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(二〇一八年七月一三日《一八時三二分》記)

さっき、水槽にいたお腹の大きな主の金魚が、父親の手によって、生ものを入れる袋の中に葬られた。なるほど母親はいつもに見慣れない顔をして、父親に何か言っていたようだ。その後も、ベッドに座り込みながら悲しそうな、泣きそうな顔をしていた。
とても悲しかった。あいつは父親にティッシュで体を包まれながら、じっとして動かなかった。生きているのか死んでいるのかも分らなかったのだ。もし生きていたら、体が動いたら、俺は「可哀想だ」と言って即座に父親を引き止めたかも知れない。それが出来なかった。あいつはまるで悟ったかのように体をじっとして居たのかも知れない。そんなあいつの心も見えて、とても悲しかったのである。

あいつが居たから、俺も頑張れた。そういうような妙な絆のようなもの、安心のようなものがあったのに、その元気の素を持っていたあの主が消えてしまった。あいつが消えた事の悲しさや虚しさの方が大きく勝ったのである。あいつにはずっと居て欲しかったのに。俺なら、あいつが本当に水の中で死ぬまで水槽に入れ続けてやって、たとえそのせいであいつの病気が他の金魚に移り、他の金魚も同じ運命を辿るとした場合でも、その時から他の金魚も一緒になって、俺も父親も母親も、お前と一緒に生きていく道を選んでいたに違いない。いや間違いなくそうしていた。何にしろ、あいつが可哀想すぎるのである。なんで見届けてやろうとしないんだ。最後まで。
父親は、
「これはいかん、これはあかん、お腹大きくなりすぎてるからもうあかん」
と言ってそれが当然の正義のように決め込んでその金魚を葬っていたが、流石にこの時の父親だけには賛同する事が出来なかった。大きくなったあの金魚がとても可哀想なのである。
安心しろ。ここにお前の命を吹き込んでやる。ずっと一緒にいるんだ。また会える。安心しなければいけない。お前もこの『夢時代』の中で俺の記憶と一緒に、神様の下で、世界のすべての友達と一緒に明るい天国にいるのだ。安心したらいい。
俺は少し涙が出そうになったのである。そのまま黙って自分の部屋に上がって来た。無言で上がって来たのだ。
でも大丈夫だ。お前は永遠の命を持った。ここで生き返ったのだ。大丈夫だ。だからまた、俺と父親と母親と他の友達の金魚も一緒にお前に会いに行くその日を、必ず待って居てくれ。きっとそこには、チビや白ベエなんかも居るだろう。他にも愛すべき人達が一緒に居てくれるだろう。ゆあちゃんも居るだろう。そこで楽しく過ごしながら、また会える日を待って居てくれ。お前は生き返ったのだから。
俺や母親は絶対に覚えてるぞお前のこと。父親も覚えているお前のこと。そして何よりも、神様がお前のことを必ず覚えている。だから安心したらいい。
お前は一生懸命に生きたんだ。俺達と、他の金魚の友達と、いや俺と一緒に生きたんだ。絶対に忘れないから。だから必ず待って居ておくれよ。絶対にね。

今これを書き終えてから、また階下に行き、あいつの体を触りに行った。あいつは身動き一つせず、死んだように動かなかった。ティッシュから覗いた赤い尻尾の部分だけが見えていた。今、苦しんでなかったようでよかった。それを確認しに行ったのかも知れない。俺はお前が好きだったんだ。愛していたんだよ本当に。どうかお前、父親を悪者にはしないでおくれよ。頼む。

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見え透くアニメ

最近のアニメや映画、ドラマ等は、奇麗になり過ぎて透明過ぎて、まるでプラスチックを想わす他人のように思えるのである。これが全ての興味を萎えさせる、ごく詰まらない虚無を突き付けるのだ。

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昔のアニメやドラマや映画等は、出て来る人物全てがどこかで繋がっていて、まるで家族愛を思わす人の温もりを味わわせて来た。この絶大的な違いが昔と今のドラマ・映画・アニメが持つ絶対的な違いにあり、この違いによって命の有る無しが決められて来る。

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よく「文章は素直にかけ、素直に書け」と言われるものだが、あまり素直に書いていると、昔見た写実主義や自然主義の廃退のように、その簡単過ぎる奥行きの無い表現に限界を感じるものである。人間は固より複雑怪奇なものである為、その簡単過ぎる、見た儘・有りの侭に書くと言う枠の書法では、自分の底から湧き上がって来る「人間描写」をあまりにも逃すのである。またこの場合の素直と言うのは、見た儘・有りの侭の現実を書くという、少しでも思想や幻想による脚色があればそれらを全て削ぎ落とすといった、無駄な削ぎ落としによる詰まらない描写法を言う。


ときには幻想が必要であり、その幻想によって得られるオリジナリティによる躍動が必要であり、自分を底から表現しようとする、暴力的な活気も必要なのだ。


文章を書き、作品を描く際には、これらのバランスが必要なのかも知れず、特に俺は『夢時代』を書くに当たって、ずっと継続して幻想小説を書いている心算にある。とにかく自分を心の底から表示したい、その表現を天まで届かせてみたい、そう言ったまるで「人間の習わし」から逸脱する暴力を愛そうと試み、この先もずっとその調子で書き続けてゆく。恐らく『夢時代』はそうして書かれなければ成らなかった。

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時間の神秘

分かりきっている事ではあるが、時間はどんどん過ぎていく。分かりきっているようでいて、わからない時間の神秘である。

「時間の神秘である」さっきこれを言った時間も、もう過去の事になって過ぎている。時間はどんどんどんどんどんどんどんどん過ぎていき、やがては人を老化の隅に追い遣っていく。

これは万人共通の摂理にある。誰がこの摂理を決めたのか。それは誰にもわからない。この辺りに、人間が人間足る故の、神秘が神秘足る故の、何にも変えがたい、言葉にしたくなる奇妙があるのだ。

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この度さらに、
書き下ろしの本出版されることになりましたので、その発売のご報告です!!


★★★★★★★

「誰でもカンタンに習得できる究極の論破術!」

団らんから学ぶこと」をテーマに、本来の対話能力の集大成的な情報を走り書きしたような1品ですので、どうぞ皆さんの人生の糧にしてやってください(@^^)/~~~

今回の作品は「器用な判断能力」の活用に焦点を当て、「会話・対話すること」をどのようにすればさらにコミュニケーションが面白くなるかについて、なるべく読者さんの興味をそそる感じで簡潔にまとめております。


「会話術」「対話の基本姿勢と能力」、さらに「グループディスカッション」から「ディベート」に至るまで、ありとあらゆる場面を想定した上での「追究型の1冊」です!!

「会話・対話能力の進歩、独創力や感性の磨き方」について少しでもご興味のある方は、ぜひ一度タチヨミから覗いてみてください(^_-)-☆


フォーマットはこれまでどおり電子書籍ですが、そのうち紙媒体(従来メディア)での掲載販売も予定しております!!


どうぞよろしくお願いします〜(^^♪

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