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ウズベキスタン



知らぬ間に不妊手術強制されるウズベクの女性たち 人口抑制目的が背景に
2010.8.15 18:00 

 中央アジア・ウズベキスタンで女性が不妊手術を強制されたり、知らぬ間に手術される事態が相次いで発覚している。政府が進める人口抑制策の一環とみられ、対応しない医師は処罰の対象となる。旧ソ連時代、兵力増強のため高めた出生率を引き下げる狙いがあるとされるが、人権を無視したやり方に世界的な批判が高まっている。(黒川信雄)

 「もう子供は産めない。仕事もない。未来が見えない」 医師が勝手に避妊手術を行い、不妊を理由に夫から離婚を求められた24歳の女性は、AP通信の取材に対しそう語った。 女性は帝王切開で出産した子供が未熟児で、出産後3日で死亡。さらに医師が、出産の最中に勝手に子宮の一部を摘出していた事実が明らかになった。バスの運転手をしている29歳の夫は、不妊した妻に用はないとして、彼女に離婚を突きつけた。 ウズベキスタンでは今、このような事例が相次ぎ明らかになっている。背景にあるのは、強権的なカリモフ政権が推し進めている人口抑制策だ。英紙タイムズ(電子版)によると、強制的な不妊治療政策は2003年に開始された。その後批判を浴び、一時は沈静化したものの、今年2月に入り保健省が再び医師らに対し「効果的な避妊方法」として不妊治療を進めるよう命じたという。

関係者によると、医師は1カ月に少なくとも2人の女性に対し不妊治療の同意を取り付けることが義務づけられているといい、ノルマに達しなかった医師は罰金や降格など厳しい処分を受ける。 政府は不妊治療は女性との同意のもとで行われていると主張するが、実際にはノルマに届かないことを恐れた医師が無断で不妊手術を行うケースが後を絶たないとみられる。特に帝王切開で出産した際、知らぬ間に手術を実施されることが多いといい、タイムズに対し地元の人権活動家は「2月から(4月末までに)約5000人あまりの女性が同意なしに手術された」と指摘している。 ウズベキスタンは旧ソ連時代、女性1人が産む子供の数が4〜5人にのぼり、若い兵力の維持が必要なソ連で重宝がられた。政府は6人以上の子供を産む母親に対し政府は勲章すら与えていたという。しかしソ連が崩壊した今、失業者の抑制などを目的に極端な人口抑制策に転じており、その結果、女性が産む子供の数は平均2・3人にまで急減したという。

不妊手術は、特に子供を2〜3人持つ母親を対象に行われる。コンドームやピルの服用といった避妊方法への国民の意識は高まっているものの、保健省は“より信頼のおける方法”として子宮の一部摘出を積極的に推進しているという。ウズベキスタンでは厳しい報道規制が行われ、これらの実態は公表されていないが、国連拷問禁止委員会は2007年、多数のウズベキスタン女性が強制的な不妊手術を施されている実態を報告した。 ウズベキスタンには、豊富な地下資源などを狙い欧米や中国などが積極的に関係拡大に動いている。日本も今月8日、同国を訪問した岡田克也外相がカリモフ大統領と会談し、経済分野を軸にした関係強化で合意した。ただ一方、同国の人権問題が今後、国際的な注目を集める可能性もあり、日本政府も対応に苦慮する場面がありそうだ。













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キルギス

2010   中央アジア・キルギス南部オシ(Osh)で起きた民族間の衝突をめぐり、ウズベク系の­避難民が殺到している隣国ウズベキスタンは、キルギスとの国境を閉鎖すると発表した。­(c)AFP





























世界の秘境で大発見!日本食堂 9  咲顔
2013 06
キルギス共和国ビシュケクで新規オープンする「咲顔」(えがお)の店長・児子美礼さんを取材。美礼さんはシングルマザーを乗り越え2か月前まで中学生の娘と暮らしてきたが、ある決断により娘を日本に残しやってきたという。

「咲顔」オープンまで1週間、内装準備に終われ肝心のメニューづくりが進んでいないという。美礼さんは店での調理経験がない素人で、また現地で使うロシア語がほとんど理解できない。スタッフは全員キルギス人、マネージャーのタガイさんがお金やスタッフの管理と通訳を、スタッフのアジスさんは味見担当。ホールスタッフは日本に興味のある女子大生で、ヌルジャンさんは唯一の料理経験スタッフだという。

















 
 
日本から震災支援感謝の桜、植樹から10日で盗まれる
2013/04
中国メディア・環球網は18日、東日本大震災への援助を感謝して日本がキルギス共和国に対して送った桜の木14本が、 植樹から10日ですべて盗まれたと報じた。 記事は、日本から送られた桜の植樹式典が6日にキルギスで行われ、 同国のアタムバエフ大統領と日本の小池孝行大使がビシュケク市内の公園で桜の木14本の植樹を行ったことを紹介。 
その10日後にあたる16日に、14本すべてが盗まれたのを市民が発見したと伝えた。 

また「また笑うに笑えなかったこと」として、植樹地点から数メートルの場所に常駐の派出所があったにもかかわらず、 警察が窃盗行為にまったく気が付かなかったことを併せて伝えた。 同市では、「国のイメージダウンを避ける」ために同じ種類の桜の木を手配し、植樹しなおしたという。


















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キルギス 略奪収まらず 首都は無法地帯の様相
2010  4月10日0時6分配信 毎日新聞
反政府暴動で政権が崩壊した中央アジア・キルギスの首都ビシケクに9日入った。市民は、富と権力を独占していたバキエフ大統領一族の没落を喜ぶ一方、治安部隊との衝突で1500人を超える死傷者を出した惨事に心を痛めていた。首都では商店への襲撃や略奪が相次いでおり、無法地帯の様相だ。【ビシケク大前仁】
 頑丈な鉄でできた正門に残る無数の弾痕。門の横には突撃を試みたクレーン車が放置されていた。警官隊と市民の衝突から48時間が過ぎた9日。大統領官邸前は、最高権力の建物とは思えない無残な光景が広がっていた。
 7日午前、この建物前には大統領の辞任を求める数千人の人々が集結した。目撃者の話によると、屋上に陣取った狙撃手たちが集まった市民に次々と銃弾を浴びせたという。銃声が響くたびに、市民は体を伏せた。4発もの銃弾を受けて命を落とした男性もいた。「自国民を無差別に狙撃するなんて。国民相手の戦争だ」。ソ連時代の抑圧体制を知る60代の女性の静かな口調に怒りがにじみ出た。
 ビシケクでは、これまで76人の死亡が確認された。官邸前では9日午前、犠牲者に対する祈りの儀式が繰り返されていた。
 バキエフ大統領と一族を首都から逃亡させた政変は、6日に北部の都市タラスで始まった抗議集会から火が付いた。それからわずか2日間で政権は崩壊した。国民の間では、バキエフ氏の5年間の統治に対する怒りが蓄積していたが、今年から始まった公共料金の値上げが決定的だった。電気料金や携帯電話の通話代はそれまでの2倍となった。電力会社や電話会社は、いずれも大統領の次男マキシム氏が支配していたことから、国民の不信感を爆発させた。
 7日の暴動では、政府省庁にとどまらず、大統領一族が住む私邸も襲撃の標的となった。焼き打ちに遭い、家財道具は持ち去られた。9日午前にそうした邸宅の焼け跡に足を踏み入れた45歳の男性は、邸内の様子をカメラに収めた後につぶやいた。「自業自得だ。前任者のアカエフ(元大統領)は国家の生活水準を引き上げる貢献をしたが、バキエフと一族は蓄財をしただけだった」。アカエフ氏の親族重用や汚職ぶりは05年3月の反政府暴動(通称「チューリップ革命」)を招き、今回と同様に自身の失脚を招いた。当時の反政府運動の指導者がバキエフ氏だった。
 ◇多くの市民「革命」
 財務省前。「臨時政府」の財務相を務めるサリエフ氏との面会を求め、北部タラスから支持者が訪れていた。その一人チャポンベックさん(37)は「今は勝利を喜び合いたい。革命の成果を出すのは今後の課題だ」と話した。多くの人は、今回の政変について「革命」と呼んでいる。
 だが、治安機関の混乱は、市民による商店などへの襲撃を引き起こしている。05年の政変でもビシケクでは一夜限りの襲撃・略奪が起きたが、今回は、より規模が大きく長引いている。市内中心部にある24時間営業のカフェは、暴動が始まった7日から店を閉めた。カフェには経営者の親類や同郷人たち10人が寝泊まりして、襲撃に備えており、ある男性は上着の下に装着した小銃をみせた。
 多くの商店は店の前に「ビズ・エル・メレン」(人民のために)という表示を出している。自分たちが「革命支持派」であることを誇示して、襲撃を逃れようという狙いだ。だが15〜22歳の若者を中心とする暴徒たちは、手当たり次第に商店を襲っているようだ。
 市中心部にある商業ビルの一つは、焼き打ちに遭い全焼したが、9日朝になっても、焼け跡から資材や鉄くずを持ち去る暴徒が相次いだ。焼けこげた建物には急いで書かれたとみられる「ビズ・エル・メレン」の表示が残っていた。
 【北京=杉山祐之】モンゴルのウランバートルで今月7日、北海道出身の日本語教師・鈴木千恵さん(38)が殺された事件で、モンゴル警察当局は11日、住所不定、無職のモンゴル人の男(29)を強盗殺人の疑いで逮捕したと発表した。

 調べによると、男は7日未明、友人宅から帰宅途中の鈴木さんの首をマフラーで絞め、かばんから財布と携帯電話を奪って逃げたという。男は2002年に地方からウランバートルに出て来て以来、ホームレスの生活を続けていた。

(2009年2月11日15時39分 読売新聞)









モンゴルで邦人女性殺害 愛教大出身の鈴木さん

2009年2月9日 14時23分 【北京=平岩勇司】

在モンゴル日本大使館によると、首都ウランバートル市中心部の路上で7日朝、日本人女性が殺されているのが見つかった。外務省によると、被害者は北海道富良野市出身の鈴木千恵さん(38)と判明した。所持品の財布や携帯電話がなくなっており、地元警察は強盗殺人事件とみて捜査している。

 警察によると、鈴木さんはウランバートル在住で、6日夜に日本人の友人と食事をした後、7日午前2時(日本時間同3時)ごろ、友人宅を出た。帰宅途中に襲われたとみられる。日本外務省によると、首には絞められたようなあとがあった。

 鈴木さんは1989年から93年にかけて愛知教育大(愛知県刈谷市)で日本語教育を学び、青年海外協力隊に参加。5年前から、モンゴルとロシアの合弁の小中高一貫校「第三学校」で日本語教師を務めていた。

 ウランバートル在住の日本人の話では、6日夜、元青年海外協力隊員の仲間が集まる夕食会に参加していたが、食事会が終わった後、連絡が取れなくなったという。

 ウランバートルでは、2006年に国際協力機構(JICA)のシニア海外ボランティアの男性が自宅で強盗に殺害される事件が起きている。モンゴルでは今月25日の旧正月を前に、帰省できない出稼ぎ労働者が強盗事件を起こすなど治安が悪化傾向にある。

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