|
今ここに1冊の古い「鉄道ファン」誌があります、1979年1月号。
特集は「電車特急20年史」表紙は『いしかり』HMの新車・国鉄781系、
裏表紙ではモードラを装備したCanonA-1の広告 なにもかもが懐かしい一冊です。
この1冊の中頃やや後ろに「鉄道ファン/キャノン・鉄道写真教室」の報告とその参加者の作品が載っています。
そう・・・実は僕の写真も載っているのです、今回はこのときの事を。
この頃 交友社「鉄道ファン」主催の少年写真教室が毎年開催されていました。
毎回この日のための特別列車をチャーターしていただき、
今で言う「フォトランバイ」とはちょっと違うのですが、希少な車両を撮影させてくれたのです。
どの回も凄く楽しそう、参加できたらなぁ〜で毎年見ていたのです。
参加資格は中高生のみ、ハガキで応募抽選、中学2年の時ダメ元で出したハガキが当選、
念願の参加者になれたのです、確か・・・補欠でした。
キャノンと「鉄道ファン」が主催、後援が鉄道友の会でした。
講師が廣田尚敬さんと宮澤孝一さんでした、どちらも雲の上のような存在のお二方。
取手集合でこの日は関東鉄道の撮影会でした。
まだ筑波線も健在、現鹿島鉄道も「関東鉄道・鹿島線」の頃です。
最初の撮影は水海道の車庫、ここでDD502を引き出してくれての「形式写真撮影会」。
このDD502のカットが廣田さんに選んでいただきこの誌に掲載されたのです。
なぜ?これなのかは今だわかりません、ちゃんとした形式写真ではほかの方が出てますし・・・。
きっとバックの倉とのバランスかな?と思っています。
いやらしい・自慢げな言い方になりますが、初めて僕の作品(?)が世に出た瞬間なのです。
この回の目玉は筑波線のキハ461とデッキ付のキハ541の特別手配列車でした。
これを筑波山バックで撮らせていただいたのです。
どちらもすでに第一線からは退いていて、今回特別に整備していただいたとのこと。
特にキハ541は関東最後のデッキ付の気動車との説明を受けた記憶があります。
2・3枚目がその時の写真、どちらもいい気動車ではないですか。
これが我が手元に残っている事に物凄い喜びと、感謝の念にあふれています。
廣田さんに初めてお会いできた時でした、みんな廣田さんの写真集を持参してサインをもらってる。
シャイ(?)なこの頃の僕はそんなことできない・思いつかない。
筑波山バックでチャーター列車を仲間も作れずポツンと待っていると、廣田さんが
「ニコマートELかぁ!キャノン主催だぞ!!」なんてジョーク飛ばしてくれて
「電池だけ常に気をつけなさい、このカメラはある日突然電池がなくなるから」なんてアドバイスくれて・・。
もちろん「ハイ!」としか返せなかった。
鉄道友の会の理事だった宮澤さんもたくさん声をかけてくれました。やはりカメラの事
「ニコマートELですか!いいカメラですよね、レンズは何本持ってきたの?」
「105mm持ってるんだ、僕も持ってるよ。僕は135mmがヘタクソでねぇ。」
そんな会話をしていただいたのを鮮明に覚えています。
中学生は4〜5人だったのかな、みな高校生だった感じ。
この時参加した方々は今頃何なさってるんだろう?願わくば今でも線路端に立っててほしいな。
関東鉄道も筑波線は国鉄終焉と同じ日に歩を止めました。
この鉄道を撮れたこと、今すごく喜んでいるのです、
そしてこの日が僕のこの趣味で大きな一歩として残っているのです。
|