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ほぼ空になったクローゼットの中と、部屋中に散乱した服や、もう何年も見ていなかった小物の山に目をやって、まるで自分の荷物のようにあれやこれやと思いを巡らせながら荷造りをしている自分にふと気付き、わたしは思わず苦笑した。
必要なものは何でも日本で買えるとわかってはいても、いざとなるとあれもこれも持たせたくて、つい余計な世話を焼いてしまう。
ひっくり返った部屋の中央にある、開いたままの大きなスーツケースを見て、わたしはふと、20年前の自分を思い出す。
20年前、不安と心細さに締め付けられそうな心を抱え、これと同じような大きなスーツケースをたった1つ携えて、一人、この街に降り立った自分のことを・・・。
妊娠に気付いたのは、卒業式が終わって数日後のことだった。
それまでにも、体調が悪いのは感じていた。
でも、まさか自分の身にそんなことが起こっているなんて、思いもよらなかった。
病院で、その事実を告げられたとき、わたしは崖から突き落とされたような気持ちになった。
本来なら、将来を約束し合った相手がいる中で授かった命は、たとえ多少、順番が違うとはいえ、二人にとっての喜びの光であるはず。
でも、わたしには、どうしても喜べない理由があった。
・・・それは・・・妊娠周期から考えて、父親である可能性を持つ人物が、2人いたから。
1人は、わたしを闇から救い出し、生きる意味と勇気を与えてくれた、わたしの人生そのものであり、命の限りに愛したあの人・・・。
そして、もう1人は、今思い出しても身の毛がよだつ、不気味な目をしたあの男・・・。
彼に、真実を話すことだけは、絶対にしたくなかった。
だからといって、2分の1の確率に賭けて、何食わぬ顔で彼と結婚し、子供を産める?
それで、もし彼の子供じゃなかったら?
死ぬまで真実は話さないと決めた以上、自ずと答えは見えていた。
たとえ、父親が誰であろうと、女にとって自分の体に宿った命を自ら摘んでしまうことは、身を引きちぎられるような思いであることに変わりはない。
それでも、他に選択肢はなかった。
中絶の意思を告げるために、病院に行こうと、朝起きて、顔を洗い、洗面所の鏡を見た瞬間・・・。
・・・わたしの体の中で、何かが動いた。
それは、力強い生命力に溢れ、まるでこれから訪れる自分の運命に抗うかのように、必死に声にならない声を上げようとする、小さな小さな命の声だった。
今から思えば、そんな時期に胎動など起こるはずはなく、単なるわたしの幻覚に過ぎなかったのだと思う。
でも、そのときのわたしにとって、それはまるで滝に打たれたような衝撃だった。
この子は、生まれたがっている・・・。
たとえ、父親が誰であろうと、今、必死になって、生きようと・・・生きたいと、わたしに訴えかけている。
それを、わたしは、殺そうとしている・・・?
できない・・・できない・・・この子を殺すことは絶対、できない。
でも、じゃあ、どうしたらいい?
彼にすべてを洗いざらい打ち明ける?
彼に真実を打ち明ければ、すべて受け入れてくれることは、わかっていた。
たとえ、誰が父親であろうと、自分の子供として・・・二人の子供として育てていこうと言ってくれることは、わかっていた。
でも、そんな人だからこそ・・・そんな彼の愛情を十分すぎるほどわかっていたからこそ・・・絶対に言えなかった。
過去を捨て、ようやく明るい未来に目を向け、足を踏み出したばかりの彼を、また憎悪と後悔の淵に突き落とすようなことだけはしたくなかった。
薄暗い欲望と、果てしない絶望の渦巻く汚い世界で生きてきたわたしたちにとって、この愛だけが、自分たちの手で生み出したたった一つの美しいものだったから・・・初めて手にしたその美しい世界を、あんな男の醜い復讐劇で汚したくはなかった。
この愛だけは、美しいままにしておきたかったから・・・そこに一点の染みもつけたくなかったから・・・。
だから、わたしは決めた。
彼には何も告げずに、姿を消そうって・・・。
最後の朝、笑顔で手を振り、玄関のドアを閉めた瞬間、今までこらえていた涙がどっと溢れた。
彼の家を曲がった角で、スーツケースの影に隠れてしゃがみこみ、胃の中のものを全部吐き出すまで泣いた。
記憶の中の笑顔だけが、何度も何度も浮かんでは消え、空港に向かうタクシーの中で、「引き返してください」と叫びそうになる口を必死で両手で押さえながら、わたしはただ、狂ったように泣き続けた。
そんなわたしをチラチラとミラー越しに見ていたタクシーの運転手が、わたしがタクシーを降りるとき、
「タダにしとくよ。」
と、言ってくれた。
ただ一言、その言葉に救われて、わたしは飛行機に飛び乗った。
それから約半年後・・・。
わたしは、元気な男の子を出産した。
その子の顔を一目見て、わたしには誰が父親であるか、一瞬でわかった。
血液型検査や、DNA検査などするまでもなく・・・それは、信じるとか、予想とか、そういう不確定要素の一切ない、歴然たる事実・・・そう、わたしにとっては火を見るよりも明らかな事実だった。
・・・嬉しかった・・・。
言葉にならないほど・・・。
今までのすべての苦しみも悲しみも一瞬で消え去ってしまうほど・・・。
アメリカに来て、初めて生きていて良かったと思えた瞬間だった。
子供の父親の名前は、わたしと子供を引き受けてくれた叔父夫婦にさえ、明かしていない。
自分の父親にさえも・・・。
父親のわからない子供を身ごもったまま身を寄せたわたしを、黙って受け入れ、自立するまでずっと援助してくれた叔父夫婦には、どんなに感謝しても足りないくらい感謝している。
彼には、お父さんがわたしのためにアメリカ移住を決めたと言ったけど、それは嘘。
本当は、彼は会社でリストラに遭い、職を失ったことでそれまで付き合っていた愛人にも捨てられ、行き場を失い、それを見るに見かねた叔父夫婦が自分の経営するアメリカの会社で働けるように手配してくれたものだった。
そんな情けない父親だけど、ちゃんとした人間形成もできていない未熟なわたしが子供を産み、しかも父親のいない子にしてしまって、それでも何とかこの子に支えられながら今日までを生きてきたことを考えると、父親の愚かさもなんだか赦せるような気がする。
言葉もわからない異国の地で、たった一人で子供を抱え生きていくのは、確かに大変だったけど、苦労だなどと思ったことは一度もない。
日に日に彼に面差しが似てくる我が子を見ながら、ただ健康に育ってくれればいいと、それだけを願って育ててきたけれど、一つだけわたしにはどうしても譲れないことがあった。
それは、日本語。
わたしは、日本に行ったことも見たこともない彼に、完璧な日本語を操れるように教育した。
会話はまだしも、ひらがな、カタカナ、漢字の読み書きとなると、「自然に」は覚えない。
わたしは、遊びたい盛りの息子を押さえつけて、日本語学校に通わせ、家でも毎日日本語を勉強させた。
自分のアイデンティティーが気になる思春期の頃には、激しく衝突もした。
アメリカで生まれ、アメリカ人として生きていく彼にとっては、日本語など何の役にも立たない無意味なものだったに違いない。
こんな押し付けは、自分のエゴかもしれない・・・何度もそう思った。
それでも、これだけはどうしても譲れなかった。
なぜなら・・・彼の父親は、高校の国語教師で、とても美しい日本語を話す人だったから・・・。
彼が、万が一、どこかで自分の父親とめぐり合うことがあったとき、正しい日本語で正しく自分のことを語れるように・・・。
自分の思いや生き方を、父親と同じ美しい日本語で綴ることができるように・・・。
先生・・・。
わたしたちは、同じ場所で同じ景色を見ながら人生を歩むことはできなかったけれど、わたしたちの愛は、この子を通じて、これからも永遠に生き続ける。
たとえ、あなたが今、他の誰かと人生を共にしているとしても、 あの頃のわたしたちが絶望の沼の中から二人で手を取り合い、必死で捜し求めた希望の光が輝く命となって生まれ変わったことは、永遠に変わらない真実だから・・・。
先生、あなたとわたしは、もう二度と生きて会うことはないのかもしれない。
でも、わたしはこの恋を悲恋だとか、不幸だとか、そんな風には思わない。
なぜなら、20年前の卒業式の日、古い本の匂いのするあの国語準備室で、あなたの肩越しに見た、窓の外の早咲きの桜が、この世のものとは思えぬほどに美しかったから・・・。
あの桜を見ることができただけで、わたしは生まれてきて良かったと思えるから・・・。
そして、その桜の種は、しっかりと大地に根を張り、大きな枝をつけ、また再び美しい花を咲かせる。
その巡り巡る美しい連鎖を見るだけで、わたしはこれからも生きていけるから・・・。
息子には、父親のことは何一つ話してはいない。
本人が自ら聞きたいと言い出すまでは、無理に聞かせるようなことはするまいと思っていたから。
それでも、いつしか彼は、日本語に興味を持ち始め、大学では日本語を専攻し、そこで出会った古文に魅せられ、この春から日本の大学への編入が決まった。
20年前、あなたとの愛の結晶を抱いてたった一人この地に降り立ったわたしのように、今度は彼が夢という結晶を抱いて、日本に向かって羽ばたいてゆく。
先生・・・。
わたしは、この20年間、ずっとあなたと共に生きてきた。
辛いときも、苦しいときも、楽しいときも、嬉しいときも、あなたとうり二つの面差しが、すぐ隣でずっとわたしを見守っていてくれた。
それだけで、十分幸せな人生だったから、これ以上望みはないけれど・・・。
でも、一つだけ神様が望みを叶えてくれるなら・・・。
もしいつか、どこかでもう一度だけでも会うことができたなら・・・そのときは、この子と共に生きてきたわたしの20年間を、どうか褒めてください。
あの頃のように、「よく頑張りましたね」と言って、頭をポンポンと撫でてください。
明日、日本に発つ息子のスーツケースの取っ手につけられた、旅の安全を祈願するお守り袋。
その中に、わたしは、この20年間片時も離さず身につけていたあの指輪を、そっと忍ばせた。
先生、あなたへの永遠の愛と、感謝の思いを込めて・・・。
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20年後
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春とはいえ、人気のない校舎はまだまだ薄ら寒く、ひんやりと張り詰めた廊下をわたしは国語準備室に向かって歩く。
廊下を歩きながら、窓の外に目をやると、まだ名残惜しそうに校門前で写真を撮り合い、最後の別れを惜しむ生徒たちの姿が見える。
卒業式のいつもの風景・・・。
警備員に追い立てられるように、彼らが一歩足を校門の外に踏み出した瞬間、急に彼らが大人に見えて、わたしは嬉しさ混じりの驚きとともに、一抹の寂しさを感じる。
国語準備室で、式服のネクタイを外す。
そして、家から持ってきた、少しゆったりめの部屋着に着替える。
なぜなら、卒業式の日は、わたしは毎年、あらかじめ警備室に連絡を入れ、この日だけは特別に国語準備室で夜を明かすことに決めているのだ。
特にその日中にやらなければならない仕事があるわけではない。
それでも、どうしてもこの日だけは、ここを離れるわけにはいかないのだ。
なぜなら・・・今にも、あの扉を開けて、彼女が入ってきそうな気がするから。
20年前と同じように・・・卒業式後の静まり返った校舎の中を、「生徒」を卒業したばかりの彼女が、踊るような足取りで、わたしの胸の中に飛び込んでくるような気がするから・・・。
20年前の今日、ここで、わたしは初めて「生徒」を卒業した彼女を、この腕で抱きしめた。
そのときのわたしたちは、確かにしっかりと目に見えない糸のようなもので結ばれていて、これから始まる明るい未来を掴もうと、ただまっすぐに両手を空に向かって伸ばしていた。
そう・・・明るい未来は、確かにあった。
卒業式の翌日から、わたしたちは毎日のように、今までの空白を埋めるかのように夢中でただ純粋に恋をした。
それは、普通にどこかで待ち合わせをして、映画に行ったり、食事をしたり、ただ街をブラブラと歩いたり、そんな他愛のないごく当たり前のカップルの日常だったけれど、わたしたちにとっては、その1分1秒が、何ものにも変えられない、貴重で大切なものだった。
ただ、こうやって「普通のデート」をするようになって、初めて気がついたことがある。
それは・・・彼女は、遅刻の常習犯だということだ。
そんなに大幅に遅れるわけではないが、彼女は待ち合わせの時間にいつも10分か15分ほど遅れてやって来る。
一方、わたしは誰と待ち合わせをするときでも、必ず10分か15分前には着くようにしているので、わたしにとってはトータルで約20分から30分は待っているということになる。
わたしがタバコをくゆらせながら待っていると、いつも彼女はバタバタと息を切らせて走ってきて、
「先生、ごめんなさい。今日こそ、間に合うと思ったのに・・・。」
と、言いながら肩で大きく息をする。
その様子がおかしくて、わたしはいつも、
「いいえ。君が遅れた分、君のことを考える時間ができたわけですからね。幸せな時間をありがとうございます、お姫様。」
そう言って、おどけてみせた。
そのときの、少しバツの悪そうな、はにかんだ彼女の笑顔を見るのが好きだった。
そんな生活が約1ヶ月続き、夏前にはお父さんに正式に挨拶に行きましょう、と話していた矢先、突然、彼女が、
「アメリカに行く。」
と、言い出した。
何でも、父親の勧めるアメリカには行かないと言い張る彼女に手を焼いた父親が、今の仕事を辞めて自分もアメリカに移住するという強硬手段に出たと言う。
自分のためにそこまで決心してくれた父親の意向を無下にするわけにはいかないと言う。
彼女と暮らすつもりで、キッチンや浴室などのリフォームまで始めていたわたしは、当然、反対したが、彼女の決心は固かった。
「1−2年アメリカで暮らせば、父も納得すると思います。20歳になればもう結婚に親の同意はいらないんだし、それまでなんとか父の機嫌を取っておけば、その後の話もスムーズにいきますから。」
何度も話し合いを重ねた結果、ではとりあえず1年・・・長くても2年という約束で、わたしは彼女をアメリカに送り出した。
住む家を探すために、彼女より一足先に父親はアメリカに発ち、日本の家ももう借り手が決まったため、住むところのなくなった彼女は、出発前の約1週間を、わたしの家で過ごした。
ちょうどゴールデンウィークで仕事も休みだったため、わたしたちはその1週間を片時も離れずに過ごした。
毎朝、目覚めたときには隣に彼女がいて、一緒に食事を作り、家の周りを散歩し、一緒に買い物に出かけ、時にはベッドの中で朝まで語り明かし・・・そして、愛し合った。
その1週間は、わたしの人生の中で最も素晴らしい1週間だった。
空港での別れは辛いから、見送りには来ないでほしいと言う彼女に従い、わたしたちは家の玄関先で別れた。
最後の朝、大きなスーツケースを手に、じっとわたしの目を見つめながら、彼女はポロポロと大粒の涙を流してこう言った。
「今度会うときには、必ずわたしをお嫁さんにしてくださいね。」
今から思えば、彼女はこのときもうすでに、「今度会うとき」がもう永遠に来ないということを知っていたのだと思う。
・・・その日以来、彼女からの連絡はぷっつりと途絶えた・・・。
しばらくはホテル暮らしなので、住む家が決まったら住所と電話番号を連絡する・・・という彼女の言葉を信じて、わたしは彼女のアメリカでの連絡先を一切聞いていなかった。
唯一知っていた、PCのメールアドレスにメールを送っても、送信されずに返ってきてしまう。
竜士に頼んで、彼女の高校時代の親しい友人に連絡を取ってもらったが、彼女の連絡先を知る者は誰一人いなかった。
家に行ってみても、表札はもう他の人の名前になっていたし、彼女の父親の会社に電話をしても、退職した社員の行方まではわからないと言われた。
常識的に考えれば、若い彼女にとって、初めて行った海外は思いのほか楽しくて、日本に置いてきた恋のことなど忘れてしまった・・・そう考えるのが妥当だと思う。
でも、わたしには、どうしてもそうは思えなかった。
そう思いたくない・・・と、自分の心が拒否反応を起こしているだけなのだと自分自身を納得させようとも思ってみたが、絶対に、何かが違う・・・という、確信のようなものがわたしにはあった。
心にモヤモヤした気持ちを抱えながら、日々はノロノロと過ぎていき、それでもなぜか、わたしには「彼女と別れた」という意識はまるでなかった。
それどころか、今までよりもより強く二人の結びつきを感じるようになった。
姿も見えない・・・声も聞けない・・・ましてや触れることもできない・・・それなのに、彼女の気配のようなもの・・・いや、目に見えない彼女の想いのようなものが、視覚や聴覚という媒体を通さずにそのまま直接心の中に入ってくるような、不思議な感覚だった。
そして、その感覚を更に裏付けることとなったのは、彼女と音信不通になってから半年以上も経った、クリスマスの日・・・。
この日は、彼女が指定した「二人の約束の日」だった。
本来ならば、人生の中で最も素晴らしい門出となるはずだった日。
その日、たまたま車を修理に出していたわたしは、夜遅くに学校を出たあと、駅から家までの道を一人で歩いていた。
雪のちらつく、とても寒い日だった。
傘をさし、うっすらと雪の積もったアスファルトを一歩一歩踏みしめながら、坂道を登り、家の門が見え始めたそのとき、そこに1人の髪の長い女性が立っているのが見えた。
後姿なので、顔はよくわからない。
一体、誰だろう?・・・生徒の誰かだろうか・・・?
そう思い、急いで坂道を駆け上がり、声をかけようとしたその瞬間、その女性がくるりとこちらを振り返った。
・・・それは・・・まぎれもなく、「彼女」だった・・・。
彼女は、わたしをじっと見つめ、そっと微笑むと、あまりの驚きで声も出せずに立ち尽くすわたしに向かって、ゆっくりと手を差し出した。
わたしは、何と言っていいのかわからず・・・いや、多分、言葉が見つかったとしても、声が出なかったと思う・・・震える自分の指先をそっとその手に向かって伸ばした。
二人の手がゆっくりとお互いに向かって伸び、そして、あと数センチで手が届く・・・というところで、突然、彼女は空から舞い落ちる白い粉雪と共に、濃紺の空に向かって消えてしまった。
こんな話をすれば、誰もが、いい年をして少年のような夢を見ているバカな男だと笑うだろう。
でも、これはわたしにとっては、現実よりも確かな現実だった。
彼女の心は、確かに今でもわたしに向かって生きている。
二人の愛は決して消えてはいなかったのだ。
彼女は、今でもどこかでずっとわたしを見守り続けてくれている。
そのとき、わたしは決心した。
たとえこの先、一生彼女と会うことができないとしても、わたしは永遠に彼女を待ち続ける・・・と。
そうやって、彼女を待ち続けて、早いものでもう20年が経った。
たった一人の女性を待ち続け、婚期を逃した独身男を、人は哀れだと思うかもしれない。
でも、それは違う。
彼女を待ち続けたこの20年間は、わたしにとってこの上もなく幸せな日々だった。
たとえ姿は見えなくても、わたしは彼女の気配をいつもすぐそこに感じていたし、声は聞こえなくても、わたしが悩み、立ち止まるときには、そっと耳元で答えをくれた。
そうやって、わたしはこの20年間、ずっと彼女と共に生きてきたのだ。
わたしと彼女が、実際に見つめ合い、触れ合い、愛を囁くことができたのは、彼女が卒業してから日本を発つまでの、約2ヶ月。
長い人生の中では、それは流れ星の光よりももっと短い、一瞬のきらめきなのだろう。
それでも、その一瞬のきらめきが、長い人生を永遠に照らす光となることもある。
こうやって、卒業式の日に国語準備室の椅子に座っていると、あの扉を開けて、今にも彼女がやって来るような気がする。
<先生・・・先生・・・>
風のようにわたしを呼ぶ彼女の声が聞こえる。
カチャリとドアノブの開く音がして、シトラスの香りと共に、彼女が髪をなびかせながらわたしに向かって微笑む。
そして、わたしはその笑顔に向かって、きっとこう言う。
「君が遅れた分、君のことを考える時間ができました。幸せな時間をありがとう。」
・・・と。
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日本の家族から、小包が届いた。
家族からの小包は、ほぼ月に1度の割合で送られてくる。
早速、中身を紐解くと、まず最初に目に入ったのは日本でしか手に入らない食材や、調味料。
それから、わたしが頼んでいた日本の雑誌や本が数冊。
母親の選んだ趣味の悪い、でもこの土地の季節を気遣って送ってくれる服の数々。
そして、その服の合間を縫うように入っている1枚のCD・・・。
すぐさま、そのCDを取り上げる。
ジャケットの写真は、どこか南の島で撮影されたと思われる、遠浅のエメラルドグリーンの海が続く白い砂浜。
そして、その波打ち際に佇む、髪の毛の長い後姿の女性。
その写真は、多分、海よりもかなり高台の場所から撮影されたと思われ、長く続く白い砂浜とその向こうに広がる海の風景がメインで、女性の姿はその風景を際立たせるためのアクセントとして使われているようだったけれど、その後姿だけでも、十分、彼女のカリスマ的な美しさは見てとれた。
元白薔薇学園軽音部のスター、間山志帆・・・。
彼女は高校卒業とともに、バンドではなく、ソロシンガーの「SHIHO」として、デビューした。
わたしは、彼女がデビューして以来、1枚も欠かさず彼女のCDを買っていて、日本を離れてからも、彼女のCDが出るたびに家族に送ってもらっている。
CDケースを開け、歌詞カードを取り出す。
作詞は、すべて「間山志帆」。
そして、作曲とギターの欄には、どんなに月日が経とうとも、決して忘れることのない、わたしの青春のシンボルである、あの名前・・・。
・・・「綾川竜士」・・・。
その名前は、わたしの中で、永遠の輝きを持って、今もなお響く。
幼いわたしが、心をいっぱいに震わせて、ただひたすらに見つめ続け、自分のすべてを預けた人。
初めての恋・・・。
その恋は、まるで濁流のようにわたしを飲み込み、押し流し、あっという間にわたしはその渦の中に巻き込まれていった。
もともと強い自我のなかったわたしにとって、それは本当に一瞬の出来事で、気がついたときには、わたしはその恋にどっぷりと溺れていた。
彼がわたしの世界の中心になり、周りのものは一切何も見えなくなって、すべてを見失い、心はただ真っ直ぐに彼へと流れた。
それでも、そうやってわたしが彼を想えば想う分、彼はちゃんとわたしにそれを愛情で返してくれて、そんな幸せが永遠に続いていくものだと思ってた。
それが、少しずつ狂い始めたのは、大学生活も残すところ約半分となり、周りのみんなが「社会」という現実に向かって飛び立つ準備をし始めた頃。
その頃、彼は夢と現実の狭間で、悩み、苦しんでいた。
それでもわたしは相変わらず彼だけに寄りかかり、自分の生活のすべてを彼に合わせて、ただ毎日、彼だけを待ち続けていた。
それが愛情なんだって・・・それが彼の夢を支えることなんだって・・・自分勝手にそう解釈していた。
自分自身の世界を放棄して、すべてを相手に捧げる極端な愛は、愛を通り越して、依存になる。
相手の苦しみを一緒に乗り越え、夢を支えるためには、自分自身の世界をしっかりと築き上げ、その中に両足で立っていること・・・それが最低条件なのに・・・そのときのわたしは、そのことに気付かなかった。
アルコールでも、薬物でも、何かに依存した人間は、それがないと生きていけない体になる。
彼の顔色ばかりを伺って、彼の目の中に自分が映っていないと途端に不安になり、心は1分1秒でも彼の愛情を欲しがり、それでも、悩み、苦しんで、苛立つ彼にそれを伝えることはできず、徐々に自分の心のバランスが崩れていくのを感じた。
彼と一緒にいても、悩む彼を見るのが辛くて、だんだん笑えなくなって、そんな風に精神的に追い詰められたわたしが取った浅はかな行動・・・それは、他の誰かを彼の代わりにすることだった。
そんなことをしても、依存の矛先が変わるだけで、何の解決にもならないのに・・・それでも、そのときのわたしはそうすることでしか、心の隙間を埋められなかった。
彼がわたしに対して抱いていた絶対的な信頼を裏切り、傷つけ、そしてそのことは自分自身をも傷つける結果となった。
もがき苦しんだ末の結果だから、後悔はしていないけど、彼の夢を最後まで見届けることができなかったこと・・・友情を残すような別れ方ができなかったこと・・・ただ、それだけが心残りだった。
彼と別れてから数年後、わたしは日本を離れた。
きっと、どこか知らない土地で自分自身の人生を見つけたかったんだと思う。
誰かへの愛情に依存する生き方ではなく、自分自身の足でしっかりと歩いて行ける人生を・・・。
日本を離れてしばらく経ち、ようやく自分自身の人生を歩き始めた頃、日本から「SHIHO」のCDが届いた。
ジャケットの裏の曲目を見て、わたしは思わず息を呑んだ。
なぜなら、全10曲で構成されているそのCDは、竜士が高校時代、憧れ、夢中でコピーしていた70年代から80年代を中心とした、洋楽ロックのカバー曲集だったから。
慌てて歌詞カードを見てみると、全曲の編曲とギターが「綾川竜士」だった。
そして、そのCDを聴いて・・・わたしはすべてを理解した。
男性シンガーの曲を女声に合わせるというだけではなく、間山さんの声質や特徴を完璧に理解し、彼女の魅力を最大限に生かした編曲・・・。
お互いの感性が融合し、彼自身の音をちゃんと自己主張しつつも、間山さんの魅力をうまく引き出しながら、彼女の声に寄り添うように流れていくギターの音・・・。
二人が紡ぎ出す音は、しっかりと強い絆のようなもので結ばれていて、それは音楽という形となって人の心に届く。
わたしは、音楽に関する知識はまったくないけれど、「彼の音」だけは、わかる。
他の誰にもわからなくても、わたしだけには、わかる。
音楽という媒体を通して伝わる、二人の絆・・・それが、二人の間で結ばれた強く優しい愛の結晶であるということが・・・。
どういう形でかはわからないけれど、二人はきっと「愛」という絆で結びついている・・・それは、絶対的な確信だった。
彼と別れてからもう何年も経っていたけれど、わたしはそのとき、初めて本当の意味で彼から卒業することができたような気がする。
彼の夢を見届けることができなかったことに対する、挫折感、自責の念、拭いきれない中途半端な思い・・・そういった心の中の染みが一つ一つきれいに洗われていくような気がした。
彼と果たせなかった約束・・・一緒に見ることができなかった夢・・・それを理解し、支え、実現させてくれた人がいる。
幼いわたしが、ただひたすらに願い、信じ続けた夢は、絵空事ではなかったのだと・・・あの頃のわたしの夢、愛、想いのすべては、確かに誰かに引き継がれ、それが今、こうして具体的な形となって、わたしの手の中にある・・・。
そう思うだけで、ずっと中途半端な場所でぶらさがっていたわたしの青春が、すべて報われたような気がした。
間山さんは、そのアルバムで「洋楽ロックの名曲を完璧に歌いこなした日本人女性」として、高い評価を受け、音楽界での彼女の位置を不動のものにした。
それ以降、彼女が出すアルバムの作曲とギターは、ほぼすべて竜士が担当している。
あの頃二人で見た夢が、こうして今、国境を越えてわたしの耳に届く。
そこから流れる美しい旋律は、わたしの心に、優しい雨を降らせる。
わたしの彼に対する愛情は、確かに幼稚で、不安定で、彼の夢を支えるに足るものではなかったけれど、あれほど深く誰かを愛し、自分の青春のすべてを賭けて夢を見たことに、一滴の後悔もない。
ねぇ、竜士・・・初めてあなたと一緒に過ごした夜に、わたしは自分自身に誓ったことがあるの。
たとえ、この先、二人が離れ離れになってしまっても、わたしは永遠に違う愛であなたを愛し続ける・・・と。
二人で交わしたたくさんの約束は守れなかったけれど、その誓いだけは、わたしは今でも守っている。
夫とも、両親とも、友達とも違う、あなただけに向かう愛情が、確かにわたしの心の中にある。
それは、未練や恋心という、人間同士の愛情を超えた、何かもっと大きなもの・・・強いて言えば、空や風や水や宇宙・・・そういう、わたしを取り巻くすべてのものに対する愛情に似ているかもしれない。
自然や宇宙がなければ、わたしという人間がここに存在しなかったように・・・竜士・・・あなたとの出会いがなければ、きっと今のわたしはなかったから。
人の運命が最初から決まっているのだとしたら、わたしたちは、あのときを乗り越えたとしても、いつかは別れる運命だったのだろう。
でも・・・それでも・・・何度別れが来たっていい・・・。
たとえ先が見えていても、結ばれないと知っていても、わたしは、きっと何度生まれ変わっても、昼下がりのあの古ぼけた図書室で、何度でもあなたに恋をする。
「あ、また新しいCDだね、ハニー。」
そう言って、夫がゆっくりとわたしの背中を抱きしめる。
結婚して、早10年・・・。
わたしたちは子供にこそ恵まれなかったけど、その代わり、いつまでも恋人気分のまま、二人だけの静かで穏やかな生活を送っている。
わたしは、きちんと仕事も持ち、自分の世界を確立した中で、夫と共に「家庭」という小さな夢に向かって人生を歩いている。
「このギターの音、いい音だね。」
音どころか、ギターとベースの区別すらつかない夫がそう言うのを聞いて、わたしは思わず笑ってしまった。
いい音・・・そう・・・いい音でしょ?
そっと目を閉じると、瞼の裏に、ずっと昔の美しい思い出が鮮やかに蘇る。
図書室の窓から降り注ぐ柔らかい日差し・・・古い木の匂いのする大きな本棚・・・ページをめくる音・・・褪せた本の背表紙・・・そして、その向こう側には、ほら・・・夢中になって夢を語る、勝気な瞳の少年がいる。
わたしはゆっくりと目を開けると、夫の頬に手をやりながら、静かに笑った。
「もちろんよ。だって、弾いてる男がいい男だもの。」
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曲作りに煮詰まり、何かひらめきが欲しくて、CDラックをゴソゴソと探していたとき、ふと昔好きだったアーチストの曲が聴きたくなって、押入れのダンボール箱を引っ張り出した。
ウチには、CDだけで丸々一部屋埋まっちまうんじゃないかと思うくらいたくさんCDがあって、とてもじゃないけどCDラックには入りきらないので、ラックに入れるのは、そのとき仕事に使いそうなものや、自分がどうしても聴きたいと思うものだけにして、あとのものは全部ダンボールに詰めて押入れに入れている。
受けた仕事の内容によって、定期的に衣替えのようにラックに入れるものを変えたりはするけど、それでもやっぱり、こんな風に突然、思ってもいなかった曲を聴きたくなったりするんだな。
ダンボールの中のCDを1枚1枚手に取り、お目当てのCDを探していたとき、何も書かれていない真っ白なCDを見つけた。
・・・何だろう?
何も書いてないってことは、多分、昔作った曲や、作りかけて途中でやめてしまったものだと思うけど、そういうものの中から、フッとインスピレーションが湧くこともあるので、一度聴いてみようと思って、そのCDをプレーヤーに入れた。
ヘッドフォンを伝わる弦の音を聴いた瞬間、あまりにも恥ずかしくて、部屋には俺しかいないのに、誰かに聞かれてやしないかと、思わず周りをキョロキョロと見回してしまった。
ドラムもベースもすべて無視して、ただがむしゃらに突っ走るギターソロ、メンバー1人1人の勝手な自己主張がぶつかり合うだけの音の重なり・・・それは、俺が高校生のとき、当時組んでいたバンドでやったライブのCDだった。
こんな下手な演奏で、スター気取りだったあの頃を思うと、顔から火を噴くくらい恥ずかしい。
それでも・・・何故か、ヘッドフォンを耳から外せなかった。
なぜなら、そこには今の俺がもう忘れてしまっていた何かが、確かに存在していたから。
それは・・・音楽に対するひたむきな情熱、夢を見る真っ直ぐな心、未来を信じる強い輝き・・・。
音楽を仕事にするようになって、少しずつ忘れていった音楽に対する純粋な想い。
それが、この下手な演奏の中には、ぎっしりと詰め込まれていたから。
あまりにも下手すぎてとてもまともに聴けたものじゃないけど、そのときの自分のひたむきな情熱が蘇ってきて、なんだか胸が熱くなった。
そして、この演奏の中に詰め込まれているもう一つの想い・・・。
幼い愛情を傾けて、ただひたすらに誰かを想う恋心。
音もテクニックも関係なくて、俺の奏でる音を聴く誰かの一瞬の笑顔を見るために・・・ただそれだけのために、ギターを弾いた。
過去も未来もどうでもよかった。
ただ二人でいられる一瞬のきらめきに、自分のすべての想いを乗せた。
・・・そんな俺たちの恋は、青春時代の終わりとともに幕を閉じた。
あの頃の俺は、視界にも入らない遠い彼方にある夢を見るのに必死で、目の前にあるものをまったく見ていなかった。
思い描いていた夢は、思ったほど簡単には手に入らなくて、焦りと不安ばかりが募り、それでも弱さを見せたくなくて、半ばヤケになって強がった。
いつもイライラして、優しさを弱さだと勘違いして、アイツのことはただ待たせるだけで、それでも、アイツは俺のことを理解してくれてるから・・・アイツが俺の元を離れることなんて絶対にない・・・って、自分勝手な愛情を押し付けた。
絶え間なく注ぎ続けてくれるアイツの愛情を、俺は、いつでも欲しいときに蛇口を捻れば出てくる水みたいな風に思ってた。
どんなに深い井戸の水も雨が降らなきゃいつかは枯れてしまうのに・・・そして、そうならないためには俺自身が雨になってやらなきゃいけなかったのに・・・そのときの俺は、そんなことにまったく気付かなかった。
アイツがいなくなって、初めて失ったものの大きさに気付いた。
そのときに胸に開いた空洞は、時とともに小さくはなっても、きっと一生ふさがることはないと思う。
なぜなら・・・アイツの代わりになるものは、この世に存在しないから。
他の誰かで代用したり、時の流れとともに風化していくような、そんな存在じゃないから。
それは、未練とか恋心とか、そういうのではなくて、死んだ両親を想うときの気持ちに近い。
俺が両親と過ごした時間は短かったから、正直、両親との思い出はそれほどたくさんあるわけじゃない。
それでも、やっぱり両親は俺の人生の中で唯一無二の存在で、それを何かに置き換えることは決してできない。
今ではもう、墓参りのときくらいしかしみじみ思い出すことなんてないし、顔もはっきり覚えてないけど、それでも両親のことが俺の心の中から消えることは決してなくて、たとえば戦争とか事故とか究極の状況に陥ったら、思わず「お母さん!」なんて、叫んでしまうかもしれない。
それと同じで、アイツのことも決して俺の心から消えることはないんだよ。
毎日思い出すわけじゃないし、今更、取り戻したいと思ってるわけでもないけど、それでも俺の心の中には、アイツだけが存在する特別な場所がある。
なぁ、リコ・・・。
自分の青春のすべてを俺に預けて、ただひたすら俺だけを見つめ続けてくれたお前に、俺は何か一つでも確かなものを残してやれたかな?
お前が俺に残してくれた「何か」は、確実に俺の体の中にしっかりと根を張って、ゆっくりと、でも着実に「成長」という実をつける。
あのときのお前との恋があったから、俺は今の当たり前の生活を幸せに感じていられるんだと思うんだ。
キッチンで、食器を洗いながら、妻が発声練習をしている声が聞こえる。
正式に入籍していないから、「妻」という言葉は正しくはないのかもしれないけど、長年一緒に暮らし、娘までいるこの関係をどう呼べばいいのか、自分でもよくわからない。
妊娠、出産を経て、今はもう、白薔薇学園軽音部のスターだった頃の面影はないけど、それでも今でもやっぱりきれいだな、と思う。
そうは言っても、ケンカはしょっちゅうだし、特に音楽のことになるとお互い一歩も譲らず収拾がつかなくなって、最後には「俺は、お前の専属ギタリストじゃねぇ!」とか俺が怒鳴って、夜中に家を飛び出したりする。
ムシャクシャした気持ちで、しばらく車を飛ばしてあてもなくウロウロして・・・。
そんなときに、俺が必ず行く場所があるんだ。
・・・それは、白薔薇学園の校門前。
校門の前に車を止めて、シートを倒してぼんやりしていると、あの頃から俺は全然変わってねーな・・・とか、まだまだ子供だよな・・・とか思って、なんだかアイツにたしなめられてる気がするんだよ。
そうしてると、なんだかさっきまであんなにムカついてたことも、どうでもいいような気がしてきて、ケーキでも買って早く帰ろうかな・・・なんて思う。
目の前にある幸せを見ずに、自らそれを失ったあの後悔を、もう二度と繰り返したくはないから・・・。
今回のアルバム製作が終わったら、入籍しようって言ってみるかな・・・。
一笑に付されるかもしれないけど。
この20年の間に校舎は何度か改装され、俺たちの思い出のあの古ぼけた図書室ももうとっくになくなっているけど、でもこうやって目を閉じると、あの図書室の窓際のあの席で、今でも制服姿のアイツが待っていてくれるような気がするんだ。
今、会ってみたいような気はするけど、思い出は思い出のままにしておく方が美しいということを理解できる程度には俺も大人になった。
リコ・・・。
娘には、お前のような女に育ってほしいと思うけど、でも年頃になって俺みたいな男に振り回されることを考えたら、もう少しわがままなお姫様タイプに育てた方がいいのかな。
お前が、どこでどんな暮らしをしているのか、知る由もないけど、でもお前の場所まで俺のギターの音が届いているといいな。
それを祈りながら、俺はこれからも弾き続けるよ。
がむしゃらに夢に向かって走り続けたあの時代を、お前と一緒に過ごせて、本当によかった。
*絵は、ウルルさんに描いていただいたもの。
20年前の思い出のワンシーン。
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お風呂上りに、寝室で鏡に向かいながら化粧水をコットンに含ませていると、ベッドの上に座って濡れた髪の毛を拭いている彼と、鏡越しにふと目が合って、なんだか照れくさくて、慌ててコットンを顔にはたきつけた。
子供たちがいない家の中は、しんとしていて、夜ってこんなに静かなものだったんだ・・・と、改めて思う。
化粧水をつけるふりをしながら、鏡に映る彼の姿にチラッと目をやる。
上半身裸で髪の毛を拭く彼の体は、昔に比べると少しはたるんできたような気はするけれど、まだまだほどよく筋肉がついていて、髪の毛から滴る水滴が、きれいな形に盛り上がった胸の上を滑り落ちていくのを見て、少しドキドキした。
こんな風に、二人きりで静かな夜を過ごすのは、何年ぶりだろう?
男の子ばかり4人もいる我が家は、朝から晩まで毎日が戦争のような慌しさで、その混乱の中を生き延びるだけでも大変で、彼の体に目を向ける暇も、彼の声に耳を傾ける時間もなかった。
決して、彼のことをおざなりにしているわけではない。
でも、子供が4人もいると、それが現実。
食事の準備をする側から、誰かが味噌汁をひっくり返し、兄弟喧嘩が始まっては誰かが泣き、やっと夜になったと思ったら誰かが「おしっこ」と言って起きてくる。
それは確かに「幸せな戦争」ではあるけれど、時々、まだ独身の友達や、子供のいない友達を羨ましく思うときがある。
お洒落して、恋人や夫と素敵なレストランでクリスマスやバレンタインデーを過ごせる人たち。
わたしたちにもそんなときがあったのに・・・って。
素敵なレストランとまでいかなくてもいい。
たまには、二人でゆっくりと話したい。
いつもの寝室でいい。
でも、せめて、そこをきれいに季節の花で彩って、アロマキャンドルを灯してみたい。
いつものように、子供服とオモチャの散らかった寝室ではなくて。
ずっとそんな風に思ってたのに、いざこうやって二人きりになると、何から話していいかわからない。
話したいこと・・・というより、話さなきゃならないことはあるのに。
ここしばらく、いつ切り出そうかずっと悩んでた、「話さなきゃならないこと」。
せっかくそれを話せるチャンスが来たのに・・・。
「さぁ、子供たちがいないときくらい早く寝よ。こんなときくらいしか、ゆっくり眠れないんだから。」
気持ちとは裏腹に、思わずそんなことを言って、ベッドの中にもぐりこんでしまったあとで、後悔する。
こんなときくらい、ビールとおつまみくらい、出せばよかった・・・かな?
そうしたら、わたしも「話さなきゃならないこと」を話せたかもしれないのに・・・。
そう言って、ベッドの上に横たわったわたしの目の前に、彼が小さな封筒をポンと置いた。
「何、これ?翔太が書いたの?」
ゆっくりとベッドの上に起き上がりながら、その封筒を裏返す。
封筒の宛先の字があまりにも汚かったので、長男が書いたのかと思ってそう言うと、彼は少しムッとした顔でこう言った。
「違うよ。僕が書いたんだよ。」
ふーん・・・何だろう?
消印を見ると、2011年・・・20年も前?
20年前ということは・・・そう・・・わたしたちは高校3年生。
封筒の中の紙切れを取り出すと、封筒と同じく汚い文字が並んでいて、遠い昔によく見た、彼のラクガキだらけの授業のノートを思い出した。
<20年後の僕の夢・・・
1.NBAの選手になること
2.フェラーリに乗ること
3.シベリアンハスキーを飼うこと
4.プール付きの家に住むこと・・・>
ここまで読んで、思わず大笑いしてしまった。
なぜなら、それはわたしたちが高校時代、夢中で語り合った夢物語のリストだったから。
駿がNBAの選手になって、アメリカに住むことになったら素敵だね。
アメリカでは、特別お金持ちじゃなくても、みんな家にプールがあるんだって。
じゃあ、そんな家ならシベリアンハスキーも飼えるね。
フェラーリは日本で買うと高いけど、アメリカではもっと安いんじゃないの?
だって、日本では「外車」だけど、アメリカでは「国産車」なんでしょ?
・・・フェラーリがイタリア製だということすら知らなかったあの頃。
笑いすぎて目に滲んだ涙を拭おうとしたその瞬間、次の一文を見つけ、一気に涙のスピードが加速し、わたしは慌てて手で口を押さえた。
<5.綾乃ちゃんがこの手紙を読んでいること
この中で、僕たちの夢はいくつ叶ったかな?
全部、叶うといいな。
でも、もし神様が5番目の夢を叶えてくれるなら、僕は1番目から4番目までの夢は全部叶わなくても、それだけで幸せ。>
目の前の彼の姿にもやがかかり、わたしの心の中のスクリーンに20年前の彼の姿が映る。
背が低い分、人の3倍頑張らなきゃいけないんだと言って、誰よりも練習して、誰よりも動いて、誰よりも汗を流す彼の背中をいつも見ていた。
授業中は寝てばかりで、テストはいつも赤点、忘れ物にかけては天才的で、それでもなんだか憎めなかった。
一緒に過ごす時間が増えるにつれて、わたしの心の中で彼の占める割合も少しずつ増えていって、いつしか青春時代のすべてを彼と過ごし、気がついたら人生までも共にしていた。
NBAの選手にはなれなかったし、フェラーリどころか中古の国産車のローンだけでもいっぱいいっぱいだし、シベリアンハスキーを飼えるような大きな家にも住めなかった。
でも・・・それでも・・・5番目の夢だけは叶った。
それがどんなに幸せなことか、そして、それこそが幼かったわたしたちがずっと夢見ていたことだったのだと、日々の忙しさの中で、この手紙を読むまでまったく忘れてしまっていた。
そっと顔を上げると、少し照れくさそうな顔をした彼と目が合った。
その瞬間、わたしは彼の首にぎゅっと両腕を巻きつけた。
ありがとう・・・最高のプレゼントを、ありがとう・・・。
そして、今なら言えるような気がした。
ずっと言えなかった「言わなきゃならないこと」を・・・。
「わたしからもプレゼントがあるの・・・。」
わたしは彼の首に腕を巻きつけたまま、彼の顔を見ないようにしてそう言った。
やっぱり、彼の顔を見るのは少し怖かった。
「え?何?」
そう言って、彼がわたしの腕をそっと自分の首から放し、ベッドの上で向かい合う。
わたしは、やっぱり彼の目を見れずに、俯いたままこう呟いた。
「5人目・・・できたみたい・・・。」
その沈黙は、きっとほんの数秒のことだったに違いない。
でも、わたしにはとてつもなく長い時間に思えた。
だって・・・プレゼントなんていったけど、本当は、今回ばかりは、もう素直に喜んでもらえないかもしれないって思ってたから。
今でも、もう十分子供は多くて、生活は大変だし、これ以上子供が増えてやっていけるのかどうか自分でも自信がない。
喜んでもらえなかったら、どうしよう・・・。
困った顔をされたら、どうしよう・・・。
そんなことばかり考えて、なかなか言い出せないでいた。
すると、彼はそっとわたしの腕を引き寄せ、それからわたしをぎゅっと強く抱きしめた。
「ありがとう・・・綾乃ちゃん。」
その言葉を聞いた途端、目から涙が溢れて止まらなくなった。
そして、「産まない選択もあるかも」・・・そんなことを、一瞬でも考えた自分を恥じた。
「でも・・・パパのお小遣い、また減っちゃうよ?フェラーリも買えなくなっちゃうよ?」
子供がいなかったからって、買えるわけじゃないけど・・・。
わたしの涙混じりのその言葉に、彼はクスクスと笑いながら、わたしのおでこに自分のおでこをくっつけてこう言った。
「5番目の夢が叶ったから、もう僕は他には何もいらないんだ。」
まだ子供だったわたしたちが遠い未来に見た夢は、たった一つしか叶わなかったけど、でもその夢は他のどんな夢にも変えられないほど大きな幸せを運んでくれた。
彼と過ごした青春の一つ一つのきらめきが、今、大きな輝きとなってわたしの体に宿っている。
星の数ほどある出会いの中で、あのとき、あの場所で、二人が同じ夢を見ることができた奇跡・・・そして、そのたった一つの夢を叶えてくれた神様に、わたしは心の底から感謝した。
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