空に続く道

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羅針盤

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 病棟を出てロビーに降りると、すぐに誰だかわかる人影があった。

「よぉ!」

 聡は軽く手を挙げると歩み寄り、軽く首を傾げる。そして私の顔を見ると、いたずらっぽく微笑んだ。

「どうやら上手くいったみたいやな?」

「どういうこと?」

 私が見上げると、聡は私にあったかい缶コーヒーを渡した。

「ちょっとした悪戯をしかけてみてん」

「え?」

 私たちは話しながら駐車場へ向かう。
 聡は自分の缶コーヒーを上に何度も放り投げて弄びながら

「ここの小児病棟にな、電話してん。保険会社のものですが、そちらに入院中の金崎ハナさんの件でって。で、旦那さんの連絡先を聞き出して、で、俺が旦那さんに「お子さんの容態が急変しました」って電話したんや」

「はぁ?」

 唖然とした。
 何? それって、半分犯罪みたいなものじゃない! 人を騙して、個人情報を引き出して、嘘の情報を流して……。
 私は怒りを覚えると、聡を睨んだ。

「どうしてそんな事!」

「ん〜」

 聡は少し考えると、とぼけた様子で答えた。

「ハッピーエンドを信じたかったんかな。急変を聞いても、駆けつけへんようやったら、ほんまにアウトやと思ったし、もし駆けつけるようなら……やりなおせるんちゃうかって。ほんまに梓の先輩と赤ちゃんをを支えなぁアカンのは、やっぱり旦那さんやと思ったから」

 説明し終えると、こわごわこちらを見た。
 私は腕を組むと眉を寄せる。呆れてなにからどう怒ればいいか分からない。本当に、めちゃくちゃだ。

「うまくいったから良かったようなものの。馬鹿! 軽率よ!」

「ごめんて」

 私は頭を下げる聡に拳を振り上る。
 でも、ふと先輩と旦那さん、その腕に抱かれ眠るハナちゃんを思い出した。
 方法はどうであれ、彼らは聡のおかげでうまくいきそうなんだ。逆に、聡の行動がなければ、先輩は離婚も辞さない様子だった。まぁ、結果良ければって思うしかないか。
 私は苦笑すると

「ありがと」

 振り上げた手で聡の顔を包み、引き寄せ頬にキスをした。
 聡の片眉があがる。

「な、なんやねん! 不意打ちはずるいで」

「知らな〜い」

 私は舌を出す。
 そして私たちは見つめあうと、同時に噴き出して笑った。



 それから数日後、先輩とハナちゃんは無事に退院した。
 時間はかかるだろうけど、少しずつ家族になっていけるように三人で頑張るって…そうほほ笑む先輩の顔は、やっぱり綺麗だった。

 日常は何事もなかったように戻って来た。

 年が明けると聡の国家試験があり、春には研修医になった。
 今まで以上にすれ違いも増えたけど、同じ未来を見られるようになった私達には今のところ喧嘩はあっても、迷いはない。

 本当に大切なものは何か、自分の中心にあるのに生きていく上での様々なモノのせいで見失いがちなそれに、しっかり向き合っていく事。それを覚えたから。

 今日も私は、愛するべき人の傍で生きていける。当たり前のようで当たり前じゃない、そんな奇跡の尊さを抱きしめながら、照れ笑いに上がる片眉を見つめるのだった。

=終わり=

傍にいる理由 7

「あな……た」

 先輩が目を見開く。旦那さんは私の存在なんてまるで気付かずに先輩に駆け寄ると、先輩の肩を掴みハナちゃんを覗き込んだ。
 先輩の顔が恐怖にひきつる。

「香澄……ハナ」

 一体、どうしたっていうの? こんなに追い詰められた先輩にこれ以上何を!

「あの!」

 私が先輩を庇うように割って入ろうとした時だった、旦那さんは先輩に震える声で尋ねた。

「ハナは、ハナは、いつ逝って……」

 私も先輩も目を瞬かせる。
 先輩は自分を掴む旦那さんの手に、自分の手を重ねると。

「ハナは眠ってるだけよ。どうしたの?」

「え?」

 旦那さんはキョトンとしてハナちゃんを見つめなおす。

「本当に?」

 そして恐る恐るハナちゃんに触れた。
 小さいけれど、ちゃんと呼吸に動く胸。
 暖かな温もりを伝える柔らかい肌。

「良かった」

 旦那さんは床に膝をつくと溜息をついた。
 先輩はハナちゃんを抱えたまま旦那さんを見る。

「本当に、どうしたの?」

 旦那さんは脱力感を隠せないまま、眉を訝しげに寄せる。

「病院から、ハナに急変があったって連絡があったんだ。それで……」

「それで、駆けつけてきてくれたの?」

 先輩は泣き出しそうな顔で旦那さんを見つめた。
 あの、救急車で運ばれてもすぐには駆け付けなかった旦那さんが……私も信じられない気持だった。
 旦那さんは膝をついたまま、少し部が悪そうな顔でハナちゃんを覗き込むと、そっとその頬を撫でた。

「何故だろうな。あんなにこの子の存在が怖くてしかたなかったのに」

「怖い?」

 先輩の声に旦那さんは申し訳なさそうに頷く。

「どうしていいか分からなかったんだ。どう、受け入れればいいか。なのに、死んでしまうかもしれない。そう聞いたとたん、もっと怖いと感じた」

 旦那さんは先輩を懺悔するように見上げると小さな声で訊いた。

「抱かせてもらえるかな」

 先輩は唇をかむと、あふれそうな涙を堪えながら頷いた。
 そして大事そうにハナちゃんを差し出すと、旦那さんはぎこちない手つきで怖々受け取った。
 大きな旦那さんの腕の中にハナちゃんが収まる。

「は、はは……」

 旦那さんの口元から笑みがこぼれた。

「軽いな。小さいな」

 そしてハナちゃんの頬に滴が一つ落ちる。

「あったかいんだな」

 先輩を見つめる旦那さん。それに頷き返す先輩。
 もう、この家族に言葉はいらなかった。
 私はいつしか流れていた自分の涙を拭うと、そっと部屋を後にした。

傍にいる理由 6

 先ほどの一件があったので、小児病棟へは看護師が一人同行することになった。薬のせいでまだ足もとがおぼつかない先輩を車イスに乗せる。

 準夜帯に入った病棟は静かで、本来は面会時間もとっくに過ぎているので人影もほとんどない。私たちが通された部屋は二人部屋だったけれど、ベッドは空いていたので個室も同然だった。
 先輩はハナちゃんの寝かされているベッドの近くまでくると、一度躊躇ってから、ゆっくりベッド柵を掴み立ち上がった。

「ハ……ナ」

 言葉と一緒に涙が零れ落ちる。
 その声が聞こえたのか、今まで眠っていたハナちゃんの目が薄らと開いた。
 正直、ハナちゃんの耳が聞こえているのか、眼はどこまで見えているのかわからない。それでも、ハナちゃんは先輩の方にわずかに目を動かした。

「ハナ」

 先輩の震える指先がのび、ハナちゃんの手にそっと触れた。

その先輩の指を
ハナちゃんの細く小さな手が
弱弱しく
でも
確かに
握り返した

 そして……

「あぁ」

 ハナちゃんの喉が震えて、小さな、本当に小さな声がした。

「ハナっ!」

 それは、ハナちゃんが先輩を、母親を求めている揺るぎない証拠に見えた。ハナちゃんは先輩を何度も呼ぶように泣きはじめる。

「ハナ……」

 先輩はハナちゃんの手を握りしめたまま、その場に泣き崩れた。

――

 ハナちゃんは今、車椅子に座る先輩の腕に抱かれて安らかな寝息を立てていた。瞳を閉じて、先輩の胸に頬を添わせるその顔は、安心しきっているように見えた。その寝顔を見つめる先輩の顔もまた、穏やかで、自身の腕の中の温もりに目を細めている。
 先輩がハナちゃんを見つめながら、呟くように言った。

「私、決めたわ」

 静かだけど、強い決意を込めた声。

「ハナが、私をもう一度母親でいるのを許してくれるのなら、私、ハナと生きていく。主人とは別れる事になっても、ちゃんとハナと向き合っていく」

 そしてそっと、ハナちゃんの柔らかい頬を撫でた。

「だって、ハナを産んだのは私ですもの」

 そういう横顔は、愛おしさに溢れていて、私は黙って頷いた。
 その時だった、扉が乱暴な勢いに音を立てる。

「ハナ!!」

「!!」

 驚いた私たちに飛び込んできたのは、青ざめた顔の旦那さんだった。

傍にいる理由 5

「先輩!!」

 私は思いっきり叫ぶと、夢中で先輩の体に抱きついた。

「放して! 放しなさい! 私、ハナの所に行くのよ! 生まれ変わって、ハナに謝らなきゃ! ハナに……。ハナは私のせいで苦しんで……」

 先輩は意味不明なことを叫びながら、私を振り払おう力の限り抵抗する。

「先輩! 落ち着いてください!!」

 私の声も、興奮状態にある先輩には届かない。
 私たちはもつれあうように床に倒れた。

「放して! ハナに謝らなきゃ。こんな母親でごめんねって。ハナに、ハ……」

 髪を振り乱し脚をばたつかせる先輩は、痛々しくて。私は泣きながら先輩の腕を抑える。

「どうしたんですか!」

 そこにようやく数人の看護師が駆けつけてきた。

「早く! 先輩を!」

 私の叫び声。先輩を囲む白い背中たち。それでも振り回す手足を止めない先輩。混乱の中、一人の男性の看護師がやってきた。彼は強い力で先輩の腕をつかむと何かの注射を肩に打ち、ようやく事態は収まった。


 私は薬で眠らされた先輩の傍で、唇と噛んで俯きながら座っていた。
 私……なんて事したんだろう。
 先輩は自分を責めてる。ハナちゃんに障害があるのも、育児を満足にしてやれなかったのも、そして……今、ハナちゃんの様子がおかしいのも……。
 なのに、私は……。
 軽率な自分に嫌気がさした。
 静かに病室を出て、公衆電話に向かう。気がついたら、聡の携帯の番号を押していた。

 数回のコールで聡が出た。

「……私」

「お、どないしたんや?」

 聡の声に、一気に気が抜ける。私はその場にしゃがみこむと、泣きじゃくりながら事の始終を話した。聡もさすがに話が終わっても言葉を無くしていた。

「聡。私、どうしたら……」

「とにかく、もう少しそこにおり。俺、迎えに行くから」

 その言葉が何よりもほっとして、私は受話器を持ったままうなずいた。
 情けない。でも、今は聡に傍にいてほしかった。
 私は病院の名前と病棟を告げると受話器を置き、しばらくそこに蹲って動けずにいた。


 どれくらい経ったころだろう。私は鞄を置いてきたことに気がついた。正直、戻るのは気が引けたが、仕方ない。私は再び病室に戻った。
 ゆっくりと扉を開ける。
 心臓が飛び跳ねた。先輩が上半身を起して、こちらを見ていたのだ。

「あ、先輩」

 私はその無機質で、うつろな視線から逃げるように眼をそらせた。

「……ごめんなさいね」

 溜息のようなかすかな声。顔をあげると、先輩は理性を取り戻した瞳でこちらを静かに見つめていた。

「私、ハナに合わせる顔がないのよ。こんなひどい私が、ハナの母親でいていいのか、わからないの」

 私は締め付けられる胸を押さえながら、先輩の傍まで来ると、そっと手を握った。言葉にならない。
 先輩は私にすがるように見つめると、一縷でも望みを見出すかのように言葉を続けた。

「月城さん。ハナは、こんな私でも、こんな母親でも、必要なのかしら。今も、私を呼んでるって、そう思う?」

 きっと先輩は誰かに赦して貰いたいんだ。自分で自分に課した罪を償いたくて。でも、どうしようもなくて。
 でも、本当に償いたいのなら逃げるべきじゃない。だって、ハナちゃんは……。
 私は先輩の目を見つめると、黙って頷いた。

 そして、私たちは一緒にハナちゃんの元へと向かった。何かを、取り戻すために。

傍にいる理由 4

 病室に向かいながら、頭に血が上っている自分に気がついてはいた。
 冷静にならなきゃ。そう、自分に言い聞かせるけど、どうしても物も言えない小さな命が、必死に母親に向かって手を伸ばしているのかと思うと、苦しくて、なんとかしなきゃって思った。かといって、先輩を責めてはいけない。ハナちゃんに会えないのが一番辛いのはきっと、先輩自身だ。だけど、じゃあ、なんと切り出せばいいの? そりゃ、ハナちゃんの症状の原因は別にあるかもしれない、それにしても苦しんでるのだ。せめて少しでもハナちゃんに母親の温もりをあげたい。

 結局、何も良い手を思いつかないまま病室についた。とりあえず、会わないと始まらない。
 扉をノックすると、すぐに返事が返ってきた。部屋の中に入ると、先輩はバッドの上で身を起して、外を眺めていた。日の落ちた空は、茜色の余韻が幽かに残っているのに、濃紺の夜に飲み込まれつつあった。

「こんばんは」

 私は努めて平静を保つと、先輩の傍に佇む。先輩は小声で返事をすると、再び外を眺めた。
 何か言わなきゃ。でも、なんて言ったら。

「ハナの様子がおかしいみたいなの」

 ポツリ、先輩が言った。私はその顔を見るけど、空を瞳に映すその横顔は無表情で、何の感情も読み取れない。

「先輩」

 私は一度息を飲んでから尋ねる。

「会いには、いかないんですか?」

 ほんの少しだけ先輩の唇が歪んだ。
 やっぱり、会いたい気持ちはあるんだ。

「付き添いますよ。もし、お一人で無理なら、一緒に行きましょう」

 無意識に出た提案。でも、そうだ。先輩が一人でハナちゃんに向き合うのが難しいのなら、一緒に行って支えればいいんじゃないか。

「きっと、ハナちゃん、先輩の顔を見たら、声を聞いたら、元気になりますよ。看護師さんも検査には異常はないって。きっとハナちゃん、寂しいんですよ」

「そうね…」

 畳みかけるようになってしまった私の言葉に、先輩はつぶやくとしばらく、何かと葛藤するかのように黙り込んだ。
 時計の音だけが病室に響く。

「わかった。ハナの所に行くわ」

 私は一瞬耳を疑い、先輩を見つめた。
 そんな私に頷く先輩に、少しずつ喜びが沸き上がってくる。
 やった! 大きな一歩だ! これで、先輩とハナちゃん。二人とも少しは前に進める!!
 笑顔になる私に、先輩はもう一度頷くと

「悪いけど、行く前にお茶が飲みたいわ。売店で買ってきてくれる?」

「はい!」

 私は快く返事し、興奮を抑えきれず病室を飛び出した。

 良かった。良かったぁ。これで、少しでもハナちゃんに……。

 ナースステーションの前を横切り、私は嬉しさにうずうずしながらエレベーターを待った。
 その時ふと、本当に理由はないのだけど、妙な違和感がした。

『ハナの所に行くわ』

 先輩の声がリフレインする。
 そう言った先輩は、一体、どんな顔をしていたっけ?
 私、その言葉に舞い上がってしまったけれど。先輩は……どんな気持ちで……。

「!!」

 私は嫌な予感にギクリとすると、病室に引き返した。
 やっぱり、何かおかしい!
 主治医に説明を受けても面会を拒否した先輩が、こうもあっさり首を縦に振るなんて。

「先輩!!」

 私は病室の扉を勢いよく開けた。
 目に飛び込んできたのは、窓枠に足をかけようとする先輩の姿だった。

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