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アイツのことは俺が何とかする、なんて言ったけど、正直、何とかできる自信なんてこれっぽっちもなかった。
あの日以来、アイツはずっと学校を休んでいる。
何度電話してもつながらないし、もちろんメールの返信もない。
無理もないよな...。
今まで、どんな噂を聞いても、俺がどこで何をやっていても、俺だけを信じて、俺だけを見ていてくれたアイツを真正面から裏切るような言葉を自らの口で吐いた。
俺がどうしてあんな嘘をついたのか、理由を説明すれば納得してもらえるのはわかってる。
でも、それだけは兄弟として...いや、男として、いくらアイツにでも言うわけにはいかなかった。
会ったからって、何を話してやれるわけでもないけど...それでも、やっぱりどうしてもアイツに会いたかった。
<お前の家の前の公園で待ってる。お前が出てくるまでずっと待ってるから。>
俺は、そのメールを打ったあと、アイツの家の方向に向かった。
アイツの家の前には、通りを隔てて小さな公園がある。
2階のアイツの部屋からなら、全体が見渡せるはずだ。
すぐに出てくるわけないのはわかってる。
でも、俺はここで何日でも待つつもりだった。
だんだん辺りが暗くなり、通り過ぎる車のヘッドライトに灯りがともり始める。
いつも、デートのあとアイツを家まで送るとき、別れがたくてこのベンチに座って、あと10分だけ...あと5分だけ...と言いながら、話をしていたことを思い出す。
それでも、どうしてもお互い「じゃあ、また明日」が言い出せなくて、次に通る車のプレートナンバーの末尾が0だったら帰ろう、と決め事を作る。
でも、0のプレートナンバーの車が来ると、2人とも見過ごしたふりをして、結局いつまでも帰れないんだ。
...って、くだらない話だけど。
でも、そんなくだらないことももうできないのかなぁ...なんて思うと、胸の奥が痛くて息ができなくなる。
周りの家の窓からこぼれる光も一つ一つ消えていき、ベンチの横の水銀灯の明かりがぼんやりと俺の足元を照らす。
さっきから、足元のタバコの吸殻ばかりが増えていく。
胸がこんなに苦しいのは、タバコの本数のせいなのかな?
アイツの部屋の電気もとうとう消えた。
どこからともなく聞こえてくる野良猫の鳴き声だけが、やたら大きく聞こえて、俺もあんな風に大声で泣きたいような気持ちになる。
ふと、上を見上げると、星一つない真っ暗な空に思わず吸い込まれそうになる。
そのとき、俺の鼻の上に水滴がポツリと垂れた。
こんなときに雨かよ...。
すべり台の後ろに屋根つきのベンチがあるのはわかっていたけど、そこに移動してしまうと、ちょうど木に隠れて、アイツの部屋から俺の姿が見えなくなってしまう。
俺は、仕方なく雨に濡れたまま、ただじっと膝の上に両肘をついて頭を垂れるしかなかった。
アイツとケンカしたときのこととか、アイツのめんどくせーところとか、もっと綺麗な女のこととか、そういうことを考えようって思うのに、どうしてだろう...アイツの笑顔とか、ぬくもりとか、優しさとか、好きなところしか浮かんでこないんだよ。
どんな鬱陶しい天気でも、嫌な季節でも、アイツと一緒ならすべてが楽しかったな...なんて、今更思う。
雨の日は2人でこっそり傘に隠れてキスしたり、雷のときも怖がるアイツが俺に抱きついてくるのが嬉しくて、ずっと雷だったらいいのに、なんて思ってた。
1人で濡れる雨が、こんなに冷たいとは思わなかったよ。
そのとき、ふと雨が止んだような気がした。
不思議に思って顔を上げると、そこにはパジャマ姿で俺に傘をさしかけるアイツが立っていた。
無表情なアイツの顔は青白くて、パジャマから浮き出た鎖骨がなんだか痛々しかった。
<何しにここまで来たの?>
という言葉が、今にもアイツの口から出てきそうで、それが怖くて俺は思わず下を向いた。
<お前じゃなきゃ、ダメなんだよ...>
<俺を信じてくれ...>
言いたい言葉は山のようにあったけど、アイツが納得できるような説明を何一つしてやれない以上、どんな言葉を並べ立てても、ただの浮気男の常套句のような気がして、結局何も言えなかった。
するとアイツは、無表情のまま
「絶対、声出さないでね。家族が起きちゃうから。」
そう言うと、家に向かって歩き始めた。
家族に気付かれないように、まるで空き巣のようにソロリソロリと忍び足で家の中に入る。
アイツは、唇の前で人差し指を立てながら俺に手招きすると、俺の靴を持ってそっと2階に上がって行った。
月明かりと、さっきの公園の水銀灯の明かりだけが、カーテンの小さな隙間を縫うようにして、フローリングの床の上に落ちる。
ベッドの枕元に置かれた、目覚まし時計の針音だけが規則正しく聞こえてくる。
かなり近づかないと、お互いの表情も見て取れない暗闇の中にただ立ち尽くす俺に向かって、アイツが身振りで服を脱ぐようにと言う。
そっとシャツを脱ぐと、アイツは俺の背後に回って、バスタオルで俺の背中を拭き始めた。
ひとしきり拭き終わると、今度は俺の前に回り込んで、バスタオルを頭の上にかぶせると、まるで犬を洗うときのようにガシガシと俺の髪の毛を拭いた。
そして、次に俺の胸を拭こうとしてアイツが俺の肩に手をかけたとき...暗がりの中でふと2人の目が合った。
「俺...。」
「しっ!」
あやうく声を出しかけた俺の唇に、アイツの人差し指が止まる。
そして、アイツはその指を俺の唇に押し付けたまま、じっと俺を見上げると、いつもとまったく同じようにそっと微笑んだ。
その瞬間、俺はアイツを強く抱きしめた。
むせ返るほどの安心と愛しさの中で、俺はなんだか、迷子になった子供がやっと母親を探し当てたときのように、その胸にすがりついて大声で泣きたいような気持ちを抑えることで必死だった。
アイツがどういう思いで、俺に微笑んだのか本当の気持ちは俺にはわからない。
俺を信じるという意味なのか...それとも、アイツを裏切った俺を許すという意味なのか。
でも、アイツの笑顔を見るだけで、アイツの肌に触れるだけで、俺は自分が受け入れられていることを知る。
絶え間なく注がれるその笑顔は、母親の赤ん坊に対する愛情にも似ていて、俺は忘れかけていた子供の頃をふと思い出す。
不安も恐怖も心配も何もなくて、ただ自分を包む微笑みの中で、優しい胸に抱かれることが自分のすべてだったあの頃。
その笑顔に、長い時を超えて、今、会えたような気がした。
お前に対する溢れるばかりの愛しさが俺のすべてとなって、強さになる。
ただ、それだけでよかった。
※上の絵は、ウェブ友のウルルさんにいただいたもの。
ウルルさん個人の想像で描いてくれたものなので、若干、シチュは違いますが、あまりにも素敵だったので、お願いしていただいてしまいました。
セリフも少し拝借。(笑)
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あああああああああんんん♥はぁはぁん♥
萌え萌え(´p`)ハァハァハァ!!
そうきたか!と紫さんならではの意外性シチュに感動しました。
ナンバープレートの末尾が0とか、やったことあるのでなんだかキューンってしました。
りゅー大好きだーーーーっ!!
絵のっけてくれてありがとうでした\(^q^)/うーれーすぃー♪
2010/5/24(月) 午後 1:36 [ ウルル ]
(>▽<)
泣いたーーーー ><
ウルルちゃんのミニログ見かけて、飛んできたーー ><
うわーーーーうわーーーーーー
良かった。
良かったのよね?
でも、まだ続きが気になりますーーー ><
2010/5/24(月) 午後 2:46 [ うり ]
*ウルルさん
え?意外性あるかな?
雨の降る公園で...とか、ありがちなシチュのような気がしてたんだけど。(笑)
>ナンバープレートの末尾が0とか
うふふ...過去の恋を懐かしんでいただけたかしらん?
こういう誰もが一度は経験したことのあるような、くだらないけど、でも忘れられない恋のエピソードを書きたいってずっと思ってるんですよね。
*うりさん
泣けるシーンなんてあった?(爆)
ええ、一応「良かった」結果にはなってますが、まだリコちゃんは真相を知りませんからねぇ〜。
まだ少しはわだかまりがあるかな?って感じです。
2010/5/24(月) 午後 7:23 [ 紫 ]
竜士の代わりに泣いたww
いやいや、本当に。
ただ、それだけで良かったってのもほっとしてまたじわり。
2010/5/26(水) 午後 8:30 [ うり ]