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筆洗
2009年4月12日
<心の中に未来にふさわしい像を描け>。ドイツの哲学者ニーチェの言葉である。高校の図書館で偶然手にした本でこの言葉を知った若き日の井上ひさしさんは、すっかり感動した▼校内の売店で早速ノートを買い求め、最初のページに<井上ひさし氏の輝かしき人生時刻表>とでかでかと書きつけるや、理想とする人生はどうあるべきかを考えることに没頭したという▼第一案では東大の文学部に入学。二十代後半にして大々的映画作家、三十代の終わりには、チャプリンらと肩を並べる世界的映画作家になるはずだった。ところが東大に入学できず、第一案は没に。以来、夢は厳しい現実によって次々と否定されていく▼『わが人生の時刻表』と題された随筆から引用した。本人は<ニーチェの言葉をうっかり信じ込んだ愚かな少年>と自嘲(じちょう)気味に綴(つづ)っているが、作家として十分に輝かしき人生を送っている▼<二十歳、アメリカに行って世界一大きいトーナメント、マスターズ優勝>。小学校の卒業文集にこんな人生の時刻表を記したのはゴルフの石川遼選手だ。まだ十七歳の高校生。今年は予選を通過できなかったが、時間の余裕はある▼理想とする人生を、早めに思い描いた特典だろう。かといって、理想を持つのに遅いということはあるまい。書き直しの連続になったとしても、それもまた人生の醍醐味(だいごみ)である。
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