空に続く道

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太陽とアイスクリーム

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美咲の話 3

「え?」

 また、くぅ。
 そういや、昨日、ツグの家でアイスを食べてから何も食べてなかったっけ。

「ふ、ふふふ」

 思わず笑ってしまった。あぁ、人って、失恋でどんなにへこんでも、お腹は減るんだな。
 そっとお腹に手を当てる。すると、急に食欲が塊になって襲いかかってきたかのように、胃が空腹をはっきりと思い出し、今度がぐぅとかわいらしくない声をあげた。

「あ〜あ。あほくさ」

 顔を上げる。空を見上げる。そして私はそっと深呼吸をした。
 まぶたの裏に夏の眩しい日差しを感じた。薄暗い光の中に温かさを感じる。さっきまで涙をこらえていた頬がふっと緩み、じんわりと目頭が痛くなった。
 また、お腹が鳴った。
 何かの影がよぎり目をあける。眩しくて思わず細めた視界に、蝉が飛んで行くのが見えた。さっきのメスかわからないが、きっとそんな気がした。彼女もまた、鳴かずに飛ぶことを選んだのだ。なんたって、夏は短い。日陰でじっとしている余裕なんかないんだもんね。

「ふられちゃったか」

 声に出してみた。
 心の穴が少し広がった気がした。でも、もう、重くも苦くもない。
 お腹が鳴る。今の私に必要なのは甘い何かなのだと教える。
 視線を下げると、道向かいにコンビニが見えた。そういや、さっきはアイス、食べ損ねちゃったな。

「行きますか」

 ふと、ツグのところで食べたアイスを思い出す。
 とっても甘かったし、冷たくておいしかった。暑くて息苦しい夏に、あれは格別だった。もし、今あのアイスを食べたら、泣けちゃうかもしれないな。
 その味を思い出し、私は横断歩道の前に立つ。歩行者用の信号が点滅を始めていた。
 コンビニに向かって走り出す。ギリギリでもなんでもいい。渡ると決めたのだ。もう、振り向かないって決めたのだ。アイスを食べるって今、私が決めたんだもの。

 陽炎の向こうに揺れる世界はまだ不確かで、心の空っぽもきっとすぐには埋まらないし、ファインダー越しの世界は苦いだろうし、もうあの言葉も伝えられはしないだろうけど……。
 信号を渡り切る。振り返ると信号が赤で固定された。もう、後戻りはできませんよといちいち念押しされているようだ。
 そんなのわかってますよ。知ってますよ。
 強がりでもでもいいんだ。私は自力でここまで来たんだもの。
 いったん息を吐く。蝉が遠くで鳴いていた。一歩踏み出す。
 扉が、開かれた。

終わり

スキマスイッチ『アイスクリームシンドローム』
Youtube貼り付けようかとも思いましたが、著作権等怖いので、タイトルだけ(^^;
この作品のモチーフになった曲です。youtubeですぐに聴けますので、もしよろしかったら☆

美咲の話 2

 何かで聞いたことがあるが、蝉のオスの中で、交尾に成功するのは3割程度だそうだ。あんなに声を上げまくってもなかなかメスを呼び出せないなら、鳴かないメスが一人ぼっちで死んでいく可能性はいかばかりなのだろう。

――大好きだったんだよ

 声に出せば良かったかな。そうすれば、望みはあったかな?
 馬鹿だ。
 さっき、別れ話の最中にも携帯をいじっていた巧の姿を思い出す。もう、すっかり彼の心はここにはないのだ。

 ふと街路樹の蝉から視線を落とすと、街路樹の根元を隠すように植えられている低木に蝉の抜け殻が引っ掛かっていた。きっと地中にいた時はその中に閉じこもっていたんだろう、その蝉は、外に出た途端に、彼を守っていた殻を捨てて空へと飛び立ったのだ。
 残された殻は空っぽ。何もなく乾いて、いずれ風に吹き飛ばされ粉々になるのを待つだけなのだ。
 まったりとした重く苦い感情が、心に空いたスペースにじわじわと充満していくのを感じて、目をそらした。

 再び歩き出す。行く宛なんかない。とはいえ、自分の部屋にも、街にも、ましてやサークルのある大学になんか行く気もしない。……どこにも居場所はないような気がしてきた。
 頭のてっぺんがジリジリと焼ける。まるでここにいることを責められているような気分になる。
 でも、視線を上げると、またいらないものが視界に入ってきそうで怖かった。
 きっと、今は何を見ても、何を聞いても、巧のことを考えてしまう。嫌いだ。最低だと言いながら、結局、あの言葉が心の中で音を立てて転がっているうちは、何もできないのだろう。

 こんなことで、明日から本当に普通に彼をカメラで追うことなんかできるのだろうか? ファインダー越しに見ていたころのほうがもしかしたら、ずっとそばに感じていられたのかも知れない。隣にいるようになって、思ったよりずっと遠くに彼がいることを知った。その距離は埋まることなく、結局、もう手の届かないところまで行ってしまった。
 もう、その距離を埋めることはできないと知りながら、私は私のカメラに彼をまた焼きつけないといけないの?

「やっぱ、やめようかな」

 サークル。別に仕事じゃないんだし……。
 唇をかむ。暑さと湿気で思考がまとまらない。いや、思考がまとまらないのはそのせいじゃないか……。
 その時だった。私のお腹がくぅと小さな抗議の声をあげたのは。

美咲の話 1

「君は僕の太陽だ」

 これ、巧のセリフ。今度の映画で、巧が演じるナルシストな勘違い男が、自信満々にヒロインに囁く言葉なのだ。
 ナルシストの勘違い男。本当、巧にはピッタリだ。
 私は唇を強く噛みながら、奴の部屋から一刻も早く、一ミリでも遠くに行けるように足早にアパートの階段を駆け降りた。
 だいたい、別れ話の最中に携帯をいじる神経がわからない。最後くらい、私の事を、私の事だけを見ていてくれても良かったんじゃない? それくらい、してくれても良いじゃない。これでも、求めすぎなの?

 外に出る。
 薄暗い廊下から一気にまばゆい世界にさらされたジメッとした私は、思わず立ち止り手で庇を作って、顔をしかめた。
 ふと、明日からの撮影日程が頭を掠めて気分が重くなる。別れたって、今、サークルからは逃げられない。秋に向けての撮影が山場に来ている。メインカメラの私も、準主役の巧も、自分たちの事情でお互いを避けるなんてことはできない。そう、私はこんな水気たっぷりの重い気持ちのまま、元がつくようになってしまった彼を、カメラで追わないといけないのだ。
 頬が痙攣した。口元がわなないた。
 駄目だ、泣いちゃう。ぐっと再び唇を噛んで、一歩踏み出した。
 泣いてなんかやるもんか。泣くのは、本当に気持ちを許せる人の前だけって決めてるんだもん。もう、巧は恋人じゃない。確認できなかったけど、たぶんもう、他に好きな人がいる浮気者だ。
 好きな人……誰だろう?
 そんなの知ったところで、もう、どうしようもないのに気になり、立ち止りかける。その足を意地で前に進めた。

――大好きだったんだよ

 ふと胸に浮かんだ言葉が、空っぽになった心の中で行き場を探してコトコトと揺れた。それは心の中のそここにぶつかって、痛みにまでは届かないのに重くて苦しい。
 馬鹿。あほ。浮気者。軽薄。裏切り者。
 歩きながらたくさんの悪口を並べてみる。
 鈍感。嘘つき。カッコつけ。薄情者。
 嫌いなところだって、たくさん知ってる。付き合ってこの一年、少しの間だって気の休まる時はなかった。いつだって、不安だった。いつ、こんな日が来るかとビクビクしていた。そうよ。それが今日だってだけじゃない。ずっと、準備してた。こんな日が来ること、付き合い始めてすぐにわかってた。
 だって、巧はもてるし、楽しいし、優しいし、明るいし、映画のことも詳しいし、いざって時には頼りになるし、それに、それに……。

 目の前を何かが掠め飛んだ。驚いて足を止め、見ると、蝉だった。私の行く道に等間隔に植えられた街路樹の一つにとまると、その蝉は何も言わずにじっと幹にしがみつく。
 鳴きはしない。きっと、メスなのだろう。
 夏をわがもとと言わんばかりに鳴き狂うオスと違って、メスの蝉は鳴かない。ただ、じっと、黙って運命の出会いを待ちわびるのだ。

 天高く上った太陽の熱で、鉄板のようにカンカンに熱くなるアスファルトの上の世界。その世界で、ほんのわずかに設けられた避難所のような街路樹は、濃い影を揺らしていた。影の中で畳まれた蝉の羽は透明に透き通っていて、堅そうなその体は木の一部になったように見える。照りつける太陽の日差しから逃げてきた小さな体を木陰で休ませる姿に、私もなぜかホッとした。

巧の話 10

 確かに、もう、終わりだ。俺の気持ちは今や、完全に美咲にはない。
 とはいえ、1年近く恋人として傍にいてくれた彼女に、なんの情がないというわけでもなかった。一生懸命、俺の事を好きでいてくれた。やきもち焼きで疑り深いのも、彼女なりの愛情表現で、俺を信じられないというよりは、彼女が自分自身に自信が持てない故の事だとも、知っていた。美咲は何も悪くない。
ただ、俺の気持ちが変わってしまったんだ……。

「アイスクリーム、溶けちゃった」

「え?」

 見ると、彼女の手元で袋に入ったままのアイスバーが溶けていた。付き合うようになってから、俺の部屋に常備される様のいなっていたアイスクリーム。でも、これからはきっと……。

「行くね」

 美咲が立ち上がる。俺は慌てて顔をあげた。
 彼女は短い髪をくしゃっとかきあげると、うん、と背伸びして窓の外に目をやった。眩しそうに夏空を見上げる。去年一緒に絵付けした風鈴の向こうで、ジェット機が真っ二つに空を割って行くのが見えた。

「友達に戻れるなんて思わないけど……役者さんにカメラで意地悪はしないから」

 冗談のつもりだったのだろう。震える声が泣いている事を教えた。思わず振り返りかける俺を「こっち見ないで!」と鋭い声が跳ね返す。

「ファインダーに、ちゃんと焼き付けて行くから」

 あんなに甘えん坊で、あんなに感情に正直で、あんなに一生懸命俺を好きでいてくれた美咲が、涙をこぼさないようにしているのが、見なくてもわかった。それは、ぎゅっと胸を締め付け、苦しさにこぶしを握らせたが、彼女の制止を振り切って抱きしめ引きとめることは、やっぱりもうできなかった。

「巧は、もっと素直になりなよね。カッコつけることばっかり考えてると、運命は逃げちゃうから」

 ゆっくり、美咲が遠のいていく気配がする。靴を履く。ドアに手をかける。そして、こちらをもう一度、見た。それらの行動は、背を向けている俺の目には映らない。でも、感じることができた。今までの、どんな時より、彼女を近くに感じたのだ。

「じゃ……ね」

「……ありがとう」

 俺の掠れた声が終わる前に、扉が閉じられた。はじかれるように身を捻り、振り返る。でも、やっぱりそこに彼女の姿はもうなくて……溶けたアイスクリームだけが残されていた。
 小さなメロディが手のひらをくすぐったのは、その時だった。
美咲? 情けない俺は思わずそう思って、慌てて携帯を開く。でも、そこに表示されていた名前は……。

「遠藤さん」

 手のひらが途端に熱くなった。胸がぐっと締め付けられ、目頭に熱を感じる。彼女の声を思い出した。彼女の指先を思い出した。彼女の……泣き笑いの顔を、思い出した。
 いろんな彼女が一度に自分の中に溢れて行く。

―― 会いたい。今、すぐに。

 俺は彼女からのメールも開けずに、携帯をポケットに突っ込むと立ち上がった。テーブルの上の溶けたアイスが目についた。
 コンビニに寄ってから行こうと思った。今度こそ、彼女と食べよう。太陽の熱でアイスが溶けてしまう、その前に。
 風鈴が一つ、涼しい音をたてた。

巧の話 9

「え?」

 目を丸くする彼女に、俺は耳まで熱くしてこういった。きっと、俺はそこらへんの中学生より幼くて、どこの誰よりカッコ悪かっただろう。でも、格好なんかかまってられなかった。そんなこと考えるには、俺はまだガキすぎて、馬鹿すぎて……。

「これ、俺のメルアドと番号です。いつでも連絡ください。夜中でも、早朝でも、いつでもいいです。俺、俺、遠藤さんのためならどこからだって、どこにだって駆けつけますから!」

「ピザ屋さん……」

 その呼び名が無性におかしかった。
 そうだ、俺たちはピザ屋とお得意さんの関係でしかない。今日、初めて、一緒にピザを食った仲でしかない。まったく赤の他人なんだ。
 でも、これからそうだとは限らない。
 突き出した手が震えていた。彼女はしばらくそれをじっと見つめてから、同情するなと怒るでもなく、ありがとうと感激するでもなく、静かに頬笑み、そっと俺の手を押し返した。

「言ったでしょ? 浮気者は嫌いよ」

「遠藤さん……」

 彼女は平静を取り戻したのか、いつもと同じ笑顔で首をゆるゆると振ると「居酒屋で隣にいた子、彼女でしょ?」と幼い子をいなすような口調でそういった。
 カッと頭に血が上った。鼻の奥がつんと痛みを感じ、喉がギュッと締め付けられる。心臓がぐいっと絞り上げられ、指先の紙を握りしめてしまう。

「と、とにかく。連絡ください!」

 俺はそう叫ぶと、紙を彼女に押し付け、逃げだしてしまった。
 無我夢中で部屋を飛び出し、勝手口に飛び込んで、スニーカーも足先につっかけた状態で、バイクに飛び乗る。
 こんなに自己嫌悪に陥ったのは初めてだった。
 何もかも、見透かされていた。何にも、できなかった。それどころか、俺は……。
 家について、初めて気がついた。彼女のために買ったアイスクリーム。結局食べなかった事を……。

――

 それ以降、彼女からピザのオーダーが入ることは無くなった。その代わり、週に一度くらい、何気ないメールが届くようになった。梅雨が明けたのが思いの他早かっただの、大学の試験はどうだだの……たわいもない内容ばかり。あの男とどうなったのかは一切書かれていないし、俺も触れなかった。触れると、もう、二度とメールをくれないような気がして、怖かったのだ。
 携帯を開ける。メールセンターに問い合わせる。預かりがないという返事にため息をつく。すっかり手になじんだ作業に、俺はいつまでも踏み出せない自分のふがいなさを感じた。

「……さよなら、なんだね」

 おずおずと差し出された声に、俺は顔を上げる。美咲が、目のふちを真っ赤にして力なく微笑んでいた。

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