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もう少し昭和末〜平成初期の地元モノを続けます。 |
カラーネガから
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昭和63年のネガから続けます、どうやらこの頃がJTの全盛期のようなのです。 |
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いよいよ長野のお座敷JT「浪漫」が廃止されますね、後継車の奇抜なデザインに度肝を抜かれました。 |
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ランダムに選んでいるネガアルバムですが、どうやら地元を撮りまくった時期のものに当たったようです しばらく昭和62〜平成初期の地元川口〜浦和周辺のものを続けましょう。 ブルトレブームの真っ只中にいました、まさにリアルタイム 最近気が付いたのですが、同じブームでもかなり初期の頃だったようなんです。 14系寝台がようやっと「さくら」「みずほ」に登場した頃でした、その他は20系だけの頃 やはり20系には深く・重い・思い入れがあるんです、これ今も変わってないかも。 「見届ける」こんな言葉がピッタリだったと思っています、晩年の姿を執念のごとく追っています。 毎月買っていた「ダイヤ情報」誌、真っ先に見るのが「団体・臨時列車」の運転予定表20系欄 すでに編成美を誇った3本ラインは消え頭上寂しくなっていました。 晩年の20系をブログで展開するとよく頂けるコメント・・・ 「上部ラインのない20系はかっこ悪い・これは違う」そんなご意見 お気持ちはわからないでもない、実際自分もそう思いますし でも本質は変わらないんですよね、20系は20系。あのフォルムが他に比類なき姿。 少年だったあの頃、憧れの眼差しで東京駅で見たあの丸みは、くたびれた姿になっても変わっていない そして一人で思っていたものです「自分には20系を見届け・看取る義務がある」と。 この思いはEF65P型にも思っている共通な思いでもあるんです。 20系に対して自分自身ちょっと悔いてる部分もあるんです それはナハネフ23の姿をあまり撮っていない事、あの頃避けていた。 ナハネフ22の美しさとの対比でした、「これは違う!20系の最後尾じゃない」それぐらい思っていました こうして愛称幕が白紙でも発見できれば嬉しいもの、ホッと胸を撫で下ろした瞬間でもあります。 やはりいつまでたっても忘れえぬ客車、これは一生持ってこの趣味を続けるんだろうな、 そんな思いでいる42歳の冬なのです
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このネガはまた撮った年度がわかりませんでしたが、HMを見ると62.10.10とあります。 |



