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今日は「カラーポジ」の書庫から、飯田線の電車を並べてみます。 飯田線、自分にとってはED62でした 流電等の旧国や80系電車、ED18・ED19にも世代的には間に合っていたのですが これらの最後の活躍の頃線路端から離れていたし、生徒時代のお小遣いも関連しています。 やはり中学・高校生には遠い伊那路だったのです。 師匠とO先輩の導きでED62の存在を知りました、 そして沿線風景を含めて一発で虜になった・・・先輩方と同じように、 目的が電車ではなくED62だっただけの違いなのです。 そんなED62は過去たくさんお見せしています、 その時こんなことを書いています「自分にとってはココはED62を撮るところ、なぜか電車は気合入らなかった」 そうなんです、気合入らなかったんです・電車。なんでだろう?と今思い返すと・・・ まずそこそこ貨物列車の本数があった・なおかつ適当に散らばった時間だったのです。 貨物メインで行ってますので貨物を撮ると移動、先回り・追いかけも楽勝でした。 ポジとして残ってる電車たちはそんな待ち時間に撮れたものなんです。 改めてみると形式もバラエティに富んでいたんだな・・・そう思ってポジを見ていました。 田切のお立ち台を行く119系、飯田線のメイン電車です。123系1両増結の3両編成もありました。 169系快速「みすず」もありましたね、これはJR東日本からの乗り入れ 登場時は白地にグリーン「N」というスタイルでカッコよかったんですが、 なんともメリハリのない「長野カラー」になってガッカリでした、師匠曰く「病人色」 湘南色の115系も時折入っていました、やっぱり国鉄色は景色に負けませんね もちろんスカ色がよく似合った路線だったのは、先輩方の写真で見せてもらっています。 でもこれは旧国しかも関西出身の電車じゃないといけないんじゃないかな?なんて見れなかったものは思います 貨物がなくなってからは行っていません・・・、僕自身行く目標を失ったのです でもいいですよね飯田線、この景色いいよなぁ。縁あったら行って見たいな、カツ丼も食べたいし。 |
カラーポジから
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今日は「カラーポジ」の書庫から、89年10月の奥羽本線です。 |
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先日の京浜急行撮影、お目当て1000系が来るのに結構時間がかかったんです。 こんな時いろんな考え事をするんですね、次のプランのこと・ブログの展開のこと(笑)・過去のこと。 目の前を通り過ぎていく京急の赤を見ていて、ふと名鉄電車を思いだしたのです、赤つながりっすね。 パノラマカーはどうしたんだろう?空港特急見たことないな、クリーム・銀の電車増えたのかな?などなど そしてこの電車を思い出したのです、名鉄美濃町線。今回は「カラーポジ」の書庫から95年夏のものです 美濃町線、自分の中では驚きの連続でした 最初の驚きはTOP画像のモ600形の細身さ、存在はもちろん知っていましたが 初めて生で見るその細さにビックリ、こんな電車ホントにあるんだ・・・、もちろん一目惚れです。 またココの軌道がすごかった、併用軌道なんですが、なんとアバウトな・・・ 都電や江ノ電の併用軌道しか見ていなかったので、電車は道路真ん中を走るものとばかり思っていました それが道路の端、しかも車は対面通行、一応白線は書かれているのですが 人も自転車も通る 驚き以外の何物でもなかったのです。 http://www.lifeshot.jp/files/photos/1138780521/1159175998_o.jpg ▲軌道も素敵だったが周りのアイテムも雰囲気十分 「火の見やぐら」を発見した時の喜びは今も覚えている どうしても行ってみたい駅がありました、上芥見駅。 RMのグラビアで見て、絶対ここに行きたい・写真を撮ってみたい、その一心 http://www.lifeshot.jp/files/photos/1138780521/1159175999_o.jpg 線路の向こう側がプラットホーム、画面左の駅名看板あるのが駅舎というか待合室みたいなもの この駅舎から道路を渡ったところにあるホーム、ちょっと信じられなかった 「まぢ??」 さすがにこの駅舎で電車を待って、道路渡ってホームに行くって方はいなかったようです。 もうひとつ印象に残ってるのが、市内・競輪場近くで見たタブレット・通票。 http://www.lifeshot.jp/files/photos/1138780521/1159176000_o.jpg こんなシンプルなのあるんだ、しかもこの時続行運転中 いったいどんなシステム・ルールなんだろう? 必死で見てましたがなんだかよくわからないうちに渡して、自分の電車は1500V区間に入ってしまいました ここも過去帳入りしていますね、もう一回行きたかった所の筆頭にあります。 自分にとっては岐阜市内線が廃止になったの、今だ信じられません・・・。 あんなたくさん乗ってたのに。
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また古いものへ戻りましょう、今日は「カラーポジ」の書庫から、93年9月の長野電鉄です。 |
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▲この画像に写る3種類の電車がそれぞれの路線から消えてもうウン年・どれも時代の名車ばかり 今日は「カラーポジ」の書庫になります、95年のアルバムから。 まぁ・・・衝撃でした、薄々「そろそろかな?」なんて思っていましたが、ついに発表になりました。 京浜東北・根岸線からの209系撤退のニュース、ブログの新着記事みていてもこれ一色でしたね。 中年の鉄だとやっぱり驚きです、登場時のコンセプトを知っていても・・・です。「戸惑い」の一言。 http://www.lifeshot.jp/files/photos/1138780521/1157773620_o.jpg ▲209系への置き換え前の一時期登場した205系、103系より先に姿を消した。 編成番号が#92、やはり特殊な存在だった事がうかがえる番号だった。 「『言霊』ってあるんだな」そう思うこと時たまあります、そして自分の嗅覚に驚くこともあります。 つい一月ほど前の記事でこんなことを書いています、「209系は今が撮り頃だと思うのです」と。 いよいよ現実味が増してきた、追いかけなければならない存在になってしまいました。 でもこれは「毎度の事」「毎年の事」で「いつまでたってもこの趣味は・・・」だと思います。 それでいいと思ってますし、消え行く車両をカッコよく記録してあげるためのモチベーションでしょう。 「廃止間際に行くの・・ウンヌン」こんな言い訳はいらないと思います、キッチリ記録しなければ「毎度」の悔い。 http://www.lifeshot.jp/files/photos/1138780521/1157773621_o.jpg ▲103系を撮るにはこだわりがあった、白Hゴムの存在、選んで撮っていた。 金属押さえでも撮るようになったのは本当の終焉間近になってから 209系がジンワリ増えてそろそろ撮っておこうと思い「急行東海」と掛持ちで蒲田で撮影 まさかこの時のヒール209系がこんなにも早くベビーフェースになろうとは・・・ さぁココにいらしてくれてるみなさん!悔いは残してはなりませんぞ! いまをトキメクE231系一族の礎になった電車、京浜東北・根岸線で撮ってこそ!だと思います
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