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彼岸花の季節・・・
しおさいは毎年故郷の棚田の彼岸花を見に出掛けていたのですが
今年は遠く離れて愛知県の彼岸花・・・
ん〜、ちょっと早かったか!?
でもないか!?
夕陽に照らされた彼岸花
グリーンとレッドのコントラストがいいね〜♪
ホワイトも綺麗ですね〜
紅白仲良く
夕陽と彼岸花
.。o○o。.★.。o○o。.☆.。o○o。.★.。o○o。.☆
最終日は後輩と名古屋名物「手羽先」で〆ました
このお店はもつ鍋がどえりゃ〜うめぇ〜
店長自ら博多で修業してきたそうで・・・
もつがプリプリで最高でした!!
この1ヶ月間、仕事は超ハードでヘロヘロでしたが
どんな時も楽しむ事を忘れない精神で乗り切る事ができました♪ |
東海地方
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名古屋生活最後の休日は名古屋城へ行ってきました
入るや否や同郷の清正公が・・・
「名古屋まで来てなんばしよっとね〜?」って感じでしたが(笑)
これが有名な清正公の「石曳き」です。 加藤清正が徳川家康に願い出て 天守閣の石垣工事を施工したそうです。 清正公は石の上に乗って気勢を上げたと伝えられ 「清正の石曳き」と言われているそうです。 石垣を見て
「遥々尾張に来てがまだして(働いて)よか仕事ばしたね〜!!」
と、清正公をあらためて尊敬しました
これは「清正石」と言われ、清正公が運んできたと言われてきたが
この石墨は黒田長政の丁場であったので「清正石」は伝説だそうで・・・ これが名古屋城〜♪
凄いなぁ〜
なにが凄いって勇壮な白壁と瓦の色が歴史を感じさせます。 ところで名古屋城名物「おもてなし武将隊」はどこだ???
なんか出てきたけどだれ??? スマフォで確認したらこの日は秀吉になってるけど・・・ どう見ても秀吉じゃない。。。 ていうか声と喋りがどこか哀川翔似で笑っちゃいました 忍者もいた!!
さぁ〜ていよいよ城内へ♪
金鯱がお出迎え〜 城内にはいろんなものが展示されていました
こうやって石を運んだんですね〜
城内で知りあったアメリカ人カップルと仲良くなって写真を撮り合いっこしました。
二人で金鯱に乗って撮影してあげたら大喜びでした で、ついでにしおさいも金鯱でパシッ 金鯱に使用された金・・・慶長小判17,975両
今のお金にするとおいくら??? 今金が高いんでもっといきますねぇ〜 いやらしい話になってしまいました 天守閣から見た風景
名古屋テレビ塔 左からスパイラルタワーズ、ミッドランドスクエア、
セントラルタワーズ、名古屋ルーセントタワー お城にすっかりハマっているしおさいです
次はあなたの町のお城に行きますよ〜!!(笑) |
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台風15号が去って名古屋市内も大分冷え込んできました
焼酎もお湯割りが恋しい季節になりましたね〜
休日は名古屋市内をぶら〜っとしてきました
名鉄で名古屋駅へ
JRセントラルタワーズ
百貨店やホテル、レストラン街などの付加価値のある様々な機能を結合させた
「複合立体都市」です。中部地区のランドマークとして、
新鮮で魅力あふれる情報発信をしていきます。
オアシス21 有名ショップやレストランがたくさんです。
お金と時間が無くて入りませんでした(笑) 名古屋市中区栄久屋大通公園の名古屋テレビ塔 日本で最初に完成した集約電波塔です。
腹減ったので麺屋さんへ
名古屋と言えば「きし麺」と「天むす」ですねぇ〜
街路のもみじも色付いてきましたねぇ〜
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先日、名古屋市栄生のトヨタテクノミュージアム産業技術記念館に行ってきました。
赤レンガ造りの豪華な建物です。
今から100年前の1911年、豊田佐吉が自動織機を研究開発する為に
名古屋市栄生に彼の理想とする工場を設立しました。
産業技術記念館は工場設立100周年を記念し、 国や社会の為に貢献したいと言う佐吉の情熱と失敗から
起き上がる不屈の精神を展示されています。
現在のトヨタ自動車の源流の地でございます。 1924年、幾多の試練を乗り越えてG型自動織機が完成し、 世界最高水準の性能と高い評価を受けたそうです。
他にも沢山の織機が展示されていました。 次は自動車館
トヨダスタンダードセダンAA型が展示されていました。
当時の値段で3350円
これは当時(1936年)の大卒者の初任給が 70円の時代ですからすごいお値段です。
観音開きがカッコいい
創業当時の社名は「トヨダ」、ロゴや刻印も英語では「TOYODA」で エンブレムは漢字の「豊田」を使用していましたが、1936年夏に行われた
新トヨダマークの公募で、約27000点の応募作品から選ばれたのは
「トヨダ」ではなく「トヨタ」のマークになりました。
その理由としては、デザイン的にスマートであること、 画数が8画で縁起がいいこと、
個人名から離れ社会的存在へと発展することなどが挙げられています。
トヨタ車の心臓部であるエンジンが展示されています。
シャシー&ボデー
展示場2階から見た1階展示場
1階には懐かしの名車が並んでいました
G1型トラック
トヨエースAKBじゃなくてSKB型トラック
1955年 トヨペットクラウン
1966年 カローラ
1970年 セリカ
車の製造工程が分かりやすく展示されています。
未来コンセクトビークル「i-unit」
自由に移動したい、走る事を楽しみたいという欲求の充足と
社会との調和、地球・自然環境との共生を高次元で
バランスさせる事を追求したパーソナルモビリティです。
人の移動する可能性を限りなく広げる事をコンセプトとし、
デザインテーマは「植物の葉」をイメージしたものです。
日本の産業の発展って凄いですね!!
景気の低迷でネガティブになっている昨今ですが、
敗戦後、日本は物造りでここまで伸し上がってきたという
実績がありますから東日本大震災からも復興を成し遂げ、
世界をリードしていきたいという気持ちが湧き上がりました。
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最近、次男の影響でお城巡りにハマっているしおさいです
今回は愛知県犬山城へ行ってまいりました
木曽川沿いから見た犬山城
さ〜て犬山城内へ
犬山城は通称「白帝城」と呼ばれています。
犬山城は豊臣秀吉が生まれた天文6年(1537)、
織田信長の叔父である織田信康によって創建されました。
天守は現存する日本最古の木造天守閣です。
天守閣からの眺めはまさに絶景です。
尾張(愛知県)と美濃(岐阜県)の国境に位置するため、
戦国時代を通じて国盗りの要所となり、城主はめまぐるしく変わりました。
小牧・長久手の合戦では、豊臣秀吉が12万人の大軍を率いてこの城に入城し、
小牧山城に陣取る徳川家康と生涯唯一の直接対決をしました。
江戸時代に入ると、尾張藩付家老の成瀬正成が城主となり、
幕末まで続きましたが、明治維新による廃藩置県のため、
この城は愛知県所有となりました。
明治24年の濃尾地震で半壊し、その修復を条件に城は再び成瀬家の所有となり、
平成16年に財団法人に移管するまで日本で唯一、個人所有の城でした。
次に訪れるお城はどこだろうなぁ〜 |






