ウェブカレdreamブログ

乙女ゲーム「ウェブカレ」をモチーフにした二次創作小説です。

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20年後―薫

午後の診療を終え、食事や身の回りのことを片付け、自分の書斎に入る頃には、毎日決まって深夜になる。
翌日のことを考えると、少しでも早くベッドに入る方がいいということは十分わかっているのだが、1日の仕事を終え、ゆっくりと一人きりになれるこの時間は俺にとっては心をリフレッシュさせるための、ささやかだが決して欠かすことのできない日課だ。
 
学生時代は勉強ばかりで、「趣味」といえるものなどお菓子作りくらいしかなかったが、この年になってようやく、少しは自分の興味のあることをする余裕も出てきて、今は水彩画に凝っている。
うんと幼い頃、情操教育のために習っていた絵は、ずっと好きだった。
でも、勉強が大変になり始める小学校の高学年の頃に辞めさせられ、その後、学生の間は一度も筆を握ることはなかったものの、いつかもう一度描いてみたいと思っていた。
 
描きかけの風景画を描く前に、メールの確認をしておこうと思い、PCを開けた。
受信ボックスの中を見てみると、一通のメールが来ていた。
急いで、それをクリックする。
 
簡単な挨拶から始まり、仕事のことなどの近況報告が数行続き、そして、最後に
 
<アフリカへの赴任が決まりました。来週、日本を発ちます。>
 
その一文を読んだ瞬間、昔とまったく変わらない彼女の大胆な行動力と、年齢や立場や生活環境など、人が年を重ねるごとに増えていく年輪のような重荷に一切見向きもせず、自分の感覚に従って生きる勇気と自由さに感服し、思わず笑みがこぼれた。
 
 
アフリカで一緒に診療所を開く・・・彼女と一緒に見た、青い夢。
 
俺たちはまだ若くて、可能性は無限に広がっていて、叶わない夢などないと、信じて疑わなかった。
あの頃、自由を手に入れたくてもがいていた俺に、手を差し伸べてくれた自由の女神。
彼女と一緒なら、何も怖くはなかった。
どこまでも高く、遠くへ飛べると、何の疑いもなくそう信じていた。
 
 
そんな俺たちの夢に終止符が打たれたのは、夢だけを見ていればよかった青い季節が過ぎ去り、「現実」という影が二人に忍び寄ってきた頃のこと。
 
お互い、納得のいくまで話し合って出した結論だった。
今から思えば、他にもっと選択肢はあったのかもしれない。
でも、そのときの俺たちには、きっとそれしか道はなかったのだと思う。
 
話し合って、ちゃんと頭では納得したつもりだったのに、心はまったく納得なんかしていなかった。
彼女を失った喪失感は思っていた以上に大きく、自分でもどうやって感情をコントロールしたらいいのか、途方に暮れた。
家と大学の往復だけをし、誰とも話さず、世界がすべて色を失っていくのをなす術もなく、ただ黙ってそれを見ていた。
そんな心に大きく開いた穴を埋めるために、俺は、何も考えず、ただ夢中で机に向かった。
彼女を失った今、医者になって何をしたいとか、理想の医師像などというものは、もう何もなかった。
それでも、必死になって難しい医学書を読み漁ることは、何もしないでいるよりもまだマシだった。
 
俺は男なので、もちろん経験はないが、あのときの胸の痛みは出産の痛みと似ているのではないか、と思う。
その渦中にいるときは、痛くて苦しくて、死んだ方がマシだと思うくらいにのたうち回り、この苦しみは永遠に忘れることのできない傷となって心に残るのだろうと思うけれど、時が経つうちに、苦しんだことは覚えていても、そのときとまったく同じようには思い出せなくなる。
そして、どんなに苦しい出産でも、「こんなことなら子供を産まなければよかった」と思う母親が一人もいないように、俺もまた、「この恋をしなければよかった」・・・そんな風に思ったことは一度もないのだ。
 
そんな風に、彼女のことも、一緒に過ごした日々も、別れたときのあの苦しみも、決して忘れることはないけれど、当時とまったく同じ気持ちではなくなっていくことに、安堵しながらも少し寂しい思いがしたことを、今でもよく覚えている。
そうやって、俺は少しずつ苦しみから立ち直り、勉強や国家試験など、今の自分の目の前にあることだけに集中し、やがて、医者になった。
 
 
医者になって数年が過ぎたときのこと。
医局の教授に頼まれて、急な人事異動で人手が足りなくなったある総合病院に、週に1回だけ非常勤医として勤務することになった。
初めて行く病院で、勝手がわからずウロウロしていたとき、不意に後ろから声をかけられた。
 
「草間先生。」
 
振り向くと、そこに立っていたのは・・・彼女だった。
ナースの制服を着て、昔よりも少しふっくらとしていたけれど、あのいたずらっ子のような目、屈託のない笑顔、笑うときに少し首を横に傾けるあの癖・・・何もかもが昔の彼女のままだった。
 
正直、彼女に会うまでは自分の気持ちに自信がなかった。
まだ彼女に想いを残しているか・・・それともあのときの苦しみが彼女に対する憎しみへと変わってしまっているか・・・。
 
でも、そのどちらでもなかった。
 
自分でもびっくりするほど、ただ懐かしく、優しい気持ちになれた。
まるで、子供の頃の幼馴染に会ったときのような・・・遠くに嫁いだ妹を想うような・・・そんな不思議な感覚だった。
そして、彼女の左手の薬指にプラチナの輝きを見たとき、やっと長い間心の中に溜まっていた澱のようなものが、すぅーっと流れ出していくのを感じた。
それは少し寂しい儀式ではあったけれど、その澱の最後の一滴が流れ去るのを見送ると、何故か自分でも不思議なくらい晴れやかな気持ちになった。
 
 
その後、俺も結婚し、今では2児の父親だ。
女医である妻と共に、草間医院を大きくし、「医院」から「病院」へ格上げした。
そして、父親が院長職を退き、理事長となったのを機に、俺は草間病院の院長となった。
自分が子供時代に自由がなかったから、自分の子供にだけは絶対そんな思いはさせたくないと思いつつも、つい子供には干渉しすぎてしまうことも、夢や理想だけでは医者という職業は務まらないということも、結婚生活は甘いだけではないということも、この年になるとよくわかる。
毎日、バタバタと慌しい毎日だけど、そんな生活を幸せだと思い、満足している自分がここにいる。
 
彼女とは、偶然の再会以来、良き友人となった。
わざわざ会うことはしないが、たまにメールで近況を報告し合ったり、たまたま病院で会ったときは、お茶をしたりする。
そんな風に、今でもいい友達関係でいられるのは、きっと、小さなことにはこだわらない、彼女のあの大らかな性格のおかげ。
そんな彼女に、俺は今、心から感謝している。
 
 
彼女と一緒に夢見たアフリカの赤土。
それを二人で見ることは叶わなかったけど、そのときの夢を叶えに行く彼女を心から応援したいと思う。
 
ほのか・・・君が見るアフリカの土地は、一体どんな風なんだろうな。
あの頃、俺たちが夢見た通りの場所なのかな?
俺は、あの頃二人で見た夢に恥じないような生き方をしているかな?
 
二人で家出した夜、歩道橋の上から一緒に見た花火を、君は覚えているだろうか。
俺たちが見た夢は、あのときの花火のように、一瞬の輝きのあとに燃え尽きてしまったけれど、俺はあのときほど美しい花火は一生の間に、もう二度と見ることはないような気がするんだ。
 
花火は、一瞬の輝き・・・うたかたの夢。
でも、それが美しい思い出となって、胸の中に刻まれるとき、それは一瞬なんかではなく、永遠の輝きとなって人の心に残り続ける。
そんな一瞬を、彼女と過ごすことができて、本当に良かった・・・。
 
 
俺は、PCをそっと閉じると、描きかけの絵を取り出した。
まだ構図すら考えていない、ほぼ真っ白のそのキャンバスをじっと眺めながら、いつか、アフリカの夜空に大きく輝く花火の絵を描いてみたい・・・と思った。
 
叶わなかった夢が、瞼の裏に大きく、美しく映し出される。
でも、その夢があったから、今の俺がここにいる。
その夢を見せてくれた彼女に、今はただこう伝えたい。
 
たくさんの夢と、愛と、輝いた季節をありがとう・・・と。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

閉じる コメント(3)

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おおおおおぉ!!
20年後の薫くんとほのかちゃん!

再会のシーンはなんだかホッコリ。
二人が別々の道を歩んでいるというのが現実的でニヤリとしてしまいました。
彼女があの頃の夢を追いかけて実現しようとしているのがなんともほのかちゃんらしい!

案外、別れた二人というものは良い友達になれるものなのかもしれません。
(元カレとも実際そんな感じだしなぁ。)
片想いのままで再会してたらどうだっただろう?
指輪でスッキリ納得出来るだろうか?…なんて片想いだった人に会いたいような会いたくないようなって考えちゃいました。(^_^;)

薫くんの奥さんや子供達はどんな人なんだろな〜。
薫くんより更に几帳面だったりして、薫くんがお尻に敷かれてたりするのかな〜。
それとも仕事以外はちょっとだらしなくて、薫くんがかいがいしく世話焼きしてるのかな〜。
子供は兄妹で草間兄妹彷彿とか。

しばらく妄想して生きていけそうですw

素敵なお話をありがとうございました。

2011/5/1(日) 午前 8:28 [ かおる(orum) ]

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かおるさん

最後に二人がゴールインする、いわゆる「ハッピーエンド」ではないので、どうだろう?・・・と、アップするギリギリまで悩んでいたのですが、会長本命のかおるさんに気に入っていただけて嬉しいです♪

会長とほのかちゃんは、恋愛ではいいでしょうけど、「結婚」となるとどうかなぁ・・・と思ったのが最初でした。
会長のあの両親とうまくやっていけそうなタイプじゃないし、たとえ結婚しても離婚しそうな気がして・・・www
次回はほのかちゃんの20年後を書きますので、またお暇があれば呼んでみてください。

2011/5/1(日) 午後 0:03 [ ]

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うりさん

やっぱりねー、会長とほのかちゃんは結婚となると無理な気がするよ。
あの親とほのかちゃんがうまくやっていけるとも思わないし。www

>お話が、終っちゃうのがイヤで

なんて言われると、高校卒業後の会長のお話も書いてみたくなるアタシ。www
でも、今は竜士に専念せねばっ!

最後まで読んでくれてありがとーーー!!

2011/6/24(金) 午後 7:05 [ ]


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