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自分の専門誌投稿時代のポジアルバムから続けています。
本当にだらしないというか、メモを残さないというか、記憶がグシャグシャになっています。
今回はRMの特集だったのは間違いないと思うのですが、
その特集が「碓氷峠」か「末尾9」に出したのかわからなくなっています、もしかして混ざってるのかな。
489・189系です、碓氷峠末期はたくさん特集・別冊出ましたよね。これも懐かしいなぁ。
やはりこの区間はEF63がメインだったのですが、ラスト1年くらいは「末尾9」もその対象になったものです。
碓氷峠の終焉と共にこの「末尾9」とEF62は消え去るものと思い込んでいました。
実際EF62は区間廃止と運命を共にしましたが、「末尾9」はその後も活躍、なんといっても急行「能登」。
上野側のむき出しカプラーを見るたびに碓氷峠を今でも思い出します。
碓氷峠の・EF63の連結されていない489系を撮りたいと思い軽井沢の先に行ったことがあります。
師匠のご案内で行ったのですが、浅間山バックのお立ち台はなんとホームセンターが線路の向こう側に出来ていた、
ありゃりゃ・・でしたがそれでも一枚撮っています、こういう変化も「この日・この時だ」と自分に言い聞かせて。
「あさま」色も「白山」色も登場時から見ていました、今だから言いますが大嫌いでした。
まだ国鉄特急色が日常的に見られた時代です、まだ原色ウンヌン騒がれる前。
何が何でも国鉄色とは思っていませんでしたが、それでも嫌いでした。メリハリがない印象。
「あさま」色は色のコントラストあって悪くはなかったのですが、逆三角シンボル外したのがいただけなかった。
あの色合いで正面に金のエンブレム付いていたら、大好きだったかもしれません。
どうもいけませんね、碓氷峠の事を書くとついつい長くなってしまいます・・・。
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