壱ブロIII

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カラーネガから

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最近東急電鉄がなにやら慌しい感じがしています。

いよいよ大井町線・池上線・つい目蒲線と言ってしまう多摩川線も新車導入の一報も入ってきています。

昨年は「昭和」をテーマにこの趣味を展開していました、まだ継続中でもあるのですが

この視点で見たとき東急の古いステンレス電車は面白いなと感じていました。

いよいよこの昭和のかほりのステンレス電車も一生懸命撮らないといけない存在のようです。


実は東急電車を撮るようになったのはつい最近です。

「東急のグリーン車」こと3450系列の終焉の時初めて意識して撮った、

それでもまた間がずいぶん開いて、この数年でまた撮り始めた感じなのです。

縁がなかったんですよ、変な・失礼な言い方ですが世田谷線以外に興味を抱く電車が少なかった。

そんな中で残っている数少ない東急電車のネガを発見しました、昭和62年頃大崎広小路だったと思います。


これ五反田のTOCに機材展示会を見に行ったついでで撮っています

それでも我ながら悪運(?)強いなぁ・・と思うのが3450系を撮れている事。

7200系もまだ素の姿のようです、どちらも懐かしいですよね。


これを撮ったレンズが傑作でした、トキナー35〜210mmというMFレンズ

物凄く使いづらかったです、ピントの山が物凄く薄い。

父からもらったのですが、この日ともう2〜3回使って諦めました、これ無理!

高倍率ズームは最近主流ですが、これAF前提だと思います、MFだとかなりシビア。

そんな昔の機材事情も思い出し笑いしている、いや「笑い」じゃないっすね「苦笑」です、懐かしいものです。

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また発見しました、現金輸送車マニ30、けっこう撮れていた事実に自分が驚いています。


今回発見したカットには前回お見せしたものと違う表情をしています。

連結面に窓と貫通扉があったのですね、1・2エンドで違うデザインだったようです。

時たまエンドが変わる(転換)しちゃうのか、違う番機なのか?

窓のあるエンドはこれ一枚ですが、なんだかホッとしますよね

「おまえさんも不気味なツラだけじゃなかったんだ」そんな感じ。

これまた実用本位の無駄のないデザインで愛嬌のあるじゃないですか。


前回マニ30をやったとき頂いたコメントで一部事実を知りました、株券が多かったそうです。

本当に謎の多い車両でした、荷物も謎、運用・スジも謎・・・・。

今は小樽で保存されていますね、鉄道史の1ページに記載される車両だと思います。

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このところ出現率が多いEF55ですが、先日の「999号」の時ちょろっと触れたスエ78のこと

これがそこそこ写っているカットを発見しましたのでお見せしたいと思います。

また日付がメモされていません、いいかげんな趣味活動でしたね、すいません。

これはイベント列車じゃなかったかな?もしかしたら趣味団体の団臨だったかもしれません。

バブル期は多かったんですよ、趣味団体が企画・買い上げの臨時列車って、けっこう盛んでした。


JTやイベント列車に関しては自分の中でレギュレーションとでもいうか決め事をしていました

「遠征してまで撮らない・地元を通るものだけ撮る」というスタイル。

なぜか?キリがないくらい走っていたのです、赤羽〜大宮間に一日いれば数本は撮れたのではないでしょうか?

ですからほとんどのコレクションは地元での姿、お立ち台に行く事はかなり稀なことだったのです。


さてこのスエ78という客車、初期の高崎局旧客イベントには必ず連結されていました。

JR西日本のマイテ49と共に走行可能な3軸台車が特徴、元は食堂車だったそうです

戦災後に普通車〜郵便荷物車、最終的に救援車にたびたび改造されたという経歴。

最近走っていないようですね、てっきり横川で展示されていると思っていました。


地元の線路はロングレールが多くて3軸台車のジョイント刻む音がよく聞けなかったが残念な思い。

このまま保存されるのかな?やはり部品の問題ってあるのでしょうね、現場のご苦労は大変なものなのでしょう。

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出てきました・・・、鉄復帰直後のもの。まぁ懐かしいの写っていたのでやりましょう。

ネガシートに昭和61年4月と書いてありますから、国鉄末期ですね。JRマーク当然ありません。

これなんで線路端にカメラを持って行ったのだろう?記憶も飛んでいます(いつものことですが)


1枚目はシナオク回送でいいでしょう、PFが旧客のマニ60(?)を一両牽引しています。

確かこの頃関東では旧型客車は消滅していたはず、全国に50系客車が配置された頃だと思います

事業用で残っていたのですね、今で言うマニ50みたいな存在でしょう。


2枚目は高崎線か東北線の115系なのですが、スカ色との混合編成です。

これ国鉄時代はよ〜くありました、転属されてすぐ運用開始。

塗装の塗り替えは次回の全検までそのまま・・・そんな感じでしょう。

武蔵野線の103系などはグリーン・黄緑・オレンジの3色電車なんてあったものです。

地元京浜東北線にもあったなぁ・・、誤乗車防止に「京浜東北・根岸線」なんて書いたステッカーがベタベタ

横浜線、総武・中央線各駅停車、赤羽線にもあったのを目撃しています。


そして田端機関区時代のEF58 122が写っていました、単機回送。

#122はご存知JR東海に移った番機、宇都宮機関区時代によく会ったカマです。

EF58も懐かしいのですが、バックに写るサッポロビール川口工場も地元民には懐かしい景色。

よく見るとまだ貨物扱いしていたのですね、川口貨物駅もまだ健在の頃でしょう。

この工場跡地はドデカイショッピングモールになりました。

密かに新しい撮影ポイントができたのでは?とうろつきましたが、鉄壁のフェンスに阻まれていました。


そして・・・古いネガを見ていていつも思うこと

もしこの頃「AF」「手ブレ補正」があったなら、このブログはドエライものになっていたかも・・しれません。

クモル145 配給電車

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また過去モノに戻りましょう。


いわゆるネタカマを追いかけていた「JT牽引機一喜一憂時代」などと自分では言っていますが、

この頃お目当て来るまでの時間にひょっこり現れた珍しい車両もポツポツ撮ってあります。

まぁ珍しくなくても撮っていた、ダボハゼみたいな撮影行動でもあったのですが・・・。

そんな中でもそこそこ逢っていた珍な電車があります、配給電車クモル145系。

クモヤ143・145に無蓋車をくっつけたような電動貨車チックなスタイル。

工場公開では必ずと言っていいほど、お目にかかるので現在はある程度メジャーな存在かもしれません。


配給電車、これ今なくなりました。トラックに切り替わったとずいぶん前の専門誌で知りました。

これを撮ったのが平成元年頃、当時大井工場から修繕設備のある電車区に大小さまざまな部品を送っていました。

自分が見た中では屋根上クーラー、モーター、車輪が主な荷物、荷無しも多かったですね。

見かけるとしたら京浜東北線の線路、浦和電車区への配給でしょうね

スジはだいたい決まっていたようです、走る日は不定期。一日おきだったと後から聞いたものです。


この電車の素性をネットで検索してみれば、研究している方が多いのに驚きです。

鉄道ファンなら物凄く興味を抱くスタイルですものね、納得です。

種車は101系とのこと、そう子供の頃・旧国改造の配給車を見たのを薄っすら覚えています。


荷物・郵便電車なんかもそうですが、絶対我々が乗れない事業用電車って楽しいですよね

新幹線のドクターイエローを徹底的に追いかけている方も多いですし、すごくわかります。

最近こんな楽しい電車少ないなぁ、

「鉄道工場〜車庫間の輸送なのだから鉄道が最適」と思うのは現場知らずの素人考えなのでしょうね。


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