スリランカ ボホマストゥティ

19年かかって合格の夢をつかんだ42歳の青年海外協力隊。

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12月23日(火)
フィルドコーディネーターが市役所を訪問、一緒にThudella東及び南区自治会の住民宅を廻っていただいた。経験に基づいた当意即妙な助言を頂いた。
12月24日(水)
プラデーシャレーカムカーリヤーレーを訪問。洪水の問題についてレーカムと話をし始めたところで、□□国会議員一行が現れた。スリランカの洪水対策は、災害規模の大きな、ラトゥナプラやカルタラやゴール等の地域を優先して計画されているが、ジャーエラ地域もその対象にしてもらいたい旨国会議員に話してみた。彼は、「私は政治力では動かない。レーカムにも政治の力では動かず、自分の仕事をきちんとするようにといつも話している。」とのこと。もしどうしても国の政策を無視して政治力を使うのなら○○と一緒に△△大臣に会えとのことだった。それを聞いて、私の動き方が間違っていたのだと悟った。私は、担当する地域のために、政治の力を利用すべきなのだろうか?私は、日本のボランティアだ。私のすべきことは、そんなことではない。自治会の住民の話では、洪水問題のため、地域の10の教会が協議会を作ったようだ。住民たちと一緒に動いてみよう。
12月25日(水)〜28日(日)
クリスマス休暇。暖かい海でクリスマスを迎える。1.5mと1.3m程の亀の夫婦、0.9m程の亀の夫婦、0.7m程の亀の夫婦にたて続けに遭い、2m程のウツボに遭う。2.5m程の波に20名位のサーファーたちが群がる。
12月29日(月)
線路脇の掘っ立て小屋群(不法居住)の件で、グラーマーセーワカニダラーリ(民生員)に会う。住民にレターを書いてもらえば、民生員がサインをして、△△大臣に相談し、身分証明書発行や生活保護支給や住居提供等についてできることをやろうということだった。
12月30日(火)
市役所のパソコンのウイルス駆除や適正化などをした。
12月31日(水)〜1月1日(木)
スリパーダ山登山。昨年も元旦にこの山を登山した。スリランカ青年海外協力隊隊員有志38名は、スリランカのスリパーダ山(アダムスピーク)2,238mの登山を行った。この山に、仏陀も、シヴァ神も、セント・トーマスも、アダムも降り立ったと言われ、仏教徒もヒンドゥ教徒もキリスト教徒もイスラム教徒も山頂の岩に刻まれた『足跡』を目指す神聖な山だ。
しかし、この山もスリランカの町と同様にゴミ屑が酷い。昨年から始めたことだが、初日の出を拝んだ後、私たちはゴミ袋片手に下山した。私たちはシンハラ語や英語で、「立派な山がゴミで埋もれてもったいないね。神様に悪いね。神様は私たちのことを見ている。」と話しながら、ゴミを拾ってはゴミ袋へ入れていた。するとスリランカ人も、他の東洋人もそれを手伝い始めてくれた。40人位の人々が私たちの活動を見てくれただろうか。20人くらいの人々が手伝ってくれた。
私は、私たちの協力隊の活動をこの小さな掃除登山と重ね合わせて見た。私たちにはほんの小さなことしかできない。私たちが掃除をしてきれいになったこの山も、明日にはたくさんの人がまたゴミを捨てていくだろう。しかし、この活動を見た40人の人は、ゴミを捨てにくくなるだろう。ゴミを捨てなくなっていくだろう。ゴミを捨ててはいけないよと言うようになるだろう。ゴミ拾いをはじめるだろう。この活動を見た40人のなかで、ゴミ拾いを始めた人の活動をまた、40人の人が見るだろう。ボランテイアの人々が口にする「私たちの活動は大河の一滴にすぎない。しかし、一滴一滴が集まり、やがて大河の流れを作り、大海原へ続くだろう。」という思いで下山し、心が晴れ晴れしくなった。
 試験に合格するのに19年もかかって、妻も子供も日本に残して、勤務先の宮崎市役所から初めての「青年海外協力隊隊員」として派遣されることになった私は、大きな野心を胸に抱いき、スリランカへ到着した。訓練所でも、スリランカに初めての音楽大学を作ることに協力した某音楽隊員のビデオを見て、大志を抱いたものだ。しかし、今はこう思っている。私の仕事は、小さな水の一滴でいいと。それは、私の場合、市役所の職員と住民とが、自分たちの町は自分たちの力で、いくらでも良くしていくことができるという考えを持つようになってもらうことへ力を貸すことだと思う。小さなプログラムをして、そこに小さな水の一滴一滴を集めていくことで、そんな川の流れを作っていきたいのだ。
1月2日(金)
スリランカ人友人から、1月1日の出勤は職員にとって大切で、年の最初の日から欠勤をすると怠惰だと思われるという話を聞いた。今日は絶対に出勤をしようとスリパーダ登山で痛めた足を引きずってジャーエラへ帰ってきていた。しかし、今日になっても足の痛みは治まらず、ホストファミリーも子供の学校が始まらないため朝が遅く、どうせカウンターパートも出勤しないのに、と思い出勤する気持ちが湧かないでいた。そこに、カウンターパートから出勤しないのかと電話があった。カウンターパートが元気を与えてくれた。足を引きずって、市役所の皆に新年の挨拶をして廻る。昨年5月から産休・育休していた職員とも再会した。カウンターパートは、自分のほかの仕事で忙しいようで、話さなければならないことが沢山あるので、時間をくれといっておいたところ、1時に帰宅するとのことで、その前に15分ほど話をすることができた。自治会と市役所のあり方や今後のAnnual Implementation Plan(年間実施計画)のプログラムについて、後任者について、自治会からの要望等を少しだけ話すことができた。
1月3日(土)4日(日)
家族の顔が見れない日々。インターネットテレビ電話を年末からずっとしていない。年末は家族が旅行中で、スリパーダから帰ってきたが、インターネットCafe店が閉まっている。日本の年末年始の休みに間一度も顔を見ていない。気持ちがブルーだ。1年9ヶ月が経過した。54回海外へ出たことがある。気に入って何回も訪れた国もある。訪れた国は大抵好きになった。そう思うときイメージする国というものは、そこの自然と町と人々のことだと思う。それが気持ちを高揚さえるものか、不快にさせるかということだろう。しかし、スリランカ。どうしても馴染めない。1951年戦後処理のためのサンフランシスコ講和会議で多額の賠償責任が迫られ、米英中ソ連による国土の4分割統治案等も考えられていた日本に損害賠償を要求しないようにと演説した故J.R. Jayewardene大統領(当時スリランカ外務大臣のジャヤワルダナ氏)等敬愛している人はいるのだが、、、、彼と会って話しをしてみたかった。足の痛みが未だ癒えない。
1月5日(月)
市役所へ出勤するが、発熱し、肩、足、腰が痛く、両足には何か虫に指されたか大きく熱を持って膨れている。MOH Office(保健所)で薬をもらう。カウンターパートは明日開催する幼稚園の行事で忙しい。私も参加するので協力できることがあれば手伝う旨話しておいた。メールを後任の方へ送る。
後任の方へ
あなたが日本のボランティアとして途上国の人たちと一緒に国づくりの役に立ちたいと青年海外協力隊隊員となられましたことに、一方ならぬ敬意をこめてご挨拶申し上げます。
あなたの着任にあたりまして、試験に合格するのに19年もかかり、妻も子供も日本に残し、職場の第一号として派遣されることになり、なみなみならぬ大志を抱いてスリランカへ旅発った日のことを思い出しています。
私は後任の要請はいたしませんでした。この事業が後任の方の、純粋な大志に見合うものか、迷いがあったためです。しかしながら、JOCV-Unitにひとり既に派遣が決まっているが、受け入れ先を探しているとのことで、ジャーエラ市役所に受け入れについて打診があった旨、市長から相談がありました。既存のJOCV-Unitに属する他の市役所に比べたらジャーエラ市役所は協力体制がよい市役所だと思っておりましたので、受け入れの問題はないのではないかと市長に答え、手続きが取られました。
志が大きく純粋であるほど悩むことも多く、楽しみよりも苦しみのほうが多いのではないかと思います。こちらで身につける語学や技術は、日本で必ずしも役に立つかどうかは分りませんが(殆ど役に立たないと思っておいたほうがよいのかもしれません)、日本へ持って帰れることができるものは、本質を見抜く心眼を磨くことや人を許し受容れる大きな包容力を養うことや人間としての器を大きくすることといった全人的な生長にしかないと思います。私たちの活動の場合、技術ももともとないわけですので、技術移転というよりも、市役所の職員と住民たちとが、自分たちの町は自分たちの力でいくらでも良くしていくことができるという考えを持ってもらうことに力を貸していくことだと思っています。2年間という短い時間では、そんな流れを作ることは難しいかもしれません。しかし、小さなプログラムを実施して小さな水の一滴一滴を集めて、川の流れを作っていけば、それは大河の流れとなり、やがて大海原へ続くのではないかと思います。そして、不便な途上国での2年間の生活の中で、日本の経済成長とグローバル化の影で、真価が評価されていない日本の素晴らしさや現代の日本の問題に気付くことで、帰国後の活躍の場が待っているのではないかと思います。
大切な家族や職場を犠牲にして、快く送り出してくれたその愛する人々を思うと、長い間、自分は何をやっているのだろうかと、虚しさと無力感に苛まれましたが、ボランティアとは、表層自分には何の利益もないものごとに身を捧げ、本質の深く大きなところで、掴み取ったものを、また、他人のために捧げることなのかもしれないと考えるとき、協力隊の活動というのは帰国後も生涯続いていくものではないかと、今帰国を前に考えています。
まあ、兎に角、地球は一家、人類は皆兄弟。人間と人間同士、心と心でぶつかれば、必ず分かり合えます。愛は国境も言葉や文化の壁も超える!肩肘張らず、自然体で!
熱烈歓迎!お待ちしています。
ブログ;スリランカボホマストゥティ http://blogs.yahoo.co.jp/yuiwamitsu

新年のご挨拶をご支援いただいている方方へ送る。
皆様 明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いします。
後3ヶ月で派遣期間を無事満了し、愛する祖国、憧憬の我が故郷宮崎に帰ることができます。これも一重に皆様のご高配とご支援の賜物と心より感謝申し上げます。
さて、2年間ボランティアとして、途上国の国づくりにご協力できる機会を頂き、生涯に残るかけがえのない経験となりました。活動は、大きなものではありませんが、小さなプログラムを実施して小さな水の一滴一滴を集めて、流れを作っていけば、それは大河の流れとなり、やがて大海原へ続き、いつの日か、スリランカの市役所の職員と住民たちとが、自分たちの町は自分たちの力でいくらでも良くしていくことができるという考えを持っことができるようになるだろうと思っています。
米共和党大統領候補として活躍したジョン.マケイン氏は、捕虜となった6年間で、祖国に恋をしたと語っていますが、2年間の不便な途上国での暮らしの中で、彼の気持ちがよく分かるような気がします。これほど私が、日本を宮崎を家族を愛していたのかと自分でも驚いております。帰国後は、祖国.故郷.家族のために全身全霊を捧げたいと思っております。
最後になりましたが、皆様の益々のご健勝とご活躍、ご多幸を祈念いたしまして、筆を置きたいと思います。
ブログ;スリランカ ボホマストゥティ
http://blogs.yahoo.co.jp/yuiwamitsu

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明けましておめでとうございます。大活躍されてる様子を、見させて頂き、敬意を表したくなりますし、我宮崎市民にとって大変な誇りでもあります。あと僅かですね、帰国後色々お話しをお伺いするのを楽しみにしております。

2009/1/10(土) 午前 10:21 [ ひろ ]

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明けましておめでとうございます。あまり何もできておりません。船長には大変お世話になりました。エールを送っていただき、頭が下がります。帰宮後は、また、色々なことを教えてください。まずは、海のことから、、、色々ありがとうございます。

2009/1/11(日) 午後 3:22 yui*ami**u

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おちんぽ出して、ヌポヌポおしゃぶりされて、5万もらった!!


しかも「おちんちん美味しかったからまた買ってあげる♪」ってさ(笑)
そんなん言われたら、次に会う時までボッキ止まんねっての!!(≡゚∀゚≡)

2010/4/22(木) 午後 8:43 [ おちんぽ買い取りMAX! ]

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うはwwwこんなエ口女見たことないっすよ!!
目ぇ離したらすぐボクのティムポにしゃぶりついてくるし!!
こんな女とヤれてお金まで頂いちゃって、ホントにいいんすかね?www

2010/5/7(金) 午前 7:49 [ スケベ女うめぇぇぇ!!! ]

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出ました!Gカップ爆☆乳!!!!
バックで突きまくったら、おぱぁいがブルルン揺れてすげぇ迫力だった!!

てか、こんな工ロボディ食べたのに6万も貰っちゃったぜ♪(^^)

2010/5/8(土) 午前 2:12 [ メロンみたいな乳だったな笑 ]

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人 妻3人相手にしてきたけど、マジやっべぇな!!!!
プ ェ ラ×ア ナ ル×ディープキスの三点攻めで、オレ喘ぎまくりだっつの!!
しかも3人合わせて18万も貰えたぜぇぇぇ!!(゚∀゚)

2010/5/16(日) 午後 9:43 [ 飢えた主婦は野獣だな! ]

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にょひょほほほほ!!!!(゚∀゚≡゚∀゚)
昨日セレヴとセックチュしたら、まさかの12万ゲットォォォォ!!!!
熟れたボディも思ってたより工ロくてウマウマ(゜∀゜)でちたwwww

2010/6/3(木) 午後 3:13 [ テンションあがってきたぁぁ!! ]


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