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久しぶりに電車に乗ってみたくなった。
重いギターを担いで、汗をかきながら駅の階段を上り、ギリギリで駆け込んだ電車の中の冷房にフッと生き返ったような気持ちになる・・・遠い昔に置き去りにしてきたそんな感情を、なぜかもう一度味わってみたくなった。
時計を見ると、まだ昼前。
夕方から始まるレコーディングまでには十分すぎるほどの時間がある。
俺はギターを担ぐと、下駄箱の上のキーホルダーに車の鍵を置いた。
いつもの癖で、エレベーターの地下駐車場のB1を思わず押しそうになる。
その手を引っ込め、1Fのボタンを押し直す。
外に出ると、ジリジリと照りつける夏の日差しが俺の目を直撃し、そのあまりの眩しさに一瞬足がすくんだ。
駆け出しの頃は、地域の祭りやデパートの屋上でのイベントで、野外で演奏することも多かったけど、今では野外ステージといえば年に一度のロックフェスくらいで、移動は常に車、仕事は密閉されたスタジオの中。
太陽の光を浴びることなんて滅多になくて、真夏のこのギラギラとした感覚を忘れていた。
肩に食い込むギターの重さを感じつつ、ふと前を見ると、アスファルトの向こうにゆらめく陽炎の中に、遠い昔の俺を見る。
焦げ付くような炎天下の中も、枯葉舞い散る木枯らしの中も、毎日この重いギターを担いで、実家から駅までのあの長い坂道を歩いた。
あの頃の俺はまだ何者でもないただの学生で、金も車も何も持っていなかったけど、ポケットの中には入りきらないほどの大きな夢と、こぼれるほどのアイツの愛情があった。
ただそれだけで・・・よかった。
昼間の平日といえど、都会の街は常に慌ただしくて、駅にはたくさんの人が飛ぶように行きかっている。
志帆と一緒だと目立つから、とてもこんな場所には来られないけど、自分一人だけだと気が楽だ。
俺は滅多にメディアにも出ないし、サポートギタリストとして有名アーチストのバックで演奏することはあっても、一般の人間はバックバンドの人間にいちいち注目しないから、街中で声をかけられることはまずない。
声をかけられたとしても、大抵はミュージシャンを夢見るギター小僧だったり、自称音楽評論家のようなマニアックな連中ばかりで、ファンにもみくちゃにされるアイドル系アーチストとはまったく立場が違う。
まぁ、今となっては気楽でいいけど、昔、バンドでデビューすることを夢見ていた頃は、週刊誌に追いかけられるような生活に憧れたこともあったな・・・などと思いながら、一人笑みを漏らしたそのとき・・・後ろから声がした。
「すみません。」
振り返ると、そこにはギターを担いだ金髪の少年と、黒人とのハーフと思われるドレッドヘアの少年が立っていた。
「ギタリストの・・・綾川竜士さんですよね?」
俺が頷くと、金髪のギター少年の顔がパッと輝いた。
「俺、超ファンなんです!サインください!何か書くもの・・・ほら、お前、何か持ってねーの?」
そう言って、隣のドレッドヘアの少年をツツく。
ツツかれたドレッドヘアが慌ててカバンの中に手を突っ込んだ拍子に、そのカバンが地面に落ちて、中のものが転がり落ち、1冊のエロ本がちょうどきわどい写真のページを表に広がったのを見て、思わず笑ってしまった。
二人は気まずそうに苦笑いしながら、散らばったものをかき集め、その中から1冊の手帳を取り出して俺に差し出した。
「まぁ、普段なら今はプライベートだから・・・って断るとこだけど、これだけ笑わせてくれちゃ、断るわけにいかねーよな。」
そう言って、手帳にペンを走らせる。
プロになってから何度か変えた自分のサイン。
サインと日付と、あとは頼まれれば誰々さんへ・・・という宛名も書く。
その他にもう一つ、俺が絶対サインの中に書く文字があるんだ。
それは、サインそのものが何度変わっても、決して変わることのない、大切な文字。
アイツが初めて俺のライブを見に来たのは、高校1年生のとき。
その頃、俺たちはまだ付き合ってなくて、正直、アイツをライブに誘うのにはためらいがあった。
俺にとって、音楽は華やかで輝かしい世界である夢のような側面を持ちつつも、実際は真面目に勉強して汗水流して働くという真面目な社会生活からドロップアウトした、ただの社会性に欠けた人間が多く集う世界だということも重々承知していた。
売れれば夢、売れなければただの社会のはみ出し者・・・この世界にはそのどちらかしかない。
グレーなんてものは存在しなくて、黒か白のどちらかしかない世界。
その頃の俺は、自分がそのどちらになるのかまったくわからない状況で、一歩間違えればいつでも負け組みになる要素はあった。
そんな俺にとって、アイツは天使。
天使に、華やかな世界の裏に隠されたそういう黒い部分を見せたくはなかった。
そんなときに、ビッグアーチストを多数輩出している一流ライブハウスへの出演が決まった。
今まで俺たちがやってきたような、タバコの煙と酒の匂いの充満する狭苦しいクラブじゃなくて、本当に音楽を楽しむためだけに集う人々のための小さなコンサートホール。
これなら、アイツに黒い部分を見せずに、純粋に芸術としての音楽を見せることができるかもしれない。
そう思った俺は、意を決してアイツを誘ったんだ・・・俺のライブ見に来いよ・・・って。
不思議だな・・・あのときの不思議な感覚は今でもはっきりと覚えている。
客席は暗くて、ステージの上からはほとんど何も見えないのに、アイツのいる場所だけはまるでスポットライトに照らされたようにはっきりと見えたんだよ。
あのときのアイツの表情も、こんなところに制服なんかで来やがって何やってんだ?って思ったこととか、アイツが手にしていたグラスの中のオレンジジュースの色も・・・今でもはっきりと瞼の裏に浮かぶ。
そして、そのとき、俺は確信したんだ。
アイツが傍にいてさえくれれば、俺は必ず夢を掴める。
アイツは俺の夢を叶える天使・・・俺は今、恋をしてるんだ・・・って。
そのライブの後、使ったピックを記念にアイツにやった。
一流ライブハウスに出演できた記念に・・・って、アイツには言ったけど、本当はアイツに対する自分の気持ちに気付いた記念だった。
ピックを渡したとき、アイツがきょとんとした表情をしたので、急に恥ずかしくなって、
「サインでもしてやろうか?俺が有名になったらプレミアがつくぜ。」
って、わざと茶化してそう言った。
てっきり、何バカなこと言ってんの、って大笑いされると思ったのに、アイツはにっこりと微笑んで、カバンからペンを取り出すと、俺にそれを渡した。
そして、キラキラとした真っ直ぐな目でじっと俺を見上げながら、
「わたしが綾川竜士のファン第1号になる。」
って、そう言ったんだ。
その言葉に胸がグッと詰まって、ガラにもなく何だか泣きそうになって、慌ててペンを取ったものの、当然サインなんかあるわけがない。
そのときふと思い浮かんだ文字・・・。
<R&R>
それを、ピックの裏側にサインとして書いた。
「Rock and Roll・・・ロックンロールだね。」
そう言って、アイツは笑ったけど、実は違う。
本当は・・・俺とアイツの名前の頭文字。
<竜士&リコ>
これが、サインに込めた俺の本当の想い。
手帳にサインを書き終え、最後にいつも通り「R&R」の文字を書き入れ、金髪ギターの少年に渡す。
彼はそれをまじまじと見つめると、いかにも若者らしい口調で、
「Rock and Roll・・・そうっすよね!やっぱ、ロック最高っすよね!」
と、興奮気味にまくしたて、パタンと手帳を閉じた。
そのとき、手帳の表面に見えた文字。
<白薔薇学園 生徒手帳>
ああ・・・こうやって、人の想いは受け継がれていくのかもしれないな・・・。
高校生だったあの頃の俺が、ただひたすらに憧れ続けた音楽の世界。
その世界の中に、今、自分の足で立つようになって、ようやく見えてきたものがある。
アイツとの出会い、恋、友情、未来への夢や希望、挫折と後悔・・・そして、それらをすべて見てきたあの白薔薇学園。
あそこでの生活のどれ一つが欠けてもきっと今の俺はいなかった。
だから、俺はこれからもずっと書き続けるんだ。
今日までの俺を支え続けてきてくれたもの・・・Rock and Rollと、あの頃の俺たちの恋に感謝の気持ちを込めて。
<R&R>と。
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久しぶりにUPされててうれしいです^^
ほかのところで書かれたりしているんですか?
・・・私も執筆がんばろぉ(苦笑
2012/7/20(金) 午後 10:35 [ う〜 ]
う〜さん!
お久しぶりです!
ホント、最近ブログの方は置き去りになってしまっていて・・・><
最近は、ずっと白薔薇学園仮校舎の方で書いてまして・・・。
でも、それはリコちゃんの話ではなくて、竜士と紫の話なんですよ。(爆)
リコちゃんは別れてもわたしは竜士と別れない・・・ってずっと思ってきたので、本家終了が悔しくて悲しくて。
そんなときに、WKユーザーさんが白薔薇学園仮校舎というSNSを立ち上げてくださいまして。
なので、そこでは竜士と紫のお話を書いていて、本家への腹いせに結末もハッピーエンドにしてしまいましたwww
小説とも呼べないただのノロケ日記ですが、いつかまとめてこちらに移そうかなぁ・・・とは思っています。
う〜さんが相変わらず訪問してくださっていて、とても嬉しかったです!
ありがとうございます。
2012/7/20(金) 午後 10:48 [ 紫 ]