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『アジアの記』より

ソクラテスが提唱した「無知の知」が指す内容は実によくわかる。その考え方、倫理、道徳の基準、そして何より教育の基準といったものを理解する際に、その内容は、殊に人間の真髄を心得ている。

しかしこれに対する俺の答えは一言で終わる。それは、「神様の御前にある人間だから」と言うもの。

人間は人間である故に、人間に与えられた規定範囲のものしか理解できず、それ以外を知る事は出来ない。つまり、「人間はすべて信じるという行為に根本を置き、その信じる事の延長で知っていると言うに過ぎないからである」と言う答えになるのだ。
人間は人間である故に、人間に与えられた規定範囲のものしか理解できず、それを知る事ができない。つまり、神様が人間にあらかじめ与えられた範囲でしか生きる事が出来ない事実に関連しており、それ故に人間は「人間が理解できるもの以外」のものについて無知であり、その表れがソクラテスの「無知の知」の応えになっている。

こう考えれば、「無知の知」と言うその言葉の意味そのものがあやふやになり、人間は自然における物事を知っている・知らないと言う事についても断定する事が出来ないのである。知ると言えば知り、知らないと言えば知らない。その人間が持つ主観の故に、その主観が自然をどうとでも変容させて認識できる性質を持ち、上記した人間の土台を忘れる事すら出来るのだ。

しかし、俺はここで言う。何がどうでも、人間が何を言っても考えても、人間に与えられた神様による規定は変わらず、人間は必ず神様の手の中で生きている。人間は自分について説明する事が出来ず、自然についてもある程度までしか説明できない(人間は何事についても信じる生き物であり、その行為以上の事が出来ない)。その「説明」は観測に似ており、見たまま感じたままを述べるのみである。その主観における物事が、無からどのようにして生まれ、そしてどのように結論付けられるのか、という事について無知なのである。

そしてここに人間の限界があり、この限界を人間は初めから持っていた、と言う結論に至るのである。この結論も、固より神様から人間に与えられた理解の範囲にある。

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『アジアの記』より

人の世では、様々な噂が飛び交う。伝説もその一つにある。例えば、自分が素晴らしい人だと思ったその人の、悪口を別の場所で聞いたとしても、その自分が信じた良い側面の方を信じてやればよい。そこに祈りが生まれる為である。

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『アジアの記』より

祈る時には、偽善者たちのようにするな。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りのつじに立って祈ることを好む。よく言っておくが、彼らはその報いを受けてしまっている。あなたは祈る時、自分のへやに入り、戸を閉じて、隠れた所においでになるあなたの父に祈りなさい。すると、隠れた事を見ておられるあなたの父は、報いてくださるであろう。また、祈る場合、異邦人のように、くどくどと祈るな。彼らは言葉かずが多ければ、聞き入れられるものと思っている。だから、彼らのまねをするな。あなた方の父なる神は、求めない先から、あなたがたに必要なものはご存知なのである。」
(「マタイによる福音書」第六章五節ー八節)
祈るときには、必ず心の中で、主の祈りを唱えよ。

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『アジアの記』より

人間が決める事には絶えず変更があり、喜びが悲しみになったり、悲しみが喜びになったりする。しかし、神様が人の為に創られた自然は、何にも変わる事なく真っ直ぐ為す事を為し、それは神様が愛された人の為に成る。「歓喜の時には辛苦を忘れ、辛苦の時には歓喜を忘れる」(「伝道の書」)。

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『アジアの記』より

書きたくない事は書かない。けれど、書かねば、と思って、日常で思ういろいろな事を白紙に書くこともある。このように、何やらの脅迫観念のようなもので自分を縛り、それで書き続けていくと、得てして失敗するものである。途中で、何を書いているのか分からなくなり、ちゃんちゃら可笑しいからくりのようなものがどことなく見えたりして、無性に自分の書いて来たその文章を嫌うのである。ここで言いたい事は、俺は写真写りが悪いということである。大宰治の写真、川端康成の写真、菊池寛の写真、芥川龍之介の写真、他にもいろいろ写真があるが、あの夢野久作ですら、白黒できちんと写されていると、それなりに格好が整うものである。そう感じるのだ。格好が付く、と言うやつであろうか。俺はそうした彼らの写真を眺めていると、自分の写真写りにほとほと自信がなくなり、いや、初めから自信は無いのであり、例えば自分の作品が世に出て、そのカバー写真などで自分の顔が写ってしまうと、自分は一体どんな顔をしてその窓から読者を眺めるのだろうと、そんな浅はかな物思いに駆られるのである。太宰治などは、何故ああびしっと収まるのだろうか。おそらくナチュラルにしているに違いない。自然体で居て、自分をそれほど衒わず、格好をあまり気にせず、撮りたいなら撮らせてやろう、等とそう言った気持ちで、何か堂々と構えながら写真に撮られるのを待っているようだ(たとえ格好を付けて、いつも狙って写真を撮らせていたとしても、あれだけきちんと形が整うのなら、その効果は十分にあったと言ってよかろう。俺がたとえ同じ事をしてその写りに挑戦してみても、絶対にああびしっとは行かない)。これほどの余裕が俺にはない。写真を撮られる時、自撮りする時、いつも必ず決まってどういう風に写ってやろうか、どんな風に格好付けようか、どんな風にしておけば後から見栄えが良くなるか、そんな事ばかりに気を取られ、苦しくなって、結局変な顔で写ってしまう(それともプロが撮ると皆ああなるのだろうか。俺は撮られた事がないから分からない)。まるでお笑い種であり、そんな事がもう、二十五年ほど続いて来たように記憶する。彼らのような有名人だけでなく、俺の身近にいる人もそうであろうか。殆ど、格好付けながら写真を撮られる人を見ないのである。みんな、何か堂々としている。その写真に撮られるのもそれほど大したことないように構え、何となくまた、三十枚も四十枚もその前後に写真を撮られた経過を想わせ、その内の一枚だから全く自分は気にならない、そんな隠れた威厳のようなオーラも感じるのである。俺はみんなと違うのだろうか。別に格好を付けようなんて、もうそれほど思わないのであるが、歳も歳だし、そんな事は逆に嫌で、窮屈になるのだが、それでも写真を撮るとき撮られる時、その格好をとりあえず整えようとする癖のようなものが、心の奥底から気後れしたようにやって来る。特に女は論外である。何をどうしたって結局写りが良いことが多く、時に「まるで別人か」と思わせる程、異常な程に美しく写ることが儘ある。普段見ているのに、写真に撮られるとじっくりとその顔を見る事が出来、そのため、その女の奥に隠された美しさが、余すところなくすべて明るみに出る。つまりその女の美しさが写真を通して全て見えるのだ。だから普段に気付かなかったその美しさを、写真を通して見ることで改めて把握出来るのである。本当はこんなに美しい顔をしていたのか、そんな感想を吐いた事が今まで出会って来た女の写真を見ながら何度かあった。おそらく女は、神様がそのように創られたのだ。女は見られてなんぼ。商品という通称も俺の中ではあり、それだけ見栄えが良く、見るに美しく、その美味しさを以て男を惹き付けるようにできている。だから写りが好いのだ。時として、別人のようにも映るのである。すべて妄想にあるが、一理、当たっているような気もする。つまらない事を書いた。やっぱりここらでやめておこう。今、学生時代に程好く世話になった『掌の小説』のカバーに映る川端の写真を見て、何となくこれらを書いたのだ(二〇一九年一月一八日《一五時二三分》記)。

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