空に続く道

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AdastraPeraspera

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Final Round

 まだ細くて小さい体にジャージを着こんで、目を伏せながらおずおずと父親の傍までやって来る。相田はその息子の両肩に、大きく分厚い自分の手を添えた。
 御堂が二人の様子に目を細め、声を上げる。

「今日から、練習生として加わる相田航くんだ。御堂ジム最年少のホープだ。皆、いじめるなよ」

 ちゃめっけを出したつもりが、かえって怖くなった御堂に、山中のヤジがまた飛んだ。
 和やかなままミーティングが終わり、皆、相田を囲んで談笑する。沼崎は、良かったな、と思いつつ相田を遠くから見ていた。
 確かに、妙なトレーナーをつけられるくらいなら、相田がいいかもしれない。不思議と彼の言葉は素直に聞けるし、なにより経験と知識の確かさだけは13戦の折り紙つきだ。最後の試合を思い出しても、彼は自分にはないものをたくさん持っているような気がするし、医学的知識も期待できる。きっと学べることは、少なくはないだろう。

「沼崎さん」

 足元から声がした。航だ。少し興奮気味に顔を上気させ、まっすぐな目でこちらを見上げている。沼崎は膝を折り、目線を合わせた。

「来たな」

 約束を果たしに来たのだと思った。しかし、航はコクンと頷くとすぐに「でも」とつなげ、自分の父親を振り返る。

「僕、お父さんにボクシング習うつもりなんだ」

「そうか」

 それが良いと、素直に思った。ボクシングが自分と兄を繋ぐように、きっと、相田と航の絆もボクシングによってより強いものになるだろう。
 航は誇らしげに小さな胸を張って頷くと、少しはにかんだ表情になって、言葉をつないだ。

「だから。約束、変えてもらっていいかな?」

 約束を変える? どうしたいんだ? 沼崎が首を傾げていると、航は出会った時よりずっと男らしい顔になり、拳を掲げて見せた。

「僕と最強のボクサーになってください」

―― 最強の兄弟になろう

 兄の声が聞こえた気がした。
 遠い昔に交わし、何度も何度も自分の胸に刻み込んできた古い約束。
 それが、今……。
 沼崎は胸の痛みを抑えるように、思わず目を閉じる。
 こみ上げてくるこの感情に、どんな名前があるのか、自分は知らない。でも、熱く体を突き動かすようなこの気持ちを、もう、見失いたくはなかった。

 ゆっくり、航の言葉を噛みしめるように目を開けると、沼崎は、目の前の航の目をじっと見た。
 自分の拳をぐっと握り締める。もう、何もつかめない手じゃ、ない。

「あぁ、航に約束する。一緒に、最強のボクサーになろう」

 沼崎は拳を握って航に掲げて見せる。
 航はそれを見て、嬉しそうに目を細めた。

「やっと、名前を呼んでくれたね。……お兄ちゃん」

 大きくなった拳と、未だ小さな拳が、今、重なりあう。
 時は流れ、確実に季節は移ろいゆく。
 その時代の大きな流れの中、避けられぬ沼崎と白石の対決の時は、刻一刻と迫っていたのだった。

To be continued ......

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

最後までお付き合いありがとうございました。
この後のお話は、原作である『ゲームセンター猪木』さんの『ボクシング最強伝説』56話の『決戦迫る』に繋がるようになっています。
そこには沼崎と白石の決着が描かれてますので、よろしければ、是非、そちらの方もよろしくお願いします。

『ボクシング最強伝説 56話 決戦迫る』
http://ncode.syosetu.com/n7942h/59/

現在こちらでは、なんと、沼崎は結婚し、父親にもなり、次回世界タイトルマッチだそうです。とはいえ、作者さまが休止中なので、のんびり待つしかないのですが。

では最後になりましたが、スピンオフを書くにあたり、快諾してくださり、また色々と助けてくださった猪木さん、猪木さんのファンの皆様、そしてこの作品に最後までお付き合いくださった読者様。
本当にありがとうございました。

Ad astra per aspera
『栄光は苦難を乗り越えた先にある』

ゆいまる

Round 67

 5日後、沼崎は仕事の合間を縫って、スーツ姿のままジムに顔を出していた。
 御堂ジムでは試合後1週間は休養を取ることが強制されているのだが、今日は大事なミーティングがあるから絶対に来い、と御堂に呼び出されたのだ。
 仕事を抜ける前に掛けられた「日本チャンプになったら、警察庁が公式スポンサーになるらしいですよ。だったら、試合用のガウンのデザインは僕に任せてくださいね」という三井の不吉な言葉を思い出し、絶対に、死んでも嫌だと思いながら、ジムの扉を開ける。

 中にはすでにジムのほとんどの人間がそろっていた。
 今日も真っ先に自分を見つけた大神が、無意味にでかい声で「遅かったなぁ」と振り返り、沼崎はしぶしぶ「すみません」とだけ答える。
 人垣の中心、リングの上に御堂が立っている。御堂はぐるりと力のある双眸を巡らせると、皆がそろった事を確認し、もったいぶった口調で話し始めた。

「今日、皆を呼んだのは、他でもない。聞いて驚くなよ……実は、新しいトレーナーをうちで雇う事になったんだ」

 新しいトレーナー? 嫌な予感に眉をひそめていると、御堂がにっと意地悪な笑みを浮かべ、沼崎の方を見た。

「とりあえずは、先日付で日本ランク6位に入った沼崎についてもらうつもりだ」

「ちょっと! 待ってください!」

 慌てて声を上げる。確かに、試合後に今後の話はすると約束はしたが、なにも、固定トレーナーを了承したわけじゃない。しかも、ベテランの窪ならまだしも、新人トレーナーなんて……。
 しかし、御堂は有無を言わさず「決定だ」と沼崎の抗議を断ち切り、半ば彼の非難の視線を無視するようにスタッフルームの方へと目を向けた。

「入って来い」

 スタッフルームに一同の注目が注がれる中、沼崎は半ばやけ気味で腕を組み、扉を睨む。確かに、このジムでやっていく気持ちは固まったが、これとそれとは別問題だ。俺はこれからも一人で……。
 不満を募らせる中、扉が開く。そして、中から出てきたのは……。

「やぁ」

「相田さん!」

 皆、目を丸めて、まだ顔が腫れたままの相田を見つめた。沼崎も思わす腕を解き、唖然とする。
 相田はそんな視線の束に、気恥ずかしそうに何度も頭をペコペコ下げてリングに上ると、御堂の傍まで来て、皆を、そして最後に沼崎を見た。

「皆さん。あの、はじめまして」

「初めてじゃねーよ」

 山中のヤジに皆が笑う。相田も苦笑すると

「あぁ、そうだね。じゃ、えと……その。自分が、今度から御堂ジムのトレーナーになった相田正治です。トレーナーとしては、まだまだ勉強しないといけない事はたくさんあるけど、ボクシングの経験と知識だけは自信があります。一緒に頑張りましょう。よろしく」

 そういって、頭を下げた。
 喜びに温かな拍手が相田を包んでいく。
 そうか、相田さん、ボクシング続けるんだな。沼崎はその事に胸をなでおろし、嬉しそうに顔をほころばせる相田を見つめた。

「こいつは、整体師の資格も持っている。これからはボディメンテナンスの戦力にもなるはずだ。よろしくな。それと……」

 御堂はそう、相田の紹介に付け足すと、ふたたびスタッフルームの方に目を向けた。なんだ、まだ、何かあるのか?
 待っていると、今度は相田が「おいで」と声をかけた。
 そして、出てきたのは。

「……坊主」

 航だった。

Round 66

 試合を開始して1分が経っていた。

 大方、前情報通り。スパーリングでの荒尾のコピーそのままの相手の動きに、沼崎は分析を終える。
 土井は確かに、手堅い。右にも反応するほど勘も良い。ボディもきっちり決めてくる。スタミナもありそうだ。ポイントを取るのに長け、判定になればかなり勝率の高い選手だろう。
 ただしそれは、最終ラウンドまで立っていられたら、の話だ。

―― 行くよ、兄さん

 沼崎は自身の中に脈打つビートのテンポを上げて行く。衝動を抑え、流れを読み、その瞬間を図る。

 ここ(リング)は命のやり取りをする、神聖な場所だ。そこでまさに己の人生を賭け、命がけで勝利を求める男たちに出会った。皆、それぞれに抱え、それぞれにもがき、それぞれで戦っている。
 今なら、わかる気がした。

 どうして、沼崎航がボクシングに命を賭けたのか
 どうして、自分がボクシングに命を賭けられるのか

―― 最強の兄弟に、なろう

 命は永遠じゃない。
 だから、もう死に場所は……哀しみのやり場なんかは、探さない。俺は、生きるんだ。兄さんの死も、皆の想いも全部抱えて、ただ、命ある限り!
 沼崎はグラブの中で、拳をきゅっと握り締めると、魂の求めるままに体を翻した。
 これが、俺の生き方だ!

 死神の鎌が、復讐と言う枷から、今、解き放たれる。

 左フック一閃。
 土井が右ストレートで飛び込んできた瞬間の、カウンターだった。
 拳が放たれたのは、土井の視界の完全に外。それは冷酷な死神の鎌となり、予想不可能なタイミングと角度で犠牲者の側頭部に突き刺さる。
 脳に打ち込まれた衝撃に意識が刈り取られた。
 土井の目が天を向く。
 鎌が、無慈悲に迷いなく振り切られ、死神の足元に戦士の体がたたきつけられる。
 そしてリングが大きな悲鳴をあげたのを最後に……世界は、沈黙した。

 1ラウンド1分26秒の静寂。

 レフリーが慌てて土井の前にしゃがみ込み、すぐに、両手を高く大きく振った。
 会場中が、唸りを上げて轟く。試合終了の鐘が高らかに鳴り響いた。

 セコンドの御堂と窪が駆け寄り、土井にはリングドクターが駆け寄る。レフリーが沼崎の腕を掲げる中、沼崎は一気に雪崩込んできたスタッフたちを横目に、首を巡らせた。
 アナウンスが沼崎のKO勝利を謳いあげ、会場が興奮の坩堝と化す。構わず、眩いばかりの勝利の光の中から、沼崎は懸命に暗闇の会場にたった一人、唯一の存在を探した。

―― 多恵さん

 しかし、さっきまでいたはずの席にその姿はない。焦り、様々な声を無視して彼女を探す。

「た……」 

 ようやく見つけ出したのは、彼女の去りゆく後姿だった。興奮に立ちあがり歓声を上げる観客をかきわけ、独り、何も言わず去っていく細い背中に揺れる髪。
 彼女の名を叫ぼうと唇が震える。しかし、沼崎は息を飲むと、それをぐっと声ごと噛みしめた。
 ……これでいい。これでいいんだ。きっと、彼女には伝わっている。そして、これからも自分を見ていてくれるだろう。自分がリングに立ち続ける限りは。

 アンタは俺の、世界一の、ファンなんだろ。

 多恵は背中で沼崎の視線を受け止めながら、決して振り向くまいと心に決めていた。光の世界でようやく自分自身として生きて行く覚悟を決めた彼を、影の世界から支えるために。
 沼崎は、まだ、階段を一段、上がったに過ぎない。この先には、日本フェザー級チャンプになった白石譲がまだ待っている。これはまだ、道の途中なのだ。

 沼崎もゆっくり多恵に背を向け、光を仰いだ。
 皆の声が聞こえる。
 沼崎はそれに振り返ると、彼らに応えるように控え目に、しかし、勝者らしく腕を上げた。ひときわ大きくなる歓声。沼崎はグラブを胸の前で合わせる。
 そして、全ての言葉を飲みこみ、ありったけの感謝をこめて、静かに深々と頭を下げたのだった。

Round 65

 同じジムの人間でも驚くの? どうやって練習していたのよ。この子は……。
 おそらく、未だにこれと言った師事を誰にも仰がずにやっているのであろう、リング上の問題児を見て、多恵は苦笑した。
 とはいえ、多恵自身は沼崎のこの構えを見るのは初めてではない。本来、沼崎はこのスタイルの方が得意な事を以前から知っていたのだ。

 沼崎がアメリカへ留学していた時の事だ。彼は大学近くで柔道道場とボクシングジムに同時に通っていた。本場アメリカでは、基礎はもちろん、個別の能力に見合った形を追求して行く。比較的スタンダードなスタイルを大切にする日本に比べ、わりあい早い段階で力量や癖を見極め、長所を最大限に引きだすのだ。
 数試合、沼崎がアメリカのアマチュアのリングに立っているビデオを見たこともあるが、何試合かはこのL字ディフェンスだった。

 片腕を下げるL字ディフェンスはスタンダードな構えに比べ、かなりの反射神経と動体視力そして足腰の強さ、何よりセンスと勘を必要とする。が、諸条件をクリアしている沼崎にはむしろ、がっちり腕でガードしてしまうより、相手の動きを見極めやすいこの形の方が攻撃をかわしやすいのだろう。
 また、スタンダードな構えに比べ、さらに半身近く体が横に向くため距離を作れるのもこのディフェンスの利点だ。
 リーチと身長のある沼崎の射程圏は、ただでさえ尋常じゃない範囲を誇り、相手は懐に飛び込みにくい。L字の構えになるということは、それがさらに遠くなる事を意味する。つまり、フェザー級の身長160センチ代くらいの選手なら、腕を伸ばしても思いっきり飛び込みでもしない限り、届かないのだ。

 まさに沼崎航の弟、ではなく、沼崎透也のボクシングスタイルだった。

 もちろん、半分のガードが下がる分、ハードパンチャー相手にこの形は危険を呼ぶ。体が薄く、顔の作りも細い沼崎には、懐に飛び込まれれば命取りになりかねない。
 云わば、諸刃の刃ともいえるのだが……。今回の場合、土井の戦績にはKO勝ちがない。きっと、それを踏まえ、沼崎はこの構えを選んだに違いなかった。
 相手に合わせた戦法を組み立て即座に実践できる、器用な彼らしい選択だと、多恵は口元に微笑を浮かべた。こういう面は、実に兄弟そっくりだから余計におかしい。

 ただ、このマッチメイク……。
 多恵はセコンドで激を飛ばす御堂を見据えた。
 もし、このL字を知っててこの試合を彼が組んだのだとしたら、御堂と言う男、なかなか食えない。
 ボクシングのマッチメイクは、さほど公にはされていないが、ボクシング界内の政治力が物をいう。正直、実力だけではどうしようもない部分が無きにしも非ず。金も相当動く。むろん、彼の道の妨げになるものがあるなら、自分が何をおいても排除するつもりだが……。
 もし、この試合が御堂の思惑、つまり沼崎のランカー入りだけではなく、目を覚まさせるために組まれたのだとしたら……沼崎は、かなり良い環境、理解者に恵まれたと言っていいだろう。
 運? もしかしたらそれこそ沼崎航の導きなのかもしれない。

 沼崎が相手の力量や距離、反射速度やフェイントの種類、癖などのデータを炙り出すように、拳や体を動かしてゆく。そのデータ収集に並行し、常人にはもはや目では捉えにくいほどの早いジャブが、土井の視界を貪欲に削っていた。
 一見、沼崎ペースの立ち上がり。しかし、土井は慌てなかった。
 沼崎の強さが半端じゃないのは事前に調べ上げていた事だ。噂の左より、むしろ右の使い方が異様に上手い事も、むろんリーチの長さも承知の上。でも……。
 いくつかのフェイントの後、沼崎のジャブを拳で弾き、一気に懐に飛び込んだ。
 
 結局、図体のでかい奴は、飛び込めばこっちのもんやろ。

 瞬発力にも自信のある土井は、ガラ空きの沼崎の右わき腹にボディを打ち込む。
 予想以上にがっちりした筋肉と強い足腰に手ごたえは半減するが、構わない。さらに肝臓を狙って打ち込む。
 いける! と思った瞬間だった。土井の背筋に悪寒が走った。
 考えるよりも先にヘッドスリップする。耳の傍を疾風が切り裂いていった。低い位置からの右アッパーだ。
 どっと全身の毛穴から汗が噴き出る。もし、今のをバックステップでよけていたら、確実に入れられていた。
 まぁ、予想と実際は迫力が違うよな。
 土井は薄笑いを浮かべながら、沼崎のリズムを崩すようにさらに脇に数発当てて距離を取った。

Round 64

 会場を埋め尽くす熱気。暗闇から見けられる無数の視線。照らされるスポットライトが自分の後ろに濃い影を焼き付ける。
 激しい音楽に背を押され、沼崎は御堂の先導で会場に入った。
 セミファイナルの試合。相田がやっていた時間帯とは違い、会場は超満員の人で埋め尽くされていた。沼崎を戦場へ導く曲。それは繰り返し兄と聞き、練習中もずっとずっと、身に染みつくほどに繰り返し聞いた歌。

 『It's my life』

 沼崎航の弟じゃない。
 ボクシングに恨みを抱く復讐鬼でもない。
 沼崎透也。
 大鎌でボクサーたちを刈り取る死神の、登場だった。
 真っ黒なパーカーを頭から被ったまま暗闇から、光の中へと身を投じる。耳をつんざくような歓声に周囲を見回す。
 今なら、見えた。
 リングのその上から、ここに上がるまでの道に寄り添ってくれていた人たちの顔が。

 三井が興奮した真っ赤な顔でこちらを見ていた。
 山中が人一倍声を張り上げていた。
 伊坂が太い腕を組んでにんまりとしている。
 荒尾が鋭い眼光で睨みつけている。
 相田が、その隣で航が、手を振っていた。
 そして……。

 多恵さん。

 自分が用意した席に、深く腰掛け、背筋を伸ばし、まっすぐ澄んだ瞳でこちらを見つめていた。
 沼崎は彼らに何の合図もしなかった。言葉やパフォーマンスなんかより、試合が全てを語ると信じていた。

 リングアナウンスが一通り終わり、パーカーを脱ぎ顔を光に晒す。中央で相手の選手、土井と顔を合わせた。睨み合いはお互いに冷静なものだった。気負いも焦りもましてや怯えなど微塵もない相手だ。
 日本ランカーか。
 沼崎はゾクゾクしながら、薄く笑みを浮かべる。土井をそれに顔をしかめ「すぐにその面、凍りつかせたるわ」と吐き捨て背を向けた。
 マウスピースをはめる。セコンドについたのは御堂と窪だった。

「何も、アドバイスはやらん。『沼崎透也』のボクシングを、見せてくれ」

 ただ、一つ、頷く。
 ゴングが鳴った。

 多恵は、高鳴る鼓動を抑えるように、膝の上で両手を握りしめ、リングの上で軽やかに舞う、冷たいほど美しい死神の姿を見つめた。
 ずっと、大学の時から見ていたその姿。会っていなかった留学時代の彼のボクシングだって、実は知っている。いつものスタンダードな構えは、兄の航をコピーしたに過ぎない姿。本当の彼は……。

「あ……」

 思わず喜びと驚きに声を上げる。
 対戦相手、土井もぎょっとして一瞬目を見張った。
 沼崎のガードの構えが、いつもとまるで違ったのだ。左手はいつものように上げ、腹から顎にかけて守っている。リーチの長い沼崎は、それだけで脇腹まで全てをカバーする長さを持っている。でも。もう一方の腕は……。

「L字ディフェンスや……あいつ、いつの間に……」

 御堂ジムのスタッフらしき男が、隣で呟いた。

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