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カラーポジから

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八高線 キハ35・DD51

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例のポジストックから続けます。今日は八高線のものです。


「team・eight high Line」と呼ばれた集団がありました。

某高校鉄研が八高線の写真集を出すことになり、

学生さんの写真だけじゃ足りないとのことからお手伝いをする事になりました。

その時よってたかって(笑)写真を押し付けた大人の集団が「team・eight high Line」(チーム・八高線)

まぁこれは出版の際に無理やりつけた名称、ほかの団員は2人くらいしか知らなかったのですが・・・

今回のポジはこの時のものだと思います、没カットのはずです。


なんだか八高線のキハ35系やタブレットキャッチャーが妙に懐かしくてスキャンしてみました。

相模線カラーのキハ35系がよく混ざっていました。

これ不思議な感覚で、嬉しいような・編成美が取れないような、なんとも言えない雰囲気。

キハ38もバリバリに活躍していた頃ですので、38系が混ざるよりはいいかな?そんな感じです。

本当に担当の高崎区は編成をゴシャ混ぜにしてくれたものでした。


DD51も重連で走っていた頃、DD51重連は後追い姿が結構好きでした。

この機関車も難しいフォルムで、長ダマ圧縮はなんだかイマイチ。

標準系で後追い気味に凸凸を強調するのが好きだったのです。

そういえばDD51ずいぶん見ていないなぁ・・・、時たまムショウに会いたくなる機関車なのです。

魅惑の飯田線

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例のポジアルバムから続けています。

今日はダイヤ情報誌の「飯田線」特集か「四季を走る鉄道」に参加したときのものだと思います。


先日も書きましたが「四季を走る〜」は大好きでこれを目指していたものでした。

いわゆる「お立ち台」写真では並居るライバル達には勝てない。

「お立ち台」を自分なりにアレンジする、ちょっと斜に構えていた頃。

これは今でも変わらない「癖」かもしれませんね。


飯田線は本当に四季折々、どこを切り取ってもそのまま「四季を走る〜」向きの路線でした。

そんな背景を行くED62の姿はカッコよすぎた。

以前も書きましたがその犠牲になったのが電車たち。

なかなか一生懸命になれなかった123・119系たち、ちょっと申し訳なく思っています。

103系・5色

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例のポジアルバムから続けましょう、今日はまたまたまた・・・103系です、このブログ最多登場形式。

90年代にテーマとして追いかけていた103系です、当然このポジアルバムにも点在しています。

なんとなく見ていれば、全色揃ってる?東西線がないか。面白そうなので5色並べてみました。

う〜ん・・・・なんとも言えぬ懐かしさ、いい色揃っていたものですね。


この中で印象に残ってるカットが京葉線の103系。

これが掲載されたのがなんと模型雑誌「RM MODEL」、RM誌の広告のページでした。

模型はやっていなかった自分に届いた模型専門誌にエラクと惑ったものでした。


もう一つ印象深いのが武蔵野線のクモハ、1両だけ運行表窓が埋められていないものがありました。

他のクモハはみな埋められていた低運窓車での異端児だったのです、これが好きだったんですよ。

たまに見かけるのですが、カメラを持っている時にはなかなか現れない編成、自分自身が懐かしいです。


こうして並べてみると103系を追いかけていた頃、楽しかったなぁ。撮りがいのある電車でした。

都電7504

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RM誌が6月くらいに特集する企画があります「今なお現役」、これ今でもあるのかな?

RM誌が「煽りマガジン」と言われるようになった名物企画だと思います、大好きでした・煽られるの。

毎年この号が出るとみんなでソワソワしたもの、「わっ!これ撮ってないよ・・・」


ある年からこの特集も募集が始まりました

自分も参加してみようと色々考え送ったポジが都電荒川線7504です

「最後の黄色い都電・絶滅寸前のビューケル」なんてメモも添えたのかな?採用されませんでしたけど。


7504はテーマとして追いかけていたのはもう何度もこのブログでやっています。

本当に好きだったのですよ、ツーマン時代7500の面影があって。

新7500があまりにもフルモデルチェンジに近かったですからね、余計こだわりました。

晩年は「学園号」とい限定運用だけの活躍でしたから、執念を持って追いかけたといっていいかもしれません。


今度荒川車庫で展示されるそうですね、5501も一緒と聞いています、新車も出るんだ!

また都電に行く理由ができそうです、これも楽しみですね。

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自分の専門誌投稿時代のポジアルバムから続けています。

本当にだらしないというか、メモを残さないというか、記憶がグシャグシャになっています。


今回はRMの特集だったのは間違いないと思うのですが、

その特集が「碓氷峠」か「末尾9」に出したのかわからなくなっています、もしかして混ざってるのかな。

489・189系です、碓氷峠末期はたくさん特集・別冊出ましたよね。これも懐かしいなぁ。


やはりこの区間はEF63がメインだったのですが、ラスト1年くらいは「末尾9」もその対象になったものです。

碓氷峠の終焉と共にこの「末尾9」とEF62は消え去るものと思い込んでいました。

実際EF62は区間廃止と運命を共にしましたが、「末尾9」はその後も活躍、なんといっても急行「能登」。

上野側のむき出しカプラーを見るたびに碓氷峠を今でも思い出します。


碓氷峠の・EF63の連結されていない489系を撮りたいと思い軽井沢の先に行ったことがあります。

師匠のご案内で行ったのですが、浅間山バックのお立ち台はなんとホームセンターが線路の向こう側に出来ていた、

ありゃりゃ・・でしたがそれでも一枚撮っています、こういう変化も「この日・この時だ」と自分に言い聞かせて。


「あさま」色も「白山」色も登場時から見ていました、今だから言いますが大嫌いでした。

まだ国鉄特急色が日常的に見られた時代です、まだ原色ウンヌン騒がれる前。

何が何でも国鉄色とは思っていませんでしたが、それでも嫌いでした。メリハリがない印象。

「あさま」色は色のコントラストあって悪くはなかったのですが、逆三角シンボル外したのがいただけなかった。

あの色合いで正面に金のエンブレム付いていたら、大好きだったかもしれません。


どうもいけませんね、碓氷峠の事を書くとついつい長くなってしまいます・・・。

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