壱ブロIII

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モノクロネガから

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「ブルトレブームの真っ只中」を引き続き、走り姿をお見せします。

どちらも田町駅の大阪側でのもの、EF65の「あさかぜ」とEF58 91牽引の「銀河」です。

これも失念してるのですがこの「銀河」は臨時だったような記憶があります。


古くはEF58の「青大将」のように機関車と客車の塗装を合わせるというのはまさしく編成美。

ブルトレの場合はなんといっても白帯がEF65と合っているというのが素晴らしい。

20系の後継車の24系などが銀帯になってバラバラ混ざったのを見てがっかりしたものです。


EF58との組合せはまた違う趣、やはりちょっとオールドファッション的印象でした。

「銀河」の受持ちは宮原区、めったに見れない関西のEF58が嬉しかった。

こちらでは宇都宮区・高崎第二区のEF58がほとんどでしたから、

東海道のすっきりしたEF58は珍しく映ったものでした。

よく見れば原型窓・原型ワイパーというなかなか貴重な#91号機です。



この頃の「鉄道情報」網はなんともノンビリしたものでした。

まだ「鉄道ダイヤ情報」誌が季刊だった頃、

月刊誌も「鉄道ファン」「ジャーナル」「ピクトリアル」の3誌。

月刊誌で得れる情報は大体2〜3ヶ月遅れの状態、ほとんど結果報告みたいなもの。

ではどうやって情報を得ていたか?と言うと、情報はありませんでした。

最新の情報が時刻表の臨時列車のコーナーのみ、あとはひたすら線路の側で待つ。

それでも内部情報はときたま漏れるもので、情報通の年上のお仲間が集まっているところで交わされる

会話に聞き耳立てて得ていたものです。


この20系「あさかぜ」を撮った時に知ったのが、『東海道定期ブルトレ特急からの20系の撤退』でした。

最後まで20系で走っていた「あさかぜ」も次のダイヤ改正で24系化されました。

そしてEF65 500番台のブルトレ撤退の情報は入ってきませんでした。

知ったのが「鉄道ファン」誌のニュースのコーナー、

これには驚き慌てて次の日曜日に東京駅に駆けつけたものでした。


ピカピカのPFが牽引する「さくら」に物凄く違和感あり、

なんか東京駅に「PFはいてはいけない」とすら感じたものでした。

このPF化が完了と共に学業・体育会系に没頭することになりしばらく線路端から離れる時期となり、

EF65PFからEF66への変更は見ることはできなかったのです。

そして駅撮り少年から卒業、駅の端っこ撮り(キオスク写真)少年に変化していきました。


3枚目はカラーネガで撮った20系が発掘されました、現役の頃の色合い伝われば幸いです。

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「ブルトレブームの真っ只中」と題した2回目は客車を振り返ってみたいと思います。

ネガの山を見ていて気がついたのですが、客車を撮ったものが少ないのです。

気持ちが動力車EF65の方にいっていたのでしょう。

そして数少ない客車の写真でも14系や24系のものはかなり少なくほとんどが20系でした。

必然的・結果として20系を集めざるを得ない展開になりました。


小学4年の頃から東京に行っていました、この頃はほとんどが20系。

「さくら」「みずほ」の2つが14系になったばっかりだったかと。

そして中学1年の頃には24系等の登場で、20系は「あさかぜ」と急行「銀河」だけとなっていました。

寝台の2段化が浸透し始めた頃になります。

子供の幼い感覚でも「20系があぶない・・」ぐらいの感覚があったのだと思います。


さて20系客車といえば両端のナハネフ22・カニ21の丸みを帯びた流線型屋根が特筆されると思います。

これはカッコよかったし、憧れのフォルムでした。

後継車の14系や24系の可もなく不可もないスタイルに馴染むのにずいぶん時間を要しました。

窓の配置も客室用のナハネフ22は2枚窓、電源荷物車のカニ21は3枚。

編成美と相まってこのままディーゼルカーとして走って行きそうな雰囲気さえある・・。

東京口では見かけませんでしたが、上野口ではパンタを外したカニ22もまだいました。

時折車両手配の関係でしょう 最後尾に分割時用のナハネフ23が入ることもありました。

これにカチ当るとちょっと残念、でも今思えば撮っておくべきだった・・・。


20系への形容詞(?)として「走るホテル」というのが有名です。

全車冷暖房完備の固定編成で空気バネ台車載用とそれまでの旧型客車とは一線をひく設備。

という事はそれまでの夜行寝台は冷房なかったんですね、

熱帯夜は窓を開け放ち床に就いていたのでしょうか?ちょっと想像がつきません。


実際乗車したことあります、それは昭和64年の1月の山口線往復夜行の弾丸ツアーの帰路。

最後に残った20系使用の臨時特急「あさかぜ82号」の中段です。

身長177cmの僕にとってはかなり辛い就寝体制。

置き引き恐くて通路上の荷物置き場に置けるわけもなく、カメラバックも三脚もいっしょ。

「これが走るホテルと言われた20系なんだな・・・」そんな感想。

この日付を見てピンとくる方も多いでしょう、

そう僕が昭和最後に乗った特急は20系の「あさかぜ」なのです。

「ブルトレブーム」の真っ只中にいたものとしては縁というものなのでしょうね。


1枚目は田町で撮った品川への回送後追いカット、

20系もさることながら隣の103系のシンプルな姿に目が行ってしまいます。


2枚目の「あさかぜ」は遅れて到着したと記憶しています、到着番線変更で8番線に入った時のもの。

荷物の積み下ろしにドタバタしていたのが印象に残っています。


3枚目の画像は急行「銀河」のもの、唯一のEF58牽引でした。

流線型同士の顔合わせが面白くて撮った記憶があります。

あいにくEF58のナンバーは写っていません。

確かこの後「いなば・紀伊」が新設されて、EF58が奇跡の特急運用に復活したのです。

この頃すでにEF58が東京でブルトレの先頭に立つのはちょっと異質な存在だったのです。


どのカットもみな白帯3本入りのオリジナルスタイル。

晩年の2本線にされた20系はなんか間抜けで見ていてかわいそうでした。


もう少し昭和50年代前半の東京口を続けさせてください。

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8月も20日を過ぎると夏休みもいよいよ終盤という感じ、

生徒だった頃は焦りと寂しさにさいなまれたものです。

自分が小・中学生だった頃、家族旅行なんていうものは家業の関係でほとんどありませんでした。

その分一人で近場に鉄道見学に行く事には寛大な親で、

夏休み中は東京や上野に行って駅撮りをしたものでした。

今と時代も風潮も違い子供一人でうろついてることはそんなに大変な事ではなかったと思います。

同じ目的で来ている同い年ぐらいの子供もたくさんいましたしね。

そう、時は「ブルトレブーム」の真っ只中、今回は昭和50年代前半の東京駅の事を。


この頃の小中学生の男の子の関心は大きく2つに分かれていました。

「ブルトレブーム」と「スーパーカーブーム」、どちらも写真というアイテムが必須。

とは言え、子供が持てるカメラなんてみな決まっていて、110(ポケット)・オリンパスペンのハーフ版・

コニカC35やヤシカエレクトロ35あたりの短焦点レンジファインダーが相場で、

一眼レフを持っている子供はさすがにいませんでした。


この頃キップもかなりアバウトでした、2時間制限なんてもちろんなし、改札も有人。

東京までのキップを買ってさんざん撮り、一通り撮り終わると帰りのキップを買う。

片道50円ぐらいだった記憶があります。



東京駅のブルトレ到着は2つのヤマに分かれていました。

ラッシュ前に到着する本州からの、瀬戸・出雲・いなば&紀伊・下関あさかぜ・銀河。

ラッシュ後に到着する九州ブルトレ、博多あさかぜ・みずほ・はやぶさ・富士・さくら。

子供の持ち時間だとラッシュ前の面々には厳しくなかなか撮れなかった、

その分九州からの面々はある程度余裕で撮れたのです。

また東京発の九州ブルトレは午後の4時くらいからバンバン出て行ったので、

こちらを撮ったものも多く残っています。


今回画像を選ぶに当って、なるだけ違うHMを選びました、牽引機もEF65500番台のみの頃。

数はたくさんありました、でもまともなのは・・・かなり少ない。

止まってる相手に対して、ピンボケ・手ブレ・上下キレしてるんですから目も当てられない。

そんな中から3点お見せします。


下りのブルトレはいったん東京を通過して神田側の待避線で機回して入線してきました。

1枚目の「はやぶさ」です、画面右側の工事は東海道新幹線の増ホーム工事です。

今の東北新幹線はこのブルトレの走っている上に出来たことになります。


2枚目の「みずほ」 お隣には地上ホーム時代の横須賀線。

まだ東京〜大船間は東海道線と交互に走っていたのです、もう冷房完備していますね。


3枚目は到着後、機回しして品川に回送準備中の「瀬戸」。

東京口のブルトレはこの機回しも名物でした、

どういうわけだか連結シーンに人だかりができていたのを覚えています。

やはり子供達には連結器って見逃せないアイテムなんでしょうね。

今の「こまち」と「はやて」の連結シーンといっしょかな?

たくさんの仲間が写っているのを選びました、ここに写ってる子供達は今どうしているんでしょう?

何人ぐらい今でも線路端でうろついているんでしょう?誰かみたく・・・。


東海道新幹線開業前とは比べ物にはならないでしょうけど、まだ東京口の華やかだった頃だと思います。

まだまだ懐かしい面々が残っています、また何回かに分けてご紹介したいと思います。

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もう少し78年の関西遠征ものを続けさせてください。


山陰線にも足を延ばしています、嵐山から嵯峨に徒歩連絡でした。

嵯峨のから保津峡を目指したのですが、嵯峨でずいぶん交換列車を待ったのを覚えています。

最初に上り列車と交換、そのまま上下の特急待避でした。


その時の列車があまりにも懐かしいので画像を貼ってみます。

最初は上りの各駅停車、これの先頭は何系でしょうか?キハ17かな?バス窓のようです。

懐かしいツートン塗装、カラーでないのがなんとも残念なのですが、注目はその編成の長さ。

この頃の山陰線の普通列車はこんなにも長い編成だったのですね。


もう1つは特急「あさしお」なんとキハ82系時代のものです。

これ自分は勘違いしていてもうこの頃キハ181系になっていたと思っていました。

自分のストックで「あさしお」はこれだけなのですが、

ず〜っと181系でコレクションできてると思っていたのです。

今回スキャンして「あれれ?屋根上エライ寂しいなぁ」なんて思ってよく見たら82系でした。

驚きと喜び、それと181系のコレクションが減った(?)悲しみ、ちょっと複雑です。


旧線時代の保津峡はとてもキレイ、今ももちろん変わっていないのをTVで見ました。

緑濃くライン下りの水しぶきが涼しげ、京都盆地のあの暑さが嘘みたく涼しかった。


ここではキハ58系の急行を何本か撮っていました。

列車名は何だったのでしょうか?「丹波」だったかな?完全に失念しています。こちらも長い編成でした。


長距離の各駅停車には客車列車が活躍していました。

牽引はDD51、この組合せも懐かしいですね、今走ったら大イベントになりそうです。

まだ関東にも旧型客車の各駅停車が残っていた時期だったのですが、

僕の記憶だとほとんどが青い塗装だったと思います、茶色で残ってたのは荷物車ばかり。

山陰線ではまだまだ茶色の客車が残っているのに喜んだ記憶も残っています。

「C62ニセコ」のブログでも書きましたが、旧型客車って僕には青というイメージがあるのです。


この頃の山陰線の京都口は非電化用車両の博物館みたいですね。

ほとんどのアイテムが揃っていたのではないでしょうか?


「観光トロッコ」線として残したのは大正解だと思っています。

ここの車窓の素晴らしさは国内でもトップ10には入るでしょう。

あの連続トンネルを抜けた瞬間広がる渓谷の美しさは27年経った今でも鮮明に残っています、

それは窓から入る風の爽やかさと共に・・・です。

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引き続き78年の関西遠征のものを。

山崎にも行っています、ただあの有名お立ち台のカーブには行っていません。

たぶん師匠も知らなかったのかもしれません、撮ったのは駅の脇の踏切からでした。


やはり関東在住の中学1年生としては東海道本線の大阪周辺は撮りたかったのです。

次から次へとやってくる関西の電車に魅了されました。

多くは関東でも見れる形式なのですが、ちょっとづつ違うのです。

103系もライト周りが微妙に違っていたり、111系もどこか違う。

ただ485系に関してはまったく一緒だったのを覚えています、愛称幕が違う程度。

それでも どれも新鮮に見えました。


なかでも貨物列車の牽引機関車には大興奮したものです。

埼玉南部に住んでいると、EF60はなかなか見れない機関車でした。

そして、なんといってもEH10がバッカンバッカン来るのには驚き!

これは関東だと早朝・深夜発着が多くて おいそれとは見れない機関車だったのです。


今回こんなブレブレの画像あげた事、お許し下さい。

個人的なブログとはいえこんなヒドイ画像を出すのはどうかと思ったのですが、

どうしてもEH10という機関車をお見せしたかったのです。

もう少し年上の先輩方ならキッチリ撮ってあると思います、こちらを期待しましょう。

僕のストックで唯一に近いEH10なのです。


ここでの楽しみは追い越し・並走でした。

確か「鉄道ファン」誌で「関西併走集」みたいなグラビアがあってちょっと憧れだったのです。

何とか撮れたのが485系「雷鳥」と111系の併走。

こうしてみると111系のシンプルな事!屋根上のスッキリさに驚いています、非冷房だったのですね。


そしてどうしても撮りたかったのが153系「新快速」と青森行き特急「白鳥」。

「新快速」に関しては5月9日のブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/yuiccyan1964/2563043.html)を

ご覧頂けたら幸いです。

「白鳥」といえば昼行特急の最長走行距離の特急として有名でしたので、是非に!の思いでした。


ここでのネガもひどい物ばかり・・・まともなのは少ないです。

ほとんどが画面の傾きと手ブレ・動体ブレ・・・今回もちょっと凹んでいるのです。

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