小さな日記

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小さな物語

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小さな物語をあたし風に書いてみました。
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親子・・・。

『お馬の親子は仲良し親子・・・』なんて童謡もありますね。
親子は縁があって親子になるんだと思っています。
よく憎まれ口で『誰も産んでくれ!なんて頼んでないよ』とか言ったり・・・
『あんたみたいな子で情けない・・・』とか、言い合いしたのはあたしんちだけ?(笑)
 
毎度ゆか事件簿で登場の刑事平塚八兵衛さんにも息子さんがいる。
その息子さんはお父さんとは正反対に悪い人を捕まえるという仕事ではなく
人の命を守る医師になった。
想像の範疇ですが、きっと子供のころ多感なころはいつもお父さんである平塚さんは
あまりうちにいなかっただろうと思う。そして家に帰ればその日の捜査をノートに書き記し
明日の捜査の予定を記入するということを夜な夜なしていたらしい。
 
平塚さんの息子さんは今をも現役で平塚さんの出身地の茨城でとある病院の
院長をしている。
経歴を見ると福島県の医大を卒業していた。そして専門は整形外科。
 
こじつけなのかもしれないけど、思ったのは『吉展ちゃん誘拐事件の』の犯人の
小原保。彼は福島県の出身。
幼いころ足からばい菌が入り、股関節に障害が残ってしまった。
もし小原保がそんな病気に罹らなければ、また治っていたら・・・
吉展ちゃん誘拐事件はなかったかもしれない。
 
平塚さんの息子さんは心の片隅にそんなことを思い福島で勉強したんではなかろうか・・・
と思ってみた。
 
小原保は死刑の執行前に平塚刑事に
『今度生まれてくるときは真人間になって生まれてきます』と言ったそうだ。
 
遠い空に旅立ち、またそこで小原保はお母さんと会えてきっと親孝行しているに
違いないと思ったあたしなのでありました。
 
 
 
 
 

紙芝居・・・。

今、朝のドラマの『ゲゲゲの女房』を観ている。水木先生は、その昔紙芝居の絵も描いていた
ことがあったそうだ。
 
あたしの子供のころは子供も多い団地に住んでいて、同じ年の子供らだけでなく、大きい子も
小さい子もみな一緒になって遊んでいたと記憶する。
 
そんな団地にも紙芝居屋さんが来ていた。拍子木の音が合図であるが、いつも同じ時刻に
来ていたと思うので子供たちの中にはその前に集まっていたり・・・。
 
紙芝居の内容はよく覚えていないけど、おどろおどろしかったような記憶がある。
今思うと黄金バットのどくろが怖かったのかなあ・・・。
 
そのおじさんはどこから来ていたのかなあ・・。時代の流れで子供たちの娯楽も
一転し紙芝居のニーズもなくなってきてしまって、あのおじさんはそれから
どうしたのかなあ・・・。
 
時代がかわり、子供たちの娯楽も人と話すこともなく一人でもできる娯楽へと
変化した。
 
でも小さい記憶ながらそんな紙芝居という文化を感じて育つことができて
よかったと思うあたしなのでありました。
 
イメージ 1

毎年、この時期になると先の戦争のことの番組が多くなる。
しかし、そのことを語ろうともせず、語り継ぎたくないと思う人がいる。

それはあたしの父です。世界大恐慌の年の昭和4年に父は生まれた。
日本男子で生まれたからにはお国のために死ぬことが名誉だと本当に
思っていた少年だったそうだ。

そんなことを聞くと今更ながらだが、戦争とは遠い昔のことではないと思う。

進路を決めるときになり父の選択は『霞ヶ浦航空隊』であった。
父には双子の弟がいて、その弟も同じ進路を希望したそうだ。

その村から合格したのは双子の兄弟だけだったそうで、当時の軍事色一色の
新聞記事には格好のネタだったらしく、兄弟で新聞にもそのことが掲載された
そうだ。

しかし、この話を聞いたのは父からではなく父のお姉さんからだった。
そのお姉さんはもう90歳になるけれど、そのことを話すときは
昨日のことのように話す。

いろんなことがあった少年時代だったと思うけど、父は語らない。
語らない父を思うと、もっと切なくなる。

学徒動員・・・。

いつもの図書館でひとつの文集に目が行く。その文集はそこの歴史ある高校の
卒業生が寄せた文集。
でも、その学校の創成期のころからの古い話である。

志を持ち、学校に入学し遠くのところからも自転車で通学した話。
道路も舗装もない時代、自転車で遠くから通学するのもほんとうに
大変な時代だったと思う。

そこの地域、地域には必ず『番長』がいる。その番長を突破しないと
家路につかない。その番長に殴られることは当然だと思っていた話。

戦争が始まり学校で勉強ができなくなり、工場で働くこととを余儀された話。
中には親もとを離れて工場に勤務した話。

そんな話、どの人の文集にも泣けてきた。

あたしの住む近所にもその当時は軍需工場があったそうで、そこの学校の生徒も
その工場に行っていたそうだ。当時、一番楽しかったことは
近くの女学校の生徒と少し話しができることだったそうだ。

戦局が激しくなったけど、実は心の奥にそんなことを密かに思い、小さなときめきを
持っている少年にタイムスリップをした思いがした。

旗の意味・・・。

イメージ 1

先日、観戦した高校野球。県予選の準々決勝にて・・・。
あたしは、両方の応援団にも目を向ける。

残念ながらベンチ入りできない野球部員もユニフォームで立って応援。
応援団、チアガール、ブラスバンド。

そして大きな校旗をしっかりと持っている部員。

何キロくらいあるのかな?浜風もくるからしっかりと支えることはとっても大変なんだと
思う。

旗とは思う以上に深いものなんだと思った。

そこで思ったのはその昔、硫黄島に星条旗をたてた瞬間の写真です。

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