スリランカ ボホマストゥティ

19年かかって合格の夢をつかんだ42歳の青年海外協力隊。

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戦友との出会い

11月6日(木)
カウンターパートは入院に先立ってサブのカウンターパートに2ヶ月間だけカバーをしてほしいとファイルを見せながら説明し仕事を依頼したが、彼は自分の仕事がありできないとのこと。延々と自己弁護に明け暮れ、怒って去っていった。いかにもスリランカらしい。私の下宿先の人の話しでは入院は3日程度で1週間も自宅療養すれば通常職場復帰できると言っていたことや、今までは1ヶ月ぐらい休むと言っていたのが今日突然2ヶ月カバーしてくれとサブカウンターパートに言っているのを横から聞いたことや、カウンターパートがよく口にするマンヤナワ(私は出て行く)という言葉や、スリランカ人は都合が悪くなると病気になり入院するという他隊員の話しや、20代の頃からできていた目の下の肉の塊を今手術するという話、いろいろな話を自分の都合のよいようにすることがあるカウンターパーとの性格などが頭の中で渦巻いた。しかし、カウンターパートは、自分の穴を開けないように引継ぎまでしようとしてくれた。もう充分だ。後は、この市役所がこのJOCV-Unit事業についてどうしていこうと思うのかということだけだ。でも何が起きても受け入れよう。スリランカへ隊員として来ていろいろなことがあり、波乱万丈だった。ジャーエラでは、決して成功ではないが、5つのプログラムとひとつの奉仕作業はきちんとやれた。バドウッラでもCommunity Action Plan workshop(地域行動計画)だけはきちっとやり、そして今労務者住宅を建設中だと聞く。後任者のことが気になるが、、、、某氏が言っていた国際協力には小さな親切大きなおせっかいの面があるとのこと。ジャーエラで実施したプログラムの参加者の住民はそれぞれ皆、満面の笑顔を見せてくれたり、ありがとうとお礼を言ってくれたり、よいプログラムだったと言ってくれたりしてくれた。その点では大きな失敗はしていないと思うし、おせっかいではなかったとも思う。しかし、市役所や職員に迷惑をかけるために来ているわけでもなく、おせっかいであればやめるべきだと思う。おせっかいになるのなら、あっさりと身を引くべきだと思う。
11月7日(金)
カウンターパートが入院までの最後の出勤となるので、どんな引継ぎとなるかと思ってみていた。事務長さんが何人かの職員に補助者を依頼する話をしていたようだが、誰もやりたくないと断っていた。スリランカでは仕事を断って平然としていることができるということが不思議な国だが、しょうがない。カウンターパートが家でする仕事のため、カウンターパートから依頼があり、カウンターパートの病気休暇中に必要なデータをCDに焼いてやったが、予算と写真のデータでJOCV-Unitのデータは入ってないようだ。自分の仕事が終わるとパソコンもつけっぱなしで、雑事を私に言いつけそそくさと帰宅していった。自分から手を合わせてブドゥサラナイ(さようなら)と言ってくれたことだけが、いつもとは違っていたが、、、
11月10日(月)〜12日(水)
10日カウンターパートが入院し、11日手術。12日ポーヤ(満月の休み)デー。気持ちを切り替えようと休みをもらう。Arthur C. Clarkeが愛した海を見に行く。“The reefs of taprobane”(ibooks 49ページ) には、「Taprobaneは“セイロン”の古いヨーロッパ語」と書いてある。この本を91ページまで読み進めてみたなかで、61ページになって初めてセイロン=スリランカの美しい風景描写が出てくる。Weligamaが舞台だ。「夕方が静かに大地と海の移り変わる全景のすべてに忍び寄った。急傾斜した日差しが瞬き、椰子の茂る浜辺とその手前のTaprobane(イギリス植民地時代の邸宅が建つ小島)と周囲の小島も、日没前の一瞬にすべての物体を変化させたような不思議な発光体とともに輝き始めた。レストハウスの前の浜に沿ってカタマラン(双胴船)が並び、しかしそれ自体特別に美しいわけではないが、絵画の下部の境界線にうまくはまる。boの木の一杯に広がった枝が額縁を完全に満たす。その風景は、とても平穏で、本当に完全にくつろがせてくれるので、その感覚―職業作家はめったに自由になることはない−本当は何らかの作品に打ち込んでいるべきなのだが、作品から追われるそんな感覚抜きで楽しむことができた。一時間かそこら、タイプライターの専制から逃れた、セイロン旅行のとても価値のある業績だ。」彼はグレートバリアリーフでの数ヶ月のダイビングを終えて、スリランカにはまったようだ。「Beauty is the eyes of the beholder 美は鑑賞者の眼しだい。」というから分からないが、、、私もダイビングをしてみての感想だが、一般的には、スリランカよりもグレートバリアリーフのほうがはるかに美しいと思うし、モルディヴやパラオやカリブ等のほうが断然に素晴らしいと思うのだが。そして、お国自慢ではないのだが、海自体なら、スリランカの海よりも宮崎の海のほうがよっぽど美しい。今のところスリランカ人やスリランカの国自体の美しさを描写した表現もこの本には見当たらない。何が彼にスリランカを愛させたのか、未だ読み進めなければ分からない。
11月13日(木)
市役所出勤。皆に朝の挨拶を済ませたが、誰も私に仕事のことで声をかけない。助役も市長もずっと不在だ。サブのカウンターパートも私を避け、事務長も、事務長がカウンターパート代行を依頼した職員も何も話さない。文書収受係から手紙が届いているとだけは話しがあり、受け取る。住宅公共施設省からの手紙もあり、進捗状況報告会議の通知だった。第3四半期と第4四半期の進捗状況報告書は作成済みだったので、カウンターパートのいない期間12月末までに可能なプログラムについてまとめる。2つの可能なプログラムの見積書を英文で作成。市役所職員の協力は得られそうにないが、省に出してみてOKであれば、市長と相談して詰め、正規職員ではないが少し当てのある人々の協力を得て、実施できる可能性がある。一応念のため、報告会発表用のパワーポイントも作成。
バスを乗り継ぎ、三輪タクシーに乗り、カウンターパートの入院先へ行くが、そこに行くとあっちへ行けという具合に人に聞きまたそこで人から聞き、カウンターパートは、その私立病院では処置困難となり、公立病院へ転院し、手術後、ICU(集中治療室)に滞在後、本日一般病棟に移っていたことがようやく判明し、幸運にも病床を訪ねることができた。私に気付いていたのか、彼女は酸素マスクを外して点滴の刺さった手を挙げて手招きをしていた。酸素吸入し、点滴を受け、話も難しそうだった。彼女の目から涙が伝った。顔には傷がなく、どうやら口のほうから手術したようで、ガーゼを詰めた唇には血が滲んでいた。点滴を痛がる表情に前髪に混じる白髪が目立ち一層私の心を痛める。買ってきたラジカセとティッシュとガーゼを枕元に置く。仕事のことは考えず、治療に専念するようにと話しておいた。
11月14日(金)
酸素吸入器をつけベッドに横たわったカウンターパートの姿が頭から離れない。昨晩見た「Black Hawk Down」(Jerry Bruckheimer)の影響か、尊い戦友として映る。よくここまで頑張ってくれた。出合ったスリランカの役人の中では責任感と良心とまじめさにおいては、最高の部類に入るだろう。カウンターパートと私、時には気持ちをぶつけ合って、お互いを疑って、また信じあい、一緒になって一生懸命にやってきた。言葉や文化の違いのなかで、人間どうし心と心でぶつかり合い、互いに受け入れあい、たくさんの困難を乗り越え、どうにかこうにか仕事をすることができた。他の人とならばこの境地まで達せなかっただろう。これも一重にカウンターパートのお蔭だ。心から感謝したい。ありがとう!ゆっくり休んでくれ!後は自分ができることをしていこう。


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