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日本の家族から、小包が届いた。
家族からの小包は、ほぼ月に1度の割合で送られてくる。
早速、中身を紐解くと、まず最初に目に入ったのは日本でしか手に入らない食材や、調味料。
それから、わたしが頼んでいた日本の雑誌や本が数冊。
母親の選んだ趣味の悪い、でもこの土地の季節を気遣って送ってくれる服の数々。
そして、その服の合間を縫うように入っている1枚のCD・・・。
すぐさま、そのCDを取り上げる。
ジャケットの写真は、どこか南の島で撮影されたと思われる、遠浅のエメラルドグリーンの海が続く白い砂浜。
そして、その波打ち際に佇む、髪の毛の長い後姿の女性。
その写真は、多分、海よりもかなり高台の場所から撮影されたと思われ、長く続く白い砂浜とその向こうに広がる海の風景がメインで、女性の姿はその風景を際立たせるためのアクセントとして使われているようだったけれど、その後姿だけでも、十分、彼女のカリスマ的な美しさは見てとれた。
元白薔薇学園軽音部のスター、間山志帆・・・。
彼女は高校卒業とともに、バンドではなく、ソロシンガーの「SHIHO」として、デビューした。
わたしは、彼女がデビューして以来、1枚も欠かさず彼女のCDを買っていて、日本を離れてからも、彼女のCDが出るたびに家族に送ってもらっている。
CDケースを開け、歌詞カードを取り出す。
作詞は、すべて「間山志帆」。
そして、作曲とギターの欄には、どんなに月日が経とうとも、決して忘れることのない、わたしの青春のシンボルである、あの名前・・・。
・・・「綾川竜士」・・・。
その名前は、わたしの中で、永遠の輝きを持って、今もなお響く。
幼いわたしが、心をいっぱいに震わせて、ただひたすらに見つめ続け、自分のすべてを預けた人。
初めての恋・・・。
その恋は、まるで濁流のようにわたしを飲み込み、押し流し、あっという間にわたしはその渦の中に巻き込まれていった。
もともと強い自我のなかったわたしにとって、それは本当に一瞬の出来事で、気がついたときには、わたしはその恋にどっぷりと溺れていた。
彼がわたしの世界の中心になり、周りのものは一切何も見えなくなって、すべてを見失い、心はただ真っ直ぐに彼へと流れた。
それでも、そうやってわたしが彼を想えば想う分、彼はちゃんとわたしにそれを愛情で返してくれて、そんな幸せが永遠に続いていくものだと思ってた。
それが、少しずつ狂い始めたのは、大学生活も残すところ約半分となり、周りのみんなが「社会」という現実に向かって飛び立つ準備をし始めた頃。
その頃、彼は夢と現実の狭間で、悩み、苦しんでいた。
それでもわたしは相変わらず彼だけに寄りかかり、自分の生活のすべてを彼に合わせて、ただ毎日、彼だけを待ち続けていた。
それが愛情なんだって・・・それが彼の夢を支えることなんだって・・・自分勝手にそう解釈していた。
自分自身の世界を放棄して、すべてを相手に捧げる極端な愛は、愛を通り越して、依存になる。
相手の苦しみを一緒に乗り越え、夢を支えるためには、自分自身の世界をしっかりと築き上げ、その中に両足で立っていること・・・それが最低条件なのに・・・そのときのわたしは、そのことに気付かなかった。
アルコールでも、薬物でも、何かに依存した人間は、それがないと生きていけない体になる。
彼の顔色ばかりを伺って、彼の目の中に自分が映っていないと途端に不安になり、心は1分1秒でも彼の愛情を欲しがり、それでも、悩み、苦しんで、苛立つ彼にそれを伝えることはできず、徐々に自分の心のバランスが崩れていくのを感じた。
彼と一緒にいても、悩む彼を見るのが辛くて、だんだん笑えなくなって、そんな風に精神的に追い詰められたわたしが取った浅はかな行動・・・それは、他の誰かを彼の代わりにすることだった。
そんなことをしても、依存の矛先が変わるだけで、何の解決にもならないのに・・・それでも、そのときのわたしはそうすることでしか、心の隙間を埋められなかった。
彼がわたしに対して抱いていた絶対的な信頼を裏切り、傷つけ、そしてそのことは自分自身をも傷つける結果となった。
もがき苦しんだ末の結果だから、後悔はしていないけど、彼の夢を最後まで見届けることができなかったこと・・・友情を残すような別れ方ができなかったこと・・・ただ、それだけが心残りだった。
彼と別れてから数年後、わたしは日本を離れた。
きっと、どこか知らない土地で自分自身の人生を見つけたかったんだと思う。
誰かへの愛情に依存する生き方ではなく、自分自身の足でしっかりと歩いて行ける人生を・・・。
日本を離れてしばらく経ち、ようやく自分自身の人生を歩き始めた頃、日本から「SHIHO」のCDが届いた。
ジャケットの裏の曲目を見て、わたしは思わず息を呑んだ。
なぜなら、全10曲で構成されているそのCDは、竜士が高校時代、憧れ、夢中でコピーしていた70年代から80年代を中心とした、洋楽ロックのカバー曲集だったから。
慌てて歌詞カードを見てみると、全曲の編曲とギターが「綾川竜士」だった。
そして、そのCDを聴いて・・・わたしはすべてを理解した。
男性シンガーの曲を女声に合わせるというだけではなく、間山さんの声質や特徴を完璧に理解し、彼女の魅力を最大限に生かした編曲・・・。
お互いの感性が融合し、彼自身の音をちゃんと自己主張しつつも、間山さんの魅力をうまく引き出しながら、彼女の声に寄り添うように流れていくギターの音・・・。
二人が紡ぎ出す音は、しっかりと強い絆のようなもので結ばれていて、それは音楽という形となって人の心に届く。
わたしは、音楽に関する知識はまったくないけれど、「彼の音」だけは、わかる。
他の誰にもわからなくても、わたしだけには、わかる。
音楽という媒体を通して伝わる、二人の絆・・・それが、二人の間で結ばれた強く優しい愛の結晶であるということが・・・。
どういう形でかはわからないけれど、二人はきっと「愛」という絆で結びついている・・・それは、絶対的な確信だった。
彼と別れてからもう何年も経っていたけれど、わたしはそのとき、初めて本当の意味で彼から卒業することができたような気がする。
彼の夢を見届けることができなかったことに対する、挫折感、自責の念、拭いきれない中途半端な思い・・・そういった心の中の染みが一つ一つきれいに洗われていくような気がした。
彼と果たせなかった約束・・・一緒に見ることができなかった夢・・・それを理解し、支え、実現させてくれた人がいる。
幼いわたしが、ただひたすらに願い、信じ続けた夢は、絵空事ではなかったのだと・・・あの頃のわたしの夢、愛、想いのすべては、確かに誰かに引き継がれ、それが今、こうして具体的な形となって、わたしの手の中にある・・・。
そう思うだけで、ずっと中途半端な場所でぶらさがっていたわたしの青春が、すべて報われたような気がした。
間山さんは、そのアルバムで「洋楽ロックの名曲を完璧に歌いこなした日本人女性」として、高い評価を受け、音楽界での彼女の位置を不動のものにした。
それ以降、彼女が出すアルバムの作曲とギターは、ほぼすべて竜士が担当している。
あの頃二人で見た夢が、こうして今、国境を越えてわたしの耳に届く。
そこから流れる美しい旋律は、わたしの心に、優しい雨を降らせる。
わたしの彼に対する愛情は、確かに幼稚で、不安定で、彼の夢を支えるに足るものではなかったけれど、あれほど深く誰かを愛し、自分の青春のすべてを賭けて夢を見たことに、一滴の後悔もない。
ねぇ、竜士・・・初めてあなたと一緒に過ごした夜に、わたしは自分自身に誓ったことがあるの。
たとえ、この先、二人が離れ離れになってしまっても、わたしは永遠に違う愛であなたを愛し続ける・・・と。
二人で交わしたたくさんの約束は守れなかったけれど、その誓いだけは、わたしは今でも守っている。
夫とも、両親とも、友達とも違う、あなただけに向かう愛情が、確かにわたしの心の中にある。
それは、未練や恋心という、人間同士の愛情を超えた、何かもっと大きなもの・・・強いて言えば、空や風や水や宇宙・・・そういう、わたしを取り巻くすべてのものに対する愛情に似ているかもしれない。
自然や宇宙がなければ、わたしという人間がここに存在しなかったように・・・竜士・・・あなたとの出会いがなければ、きっと今のわたしはなかったから。
人の運命が最初から決まっているのだとしたら、わたしたちは、あのときを乗り越えたとしても、いつかは別れる運命だったのだろう。
でも・・・それでも・・・何度別れが来たっていい・・・。
たとえ先が見えていても、結ばれないと知っていても、わたしは、きっと何度生まれ変わっても、昼下がりのあの古ぼけた図書室で、何度でもあなたに恋をする。
「あ、また新しいCDだね、ハニー。」
そう言って、夫がゆっくりとわたしの背中を抱きしめる。
結婚して、早10年・・・。
わたしたちは子供にこそ恵まれなかったけど、その代わり、いつまでも恋人気分のまま、二人だけの静かで穏やかな生活を送っている。
わたしは、きちんと仕事も持ち、自分の世界を確立した中で、夫と共に「家庭」という小さな夢に向かって人生を歩いている。
「このギターの音、いい音だね。」
音どころか、ギターとベースの区別すらつかない夫がそう言うのを聞いて、わたしは思わず笑ってしまった。
いい音・・・そう・・・いい音でしょ?
そっと目を閉じると、瞼の裏に、ずっと昔の美しい思い出が鮮やかに蘇る。
図書室の窓から降り注ぐ柔らかい日差し・・・古い木の匂いのする大きな本棚・・・ページをめくる音・・・褪せた本の背表紙・・・そして、その向こう側には、ほら・・・夢中になって夢を語る、勝気な瞳の少年がいる。
わたしはゆっくりと目を開けると、夫の頬に手をやりながら、静かに笑った。
「もちろんよ。だって、弾いてる男がいい男だもの。」
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リコちゃんも幸せそうで何より。
初恋ってデカいですよね。
20年後も初恋の人の消息が分かるのは羨ましいな。
彼の生産物を見て・聴いて、彼の生き様(大袈裟!?)が分かる。
…竜士くんには一生リコちゃんの消息はわからないんだろうなぁ(^^;)
同窓会で会ったりするのかしら…そういうのに行きそうにないか…竜士くんもリコちゃんも。
2011/5/21(土) 午前 7:42 [ かおる(orum) ]
かおるさん
うんうん、初恋はデカイ!www
でも、全然心に残らない初恋よりは、たとえ一時期は辛い思いをしてもその方がずっといいと思う。
そうですね・・・竜士にはリコちゃんの消息はわかりませんね。
でも、その方がずっときれいな思い出のままでいいかも。www
2011/5/21(土) 午後 5:48 [ 紫 ]
竜士とリコちゃん
ぐっときちゃいますね><
切ないけど
大人になるってこ〜ゆ〜ことだなぁって。
紫さんワールドに浸っちゃいますね〜^^
2011/5/24(火) 午後 0:30 [ う〜 ]
う〜さん
こんにちはー!
こちらの小説が一段落したら、う〜さんのサイトにお邪魔しようと思いつつ、なかなか一段落しないので、なかなか伺えません。
すみません><
そうですね〜。
大人になるってこういうこと。
でも、その過渡期を一緒に過ごし、成長させてくれた相手のことは忘れない。
竜士とリコちゃんも、お互いをずっと忘れないでいてほしいな。
2011/5/24(火) 午後 6:46 [ 紫 ]
なんとなく予想はしてましたが・・・。
実際読むと悲しいです(T_T)綾川ファンとして、リコちゃんが自分に似てる気がする者として・・・。
初恋ってすごいですね(*^_^*)みなさんの投稿読んで思いました。私には、初恋とよべる恋が存在してるのかわからないので(泣
素敵な恋がしたくなりました(^^♪
2011/5/26(木) 午前 0:24 [ かな♪ ]
かなさん
あはは〜、悲しませちゃいましたかwww
でも、悲しむ必要はないんですよ。
竜士もリコちゃんも今は幸せに、そして二人で過ごした幸せな思い出をいっぱい胸に抱いて生きてますから。
>初恋とよべる恋が存在してるのかわからないので
だって〜、かなさんは現役女子高生ですもの!
わからなくて当たり前ですよ。
どれが初恋だったかなんていいうのは、わたしみたいなオバさんになっから、自分の青春を振り返って、「ああ、あれがそうだったのね〜」としみじみ思うもの。
リアルでまだまだ初恋の可能性があるかなさんが、羨ましいですよ。
2011/5/26(木) 午後 7:17 [ 紫 ]
やっぱ切ないね。
りゅーのときで二人のハッピーエンドではないハッピーエンドってわかって読もうか迷ってたんだよねwww
意外に根性がチキンだったみたい(^p^)
りゅーとの恋は通りすぎて忘れたんじゃなく立ち止まって振り向けるものだったって思えました。
2011/6/14(火) 午後 7:52 [ - ]
ウルルさん
ずっと二人でめでたしめでたし・・・っていうのが、一番本当のドリームだっていうのはわかってたんだけどね。
でも、別れても心に残り続ける恋の美しさを書きたくて、こうなりました。(笑)
読んでくれて、ありがとー!
2011/6/14(火) 午後 10:15 [ 紫 ]