私という人間の個性だと思い、日常生活生活に戻っています。
最近本を二冊読みました。どちらにも、これこそまさに、今回の病気でわかったことだと私が思っている文章がでてきました。
椎名誠著 「続大きな約束」より
でも日常のあれこれを書いているうちに、一番大切なものは「命」なんだなあ、と思うようになりました。同時に「生きていく」ということです。「大きな約束」はいつだって、誰だって、いちばん大切なことは、生きていくこと――です
「生きる。がんと向きあう7人のストーリー」
いちばん伝えたいことは、命を大事にするということです。その人によって、生きるとは何なのか、それぞれちがうんですよ。みんなも自分自身を、今を、大事にしてほしい。
先日、一時中断していた生協をまた利用することにし、同じ班の人に自分が乳癌であることを伝えました。すると、その人のお姉さんも乳癌で5年をまたずに3年で再発し、亡くなったそうです。いつもは胸の片隅に眠っている再発の恐怖の嵐がふきまくりました。しかし、「再発はするかもしれないし、しないかもしれない。限りある命という点では皆同じ。限られた命だからこそ悔いのないように自分らしく生きて行きたい。」と思うと、「今生きているということ」が大切で愛しく感じられ、今回の再発の恐怖を乗り越えることができました。
2年前はこんなことを考えていたんですね、私。
今の私はこうです。
【変ったところ】
昨年の秋からブログを始め、今の私はまったく孤独を感じていません。
【同じか思いをさらに強くしているところ】
①片乳も私という人間の個性だと思い、外見的にはあまり気にしていません。私はいいけど、見た人がびっくりするかなぁと思って体裁を整える日常です
②いちばん大切なことは、自分自身を、今を大事にしながら生きていくことを日々実践するべし
③再発は怖い。でも、するかしないかわからないことにおびえていてはいけない。限りある命という点では健康な人も同じ。限られた命だからこそ悔いのないように自分らしく生きて行きたい。
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乳癌
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2009年5月に乳癌が見つかり、6月に手術。7月からの抗がん剤治療、2010年1月からの放射線治療を経て、2月から5年間のホルモン治療を開始しました。
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町主催で骨粗しょう症検診がありました。対象者は40歳〜70歳の5歳刻みの女性です。私は、今年対象の年齢で、これを逃したら、今度は5年後。これは行かねばなるまい
乳癌でホルモン剤治療中です。この薬は骨に影響があるとかで、今も関節が痛くて、立ち上がる時など「イタタタッ
だから、自分の骨の状態がとても気になるんです。昨年8月には、通院している病院で検査してもらいました。特に問題はないということでした。でも、その後、左手首を痛めて、整形外科でレントゲンを撮ってもらったら、骨に異常はなかったけど、手の指の関節がスカスカ
今回も骨密度の検査結果は良かったですよ
ほんとはね〜お食事はブロ友の立花さんのブログの「癌にいいかもレシピ」でお勉強させていただいていますからね。心配なしなの。
検査をしてもらうまでの待ち時間に、会場のエントランスに、1日に食べたら良い食事のサンプルが展示してあったので、じっくりみました。うちのお献立に似てる〜
私って、食事の質はいいと思うの。こんなにでぶちんなのに、コレステロールはほとんんど普通だし、骨密度もばっちり
普通の女のように食べたら、普通の女の体型になれるね、きっと。がんばろっと
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おはようございます。
もう何度もテレビで流れているので、みなさんもお聞きになられたでしょうか。
告別式で流れた、田中好子さんが生前3月29日に録音された「お別れのメッセージ」。
最初に被災者の方々を気遣う言葉があり、「私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。」と続きます・・・
田中好子さんがなくなったのは4月21日。病床で自分の死を予感し、お世話になった方々へお別れの言葉を残すって、どんな気持ちなんでしょう・・・
「映画にもっと出たかった、テレビでもっと演じたかった、もっと、もっと女優を続けたかった」・・・心からの叫びですよね、メッセージを聞きながら、涙がとまりません。
私にとって今まで一番辛かったことは息子と毎日の生活を共にしなくなった日・・・
たった一人の最愛のまだ幼さの残る息子を中学で寮に入れて私立の中高一貫の学校に行かせました。それが息子のためになると信じたからこそ出来たことです。息子のいない日々は寂しくて悲しくて辛くて、最後は「12年間あんなに濃厚に子育てをしてきたのだから後悔はない」と自分に言い聞かせて、その日々を乗り越えたました。子育てはいつかは卒業しないといけないものですものね。
人生もいつかは卒業しないといけません。でも、この世からいなくなると思った時に「後悔しないように生きてきたのだから・・・」と死に向かうことなんて、できるのかしら・・・この世に思いを残しつつも、死んで尚、社会のお役に立ちたい、それが私の務めだという田中好子さんのメッセージに学ぶものがあるような気がします。私にできることは、小さなことかもしれないけど・・・
田中 好子さんのご冥福をお祈り申し上げます。
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今日は日曜日。のんびり過ごして、ブロ友の真美ちゃんのところに閲覧に行ったら、「私も提供」って、何のこと?そこで初めて「OneWorldプロジェクト」のことを知りました。
>OneWorldプロジェクトからのお知らせ
>このたび有志一同で、被災地にいらっしゃるがん患者さんの必要な物資支援をする「OneWorldプロジェクト」
>を立ち上げました。
>被災地では、ウィッグが手元にない状態で避難所で過ごす患者さんや、避難所に居づらく自宅避難をされて >いる方もいらっしゃいます。
>寒さや衛生状態が悪さから、リンパ浮腫が悪化している患者さんもいます。 >乳がん患者さん専用の下着も不足しています。 >リンパ浮腫用のケア用品と専用下着に関しては、日本対がん協会からのご支援を受け、まとまった数を東北 >へお送りすることができることになりました。
>しかしウィッグや帽子を購入する費用は足りません。 >ぜひ皆さんからの温かいご支援をお願いしたいと思っております。 >皆さまの手元に使わなくなったウィッグやケア帽子がございましたら、ご提供をお願いできないでしょうか。 >何卒ご協力のほどよろしくお願い致します。 なんと第二弾締め切り、4月28日までだそうです。明日送れば間に合います。
良かった、真美ちゃん、情報ありがとう
私のかつらは、抗がん剤治療で髪が抜け始めた頃、私を不憫に思った母が買ってくれました。
凄く高くて申し訳なかったことを覚えています。
かつらを着けていると蒸れて気分が悪くなり、長時間、着けているのは無理でした。
それで脱毛中の生活のほとんどは帽子をかぶってしのぎました。かつらはあまり使ってないと思ったけど、①旦那の実家に行く時②朝読書で学校に行く時③東京の息子のところに行った時と、私のハゲっぷりでびっくりさせてはいけない人のところに行く時に重宝していました。
新品のコットンキャップも一緒に送らせてもらいます
もう使うこともないけど、捨てるのももったいないと、ついこの間しまったばかりでした。 誰かのお役にたてるならそのほうがいいです。
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二ヶ月に一度、病院に行ってます。
いつもは、病院についたら採血、診察と大忙しなのですが、
先週の金曜日は受付してお薬をもらうだけでした。
担当の先生が3月で移動されるので、3月に診察を予約しているからです。
それで、病院内を見回す余裕もありました。
雑多で様々な思いを抱えた人が行き来する病院の広いエントランスホールに飾られていたお雛様・・・
そこだけ空気が華やぎます
そして自動販売機の隣にこんなもの
私が受診する第2外科の待合室の本棚に・・・
ピンクリボンは、乳がんの早期発見・早期診断・ 早期治療の大切さを伝えるピンクリボン運動のシンボル
自分の分と同じ病気のお友達の分いただいてきました
薬を貰ったらお腹がすいたので、病院内のサブウェイでモーニング
モーニングは10時半まで、いただけます。
飲み物とセットで340円です。
ダイエット中ですからね、コーヒーはブラックで飲みますよ
エネルギー補給で、元気が出ました
病院の前から出ているバスに乗り、天神でのウォーキングに行って来ま〜す
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