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カラーポジから

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雑誌投稿時代のポジアルバムから続けましょう。

これはRMの「183・189系」特集に出したやつじゃないかな?もう記憶が飛んでいます。

こうして振り返ってみると、まぁ怖いもの知らずというか現場知らずというか

手当たり次第応募していた形跡が残っています。

1枚目なんか運転席上にド〜ンと乗っかる家、光線もトップライト・・・

2枚目は自らボツにした記憶です、送らなかったはず。信号機の存在や光線の悪さ。

幕張区の国鉄特急色の運用を狙ったものでした、特急「きよさとかいじ」号、96年のGW臨です。


3枚目はRMではなくてダイヤ情報誌の「四季を走る鉄道」だったと思います。

これも臨時「あずさ」でした、幕張区のGW中央線臨はよく狙ったのです、国鉄特急色。

ダイヤ情報誌の「四季を走る〜」は好きでした、自分の中で四季を楽しめた。

投稿時代はこれがメインでした、それでも採用率は5割ぐらいだったかな。

この巻頭グラビアはレベルも高く、常連さんたちは本当にすばらしい作品を連発していたものです。



怖いもの・現場知らずでピックアップしたポジも、時間が経てば懐かしい愛称幕

今、この時代になってちょっとだけ価値が出てきたのかな?なんて思っています。

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90〜99年ごろまでは鉄道雑誌への投稿に燃えていました。

各誌に出しましたよ「鉄道ファン」「鉄道ダイヤ情報」「レールマガジン」

特集だったり、コンテストだったり、「四季を走る鉄道」「表紙」・・etc

投稿原稿はポジのみ、これのために感材をポジにしたぐらいですから。

採用されると本当に嬉しいものでした、専門誌に名が出る・そして掲載誌いただけて・ギャラまでもらえて

趣味活動の全てがこの投稿に合わせていたといってもいいかもしれません。

そのうち出版社の方から依頼も来るようになってますますのめり込んだものでした。

ただ煮詰るのも早かった、誰かのために写真を撮るのに違和感を感じ

長男誕生を機にスッパリ足を洗いました。

そうしたらこの趣味が益々楽しくなった、己のために・己のペースで・己が撮りたいものを好きなように撮る。


そして現在に至っています、時たま「井の中の蛙」にならないよう月例にお邪魔するくらい。

なによりも「ブログ」という現代の表現台に立った事も一因でしょう。


そんな投稿命時代のポジ、これがまとまっているマウントアルバムに遭遇しました。

投稿はマウントのポジ、当然「返却希望」で送り返してもらいます

やっぱりちょっとだらしない管理になっています、マウントアルバムに入れっぱなし。

でもこのアルバム、本人が「これだ!」で投稿したものが、採用・不採用関わらず収めてありますので

一応自分的には濃い面々だったりしています。

今日は「EF65」特集に応募したコマです、いやぁ・・・HM懐かしいですね。

「出雲」はまだ記憶に新しいですが「瀬戸」は懐かしいなぁ。

でも・・・まぁこれだけ影が落ちていたら採用にはいたらないでしょうね、「怖いもの知らず」の投稿でした。

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また古いシーンに戻りましょう、今日は94年4月の信越本線・東光寺周辺で撮ったものです。


自分にとって信越本線というと、どうしても碓氷峠を思い出してしまう、

長野〜直江津〜長岡〜新津という区間が同じ信越線と言う名称とはピンとこないのです。

きっと埼玉南部の線路端で特急「あさま」を見ていた印象なのでしょうね。


そんな信越線が新潟県内に入るともう通る列車全て珍しく見えたもの。

115系の新潟色や各種特急の上沼垂色などほとんどが初見でした。

中でも目を引いたのがEF81 500番代、初めて見ましたし、今のところコレ一回きりになっています。

JR貨物色の機関車登場にEF65がここらへんでも走っている?なんて勘違いをしたものです。


始めてみる500番代も嬉しかったのですが、もっと嬉しかったのが原色ローズピンクのEF81

すでに地元で見かけるEF81は「北斗星」色の星あり・なしの赤一色になっていましたので

まだ残っていたんだ!嬉々として撮ったのを覚えています。これ以来原色EF81は見てないのではないでしょうか?


毎度のお隣のコマをルーペで覗けば、いました懐かしいの。

特急「白鳥」485系1500番代、頭上の2つライトが特徴の元北海道仕様の車両。

この1500番代って変な縁があって、ひょんなところでバッタリ出くわす印象があります。

103系終焉間近の常磐線で塗装も再度変わった姿で会ったこともあります、勝田区にいるようですね。


この東光寺周辺は大田園地帯、そろそろ水を入れる頃でしょう、

この時期にもう一度行って見たい撮影地のひとつになっています。

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またやりましょう!相鉄6000系「ハマのおしゃれな緑の電車」です。

01年撮影のもの、未発表を発掘しました。もうこの電車何回目になるかな?お付き合いください。


本当に好きだったんですよ、この電車。実用本位なんだけど黄緑の衣装がステキだった。

決して・どう贔屓目に見ても、いいお顔の電車とは言いがたい風貌、でもなんか憎めないんです。

そうですね・・古い話になりますがサハシ165の簡易運転台ってご存知ですか?

あれにそっくりはちょっと言いすぎかな?でも憎めない・愛嬌のある正面のデザイン。


この時は2回目の6000系狙いでした、いつものように運用は不明

効率と確立を高めるには横浜〜二俣川間で待つのがビジターとしての姿勢、

なおかつ「通勤型は朝ラッシュ」の先輩方の格言を鉄則として守り、7時には現地にいました。

櫛形ホームの相鉄・横浜駅、朝のラッシュ時はどうしても列車が詰ってしまう・・・

この時も踏切で撮っていたのですが、目の前で止まっちゃうんですよ、満員の電車が。

ぎゅうぎゅう詰めの車内からいっせいに降り注ぐ視線が辛かった。


先にも書きましたが相鉄へはほとんどが6000系を撮りに行っています。

いつも効率・確立を求めて二俣川までの間での撮影、その先ってあまり行ったことがないんです。

6000系の末裔たちにはこの未踏の地で撮ってみようかな?なんて思っています。

EF65 更新色

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自分の展開してきたこのブログでEF65が登場するとき、95%近い確立で国鉄色だと思います。

やはりJR貨物の更新色よりはオリジナルに近い国鉄色を好むことは事実

やはりオリジナル、登場時の姿がいいものなんですね。

塗装変更されたものでみなに好まれているものはかなり少ない事例だと思います。


それでも・・・もうこの機関車は一生懸命撮らないといけない時期に来ているようです。

今日は00年大宮駅での定点撮影のごとく撮ったEF65更新色を並べて見ましょう。

よく見ればこの日ここで、0番代、P型、F型、PF型の4種撮れていたのです。


EF65に限らず塗装変更された車両で展開するとよく聞く嘆きにも似た意見

「やはり原型・原色がよかった、かっこいい」というもの、当然といえば当然の意見でしょう。

でも・・最近思うんですよ「なくなった・消えた・見れなくなったモノはすべてカッコイイ」と。

きっとこの感覚は鉄道を趣味として人間が嗜むようになった直後からあるんじゃないかと

それに「写真・カメラ」という真の姿を写す道具が密接にからむようになってより濃くなったんじゃないか。

10年前にバリバリだった、いや30年前もそうでしょう、先輩方もきっと当時思った事なんでしょうね

だったら嘆くだけじゃなく、今の姿を一生懸命撮った方が正しい。

10年後色ウンヌン言っていた事が懐かしい時が来るのはこの趣味の歴史からわかっていること。


現に自分は大きな悔いを残しています、EF13・EF15。

地元で空気みたいな存在だった電気機関車、いつも真剣に接していなかった「また茶色だ」

今に当てはめると、それはまるでEF65・EF81のような気がしてならないのです。


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