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椎名林檎の歌に感銘を受けるのは、ちょっとである。あまり林檎の歌に感銘を受けなかった。計算し尽くされたライブ、とよく言われるそうである。だから面白くないのかなあ、と男なりに疑問に思うこともあった。なかなか面白く、笑わせるものであろう。二、三曲聞けば、飽きるのである。やはりプラスティックが勝つ。平面の上をずっと歩いて行っても何もない。そんな虚無のようなものが、あの冷たい素肌を通して延々語るのである。しかし、林檎の歌の良い点は、雰囲気である。おそらく和風の雰囲気にある。今となっては珍しいほどの、若い女にない純和風の心意気や景色、そういった少し懐かしいものが、歌舞伎町の掃き溜めの中から生まれるのである。歌舞伎町の掃き溜めだから、少し懸念する…いや敬遠するところがあるのだが、しかしその純和風の雰囲気というものは、音楽を聴く俺にとっては貴重なものであり、少し、拾ってやろうと試みさせるきっかけを生む。それだけである。後は、竹林の径や竹藪の中で、京都の風に吹かれている方がまだましである。

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力の謳歌

心の中にずっと燻っているものがある。これを全て引き出すことができれば、直木賞はおろか芥川賞、全ての文学賞を総なめにするのかも知れない。いや、男でありながら、紫式部賞すら受賞してしまうかも知れない。それ程である。人間力というものは、底知れぬパワーを秘めている。神様が作られ給う人間の力である。凄くない筈はない。
ふと好いことを思い付いた。言葉である。その言葉はストーリーを作り、一つの小説が出来上がる程の量になった。彼にはそう思えたのである。しかし、瞬間の億劫が祟り、その時その良い言葉やストーリーを吐き出すのをやめた。そしてその事から無理やり頭を引き離そうとし、ペンを置き、ノートを閉じ、階下に下り、風呂に入った。飯を食べ、段々眠くなってきたので布団に入り、額に左腕を置きながら寝ようと努める。またふっと、先程の良い言葉を思い出す。しかし眠くなってきたので、そのまま眠りについた。
翌朝、昨日の良い言葉をまた反省し、少し感慨に浸る。しかしその日の仕事を終えなければならなかったので、頭を別の方向へ切り返し、仕事に就く。その日の仕事の始まりである。マグマのような、煮え滾る思いが噴出を忘れて飛び交っているのに、その事に対して自分は何もしない。それがどうも腑に落ちない。しかし、金が要る。金は生活を支える全てであると、そのとき自分に言い聞かせておく。仕事の疲れによって怠くなり、また少し横になる。いっとき昨日のことを忘れ、風呂に入り、晩飯を食べ、また眠くなったので布団につき、そのまま寝入る。
こうして、その瞬間に思い付いた良い言葉、良いストーリーは、日々の中で段々薄れていった。言葉が目間苦(めまぐる)しく頭の中を飛び交い、心の中を横行し、空気に溶け込むように見えなくなった。段々薄れるのである。記憶を忘れるのと同じように、良い言葉、良いストーリーは消えてゆく。それらは消えるのではなく、薄まるのである。その埋まりがさらに強まると、封印されるのと同じことになる。瞬間の言葉は過去の流れに還ってしまう。そして彼は今年、五十を迎える。

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底が浅い、秋

本職の詩人ともなると、いつどんな注文が来てもよいように、必ず詩材の準備というものをして置くのである。秋について何か書けと言われた場合、「あ」の部分を開いてじっと探して行く。愛…合気道…朝…紫陽花…秋、あった。早速秋のページを開いてみると、トンボ。きれいに死んだ。と書かれてあった。後から読んだので気づかないのか、一体何のことが書かれてあるのかと迷ってしまう。なんとなくその片鱗はわかるのだが、決め手がない。どうしてもこれといった感動が見当たらないのだ。私はミーハーである。何か決め手のようなものがなければ、それを秋と認めることができない。悔しいのである。ただただ、自分の才能の無さに悔しさを見るのだ。こればかりはどうしようもない。時間の経過に、少し苛つく。途端に火弱(ひよわ)くなった。これはどういうことなのだ。自分が書いた内容を、スッと引き出せないではないか。それを引き出して見たとしても、なんだか見え透いた気がする。こんなものを作っていたのか、俺は。とても底の浅い気がするのだ。自己陶酔しようにも、できない。底が浅すぎるのである。自分の未熟が頭上を飛び交う。虚無がまるで全身を以て、自分を襲うようであった。恥ずかしさから、ついそのページに飽きてしまって、他のページをパラパラめくる。モーパッサンと書いてあった。そちらの内容の方が、秋よりもずいぶん良いように見えた。秋はやめて、モーパッサンのほうに縋り付く。そのモーパッサンの内容から無理矢理「秋」に内容を変え、即席で秋という題について自分のテーマを書いた。それが審査を通り、投稿されたのである。

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救いのもと

僕が神様を信じる理由は、救いが欲しいからである。救われないといけないからである。けれど、神様は僕を選んだと言って下さった。だから、僕はその期待に応えたいのである。全てを差し置いても、そうなのである。
どうか、この一つの事が出来るように、強靭な力を与えて下さい。既に与えられているのでありましたら、大変失礼ですが。しかしご存知のように、こう言わなければ居れないのです。

意味というのは、何かの為、ということである。

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窮地に追い込まれれば、人はその時に必要な一つの事を欲しがるものだ。だから正直を書けるのである。果たしてこの正直が、後々になっても良いものと言われるのである。

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