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あるところに、一匹の猫がいました。名前はミーコといいます。
ミーコはとても美しい猫で、町中の猫はミーコのことが大好きでした。
よく晴れた春の日のことです。ミーコがため息をついて日だまりで寝ていました。
「どうしたのですか?」
一匹の黒猫が、ドキドキしながらミーコに近づいてきました。ミーコはけだるそうに眼だけをあげると
「つまらないの」
と、いいました。
「どうしてですか? みんな、あなたのことが大好きなのに」
振り返るとたくさんのオス猫たちが、ミーコへのプレゼントをもって影から見ています。
「知ってるわ。だから、なに?」
黒猫は戸惑いました。
「だって。あなたは、望めばどんなことも叶えられる。みんなから愛されているんですよ」
「そうね。気味悪がられる黒猫のあなたとは、違うわね」
黒猫は悲しくなりました。
「どうせ、あなたも、私が好きなんでしょ?」
「ええ。だから、幸せそうじゃないあなたを見ていると、悲しいんです」
ミーコは鼻をならして、そっぽをむきました。
「だったら、私を喜ばせてちょうだい」
黒猫は、ミーコを楽しませることを探しに、旅に出ました。
隣町に来た時です。一匹の大きな犬に会いました。
「見かけない顔だな。何しに来た?」
「僕の大切なひとが、みんなに愛されてもつまらないというのです。どうしたら、そのひとを喜ばせられるでしょうか」
犬は鼻にしわをよせました。
「そんな生意気な奴は、噛んで痛い目にあわせてやればいいさ」
「そんなこと、僕にはできません。……ありがとうございました」
黒猫はしょんぼりして、次の街へと向かいました。
そこには立派な翼の鳥がいました。
「見かけない顔だね。何しに来たのさ?」
「僕の大切なひとが、みんなに愛されてもつまらないというのです。どうしたら、そのひとを喜ばせられるでしょうか」
鳥は首をかしげました。
「そのひとは、君をすきでいてくれるのかい?」
「いいえ。僕は黒猫だから、気味が悪いって」
「そんな失礼なやつは、無視すればいいさ。そのうち、後悔するだろう」
「そんなこと、僕にはできません。……ありがとうございました」
黒猫はがっかりして、次の街へと向かいました。
そこには物知りの蛙がいました。
「君が、生意気なミーコを喜ばせようしている黒猫じゃな」
「僕のことを知っているのですか?」
蛙はうなずくと、黒猫の柔らかい耳に耳打ちしました。
「お前がミーコを喜ばせることができても、きっとミーコはお前に優しくなんかならないぞ」
「かまいません。僕はミーコが大好きです。だから、喜ばせてあげたいのです。でも、あの人は全部持っている。何をしてあげたらいいのか、わかりません」
蛙は少し考えて、誰かを呼びました。
「なんだ?」
草むらから出てきたのは、毒蛇でした。
「彼を連れていくがいい」
毒蛇は、長い舌をチロチロと揺らして、冷たい目を細めて黒猫を見ていました。
続く
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短編
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※これは、小学1年生と2年生の子どもに、以下の設定だけをあげて作ってもらったお話です。 |
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その小さな生き物は、もぞもぞと蠢いては、なかなか居場所を見つけられないでいる様だった。
堅そうな茶色の背中が不気味にテカっていて、気持ちが悪い。いつもなら、すぐに捨てて、というところだけど、今の私に、その元気はなかった。 動きが、止まった。 「裕くん。蝉さん、止まったよ」
この生き物を連れ帰った張本人の息子は、退屈したのか、はたまた待ちくたびれたのか、昆虫図鑑を枕に、いつしか眠ってしまっていた。お風呂に入る時ですら「見張っていて」とうるさかったのに。健闘むなしく、睡魔に負けた息子の背に手を当て、カーテンに引っ掛かったように爪を立て、動かなくなった幼虫を見上げる。
さっきまで、落ち着きなくしていたのが嘘のように、微動だにしなくなってしまった。羽化するのだろう。それが、すぐに始まるのか、数日かかるのか、私には見当もつかない。 息子の、汗で額に張り付いた髪をすくい、抱える。五歳になる彼の重さは、腰に響いた。自分の加齢と彼の成長、どちらによるものなのかは判然としないが、彼を抱える事が出来る月日はそう残されていない事だけは確かだった。抱え直すと、うっすらと汗のにおいがした。 「こんなに遅くまで、頑張ったね」
届かない言葉をかけながら、息子を寝室に連れて行き、寝かせた。良く日に焼けた頬に、まだまだ幼さが滲んでいる。夢を見ているのか、小さく笑う。私もつられて微笑んだ。
健やかな寝顔を見ていると、救われるのと同時に、これからの事が思いやられ、胸が塞いだ。頭を抱えたくもなる。溜息の代わりに、そっとタオルケットを息子の足元にかけた。 蛍のように点滅する光が、視界の端にとまった。顔を背けようとした途端、マナーモードにしている携帯電話はジジジと震え、再び着信がある事を告げる。 知らない顔をして、背を向けた。 事実がわかった以上、夫との話し合いは無駄だと思っていた。 七年間、育んできた家庭は、一週間前の見知らぬ女性の出現で、あっけなく終わろうとしている。 自分には縁のない話だと思っていた。どこにでも転がるありきたりの浮気話。それは想像と違って、憎しみや怒りより、虚しさと脱力感をもたらし、同時に私の心も閉ざした。 開きっぱなしになっていた昆虫図鑑を手に取る。汗のシミがついていた。 私には、守らないといけないものがある。しっかりしなきゃ。 そっとシミのあとを指でなぞり、そこにある文字に目を滑らせた。 蝉の生体について書かれたそのページには『俗に蝉は地中に七年地上で七日といわれているが、実際のところはまだ未解明なのだ』と記されていた。 こんなに身近にいる生き物なのに……と言いかけて、吹き出した。身近にいても、わからない事は、確かにあるのだ。 「七年……かぁ」
静かな夜に、七年の時がゆっくりと染みてくる。思い出すほどに、やるせなさが胸を痛める。なのに、アルバムをくる手が止められないように、とめどなく様々な出来事が去来した。このどこに、あんな不幸が入るこむ隙間があったのだろう。
意識が、眠気にさらわれかけた。こくんと舟を漕ぎ、慌てて顔を上げる。 小さく息をのんだ。 ―― 羽化が、始まっていたのだ。
固い殻に一筋の亀裂が入り、乳白色の体が少しのぞいている。ゆっくりゆっくり、でも、確実に、古い殻を破り新しい姿がせり出してくるその様子に、しばし見入ってしまった。
卵から月日をかけて、ここまで大きくなった。雨や暑さ寒さにも、地中でじっと耐えた。 ずっとずっと暗闇の中、太陽の世界を待ちわび、ようやく、この日を迎えたのだ。 「本当に……」
七日で終わってしまうの? 七年の時を、たった七日で終わらせてしまってもいいの?
やがて、真っ白な蝉はしわくちゃの羽を伸ばし始めた。この羽が開けば、きっと飛び立っていくのだろう。せいせいするほど自由で、眩しい夏の空へと。 ジジジとまた、あの音が耳に届いた。 私の空は、どこにあるのだろう。七年大切にしてきた場所か、それとも、まだ見ぬ場所か。どちらにしろ……。 私は携帯を手に取った。開く。夫の声がした。蝉よりもうるさい必死な声に、私は小さく苦笑する。 「生体はまだ未解明らしいものね。諦めるのは早いよね」
電話の向こうの夫の不思議そうな顔が目に浮かぶ。
朝日が射し始めたカーテンから、カラリと蝉の抜け殻が転げ落ちた。 |
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初盆なんだから、帰ってこい。
親父のその言葉が慰めにすぎない事は、わかっていた。 鞄の中のケータイに手を伸ばす。何かが指先に当たり、手紙や電車のチケットと一緒に送られてきた飴の袋だと思い至った。 途端に、苦い味が口の中に広がる。いらないと何度言っても、子どもの頃好きだったからと、田舎から送られて来る琥珀色の飴だ。
袋を奥へと押し込み、ケータイを取り出した。芳しい情報は今日も届いてはいない。 絶え間なく体を揺さぶる昼下がりのローカル線の振動は『世界一の株のディーラーになる』と息まいて東京へ飛び出していった男を同情するかのように穏やかで、むかついた。 視界の端で、景色が後方へ飛んで行くのを感じる。 どうせ外は灰色の、寄る辺ない感情を切り貼りしたような風景に決まっている。眺めても、息苦しいだけだ。
顔を伏せ、膝に置いたパソコンの画面に目を落とす。 一瞬で、信頼は裏切りに、栄光は紙くずに、永遠は刹那に代わる。成功のセオリーは他者のデマゴギー。隙を作ればあっという間に食いものにされるのだ。簡単に価値が翻る市場では息も抜けず、目まぐるしく変遷する数字に齧りつく。
きっと、どこかに勝機はある。まだ、まだ俺は、負け犬なんかじゃないはずだ。 子どものはしゃぐ声が聞こえた。同じ車両に乗っているのだろう。ボックスシートでは、他の客の姿は見えない。 楽しげに何かを話す高い声に、柔らかな女の声が返事をした。 胸に痛みが走る。キーボードの上で踊っていた指が止まった。 と、窓が音と立てて激しく揺れた。突然、世界が闇に飲み込まれる。驚き顔を上げると、瞬きをするように頭上の灯りがついた。 ハッとし、慌てて画面に目を落とす。 「くそっ」 そうだ、トンネルだ。地元に着く手前にある、くそ長いこいつの事を忘れてた。 キーを何度か叩くが、画面は時の流れを忘れたようにフリーズしている。電波が途切れたのだ。時計を見る。トンネルを抜ける時間を計算する。キーボードの上で無意味に指が地団駄を踏んだ。 泣き声が、した。 舌打ちしながら乱暴にパソコンを閉じ、座席から顔を出す。闇を恐れた子どもを、なだめる女の声が聞こえた。たぶん、母親なのだろう。 なんだよ、トンネルくらい……。 座りなおした。頬杖をついて窓の外に目をやった。 ぎょっとする。 暗闇に浮かぶ青白い顔の、尻尾を巻いて田舎に戻る負け犬が、こっちを見ていた。 ――これが、今の俺。 乾いた唇から笑みが零れる。こみ上げる弱気を震える拳で握りしめた。頬がひきつり、目頭が熱くなる。慌てて目を瞑る。が、闇の中の闇は、さらに深く、逃れようがなかった。 頑張ったさ。できる限りの事はやったんだ。休みも、褒美も、安らぎも無く、母さんの病状の悪化を聞いても、とにかく、がむしゃらに走ったんだ。 「俺、間違っちゃいなかったよな……」 最後に聞いた母さんの声は、ケータイ越しだった。帰って来られないのかという親父から、電話を取り上げた母さんは、一言、掠れる声で俺にこう言った。 「大丈夫」
と。
葬式すら出られなかった。死者を弔うより、死にかけの会社を立て直すのに必死だった。でも、結局のところ、もがけばもがくほど、出口は遠のいて……。 「お兄ちゃん」 顔を上げると、少年が立っていた。 「お兄ちゃんも、トンネル、怖いの?」 少年は日に焼けた顔で、にっと笑う。 「大丈夫」 「え?」 「母ちゃんが言ったんだ。トンネルは、いつか必ず抜けるって。だから、怖がらなくていいんだよ」 体から力が抜けていく。少年の顔を改めて見た。涙の跡があった。目が、まだ赤い。 「そっか……そうだよな」 しがみついていたパソコンを、鞄にしまった。ひょうしに、飴玉の袋が転がり出る。俺はそれを開けると、少年に差し出した。 「一緒に食うか?」 ―― 刹那 世界が眩いほど輝いた。 振り返る。目を、瞠る。大きな海と、果てしない空が広がっていた。視界いっぱいに。
清々するほどの青と、目に痛いほどの陽の光に、目を細める。窓を開ける。風が舞いこみ、熱を拭ってゆく。頬に太陽のぬくもりを感じ、草の匂いがした。 小さな包み紙を開け、口に放り込む。 電車がゆっくり、スピードを落とし始めた。 |
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壊れちゃえばいいって、ずっと思ってた。親友の顔して、励ますふりして、本当は二人の事、ずっと……。
「もうすぐだね。ちょっとドキドキするよね」
デジカメを構えたまま、隣に座っている歩美が扉を見つめていた。花嫁の登場を待つ、たくさんの人々の囁き合う声は、祝福にどこか上擦っていて、くすぐったい。
私は肯定とも否定とも取れない、曖昧な返事を口の中で転がして、そっと俯く。膝の上で結んだ掌は固いまま、解く事が出来ない。
―― 今日、プロポーズされた。ありがとう
礼なんて言われたくないと胸の奥に潜んでいた熱に、初めて自分はこんなつもりじゃなかったのだと気がつかされた。あの時、三年越しの想いを叶えたあの子の笑顔を、私はどんな風に受け止めたのだろうか。上手く笑えた自信はない。
サイテーだ。私。
「え? 何か言った?」
ハッとして、ふやけた顔で首を振った。ひょうしに、視界に彼の姿が入り込む。しまったと思った時はもう遅い、嫌でも彼の幸せそうな笑顔が目に焼きついてしまった。
「稔也、幸せそうだよねぇ」
歩美は目を細め、レンズを彼に向ける。
あの子なんかより、ずっと前から彼の事を見ていた。仲間と笑う顔も、仕事に取り組む時の真剣な眼差しも、酔った姿も、悔しさに人一倍努力する背中も……誰かに恋をした溜息も。
髪を後ろに流した白いスーツの彼は、手袋を落ち着きなくいじりながら、隣に立つ父親と話してる。
「彼、あんたの紹介なんでしょ?」
撮った画像を確認しながら、歩美は器用にデジカメを操作する。飄々とした電子音が軽快に鳴る。
「あ、こっち見た!」
歩美が再びデジカメを掲げた。息をのむ。彼が、笑って手を振っていた。
胸が、軋んだ。
私の知らない、笑顔だった。あんなに幸せそうな彼、見た事がない。
興奮を隠しきれないのか、やや上気した頬を緩めている。その目が喜びに輝くほど、私の胸の痛みは増していく。
大好きな人の笑顔をこんな風にしか見られないなんて、大切な人の幸せをこんな風にしか思えないなんて、私、本当に……。
いつまでも反応しない私に、彼が不思議そうに手を止めた。どうした? って目で心配している。歩美は気がつき、私の手を無理やりとった。
「なに、ぼんやりしてんの?」
無理やりに笑おうとして、涙がこみ上げた。ぐっと奥歯を噛む。彼が見ている。私を、見ている。
あの子を選んだくせに、心配なんかしないでよ……。
ダメ。このままじゃ、本当に涙が……。私は顔を伏せた。歩美が覗きこもうとする気配を感じたときだった。
オルガンの清らかな調べが、教会に響いた。讃美歌が静かに流れ始める。聖歌隊が歌い始めたのだ。周囲のたわんだ空気が一瞬にして緊張に固まり、神聖な空気が満ちていく。
「なに? もう、感動しちゃってんの?」
歩美の小声の苦笑を聞きながら、一緒に立ちあがる。
目を瞑った。もう、逃げ出してしまいたかった。
こんな場所も、こんな恋の結末も、なによりこんなに厭らしい自分自身が、大嫌いだ。
拳の上に一滴、涙が落ちた。
扉が開き、光が入るこんで来るのを、瞼ごしに感じた。
周囲が拍手に沸く。口々に彼の花嫁となるあの子を褒めそやす声がする。今、彼の胸はあの子を迎える喜びでいっぱいなのだろう。あの子は誇らしげに顔を上げ、彼の隣にこれからずっと立てる幸せに、美しく輝いているに違いない。見たくない。そんな姿、見たくなんかない!
一歩一歩バージンロードを行く気配が、傍を通り過ぎた。
「ほら、顔を上げなよ」
歩美が無理やりに私の体を持ち上げる。ぼやけた視界の向こうには、ステンドグラスを通した光に導かれ、彼の元へ向かうあの子の後ろ姿。
彼とあの子が、見つめあった。
その姿は、やっぱり大好きな二人で、なんか、悔しいのすら忘れちゃうくらい、凄く、凄く、幸せそうで……。
「おめでとう」
気がつくと、ひらいた唇から言葉が零れおちていた。
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