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恋愛小説集〜innocent

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『In the rain』

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In the rain 




君は誰のために、泪を流しているのですか?

僕は泣き方を忘れた半端者なので、もう泣く権利など・・ないと思っています。

だからでしょう、君が泣いていると・・何だか切ないんです。

だけど・・何故か、目を逸らすことが出来ません。







空は紅く染まり始め、今日も闇に全てが委ねられようとしている。

其れが、この世界で行われている今日から明日へバトンタッチする瞬間の入り口の儀式であった。

そうした変わりゆく姿を、僕は独り眺め・・それをバックに橋の中央で行き交う人の流れを見ていた。

ココは『歩行者専用』の古びた橋。

手すりの塗装は、もう引退を感じさせるまでに剥がれ落ちている有り様だ。

下の川は小さな小さな流れが続いていて、だけどこの場所が上流に近い為だろう、流れ方は少々荒々しくもある。

そんな普段の川の流れとは打って変わり、ただここ数日は・・何故だか不思議なくらい穏やかな流れである。

そしてこの川から、徐々に目線を上げていくと川の両サイドにある土手沿いに、団地が建っているのが見える。

この団地は、今僕が立っているこの橋と同じ位に古く、また外壁にはツタが生えている・・何処か懐かしさを感じる外観だった。



そんな都会では見る事が出来ない風景の場所に、今僕は居る。

この背中にある半端な羽根は、歩行者が通る側とは反対の方向に悠々と広げて、日々の生活の断片をこの橋から見ている。

どうしてこんな所にいるのか、自分は何をしたいのか・・其れはよく分からない。

だけど、こうして見ている分には別に誰かとぶつかる訳でも、そう迷惑がられる訳でもない。

だって、僕の姿は・・誰も目にすることはナイからだ。

それほど・・この世界では、僕は存在してはいけない半端者だった。



・・イヤに自分がちっぽけに思えてきて、僕は再び明日を迎える準備をする空を見上げる。

中央から少し端へ移動して手すりの上に座る。

ココが僕の特等席で・・こうしていれば、ほら・・タイミング良く今日も君が来た。

小さな藍色のスクールバックを自転車の前籠に入れて、少し角度のあるこの橋を一生懸命自転車で登ってきた。

僕のいる所に着く頃は、君は息を切らせて橋の中央部までやっと来る。

これも、ここ数日君が毎日ココを通るから・・分かった行動だ。

蒼い空を見上げながら深呼吸をして呼吸を整える。

そうして今日も・・深い深い溜息を漏らした。毎日この姿も見てはいるが、何度見てもその姿は痛々しかった。

それは、単に第三者の視点であるのに・・妙に心が過剰反応する。

今にも泣きそうで、何か訴えるような目で遠くを見つめる。どうして君がそんな顔をするのか判らない。

だけど気になって仕方ないんだ・・見知らぬ彼女に対して・・。




いつもなら、このまま自転車で橋を渡るのに、今日の君は違った。

暫く遠くを見つめた後で、君は自転車から降りるなり僕とは逆方向の手すりにもたれかかった。

僕は内心ホッとした。それもどうしてかは判らない。

他人から見れば透明人間な僕の姿。

何も恐れることは無い、僕は誰の目にも映らないのに・・ 君を見ていると、とにかく僕の中には『?』マークが幾つも並んでしまう。









君 は・・・・誰 な ん だ い ?     何 故・・泣 い て い る ん だ ?






こんな半端者な僕には・・羨ましいくらいだよ・・君は、誰かを想ってるんだろ・・?


いつの間にか空の蒼さは薄れ、夕焼けと夜の闇のグラデーションが広がっていた。

そんな空の変化を、君も少しリラックスした表情で見ていた。

そしてまた、溜息を漏らし、同時にその瞳には泪が・・・・うっすら浮かんでいた。

僕にはこんな時でさえ、かけてあげる言葉も、行動も・・何一つ見付からないまま、結局は見守るという
手段を選ばざるを得なかった。

手が届きそうで届かない・・君の頬をそっと拭うことも、相談に乗ってやることも・・

ただこうして見守るという行為が、僕の心を一層見えない鎖が縛り上げていった。

でも届かない声、見えない姿・・妥協するにも出来る点がない。





何 と い う 悪 循 環 な ん だ ! !




だが自己嫌悪に陥るも、彼女に対してどうしてココまで考えるのか・・

僕は全く理解できぬまま、この日の彼女と別れた。

夜がすっかり空を染め上げ、共に従者たちが煌いていた。

君は再び自転車に乗り、住宅街の方向へ走っていった。


そして、君の去ったあと、僕の胸の鼓動は急に高鳴りだし、心の叫びが頭の中で言葉となり現れる。












『 君 ハ 僕 ノ 失 ッ タ 記 憶 ヲ 取 リ 戻 ス 為 ノ 鍵 デ ハ ナ イ ノ カ ? 』









僕の脳裏には・・まだ見た事のない、君の笑顔がフッと浮かんだ。



あれから数日が経ち、君は繰り返しこの橋で立ち止まり、足跡として溜息を置いていった。

僕が拾っても、何も見えないけど・・その溜息の中には・・一体、誰を想っているのだろう?

僕は自分の妄想ではあるが・・彼女が恋煩いをしているように見えてしかたなかった。

遠くを見る方向には、此処ら辺では大きな建物に分類するだろう、大学病院がある。

君はいつも・・ジッと其処を見つめている。其れが僕には・・何とも言い表せない感情に侵されてしま
う。

僕は・・見知らぬ君を、もっと知りたいと・・いつしか思うようになっていた。



今日は生憎、蒼い空は望めず、灰色の雲によって大粒の雫が地を潤していた。

雲の流れを見ると・・通り雨の筈なのだが、容赦ない激しさで雨は大地に降り注いでいた。

そんな中、いつもより少し遅い時間に君は今日もやって来た。

此処が・・通学路なのだろう。だが、悪戯な雨は・・止む気配は全くなかった。

傘をさして歩いてきた君が橋を渡ろうとしていた、だけど・・何故か橋の中央部の手すりにいる僕の前で足を止める。

決して視線を外さず、確かに僕の顔を見て・・僕に向かって言葉を発した。





「身体薄いけど、アナタ・・イ・・イツ・・・・.キなの?」


傘を落した君は、僕に抱きついてきた。

無論、君は僕の身体をすり抜け、危うく川へ落ちそうになった。

そして僕はというと・・自分の名前が何なのか今更の様に考えてしまった。

だがそんな事を考える暇は無く、すぐ彼女は僕を見返して、ジッと観察している様にさえ思えた。

僕は戸惑った。どうしても彼女の視線から逃れる事は出来なかったからだ。

だがその戸惑いはすぐ不要になった。

彼女は尚も透ける僕の頬に手を添えてきた。

・・何とも懐かしい、彼女の柔らかな笑み・・。






「やっと逢えた・・・・ね?五月・・」

このカンジ、僕は知っている。目の前の彼女の名前も・・・そう、彼女は・・

「モ、モエ・・?」


彼女の名前を呼んだ瞬間・・僕の中にあった疑問が、バラバラだったパズルのピースが全て合わさったようになった。

そうしてゆっくりと、今度は僕から君に・・いや、モエに近付いていった。

今度はしっかりと・・この自分の腕でびしょ濡れになっているモエを抱きしめる事が出来た。

その瞬間から、僕の身体に変化が生じた。

この背中にあった忌々しい羽根が、ヒラヒラと下の川へと落ちていったのだ。

いつの間にか雨足は弱まっていて、薄陽が僕の背中についていた羽根を照らしている。







キラキラ光りながら・・この翼は最期の役目を終えたのだ。


抱きしめているモエの眼に浮かび流れた泪が、僕の手へと流れて来た時・・透明だった筈の僕の身体は段々実体化していった。



「おかえりなさい」

僕は少し紅潮した君の濡れた頬に触れながら、愛しい君を見つめた。

「ただいま、待たせてゴメンな・・」

そう告げてもう一度君を抱き寄せた。

もう・・二度と離さないから、記憶を無くしたことも・・これっきりだと僕は心の中で誓った。









【痕】
HPへ初のアップ作品として載せた、もの。
ちょっと恋愛系でいってみようと試みて・・当時、一部の方々は知ってる作品(笑)
五月とモエ…この先どうなったかは…ご想像にお任せします♪
ちょっと…恥かしいですが感想など宜しくお願いします。

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