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2月15日(金)
宿舎の鍵をバドウッラ市役所へ返却。
宿舎の近所の肉屋一家から食事に招待され、昼食をいただく。そこへバドウッラ市の労務者が現れた。いぶかりながら部屋から顔を出し、鍵はもう返却した旨答える。なぜ私がそこにいることが分かったのかということも謎だが、この労務者の本当の訪問理由があったとはこのとき私も肉屋一家も知る由もなかった。コロンボへ。
2月18日(月)
バドウッラ市役所からサインをもらった省からの手紙と宿舎の備品チエックリストを省へ提出。
2月20日(水)
ポーヤデーで村のホームステイ先(マトゥガマ)へ。村人はみな純朴で、相変わらずゆったりと時が流れていた。長男が韓国へ、長女がサウジアラビアへ行くことにしているというのが何より心配だ。騙されやしないか、心配だ。純朴すぎる人達へいろいろと話して聞かせたが、彼らはうきうきわくわくしているばかりだ。心が痛む。
2月21日(木)
早朝、バスで直接デヒワラ市役所へ出勤。小学校の視力身長体重測定を手伝う。綺麗な小学校だ。
2月22日(金)
デヒワラ市役所へ出勤。「いってきます!」と出勤。いい響きだ。俺ってサラリーマンが身についているんだな。デング蚊予防キャンペーンの手伝いをする。民家を廻り、チラシを配り、予防策を講じる説明をする。
2月25日(月)
デヒワラ市役所のゴミの出し方についての啓発活動で4名の公衆衛生官と60世帯ほど臨戸訪問。
2月26日(火)
午前、デヒワラ市役所服助役主催のゴミに関する会議に出席。ルナワプロジェクトという低湿地帯の住環境整備事業の職員と一緒に、トラクターや労務者の配置や堆肥化施設の整備等ゴミ問題の実質的な解決策を協議していた。午後、同期村落隊員と後輩村落隊員を訪ねて、ルナワ環境改善・地域開発プロジェクトの事務所である地域情報センターを訪問。地域コミュニティとプロジェクトを繋ぎ事業を進める立派な活動をしていた。サイトのひとつの低所得地域で隊員が行っている児童の英会話クラスに参加した。かわいい子供たちだった。
2月27日(水)
配属先のJOCV-UnitプログラムオフィサーとMinistry of Housing & Common Amenities(住宅公共施設省)側JOCV-UnitカウンターパートとJa-Ela Urban Council(ジャーエラ市役所)を訪問。2月11日の訪問時にも増して、12人の主要職員が歓迎してくれた。会議は終始真心に満ち居心地良いとても良い雰囲気で行われた。その日のうちにジャーエラ市役所訪問調査についてレポートにして省へ提出した。
2月28日(木)
マータレー市訪問。JOCV-Unitのサイトを訪問。不法居住者の移転先で次々に新しい住宅が建設されていた。
2月29日(金)
日本の戦後の農村開発を支えた生活改善員の取り組みについてアジアの開発途上国で活用が可能かについてTV会議を行った。JICA筑波JICA本部、インドネシア・タイ・ベトナム・ラオス・ネパール・バングラデシュ・スリランカの各事務所とを繋いで2時間半の会議が行われた。村落開発普及員は生活改善員を基に作られた要請であり、住民のエンパワーメントと関係機関との連携を行う活動は、生活改善員の活動から学び生かすことができる。
3月1日(土)
隊員歓送迎会。青年海外協力隊員・一般短期隊員・シニアボランテイアの赴任と帰国をお祝いした。残り1年となった私の活動、帰国隊員のように果たして自分も何か役に立つことができるのだろうか?早く新しい任地が決まって欲しい。私はボランティアだ。自分にできることは小さなことでどんなことでも必死になってやるつもりだ。
3月3日(月)
日本はひな祭りだな。娘たちはどうしてるかな。
3月4日(火)
デヒワラ市役所出勤。デング蚊予防について啓発のため民家を巡回。
3月5日(水)
デヒワラ市役所出勤。デング蚊対策とゴミ問題について学校教員たちとワークショップ。意見を求められ、地域の問題は行政の力に頼るばかりでなく、自分の住む街は自分たちでよくしていこうという自治会活動や市民ボランティア等市民の自発的な活動が大きい力を持っているということについて、日本脳炎の予防や蚊の駆除そして溝さらいや市民一斉清掃やゴミ拾いとゴミのポイ捨てをなくそうという啓発活動等の事例を挙げながら少し話してみた。
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