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乙女ゲーム「ウェブカレ」をモチーフにした二次創作小説です。

綾川竜士

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図書室の歌 最終回

卒業式のあと、下級生たちから、やたらと間山とツーショットの写真を撮らせてほしいと頼まれた。
メジャーデビューの決まった間山の写真を撮りたいと思う気持ちはわからなくはないけど、何故そこに俺がいる必要があるのかよくわからない。
まぁ、だからといって断るわけにもいかず、言われるままに写真を撮り、他愛もない話に付き合ったりして、やっと人垣がはけてきた頃、ふと周りを見渡すと、アイツがいなかった。
 
・・・まぁ、アイツの行きそうなところは大体、見当がつくけど。
 
「お前のせいで俺までこんな面倒なことに巻き込まれてんだからな。今度、飯おごれよ。」
 
俺は、間山にそう言い残して、図書室に向かった。
 
 
図書室の扉を開けると、いつもの窓際の席に、アイツはいた。
春の黄金色の光をさんさんと体に浴び、少し眩しそうに目を細めながら俺に向かって目を上げたときのアイツの笑顔を見て、初めて会った頃のことを思い出して、少し胸がキュンとした。
 
さすがに卒業式当日に図書室で勉強してるヤツは誰もいなくて、ガランとした図書室の中に、俺が歩く音だけが響く。
 
「間山さん、もう完全に芸能人扱いだね。」
「ああ、俺までそれに巻き込まれて、めんどくせー。」
 
その言葉に、アイツはフフフと軽く笑いながら、机の上の卒業アルバムをめくる。
クラスの集合写真、そして、その次のページに様々な学校行事でのひとコマが切り取られている。
アイツは、そのページをしばらくじっと見つめたあと、残りのページをパラパラと指で繰りながら、軽くため息をつく。
 
「なんかさ・・・こういうの見ると、不公平だよね・・・。」
 
そう言って、椅子の背に深くもたれかかった。
 
「竜士なんて、まともに1日中学校にいることなんて滅多になかったくせに、こういうとこではいっぱい写真載ってるの。」
 
と、俺の写っている写真をいくつか指差す。
文化祭の軽音部のステージでの写真、体育祭で駿に無理やり出場させられた騎馬戦の写真、修学旅行で泊まった旅館にたまたま置いてあったギターで、間山と一緒に即席ミニライブをやったときの写真・・・。
これだけ見ると、俺はまるで学校行事を盛り上げる中心人物みたいな風に見えるけど、実際は学校もロクに行かないただの落ちこぼれだった。
 
「わたしなんて、ほぼ無遅刻無欠席で真面目に学校に通って、3年間も図書委員をやって、文化祭のときなんて、清掃係りで、誰よりも遅くまで学校に残ってたのに、1枚も載ってないんだもん。」
 
卒業アルバムに載せる写真は、学校行事で盛り上がっているシーンを選ぶので、どうしても派手で目立つことをやっている連中がクローズアップされる。
アイツのように、地味で目立たない仕事ばかりを引き受けている人間に、なかなかスポットライトは当たらない。
 
「竜士や間山さんみたいな人は、きっと卒業してもずっとみんなの記憶に残るんだろうね。わたしなんて、すぐに忘れられちゃうだろうけど。」
 
そう言って、アイツが俺の顔を覗き込みながら、少し自嘲気味に笑う。
俺は、そんなアイツの顔を見ながら、机の上に片肘をつく。
 
「確かに、写真は人の記憶を残すための一つの手段だけど、それがすべてじゃない。少なくとも俺は違う。」
「え・・・そう?じゃあ、竜士はどうやって記憶を残すの?」
「うーん・・・俺は・・・これかな。」
 
そう言って、俺はプレイヤーにつけていたヘッドフォンをイヤフォンに変えて、片方を自分の耳に、そしてもう片方をアイツの耳にねじ込んだ。
切なく甘いギターソロから始まる名曲。
 
「これって・・・竜士が好きでよく聴いてる曲でしょ?」
「ああ、確かにそうなんだけど、これを聴けばああ、あのとき・・・って思い出す、特別な日があるんだよ。」
「え?どんな日?」
「どんな日って・・・。お前も聴いてただろ?覚えてねーの?」
 
そう、これは・・・アイツが初めてウチに泊まりに来たときに二人で一緒に聴いた曲。
 
あのとき、俺、余裕のあるふりしてたけど、本当はメチャクチャ緊張してたんだぜ?
アイツにとって、俺が初めての男だってことがわかってたから。
今まで俺の周りにいた女は、みんな遊び慣れた連中ばかりで、こっちが気を遣わなきゃならないようなことは何一つなかった。
今までのように、自分勝手な欲望を吐き出して、アイツに辛い思いをさせることだけはしたくなかった。
アイツだけは、心も体も何一つ傷つけたくなかった。
 
アイツが風呂に入ってる間に、駿に電話したのを覚えてる。
「もし痛がったら、どうしたらいい?」って。
今から考えたら、笑えるよな。
 
 
「じゃあ、この曲は?」
 
そう言って、アイツが次の曲を再生する。
 
ああ、これは・・・。
これは、今聴いても、胸をナイフで削られるような思いがする。
 
俺たちがケンカして、アイツがしばらく学校に来なかったとき。
アイツの家の前の公園で、アイツが出てくるのを待ちながらずっと聴いてた曲。
雨にずぶ濡れになりながらさ。
もうこれで本当に終わりなのかな・・・もう会えないのかな・・・どうせ別れるなら、アイツを傷つける別れ方じゃなくて、俺の方が傷つけばよかったとか、それはもういろんなことを考えた。
この曲を聴くたびに、あのときの苦い思いが胸に詰まって、今でも苦しくなる。
 
 
「じゃあ、これは?これは?」
 
アイツは、嬉しそうに次々といろんな曲を再生しては、俺の顔を覗き込む。
 
これは、お前が初めて俺のライブを見に来たときにやった曲。
暗い客席の中でも、不思議なくらいお前の顔だけははっきり見えた。
 
これは、俺たちがライブでよくやる曲の中で、お前が、「一番好き」と言った曲。
それ以来、俺はライブでこの曲をやるとき、いつもお前だけのために弾いてる。
口に出して言ったことはねーけどな。
 
こんな風に、俺、全部言えるぜ?
ここに入ってる曲のすべてに、お前との思い出があって、それは写真なんかよりもずっとずっと鮮明に俺の記憶を呼び覚ます。
俺にとって写真がただの映像であるように、お前にとってはこの音楽も、頭の上を素通りしていくただのBGMに過ぎないのかもしれないな。
でも、俺にとっては誰にも譲ることのできない大切な思い出なんだ。
 
 
「あれ・・・?」
 
そのとき、アイツが少し首をかしげた。
 
「竜士って・・・こんな音楽聴くんだっけ?」
 
それは・・・。
その瞬間、俺は恥ずかしさのあまり、慌ててその曲をスキップして次の曲をかけた。
 
それは、俺たちがまだ付き合う前、図書室でアイツの図書委員の仕事を手伝いながら聴いてた曲。
切ない女の子の恋心を歌った曲とかで、当時、女子高生の間で流行っていたアイドル系シンガーの曲だった。
俺は、もともと洋楽派で歌詞はあまり気にしないし、アイドル系のキャッチーなメロディーにも興味がない。
それなのに、なぜこんなものを聴いていたかというと・・・。
 
それは、アイツと少しでも接点を持ちたかったから。
 
「何聴いてるの?」って聞かれたときに、アイツの知らない古い洋楽やハードロックなんかを聴かせるよりも、これを聴かせた方が、「わたしもこの曲好き」とかで、話が盛り上がるんじゃないかと思ったんだ。
結局、アイツには一度も「何聴いてるの?」って聞かれたことはなくて、この作戦は失敗に終わったけど、アイツの気を引きたくて、聴きたくもないのに図書室ではいつもこの曲ばかり聴いてた。
つまり、この曲はさしずめ、俺の片想いのときの曲・・・。
 
「え?なんで、この曲だけ飛ばすの?」
 
そう言って、アイツが足をバタバタさせながら、俺の手からプレーヤーを奪い取り、前の曲に戻る。
 
「いや、これは・・・。」
 
片想いのときの曲だなんて、言えるわけねーじゃないか・・・。
 
「まさか、違う人の思い出があるとかじゃないでしょうね?」
「ち・・・違げーよ!」
「じゃあ、教えてよ。」
「うっ・・・これは・・・あ、これは・・・図書室の曲だよ。うん。」
「え?図書室?」
「なんか・・・図書室って感じするじゃん、この曲。」
 
・・・って、図書室なんて歌詞は一言も出てこないんだけど。
 
「えー?そうかなぁ?」
 
そう言って、アイツは首をかしげたままイヤフォンに手を当てて、音楽に聞き入る。
 
 
そう、これが俺のアルバム。
卒業アルバムなんかに写真がなくても、俺のアルバムの中は、お前でいっぱいに埋め尽くされている。
お前の笑顔も、泣き顔も、怒った顔も、すべてが色鮮やかな映像となって俺の心に蘇る。
いや、映像だけじゃなくて、そのときのお前の肌のぬくもり、ベッドの中の声、石鹸の香り、愛しさや切なさも、すべてがこの中にぎっしり詰まってるんだ。
 
次の曲が始まって、その甘いラブソングに思わず苦笑する。
 
<愛、夢、希望・・・お前が望むすべてのものに俺はなるよ。
このままずっとこうしていたい。
空が二人の上に落ちてくるまで。>
 
英語でそう歌うその曲は、俺の今の気持ちをそのまま表しているような気がした。
この歌のように、これからもお前を愛していけるといいな。
 
またアルバムに新しい曲が1曲増えた。
卒業式の日、図書室でこっそり心の中で誓った、お前に対する愛の歌・・・Truly Madly Deeply。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

恋の真実 第60話

卒業パーティーでの軽音部のステージのあと、わたしはサポートギタリストとして出演していた竜士を探していた。
間山さんの卒業後のメジャーデビューが決まったこともあり、最後のステージは大いに盛り上がり、アンコールが鳴り止まず、予定時間をかなりオーバーして終了した。
別に、竜士や他のメンバーはデビューするわけでも何でもないのに、なぜか彼らまでが大勢の人に取り囲まれ、写真を撮られたり、サインをせがまれたりと大騒ぎで、まるで芸能人扱い。
そんな騒ぎの中で、気がつくと竜士を見失ってしまっていた。
楽屋に行ってもいないし、屋上にもいない。
一体どこに行ったんだろう・・・。
 
もしかしたら、軽音部の部室かもしれない。
そう思って、部室に行ってみると、ドアの窓から、机の上に座ってぼんやり外を眺める間山さんの後姿が見えた。
ドアを開けると、その音に気付いた彼女がそっとこっちを振り返った。
 
「ああ、竜士ならさっき中庭で誰かにせがまれて写真撮ってたよ。ごめんね、わたしのせいで竜士にまで迷惑かけて。」
 
ありがとう・・・そう言って、ドアを閉めようとしたとき、彼女の目が少し赤いことに気がついた。
 
「あれ・・・?間山さん?」
 
すると、彼女は少し照れたように笑いながら鼻をすすると、涙がこぼれないように天井を向いた。
彼女の長い栗色の巻き毛が波のように流れ落ち、そこから彼女の白い喉が見える。
彼女は、そうやってしばらく天井を見つめていたけど、ふぅーっと一つ大きな深呼吸をすると、小指でそっと目尻を拭き、そのままの姿勢で、誰に対してでもなく、まるで独り言のようにゆっくりと話始めた。
 
「今日ね・・・初めて、先生がわたしのステージを見に来てくれたの。今まで、学校のイベントで何度もステージに立ってきたけど、一度も見に来てくれなかった。当たり前だよね・・・。軽音部の顧問でもないのに、わざわざ見にくるわけないよね。わたし、ずっと思ってたの。もし、先生が一度でも見に来てくれることがあったとしたら・・・そのときは、先生のためだけに歌おうって・・・。」
 
そして、わたしの方に向き直ると、わたしの目をじっと見つめながらそっと微笑んだ。
 
「今日のわたし・・・うまく歌えてたかな?」
 
その言葉が終わると同時に、彼女の大きな瞳から一粒の真珠のような涙がこぼれ、それを見た瞬間、なぜか胸がぎゅっと締め付けられるような思いがした。
 
うん・・・最高だったよ・・・。
 
あなたがこれから有名になって、こんな小さな体育館なんかじゃなくて、何千人、何万人という人たちの集う大きなステージで歌うようになっても、わたしは今日のあなたの歌声を決して忘れない。
たとえあなたが忘れてしまっても、わたしは決して忘れないから・・・。
 
でも、今の彼女の前ではわたしのどんな言葉も陳腐に聞こえるような気がして、わたしはそんな思いをじっと胸に閉じ込めて、そっと扉を閉めた。
 
そのとき・・・背後から声がした。
 
「なんだ、お前ここにいたのかよ。探したんだぜ。」
 
竜士はそう言って、わたしの頭をポンと軽く叩くと、ドアの小窓を覗き込み、間山さんを見つけると、
 
「あ、間山・・・。」
 
大声でそう言って、ドアを開けようとしたので、わたしは慌てて彼の腕を引っ張り、廊下の端まで思い切り走った。
 
今は・・・今だけは、彼女を一人きりにさせてあげたかった。
・・・恋の卒業式は、そっと一人で迎える方がいい。
 
 
竜士の引越しが終わったというので、パーティーのあと、初めて彼のアパートを見に行った。
今までのように、世帯主である先生に遠慮しながら訪れる「彼の部屋」ではなく、誰にも遠慮することのない「彼の城」は、これからの二人の関係がちょっぴり大人になっていくようで、なんだかくすぐったかった。
 
引越しが終わったといっても、あるのはまだベッドと机と音楽器材だけで、テーブルもなく、床はむきだしのフローリングのままで、どこに座っていいかもわからず、仕方ないのでとりあえずベッドの上に座った。
 
「とりあえず大きなものだけ先に運んだんだ。小さなものはこれから少しずつ運ぶ。そんなに遠いわけじゃないから。」
 
そう言って、竜士がわたしの隣に腰を下ろす。
まだカーテンのついていない窓から射す西日が、竜士の髪の毛をオレンジ色に染める。
 
「はい、これ。誕生日プレゼント。」
「おぅ、サンキュ。」
 
そう言って、竜士がわたしの差し出した包みをバリバリと破る。
このプレゼントは、学校じゃなくてどうしてもこの部屋で渡したかった。
中身を取り出した竜士は、一瞬固まったようにそれをじっと見つめると、苦笑いしながらこう言った。
 
「お前が選んでくれたものにケチつけるわけじゃないけど・・・。この色って・・・ちょっと、ありえなくね?」
 
わたしが選んだのは、ピンクのベッドカバー。
これは、他の女の子に対するわたしの精一杯のけん制。
ギターを弾くときの邪魔になるからと言って、指輪をしない竜士は、傍から見て彼女がいるのかどうかわからない。
 
もし、他の女の子がこの部屋に来たときに・・・一目でわかる「カノジョの痕跡」をつけておきたかった。
 
おそろいのマグカップや、色違いの歯ブラシなんかも考えたけど、そういう小物はキッチンや洗面所に入らない限り気がつかない。
でも、これならどんなに鈍い女の子でも、一目でわかる。
 
「これを見て、このベッドで寝る勇気のある女の子はまずいないでしょ?」
 
その言葉に、竜士は上を向いて大声でゲラゲラと笑った。
 
「そんなこと心配しなくても、お前以外の女は入れねーよ。」
「嘘。だって、音楽関係の友達は来るでしょ?・・・間山さんとか。」
「ああ、間山?あいつなら来るかもな。でも、あいつは俺の中で、女の数に入ってねーよ。」
 
・・・竜士がそんなことを言うのは、本当の間山さんを知らないからだよ・・・。
どんなにいろんな人にちやほやされても、たくさんの人と付き合っても、ずっと先生だけを想ってきた彼女の「女の子」の部分を知らないから、そんなことが言えるんだよ。
 
 
「でもさ、俺にはこんな風に浮気防止グッズがあるのに、お前には何もないって、なんか不公平じゃね?」
 
と、からかうような口調で竜士が言うので、わたしは暮れつつある夕陽に向かって右手を差し出しながらこう言った。
 
「わたしには、これがあるじゃん。」
「指輪なんて・・・。外そうと思えばいつでも外せるだろ?」
「うーん・・・そうだね・・・じゃあ、わたし、これからずっと毛糸のパンツ履こうか?それなら、いざっていうときに、男の人の方が萎えるでしょ?」
「そんなの、俺だって萎えるよ。」
 
そう言って、竜士が更に大声で笑う。
つられてわたしも笑った。
こんなくだらない会話で笑い合える、こういうひとときが、たまらなく幸せ。
 
 
そのあと、二人で、そのベッドカバーをベッドにかけた。
殺風景な部屋の中で、そこだけがメルヘン調に浮き上がっているのがおかしくて、二人でベッドの上にひっくり返って、お腹を抱えて笑った。
ひとしきり笑ったあと、竜士は不意に起き上がると、ベッドの上に仰向けになっているわたしの顔を上からじっと覗き込み、真顔になった。
 
「お前さ・・・。俺が、本当に浮気したって思ってる?・・・篠田とさ・・・。」
 
少し言いにくそうに、言葉尻に詰まる竜士の顔が、なんだか少し辛そうで、わたしはどう返事すればいいのか迷った。
 
あの件については、竜士からもあゆみからも何一つ、きちんとした説明は聞かされていない。
でも、あのとき、竜士の目を見て、わたしは竜士の潔白を・・・そして、それに伴って、先生とあゆみの関係を確信した。
 
正直、いい気分はしなかった。
道徳や倫理を説く立場にある教師が、生徒と関係を持つ・・・それだけでも嫌悪感を感じたし、何よりも、竜士にあんな嘘をつかせ、苦しめて、わたしを傷つけ、その上に自分たちの幸せを築こうとする二人が許せなかった。
本当は、竜士に真実を話してほしかった。
わたしだけには隠し事なんて、しないでほしかった。
でも、真実を突き止め、先生を非難することで一番傷つくのは竜士だということがわかっていたから、わたしはただ見て見ぬふりをした。
わたしがあの件について口をつぐんだのは・・・ただひたすら、竜士のため。
決して、先生とあゆみを祝福するためなんかじゃない。
 
<竜士の口から真実を聞きたい・・・>
 
そう言おうとした瞬間、なぜか何の関連性もないのに、さっきの間山さんの涙がフッとわたしの目に浮かんだ。
 
・・・そして、そのとき思った。
 
もしかしたら、間山さんは、先生とあゆみの関係を知っている・・・?
好きな人の心がどこにあるのか、それを知っていて、だからこそ何も言わずにそっと自分の胸の中にその想いを閉じ込めた・・・?
あの涙は、自分の愛する人が、他の誰かとの未来に旅立つのを見送る、切ない惜別の涙だったのではないのか・・・と。
 
もし、間山さんがあの二人の関係を知っていたのだとしたら、それを学校にバラして、憎き恋敵の恋路を邪魔することだって、できたはず。
でも、それをせずに、ただそっと二人の背中を見送った彼女の、その強く大きな恋心を思うと、自分の狭くて小さな心をぎゅっとつねられるような思いがした。
 
恋には、きっと恋する人たちと同じ数だけの種類がある。
間山さんのように、そっと胸に秘める恋、許されぬと知りつつも進むことしかできない恋、人を傷つけてしまう恋、愛するがゆえに真実を隠し通す恋・・・。
そのどれが正しくて、どれが間違っているのかなんて、誰にも言えない。
ただ言えることは、みんなそれぞれの恋の中で、必死に悩んだり、もがいたり、悩んだり、苦しんだりしながら生きている。
そう思うと、ずっと許せないと思っていたあの二人のことも、なんだか許せそうな気がした。
 
「もう卒業だから言うけど、あれは実は・・・。」
 
わたしは、そう言いかけた竜士の腕をぐっと引き寄せた。
その勢いで、ベッドの上に仰向けになっていたわたしの体の上に覆いかぶさるように竜士の体が重なる。
 
「な・・・なんだよ・・・。」
 
慌てて、起き上がろうとする竜士の首にわたしは両腕を巻きつけながら、耳元で小さくこう囁いた。
 
「ねぇ・・・。エッチしよっか?」
 
すると、竜士はプッと吹き出し、喉の奥でクスクスと笑った。
そして、わたしを至近距離から見下ろしながら、そっと自分のネクタイを緩める。
 
「カーテン・・・ないけど?」
 
意地悪くそう言う竜士に、これ以上口を開かせないように、わたしは自分の唇でそっと彼の唇を塞ぐ。
 
真実なんて、もうどうでもいい。
今、わたしの中に流れ込む、あなたのこの体のぬくもりだけが、わたしにとっての真実だから。
 
 
 
 
 
 

価値あるもの 第59話

試験前とか特別な用事がない限り、滅多に夜更かしをしないアイツから、夜遅くに電話があった。
 
明日はホワイトデー。
待ち合わせ場所も時間もすでに決めているのに、一体どうしたんだろう?
 
「あ、竜士。ホワイトデーのお返し、もう準備した?」
 
なんだ、そんなことかよ。
急に体調が悪くなったとか、用事ができたとか、そういうことかと思って心配したじゃねーか。
 
「え?お前の分ってこと?」
「そうじゃなくて。義理返しの分。バイト先の人とか、音楽関係の友達からたくさんもらったでしょ?」
「あー、あんなの返す必要ねーよ。」
「ダメだよ!お世話になった人や友達にはちゃんと返さないと。」
「めんどくせーよ。金もねーし。」
「お菓子の詰め合わせの大きい袋買ってきて、小分けにしてラッピングすればお金だってかからないじゃん。」
 
まぁ、確かにそうなのかもしれないけど。
ただめんどくさいだけなんだ。
 
バレンタインデーって、もともとは愛の告白の日なんじゃねーの?
今や、バレンタインは愛の告白というよりも、ホワイトデーと一対になって、まるでお中元、お歳暮みたいなノリなんだよな。
彼女のいる男には、たとえ義理チョコでもあげたら罰金・・・とか、そういう法律をマジで作ってほしい。
 
「俺は一途で真面目な男だからさ、たとえ義理でも、彼女以外の女にプレゼントはしない主義なんだよ。」
 
俺が冗談めかしてそう言うと、アイツは苦笑いしながら、でも少し嬉しそうな口調でこう言った。
 
「都合のいいときだけ一途で真面目な男にならないでよね。」
 
 
翌日、待ち合わせ場所でアイツを見つけたとき、胸がドクンと波打った。
それはたとえば、開いた胸元から胸の谷間が見えたときとか、ブラウスのボタンに指をかける瞬間とか、ベッドの中の残り香をかいだときに感じる胸の高鳴りとよく似ていた。
 
「一式、そろえてきちゃった。」
 
そう言って、化粧品屋の袋を目の高さまで持ち上げて笑うアイツは、俺が今まで知っている地味で目立たない高校生のアイツではなかった。
春らしい淡い彩りの中にも、くっきりと引かれたアイラインはアイツの目力を強くし、桜色に染まった頬とバラの蕾のような唇はもぎたての果実を連想させた。
プロにやってもらったと一目でわかるそのメイクは、予想以上にアイツにぴったりで、不覚にもアイツの目を直視できないくらいに胸がドキドキした。。
 
そして、そんなアイツの雰囲気を更に華やかにしていたもの・・・。
それは、アイツが手にしていた手の平サイズの小さなブーケ。
そのブーケの中のピンクと春色のメイクが、申し合わせたようにぴったりで、アイツの周りの春の陽射しがキラキラと輝いて見えた。
 
「何だよ・・・これ。」
「ああ、これ?化粧品屋さんでメイクしてもらったあと、予備校に進路の報告に行ったの。そしたら、担当の先生が、ホワイトデーのお返しと合格祝いを兼ねて・・・って言って、くれたんだよね。わたし、バレンタインにあげてないのに、おかしいよね。」
「それって・・・告白じゃねーの?」
「そんなわけないでしょ。そんなこと一言も言われてないし、これと同じブーケ持ってる子、他にも見たもん。一部の人だけに何かあげると問題になるから、多分、報告に来た女子には全員あげてるんだよ。」
 
まぁ・・・常識で考えりゃ、そうだよな。
でも、こうやって華やかできれいになったアイツを目の前にしていると、なんだか何が起きても不思議じゃないような気がして、突然、周りの男たちの目が気になって俺は慌てて辺りをキョロキョロと見回した。
 
彼女がきれいになって嬉しくない男はいない。
でも、4月からアイツは毎日この顔で、大学までのあの桜並木を歩くんだな・・・そう思うと、なぜかアイツが急に遠くへ行ってしまったような気分になった。
涼しげな目元で、ほんのりバラ色に頬を染めてキャンパスを歩くアイツには、俺の知らない新しい世界と出会いが待っている。
そのことが、妙に俺を不安にさせた。
 
「お前は・・・化粧なんかしなくていいよ。」
 
え?・・・と言いたげな顔で、アイツが俺の顔を覗き込む。
 
「お前には・・・似合わねーよ。」
 
思っていることと、真逆のことを言ってしまった。
 
 
4月から大学に着て行く服を買いたい、とアイツが言うので、二人でショッピングモール内のブティックを見て回った。
若い女の子たちでひしめく店のディスプレイはどれもこれもすっかり春らしく衣替えされていて、パステルカラーのワンピースやスカートが今日のアイツのメイクにとても映えるような気がした。
 
「こんなのどうかな?」
 
そう言って、アイツが淡いブルーの小花模様のフワフワとしたミニスカートを取って鏡の前で自分の体に当てる。
それがとても似合って、まるで和製のフランス人形のように見えたので、俺は思わず鏡から目をそらす。
そして、わざと店の奥のワゴンに積んであった1枚の布きれを取り上げた。
 
「これ、いいんじゃね?」
 
俺が取り上げたのは、体のラインがまったく出ないくらいにダボダボの一目で売れ残りだとわかるTシャツ。
前面に大きな犬だかネコだかの絵が大きくプリントしてあって、一体誰がこんなの買うんだろう?って感じのダサいやつ。
アイツは横目でチラッとそのTシャツを見ながら、眉間に皺を寄せて、首をかしげながらこう言った。
 
「なんか・・・竜士の趣味って、微妙・・・。」
 
俺だって、真剣にこんなのがいいと思ってるわけじゃない。
でも、アイツがどんどんきれいになっていくのを見るのが、なぜか怖かったんだ。
 
 
歩き疲れたので、一休みしようと言って、カフェに入った。
すると、席に着くなり、アイツが手に持っていた紙袋を俺に押し付けた。
中を見てみると、リボンのついた小さな袋に入ったクッキーがいくつも入っていた。
 
「何?これ。」
「昨日、お父さんが会社の女の人にホワイトデーのお返し配らなきゃいけないって言うから、クッキー焼いたの。ついでに、竜士の分も用意しておきました。これくらいあれば足りるでしょ?」
「お・・・俺は、別に・・・。」
「ダメダメ。女の子は、こういう細かいことにうるさいの。」
 
そう言って、アイツが俺の目の前で人差し指を左右に振る。
 
「お前・・・俺が他の女にプレゼントしても平気なの?」
 
すると、アイツはおどけたように軽く首を左右に傾けると、満開の桜のような笑顔でこう言った。
 
「うん。だって、竜士がみんなからいい男だって思われる方が嬉しいもん。」
 
なんだよ・・・いきなり大人になりやがって。
 
アイツが俺の知らない誰かに「いい女」と思われるのが嫌で、ずっと地味で垢抜けない高校生のままのアイツでいてほしい・・・なんて思ってた俺が、すげー小さな男に思えた。
 
積極的に新しい世界を開拓し、いろんな出会いを求めることが苦手なアイツにとって、学校と家の往復だけが世界のすべてで、その中心には常に俺がいた。
良くも悪くもアイツは俺だけを見て、すべてを俺の色に染めて、この3年間を過ごしてきた。
ずっとそうやって、自分がアイツの世界の中心でいられるって、そんな風に思ってた。
 
でも・・・それは無理なんだよな。
アイツも俺も高校を卒業して、いろんなものを見て、いろんな人に出会って、その中で自分にとって価値のあるものを取捨選択しながら大人になっていく。
今まで周りのものを一切見ずに、狭い世界の中で俺だけを見ていたアイツの視野が広がって、どんどんきれいになって、自分にも自信を持つようになって・・・それでも俺はまだアイツの中で「価値のあるもの」でいられるのかな・・・。
そんな不安がざわざわと俺の胸の中にさざ波を立てるんだ。
 
 
「ホワイトデーのプレゼント。」
 
そんなさざ波を無理に押し返すように、俺はアイツの手の平に小さな塊をポトリと落とす。
アイツが不思議そうに首を斜めに傾けながら俺を見る。
 
「俺、4月から一人暮らしするって言ってただろ?アパート契約してきた。」
 
そう・・・俺がアイツの手に握らせたものは、契約したばかりのアパートの鍵。
鍵を受け取って真っ先に俺がしたのが、アイツのための合鍵を作ることだった。
 
驚いた顔で、大きく目を見開くアイツの顔が徐々にほころび、最後はくしゃくしゃの大きな笑顔になった。
いつも俺は、アイツの笑顔はかすみ草みたいだって思ってたけど、春色のメイクで大人っぽくなった今日の笑顔は、まるでバラの大輪のようで、ときめく心の裏側でなんだか急に焦りを感じた。
 
「なぁ・・・お前も一緒に・・・住まね?」
 
「家から通えるところ」という条件を親に出されて受験校を決めたアイツに、そんなことできるわけないのは、十分わかってるけど。
でも、それを口に出すことでお前の新しい生活を縛りたい俺の独占欲に、お前は気付いているかな?
 
アイツは、少し遠い目をしてフフッと軽く笑うと、テーブルに頬杖をつきながらポツリとこう呟いた。
 
「4年後にも同じ言葉、聞けるかなぁ・・・。」
 
当たり前だろ・・・と、言いかけて、ふと口をつぐむ。
4年後に同じ言葉を言うためには、俺がアイツにとっての「価値あるもの」になってなきゃいけないんだよな。
 
うん・・・そうなれるように頑張るよ。
 
そして、4年後には、「一緒に住みたい」・・・この言葉を、お前の口から言わせてやる。
 
 
「さぁ、お前の好きなもの買いに行くかぁ。ホワイトデーのお返しがこれだけじゃ、恨まれそうだからな。」
 
俺はそう言って、伸びをしながら立ち上がる。
もう、地味で目立たないお前でいてほしいなんて、言わない。
お前がどんなにきれいになっても、ずっと俺の傍にいたいと思えるような、そんな男に俺はなるから。
お前がきれいになれるもの、何でも好きなもの買ってやるよ。
あ、でも、花束が欲しい、なんて言うなよ。
たとえ義理とはいえ、どこかの予備校講師と同じものなんて、絶対に嫌だからな・・・なんて、やっぱ小さい男なのかな、俺は。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

誘惑の雛祭り 第58話

下級生ばかりの図書室は、何だか自分の知らない場所みたいで、少し居心地が悪い。
それでも、この3月いっぱいでこの図書室も取り壊しになり、新館に移ることを考えると、何だか一分一秒でも長くこの空気を味わっていたい気持ちになる。
 
わたしにとっては、大切な思い出の場所。
 
そんな思い出の数々を一つ一つかみしめながら、辺りを見回したとき、一番後ろの窓際の席に座っている、見慣れた人影を発見した。
 
「あ、ほのか。もう国立の試験、終わったんだ?」
 
近寄って、そう声をかける。
3年生のほとんどいない図書室の中で、同級生の友達に会うと、なんだかこれからもまだまだずっと、こんな生活が続いていくような錯覚に陥る。
 
「うん。昨日、終わったばかり。結果はまだだけど、もう入試関係のもの見るのも嫌でさ、早速、赤本返しに来た。」
 
そう言って、彼女は舌を出して笑いながら、隣の席に置いていた荷物をどけて、わたしが座るためのスペースを作る。
わたしは、そこに腰掛けながら、彼女が読んでいた雑誌に目を落とす。
そして、そこに大きな文字で書いてあるタイトルを見て、思わず笑ってしまった。
 
それは、「街角のカップル100人に聞いた、記念日に行きたいラブホベスト10」。
 
「こんなの読んで、どうするの?ほのかの方から誘うの?」
 
わたしは、冗談のつもりで言ったのに、ほのかは当然という風に頷きながらこう言った。
 
「そりゃ、あからさまには言わないよ。でも、まぁ・・・それとなくね。だって、薫くんに任せてたら、一生行けないもん。」
 
それとなく・・・って、一体、どんな風に言うんだろう?
 
「これ見てたらさ、テーマパークみたいになってるやつとか、プール付きとか、いろいろあるんだね。リコは、今まで行った中で、どこが一番良かった?」
「えっ・・・。わたしも、そんなにいろいろ行ったことないから・・・。大体いつも同じとこだし。」
「え?そうなの?いろんなとこ、行ってみたくない?同じお金払うのに、いつも同じとこなんてつまんないじゃん。今度は違うとこ行こうよ、とか言えばいいのに。」
 
わたしは、もともと自己主張をするのが苦手だし、ほのかみたいに好奇心が旺盛じゃないから、ホテルに限らず、普段のデートでも、自分でいろいろ調べて、あそこに行きたい、あれを見たい、これが食べたい、ということはまず言わない。
だから、竜士が積極的に調べない限りは、自然にわたしたちの行動範囲は竜士が知っている範囲内に限定される。
 
「わたしは、あまり何がしたいとか、どこに行きたいとか、相手に言わないから・・・。」
 
すると、ほのかはパタンとその雑誌を閉じると、訝しげな目でわたしを見ながらこう聞いた。
 
「じゃあ、誘われるのをただ待ってるだけなの?」
「うん・・・そんな感じかな・・・。」
「じゃあ、リコがヤリたいときはどうするの?こっちがヤリたいときに誘ってくれるとは限らないじゃん。」
 
ヤリたいときって・・・。
 
思わず、顔から火が噴き出そうなくらい恥ずかしくなったけど・・・でも、ほのかが言いたいことは、よくわかる。
別に行為そのものじゃなくて、ただ抱きしめていてほしいときとか、二人きりでイチャイチャしていたいときというのは確かにあって、そんなときにゲーセンに行こうとか言われると、正直、心の中ではかなりがっかりしてる。
でも、わたしは「それとなく誘う」なんてことはできないから、結局何も言えないままデートが終わる。
 
「うーん・・・我慢する・・・かな?」
 
わたしがそう言うと、ほのかは更に目を大きくして、わたしを見つめた。
 
「我慢って!女が我慢する時代なんて、もう終わったんだよ!じゃあ、リコはどこがイイとか、どこをどうしてほしいとか、そういうのも言わないの?言わなきゃ、いつまで経っても良くならないじゃん。わたしはね・・・。」
 
と、その後、「ベッドの中で草間くんにやってほしいコト」を、延々と聞かされて、聞いているこっちの方が赤面した。
 
 
翌日は、竜士とのデートだった。
昨日のほのかとの会話が頭に残っていたせいか、何だか妙に気持ちがソワソワした。
 
それとなく誘う・・・って、どうすればいいんだろう?
 
自分にできるのかどうかはわからなかったけど、とりあえずお気に入りの下着を身につけて、家族にも「友達の家に泊まるかもしれない」と、言っておいた。
そして、ミニスカートと胸元の広く開いたセーターで、わたしにしては珍しいセクシーな格好に挑戦した。
鏡で全身を見ながら、そんなコトを期待している自分が恥ずかしくて、思わず顔に手をやった。
 
顔が・・・熱い・・・。
 
 
でも、そんなわたしの思いを見事に打ち砕いたのは竜士の一言。
待ち合わせ場所で、わたしを見つけるなり、彼は、
 
「お前の胸元、寒い。」
 
そう言って、自分のマフラーをとって、わたしの首に巻きつけた。
 
はぁ・・・やっぱり、わかってくれてないよ・・・。
そりゃ、そうだよね・・・服装だけでわかるわけないよね・・・。
 
 
その後、しばらく街をブラブラして、そろそろお腹もすいてきた頃・・・。
 
「なぁ、牛丼食わね?」
「えっ・・・牛丼?」
「え?嫌?何か他に食いたいもの、ある?」
 
別に牛丼が嫌なわけじゃないけど、今日はせっかくセクシーな服でお洒落してきたの。
ロマンチックな雰囲気のカフェでパスタとか、ピザとか、そういうのがよかった・・・。
でも、結局わたしが言ったのは、
 
「うん・・・牛丼でいいよ・・・。」
 
ダメだなぁ・・・わたしって。
 
 
牛丼を食べ終わった頃には、もう外はすっかり暗くなっていた。
これから・・・どう言えばいいんだろう?
二人きりになりたいって・・・抱きしめてほしいって・・・いっぱいキスもしたいって・・・そういうのを、どうやって言えばいいんだろう?
想いだけがグルグルと頭の中を駆け巡り、結局何も言えないまま、駅に着いてしまった。
 
「えっ・・・もう・・・帰るの?」
 
切符を買おうとする竜士に、思わずそう言った。
すると、竜士は不思議そうにわたしの顔を見ながら、そっと財布をジーンスの後ろポケットにしまった。
 
「え?お前、時間大丈夫なの?」
「う・・・うん・・・。今日は、大丈夫。」
「じゃあ、どこかでお茶でもする?」
「い・・・いや・・・。喉は渇いてない。」
「じゃあ、何する?あ、カラオケは?」
 
違う・・・わたしが行きたいのは、カラオケなんかじゃない・・・。
でも、それをどうしても言葉にできなくて、わたしはただ黙って首を横に振った。
 
「じゃあ・・・買い物?お前、入学式のスーツ買いたいって言ってたじゃん。」
 
買い物は、お母さんと一緒に行くからいいの。
わたしが竜士と一緒にしたいのは・・・それは・・・。
言葉が喉の奥まで出かかって、それでもそれを吐き出せなくて、わたしはまた首を横に振る。
 
すると、竜士は軽くため息をつき、困ったように腕組みをしたままじっとわたしを見下ろした。
わたしは、そんな彼と目を合わせられなくて、思わず下を向く。
竜士を困らせたいわけじゃない・・・。
でも・・・でも・・・。
 
「わかった!」
 
竜士が、何かを思いついたように、ポンと手を叩く。
そして、わたしの腕を掴むと、繁華街とは反対の車道を横切り、狭い路地に入った。
いつもはほとんど人の通らないひっそりとした路地なのに、今日は何故か多くの人で賑わっていた。
その人たちの間を縫うようにして、竜士はわたしの手を引きながら、ずんずんと歩を進める。
そして、突き当たりの大きな橋にぶつかったところで、河川敷に下りた。
そこには、もうかなりの人たちが集まっていて、みんな敷物の上に座って川面を見つめている。
 
「これだろ?流し雛。」
 
そう誇らしげに言う竜士の視線の先を辿ると、そこには、暗い川面をゆらゆらと漂う無数のオレンジの光。
 
そういえば・・・忘れてたけど、今日は雛祭りだったんだ・・・。
 
わたしの行きたいところとは違ったけど、川岸を等間隔に照らしているぼんやりとした水銀灯の明かりに照らされた川を踊るように滑っていく赤い炎が、夜空に瞬く星のようで、わたしはその光景に一瞬で魅了された。
 
「ここ座れよ。」
 
竜士がそう言って、傾斜になった土手の上に、足を広げて座る。
わたしは、竜士のその足と足の間に挟まれるように、そっと自分の体を滑らせた。
ミニスカートの裾が気になったので、太ももの上にカバンを置いて、ゆっくりと竜士の胸に自分の体を預ける。
背中に竜士の体温を感じる。
目の前に広がる、無数の星たちが織り成す幻想的な光景の中で、竜士の体にすっぽりつ包まれて・・・とても温かくて・・・このままわたしもこの川の流れに溶けてしまいたい・・・。
 
そう思ったとき、竜士がわたしの耳元でこう囁いた。
 
「今日・・・泊まってく?」
 
ずっと・・・ずっと待ってた言葉を、やっと聞けた。
嬉しくて、思わず、
 
「うん!」
 
と、自分でもびっくりするくらい元気な声で答えてしまった。
すると、竜士は周りの人が振り返るくらいの大きな声でゲラゲラと笑いながら、わたしの頭をくしゃくしゃとかき回し、からかうような口調でこう言った。
 
「お前のしたかったことって、それだろ?」
 
その瞬間、わたしの全身に火がついたようにカッと熱くなった。
まるで秘密の日記を読まれたような気持ちになって、わたしは竜士の足に挟まれたまま、慌てて体勢を入れ替えて、彼の方に向き直ると、
 
「ち・・・違うもん!な・・・流し雛だもん!わたしは、流し雛が見たかったの!」
 
ムキになって、そう抗議した。
すると、竜士はそのまま土手の上に仰向けにひっくり返って、更に大きな声で笑った。
 
「も・・・もうっ!恥ずかしいこと、やめてよ!」
 
そう言って、竜士のダウンをつかんで引っ張り起こそうとした。
わたしが引っ張る力と、竜士が起き上がろうとするはずみで勢いがついて、わたしの体制が崩れかけたとき、竜士がさっとわたしの腕を引き寄せて、一瞬、軽く唇を合わせた。
周りの誰にも気付かれないほどの、ほんの一瞬だったけど・・・。
 
・・・心臓が止まりそうになった。
 
「続きは、あとでな。」
 
俯くわたしの耳元で、竜士がそう言ってクスクスと笑う。
 
「それとなく誘う」ことに、成功したのかどうかはわからないけど、わたしは心の中で一人、ガッツポーズを取る。
このあと訪れる、二人きりの甘い時間を想像しながら。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、竜士、もう授業終わったの?」
 
そう言って、アイツが読んでいた本から目をあげて、俺に陽だまりのような笑顔を向ける。
チラチラと舞い散る雪の結晶を映した窓に、その笑顔が溶けてゆく放課後の図書室。
 
自主登校期間に授業に出るヤツなんて、俺みたいに出席日数が足りないか、赤点だらけの落ちこぼればかり。
アイツも授業に出る必要はなくて、卒業式までもう学校に来る用事すらないんだけど、俺が放課後バイトのない日は、いつもこうやって図書室で俺を待っててくれる。
今日は、バレンタインデーとアイツの大学合格祝いを兼ねて、飯を食いに行く約束をしていた。
 
この時期になると、図書室の中ももうさすがに3年生はあまりいなくて、ほとんどが下級生ばかり。
この図書室でこうやって、アイツと待ち合わせするのも、もうすぐ終わりなんだな・・・と、少し感傷的になりながら、アイツの隣の席まで来たとき、図書室の片隅に不思議な光景を見た。
 
それは、机の上にチョコレートをはじめとするいろんなお菓子を広げている男子集団。
最初は、バレンタインでもらったチョコを見せ合ってるのかな?と思ったけど、まさか小学生じゃあるまいし、もらったものを広げてみんなで食べるなんてことはしないだろう。
それに、見たところ、そうモテそうなヤツらでもない。
 
「多分、1年か2年のヤツらだと思うけどさ・・・。あいつら、一体、何やってんの?」
 
アイツの隣の席に腰かけながら俺がそう言うと、アイツは俺の視線の先を辿りながらフフッと笑ってこう言った。
 
「ああ・・・トモチョコじゃない?」
「トモチョコ?」
「そう。今、流行ってるんだよ。女同士とか、男同士とか、友達同士でチョコレート交換し合って食べるの。」
「女同士はいいとしても・・・男同士って、何だよ、それ。気持ち悪い。」
「男の子だって、甘党の人も多いの。1人でカフェでケーキとかパフェを食べるのは恥ずかしいけど、友達と一緒なら平気・・・とかね。最近、デザートバイキングでも多いよ、男子グループ。トモチョコも、そういうノリなんじゃない?」
「そんなに甘いもの食いたいなら、ちゃんと女からもらって食えよ。男同士で、頭おかしいんじゃねーの?」
「竜士みたいに、毎年たくさんチョコレートもらえて、幸せなバレンタインを過ごせる人ばかりじゃないの。バレンタインが1年で一番、憂鬱な日だって言う人もいるくらいなんだからね。」
 
そう言って、アイツは笑うけど、その辺が男心をわかってないんだよな。
バレンタインは、彼女がいるときは幸せな日かもしれないけど、そうじゃないときは、モテる、モテないに関わらず、男にとっては憂鬱な日なんだよ。
チョコレートなんてたくさんもらったって、よっぽど甘いもの好きじゃない限り、そんなには食えない。
それに、友達からの義理チョコだとお返しを考えないといけないし、ファンの子からは、ライブの後なんかに一度にもらうから、どれが誰からのかわからなくなって、後で感想を聞かれたときに困ったりする。
 
そして、それよりも何よりも、一番憂鬱なのは・・・好きな女の行動が気になること。
 
 
2年前の俺がそうだった。
アイツが誰かにチョコをあげるのか、誰を見てるのか、誰と話してるのか、気になって仕方なかった。
アイツとは、それまでに結構親しくなっていたし、俺に気があるって自信もあった。
バレンタイン当日は、わざわざ図書委員の仕事も手伝いに行ってやったし、できるだけ二人きりになれる時間を作ったつもりだった。
 
でも・・・アイツからはもらえなかったんだよな。
 
アイツからもらえることを想定して、どんな風に返事するかまで、頭の中でシミュレーションしてたから、あのときはマジで相当ショックだった。
 
 
「俺だって、憂鬱なバレンタインもあるよ。」
 
俺がそう言うと、アイツはふーん・・・と、疑わしげな目で俺を見ながらこう言った。
 
「へぇ・・・いつ?幼稚園の頃、とかそんな冗談はいらないからね。」
「2年前。」
「・・・っていうと、1年生のとき?なんで?たくさんもらってたじゃん。」
「好きな女からもらえなかったから。」
 
すると、アイツは少し焦ったようにまばたきを繰り返し、わざと手に持っていた本を片付けるふりをしながらこう言った。
 
「ふ・・・ふーん・・・。あの頃、竜士、好きな人いたんだ?」
「お前・・・くれなかっただろ?」
 
俺がそう言って、アイツの顔を覗き込むと、アイツは一瞬俺と目を合わせてからまたすぐに視線をそらし、顔を赤くした。
 
「俺、ずーっと待ってたんだぜ?」
 
 
そう・・・ずっと、待ってた。
女からの告白をただボーッと待ってた、なんて、なんかカッコ悪いけど、あのときの俺は、アイツを強引に自分の方に振り向かせるってことはできなかったんだよな。
 
教室の窓際の一番後ろの席から、いつも真っ直ぐに伸びたアイツの背中を見てた。
好きだからこそ、触れちゃいけない・・・なんだか、そんな気がした。
俺が、もし真面目で頭が良くて、人望が厚くて、将来有望な会長みたいな男なら、今すぐにでもアイツに好きって言えるのにな・・・って、ずっと思ってた。
真面目な優等生なんてくだらねーって、そう思って、ずっと常識から外れたことばかりわざとやってきたけど、アイツを好きになって、初めて自分が今までやってきたことを少し後悔したんだ。
 
 
「ほ・・・本当は、チョコ渡すつもりで、ちゃんとカバンの中に入れてたんだもん。でも、竜士が、他の女の子からたくさんもらってるとこ見て、渡せなくなっちゃった・・・。」
 
そう言って、アイツが赤い顔のままで俯く。
 
「へぇ・・・。何て言って渡すつもりだった?」
「えっ?」
「バレンタインの告白で、無言で渡すヤツはいねーだろ。何て言うつもりだった?」
「えっと・・・それは・・・。」
 
アイツの顔がますます赤くなる。
俺は、机の上に片肘をついて、笑いながらアイツの顔を覗き込む。
男って、いくつになっても好きな女のことは苛めたいんだよな。
 
「いつも図書委員の仕事、手伝ってくれてありがとう・・・って言って、渡すつもりだった・・・かな?」
 
そう言って、アイツが少し首を横に傾ける。
 
「え?そんなんじゃ、俺、多分、義理チョコだと思うぜ?ちゃんと愛の告白だってわかるようにしないと、伝わらないじゃん。ほら、今、チョコ持ってんだろ?そのときやろうとしてた、告白、ちゃんとやってみろよ。再現ドラマみたいにさ。」
「えっ・・・でも・・・。」
 
そう言いながら、俺にせきたてられるように、アイツがカバンの中からチョコレート色の包装紙に金色のリボンがかかった包みを取り出す。
 
「ほら、ちゃんとチョコ持ってさ、綾川くん・・・って呼び止めるところから、やってみな。」
「うっ・・・そんなこと言われても・・・。」
 
しどろもどろになりながら焦るアイツがおかしくて、俺がこらえきれずに大声で笑うと、アイツは顔を真っ赤にしたまま、バン、と強く両手で机を叩き、
 
「もうっ!」
 
そう言って、立ち上がった。
そして、俺の腕をぎゅっとつかみ、
 
「じゃぁ・・・ちょっと、こっち来てよ。」
 
そう言って、俺の腕をつかんだまま、図書室の中をずんずんと歩いて行った。
 
「な・・・何だよ、いきなり。」
 
俺は、わけがわからないまま、アイツに引きずられるように、図書室の隅に追い込まれた。
そこで、アイツはキョロキョロと周りを見回したかと思うと、図書室の壁と本棚とに挟まれた小さな死角に、俺を押し込めた。
狭い穴倉のようなスペースで、視界に入るのはアイツだけだけど、本棚の壁を1枚隔てた向こう側から、さっきの男子集団の声が聞こえる。
アイツは、少し後ろを振り向いて、どこからも見えないことを確認すると、俺の両肩に手をかけ、少しかかとを上げて背伸びし、そのまま俺の唇に自分の唇を重ねた。
 
それは、本当に一瞬の出来事だったけど、その一瞬で俺の心拍数が一気に跳ね上がった。
 
アイツの、塗ったばかりのリップクリームの味がする。
そして、小さな舌がそっと俺の唇をなぞった瞬間、アイツはそっと唇を離した。
そして、俺の目をじっと見つめながらニヤリと笑ってこう言った。
 
「返事、聞かせてよ。再現ドラマみたいに。」
 
こんな挑発的なアイツの笑みを見るのは初めてで、なんだか「やられた感」でいっぱいになった。
 
ちきしょー・・・。
アイツをからかってドキドキさせるつもりが、こっちの方がドキドキしてる。
初めてキスしたってわけでもないのに、何、言葉に詰まってんだ?・・・俺。
 
2年前、俺の目を真っ直ぐ見つめることすらできなかったアイツが、こんな告白、てきるわけないけど・・・。
でも、もし本当にこんな風に告白されたとしても、やっぱり俺は嬉しかっただろうな。
 
少しずつ、本当に少しずつだけど、二人の関係に自信を持ち始めたアイツは、出会った頃よりもずっときれいになって、いろんな顔を見せる。
今までと同じ、穏やかで優しい秋の夕陽のようなアイツの笑顔ももちろん好きだけど、こんな風に大胆な強い視線で俺を見るアイツは、真夏の太陽みたいで、なんだか眩しかった。
こんな風に、これからもアイツのいろんな顔を、俺は見ていく。
そう思えることが、何故か妙に嬉しかった。
 
「襲っちまうぞ・・・バカ。」
 
それが、俺の精一杯の照れ隠しの返事。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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