スリランカ ボホマストゥティ

19年かかって合格の夢をつかんだ42歳の青年海外協力隊。

コロンボとデヒワラ市役所

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鍵・デマ・新天地

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2月15日(金)
宿舎の鍵をバドウッラ市役所へ返却。
宿舎の近所の肉屋一家から食事に招待され、昼食をいただく。そこへバドウッラ市の労務者が現れた。いぶかりながら部屋から顔を出し、鍵はもう返却した旨答える。なぜ私がそこにいることが分かったのかということも謎だが、この労務者の本当の訪問理由があったとはこのとき私も肉屋一家も知る由もなかった。コロンボへ。
2月18日(月)
バドウッラ市役所からサインをもらった省からの手紙と宿舎の備品チエックリストを省へ提出。
2月20日(水)
ポーヤデーで村のホームステイ先(マトゥガマ)へ。村人はみな純朴で、相変わらずゆったりと時が流れていた。長男が韓国へ、長女がサウジアラビアへ行くことにしているというのが何より心配だ。騙されやしないか、心配だ。純朴すぎる人達へいろいろと話して聞かせたが、彼らはうきうきわくわくしているばかりだ。心が痛む。
2月21日(木)
早朝、バスで直接デヒワラ市役所へ出勤。小学校の視力身長体重測定を手伝う。綺麗な小学校だ。
2月22日(金)
デヒワラ市役所へ出勤。「いってきます!」と出勤。いい響きだ。俺ってサラリーマンが身についているんだな。デング蚊予防キャンペーンの手伝いをする。民家を廻り、チラシを配り、予防策を講じる説明をする。
2月25日(月)
デヒワラ市役所のゴミの出し方についての啓発活動で4名の公衆衛生官と60世帯ほど臨戸訪問。
2月26日(火)
午前、デヒワラ市役所服助役主催のゴミに関する会議に出席。ルナワプロジェクトという低湿地帯の住環境整備事業の職員と一緒に、トラクターや労務者の配置や堆肥化施設の整備等ゴミ問題の実質的な解決策を協議していた。午後、同期村落隊員と後輩村落隊員を訪ねて、ルナワ環境改善・地域開発プロジェクトの事務所である地域情報センターを訪問。地域コミュニティとプロジェクトを繋ぎ事業を進める立派な活動をしていた。サイトのひとつの低所得地域で隊員が行っている児童の英会話クラスに参加した。かわいい子供たちだった。
2月27日(水)
配属先のJOCV-UnitプログラムオフィサーとMinistry of Housing & Common Amenities(住宅公共施設省)側JOCV-UnitカウンターパートとJa-Ela Urban Council(ジャーエラ市役所)を訪問。2月11日の訪問時にも増して、12人の主要職員が歓迎してくれた。会議は終始真心に満ち居心地良いとても良い雰囲気で行われた。その日のうちにジャーエラ市役所訪問調査についてレポートにして省へ提出した。
2月28日(木)
マータレー市訪問。JOCV-Unitのサイトを訪問。不法居住者の移転先で次々に新しい住宅が建設されていた。
2月29日(金)
日本の戦後の農村開発を支えた生活改善員の取り組みについてアジアの開発途上国で活用が可能かについてTV会議を行った。JICA筑波JICA本部、インドネシア・タイ・ベトナム・ラオス・ネパール・バングラデシュ・スリランカの各事務所とを繋いで2時間半の会議が行われた。村落開発普及員は生活改善員を基に作られた要請であり、住民のエンパワーメントと関係機関との連携を行う活動は、生活改善員の活動から学び生かすことができる。
3月1日(土)
隊員歓送迎会。青年海外協力隊員・一般短期隊員・シニアボランテイアの赴任と帰国をお祝いした。残り1年となった私の活動、帰国隊員のように果たして自分も何か役に立つことができるのだろうか?早く新しい任地が決まって欲しい。私はボランティアだ。自分にできることは小さなことでどんなことでも必死になってやるつもりだ。
3月3日(月)
日本はひな祭りだな。娘たちはどうしてるかな。
3月4日(火)
デヒワラ市役所出勤。デング蚊予防について啓発のため民家を巡回。
3月5日(水)
デヒワラ市役所出勤。デング蚊対策とゴミ問題について学校教員たちとワークショップ。意見を求められ、地域の問題は行政の力に頼るばかりでなく、自分の住む街は自分たちでよくしていこうという自治会活動や市民ボランティア等市民の自発的な活動が大きい力を持っているということについて、日本脳炎の予防や蚊の駆除そして溝さらいや市民一斉清掃やゴミ拾いとゴミのポイ捨てをなくそうという啓発活動等の事例を挙げながら少し話してみた。

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1月22日(火)〜1月25日(金)
Puwakugodamulla地域開発委員会は市役所へ登録を行った。National Housing Development Authority(国家住宅開発局)もPuwakugodamullaの労務者住宅の建て替えと住宅ローンプラグラムを行うことになった。労務者住宅の側溝・トイレ・街灯・電気・水道はバドウッラ市役所が設置していくだろう。
大きな協力者だった助役は交代となり、唯一残された協力者D氏も配置換えにされた。私の協力者はいなくなった。バドウッラでは仕事ができなくなった。配属先では、私を異動させることにした。
1月26日(土)
スリランカの時の流れに身を任せ、近所の人たちと一緒に道端に椅子を出し、空を眺めながら話をする。親達の近くには子供がいつも近くにいる。昼寝をしていた人たちが16時ごろ起きてきて会話に加わる。甘い紅茶をだして、ビスケットを勧める。彼らは1日5回くらい食べているようだ。朝8時ごろ甘いミルクティーとビスケット。10時ごろ朝食。14時ごろ大盛りのライス&カレー。14時ごろから16時ごろ昼寝。17時ごろ甘いお菓子と甘い紅茶。21時ごろ大盛りのライス&カレー。22時ごろ就寝。食べるときは、満腹になるまで食べることが幸福。食べることと寝ること。このライフスタイルが最も幸せなようだ。仕事もこのときの流れに合わせて行われ、自宅に戻り出退簿にサインをするだけになっている市役所のフィールドオフィサー等職員もいるようだ。職場にも子供がいて、仕事をしている。彼らは子供をひとりにさせるなんて考えられないのではないか。鍵っ子なんていないようだ。家族が一体となっている。朝8時から夜10時までの日本の仕事一色の生活・親子の断絶の状況を考えると、彼らのほうが幸せに思える。彼らはあれが欲しいこれが欲しいというが、それを買うためにはもっと働かなくてはならないだろう。日本のように仕事一色の生活で物に囲まれているのが幸福だろうか?職場も成果主義で、成績の悪いものは首を切られる。ダイエットに気を使いうまいものも諦め、一刻一秒を惜しんで何かをしていなければ、置いていかれる。彼らがうらやましい。スリランカ―バドウッラの時の流れが体内時計になってきそうなのを、帰国後のことも考え戦っているが、、思考が鈍ってきた。
1月27日(日)
事務所から担当調整員が訪問。私が毎日のように通ったカデー(軽食喫茶店)へ。市長との対話が市長の激怒と叱責に終わったこと、今までの状況―市長と3人のカウンターパートの関係、市の体質、Dissanayake 氏について、助役交代について、前市長・前々助役のJOCVへのサポートについて等―説明を行う。休日なのに遠路バドウッラまで来ていただいた。赴任時からお世話になっている本当に面倒見の良い調整員だ。私の宿舎近くの親切にしてくれる肉屋一家にも案内し、紅茶をいただいた。一家の6歳の子供を抱っこしながら調整員を見送る。本当にすまないが、私はこのバドウッラ市役所ではもうやっていくことはできなくなったようだ。
1月28日(月)〜31日(木)
事務所からの指示で、月末まで休暇を取る。
2月1日(金)〜8日(金)
配属先からバドウッラ市役所へ私の異動を告げる文書が送付された。市役所・関係先には顔を出さず、ひたすら荷を畳む。来たときはスーツケースひとつにかばんひとつだったが、出て行くときに結構な荷物となるものだ。信頼のおける数人の知人だけにバドウッラを出て行くことを告げた。
Dissanayake一家、Idalugashinnaの駅守の友人、Haputaleの友人、Ellaの友人、Nilupelaの友人たち。家族のように愛してくれた。知人や友人に写真を現像して配る。こちらでは給料の3か月分もするカメラは貴重品だ。カメラはどの家庭にもない。子供たちの写真は未来の貴重な財産となる。食事に招かれ、貧しい彼らの真心に抱かれる。町で玩具を買い漁る。子供たちへ小さな贈り物。
2月9日(土)
配属先から車が到着し、荷物を詰め込む。近所の友人たちから朝・昼・夜の食事に招かれる。もっと食べろ食べろの攻撃で、腹は爆発。
2月10日(日)
前市長宅で朝食に招かれ、コロンボへ出発。前市長は、バドウッラ市役所から協力隊を要請したその人だ。20年続いた彼の市政は今でも評判が高い。訪日もしており大の親日家で、私の前任者まで歴代隊員の面倒を見てきた人だ。最後の日になってお会いすることができた。最後に見送ってもらったのがこの前市長になるとは。山道を下りコロンボへ。真心が通った友人たちとは、もう会うこともないかもしれない。悲しさがこみ上げてきた。ポケットには、Dissanayake氏に託そうとしていた宿舎の鍵が入っていた。
2月11日(月)
配属先省へ。Additional Secretaryと面談。配属先のJOCV-UnitプログラムオフィサーとJa-Ela Urban Council(ジャーエラ市役所)を訪問。唐突な電話で訪問予約を取っての突然の訪問にも関わらす、主要な職員が全て集まり協議が行われた。見事な調整能力と俊敏な対応と熱意に満ちた雰囲気そして温かいもてなしがとても好印象だった。
2月12日(火)
JOCV-Unit現地スタッフと面談。至急宿舎の鍵を返還するようにとのバドウッラ市助役から電話がある。宿舎(公民館兼訓練所-クリニック・幼稚園)の鍵を持っていることが大きな問題に発展しないように、手紙を作成するので、鍵を至急返却するようにと省から指示があった。明日から26日まで、当Unitの車両が使用できない旨説明を受ける。移動制限中であるが、自分の蒔いた種だ、自分で責任を取ろうと考え、15日に自分で鍵の返却に行くことにした。
2月13日(水)
デヒワラ市役所へ。コロンボのホストファミリー宅へ。写真を渡す。10ヶ月近く会わないうちに子供たちが大きくなっていた。ホームステイ中私の周りにまとわり付いていた子供たちも恥ずかしがっていた。
2月14日(木)
デヒワラ市役所へ。ゴミの状況を見て回った。資源リサイクル施設はあるが、ゴミ堆肥化施設がなく、ダンピングサイト(ゴミ廃棄場)は白さぎたちが群がっている。焼却施設もなく、土をかぶせるだけの方法のようだ。(バドウッラでは野犬や牛やヤギやカラスやコウモリが群れていたが。)現状はリサイクルの点でバドウッラより進んでいるように見えるが、バドウッラはJICAの技術プロジェクトでSolid Waste Managementに取り組んでいる。ゴミの問題は世界の問題だ。

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