萬屋ユカリン

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おわりに
フレデリック・フォーサイスの警告
この本を書いている途中で、何回も私の脳裏をよぎったものがあります。
ひとつは、イギリスの作家フレデリック・フォーサイス氏の言葉、いまひとつは集団的自衛権の問題に取り組んできた政治家、官僚、研究者の顔です。
小説『ジャッカルの日」などで知られるフォーサイス氏とは湾岸戦争の直後、月刊誌の対談で、アメリカとの付き合い方について意見を交わしました。
私が第1章で述べたように、アメリカにとって最も双務性の高い同盟国である日本の実情を説明したところ、聞いていたフォーサイス氏はいいました。
「アングロサクソンの思考様式で行動するアメリカは、敵に対してはいきなり拳を突き出すようなことをします。しかし、日本のような重要な同盟国が国益に沿ってアメリカに対して『ノτ」といっても、怒ったりはしません。真剣に耳を傾け、日本側からの対案がリーズナブルであれば、それを受け入れるのです。日本は戦後ずっとアメリカと付き合ってきたというのに、きちんと話をすることができていないようですね」
世界最強のアメリカに「ノー」といった国々が評価されているのは、アメリカのべーカー国務長官の回顧録『シャトル外交激動の四年」のところでもご紹介したとおりです。
アメリカに対してばかりでなく、日本が世界に通用する思考様式、行動様式を備えるに至っていない現状は、本書で明らかにした集団的自衛権をめぐる議論の水準にも現れています。フォーサイス氏の言葉が突き刺さってくるのです。
いまひとつ、日本国の舵取りをする人々が内包する問題があります。
とにかく、文中で集団的自衛権と集団安全保障を混同してきた事実などを指摘するたびに、旧知の政治家、官僚、研究者の顔が浮かび、特に政治家の皆さんについては、何回、「もったいない」と嘆息したことでしょう。
私が知っている政治家は、例外なく有能で勤勉な人ばかりです。朝早くから党の部会をハシゴしながら駆け回り、分厚い資料を小脇に抱えて次の公務へと向かう。外国の政治家と比べても、なんと真面目なことでしょう。
その日本の政治家が、安倍晋三首相が集団的自衛権の行使容認で示したような、政治家本来のリーダーシップを発揮できていないから、おかしな議論がまかり通り、「もったいない」と眩かざるをえないのです。
安全保障の答案は落第だらけ
最大の原因は、成長過程における「目標」にあると思います。
日本の政治家の多くは、受験中心の日本的風土のなかで「勝ち組」たらんとひたすら駆けてきたはずです。そうした政治家が、政界に入ってからも一貫して、受験競争の勝ち組が集まる官僚を意識するのは自然の流れなのです。
当然、政策の勉強も、そして思考様式までもが、官僚的なワンパターンになるのは避けられないことです。
そこに落とし穴があります。トップ官僚と同等の能力を備えれば御の字で、どんなに頑張っても二流、三流の官僚の能力しか身につけることができないのは、官僚とは違う仕事をしている以上、仕方ないことです。その結果は当然ながら、官僚とスムーズに話ができるレベルまで知識を詰め込んだあとは、官僚丸投げになりがちなのです。
しかし・どんなに有能であっても官僚の側には限界があります。自分の職務の権限と責任の範囲でしか答案を書くことを許されていないからです。
一方・外交や安全保障のような国家的な政策は、四つ、五つの省庁の力を結集しない限り、合格点の答案を書くことはできません。そして、省庁の縦割りを超えて政策の立案と遂行を命じることができるのは、政治の側なのです。それが政治のリーダーシップというものです。
ところが、官僚的な思考様式に染まっている政治の側は、リーダーシップに思いが至ることなく、有能な官僚に任せておけばなんとかなると思い込んでいますから、丸投げを画に描いたような光景が繰り返されることになってしまう。
官僚の側は、合格点の答案を書くにはどの省庁と組む必要があるのかわかっているのですが、政治が命じない限りは越権行為になり、勝手に省庁の垣根を越えるわけにはいかない。仕方なく、自らの権限と責任の範囲で答案を書くことになり、かくして合格点をとれない答案のオンパレードとなるのです。
官僚的な思考様式は、何事につけても受け身という形で現れます。命じられれば高い能力を発揮しますが、自ら前頭葉を働かせて構想を描くことは苦手です。その官僚的思考のクローンともいうべき光景は、政治家ばかりでなく、研究者の世界にも展開されていると言わざるを得ません。
だから、西ドイツが再軍備の時に個別的自衛権の単独行使を封じられた事実を、政治学者が見逃していたりするのです。
国家の存亡を左右する外交・安全保障・危機管理は、世界のどこに出しても通用するもの以外は零点の世界です。1945年の米軍の占領まで海に守られてきた日本は、その外交・安全保障・危機管理を苦手としています。だから、集団的自衛権についても井の中の蛙のような議論が百出したのです。
しかし、溜息をついていても始まりません。ひとつ提案したいと思います。
政治家はリーダーシップの面から、研究者は専門家としての知見の面から、そして官僚は政治家と研究者に本来の役割を果たしてもらうために、ひとつの具体的な政策について考えをぶつけ合うのです。日本でしか通用しない発想や思考様式を超えた意見も吸収し、咀噛しなければなりません。
幸い、安倍首相がリーダーシップを発揮した集団的自衛権は、その意味で格好の素材になると思います。国際水準を満たした法律制度の仕上がりとなるよう、期待をもって見守っていきたいと思います。
参考 日本政府は時代とともに憲法解釈を変えてきた
第二次大戦後、日本政府はみずからの自衛権について時代とともに政府答弁を変え、憲法解釈を変更してきました。その流れを整理しておきましょう。
1946年11月3日 日本国憲法公布
以来、次の憲法第9条をめぐる議論が続くことになります。
〈第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と・武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。2前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。〉
憲法第9条だけを文面通りに読めば、「日本は永久に戦争をしない」(戦争放棄)、「日本は戦争するための軍隊を持たない」(戦力不保持)、「日本には交戦権がない」(交戦権否認)と受け取るのが自然です。
吉田茂首相は46年6月26日、旧憲法下で新憲法を審議する衆議院本会議で「戦争放棄に関する本案の規定は、直接には自衛権を否定はしておりませぬが、第9条第2項において一切の軍備と国の交戦権を認めない結果、自衛権の発動としての戦争も、また交戦権も放棄したものであります」と述べています。そして実際、54年の自衛隊創設まで、日本の防衛体制は憲法第9条の文面そのままの姿で推移することになります。
1947年、米ソニ大陣営の東西対立を指して「冷戦」という言葉が登場しました。48年の北朝鮮・韓国、49年の東西ドイツ、中華人民共和国・中華民国(台湾)という分断国家の誕生、東欧諸国の共産化、インドシナ戦争など、世界は激動の時代に突入していきます。そして50年6月25日、ソ連と中国に後押しされた北朝鮮が韓国に越境攻撃、朝鮮戦争が勃発します。
1950年8月10日 警察予備隊創設
マッカーサー元帥は日本政府に、総理府直属の警察予備隊7万5000人の創設を許可、警察予備隊令で「警察予備隊」が創設されます。
この警察予備隊について、吉田首相は50年7月29日の衆議院本会議で「その目的は何か、これは全然治安維持であります」「従って、その性格は軍隊ではないのであります」と述べ、軍隊でも戦力でもないことを強調しますが、実質的には軽武装の軍事組織的な性格を備えていました。
1951年9月8日サンフランシスコ講和条約調印
日本は独立を回復、アメリカとの間で(旧)日米安全保障条約を結びます。
日米安保条約については、吉田首相は「国が独立した以上、自衛権は欠くべからざるものであり、当然の権利である。この自衛権発動の結果として、安全保障条約を結ぶのは当然のことである」(51年10月16日)と述べました。
同じ頃の朝鮮戦争の韓国側犠牲者は「15ヵ月で死者100万人、避難民550万人」(韓国政府発表)にのぼり、アメリカが独立後の日本の防衛力整備に強く期待したことは、いうまでもありません。自衛隊創設までの3年足らずの間に、日本の防衛態勢はめまぐるしく変化していきます。
1952年 保安隊の設立
4月海上保安庁内に海上警備隊設置。
8月警察予備隊と海上警備隊を統括する「保安庁」を設置。
10月警察予備隊は「保安隊」、海上警備隊は警備隊と改称。
保安庁法によれば、保安隊の任務は「わが国の平和と秩序を維持し、人命及び財産を保護する」とされました。警察予備隊令にあった「警察力を補うため」という文言は削られ、保安隊は警察予備隊よりも軍隊的な性格を強めたのです。
当然、「保安隊は憲法違反ではないか?」との疑問が出され、日本の再軍備と憲法第9条の関係が、政治問題として盛んに議論されるようになりました。保安隊をつくるとき、吉田首相は「考えているのは、一に国家防衛、日本の安全、独立を防衛するための自衛力を養う」ことだと述べ、「憲法は自衛のための戦力を禁じていない」と国会答弁しました(52年3月6日、参議院予算委員会)。警察予備隊を「軍隊ではない」と説明した2年前から、大きく踏み出したのです。
しかし答弁の4日後、「戦力という言葉を用いたために、自衛のためには再軍備をしても憲法上差支えなきかのごとき誤解を招いた」「たとえ自衛のためでも戦力を持つことはいわゆる再軍備でありまして、この場合には憲法の改正を要する」と、訂正しました(52
年3月10日、参議院予算委員会)。世論の反発を前にして、保安隊も自衛のための戦力ではなく、したがって再軍備ではない、と取り繕ったのです。
このように、当時の政府は日本には個別的自衛権があるが、自衛のための戦力がない以上、日米安保条約にもとづきアメリカに守ってもらうことで個別的自衛権の行使とする、というふうに考えていたわけです。しかも、自衛のための戦力を持つには憲法改正が必要、という認識でした。個別的自衛権すら、そう考えられていた時代です。集団的自衛権については、ほとんど議論された痕跡はありません。
1954年 自衛隊の創設
朝鮮戦争は53年に休戦となりました。このころからアメリカは対ソ政策を「封じ込め政策」から、より積極的な「巻き返し政策」に転じます。ソ連は水爆実験に成功し、冷戦はむしろ激しさを増しました。日本に対するアメリカからの要求も強まります。
53年10月の「池田・ロバートソン会談」では、自由党政調会長だった池田勇人特使がアメリカのロバートソン国務次官補から防衛力の大幅増強を求められ、法的、政治的、社会的、経済的、物理的に制限があるとして、要求をかわそうとします。
日本側の言い分を受け入れたアメリカは、「防衛力の急増が無理なら防衛力の漸増を」と応じ、54年3月、アメリカが武器その他の援助をする代わりに、日本に防衛力の一層の増強を義務づける日米相互防衛援助協定(MSA協定)が調印されました。
このMSA協定を受けるかたちで54年7月1日、防衛庁設置法と自衛隊法(防衛二法)が施行されました。これが自衛隊の創設です。従来の保安隊は陸上自衛隊に、警備隊は海上自衛隊に改編され、同時に航空自衛隊が新設され、陸海空自衛隊を統括する防衛庁が総理府の外局としておかれました。創設時の自衛隊は、陸上13万9000人、海上1万6000人、航空6700人と、警察予備隊発足時の倍以上の規模に膨らんだのです。
16万人規模の自衛隊の誕生です。こうなると、さすがに日本政府も「日本は武力行使をしない」と言い続けることはできなくなりました。
そこで、政府は言い方を変え、「日本には自衛権がある。だから自衛のための武力行使は憲法違反ではない。したがって自衛隊は憲法違反ではない」と説明することにしました、これが当時の鳩山一郎内閣の統一見解です。ここでいう自衛権とは、もちろん個別的自衛権のことです。
「第一に、憲法は、自衛権を否定していない。自衛権は、国が独立国である以上、その国が当然に保有する権利である。憲法はこれを否定していない。したがって、現行憲法のもとで、わが国が、自衛権を持っていることは、きわめて明白である。
第二に、憲法は、戦争を放棄したが、自衛のための抗争は放棄していない。
一、戦争と武力の威嚇、武力の行使が放棄されるのは、『国際紛争を解決する手段としては』ということである。二、他国から武力攻撃があった場合に、武力攻撃そのものを阻止することは、自己防衛そのものであって、国際紛争を解決することとは本質が違う。したがって、自国に対して武力攻撃が加えられた場合に国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない」(54年12月22日、衆議院予算委員会での大村清一防衛庁長官の答弁)
ようするに、憲法第9条の「戦争放棄」は侵略戦争の放棄であって、独立国家が当然持つ自衛権の発動まで放棄したわけではない。また「戦力不保持」は侵略戦争の戦力は持たない規定であって、自衛のための戦力である自衛隊はこれと矛盾はしない、というのです。政府の説明は、新憲法制定時に吉田首相が述べた「日本は憲法第9条第2項で自衛権の発動を放棄した」という説明とも、保安隊創設時に吉田首相が述べた「自衛のための戦力を持つ場合は憲法の改正を要する」という説明とも、明らかに異なるものになっています。第2章で述べたように、政府はこのとき、憲法解釈を変更したのです。
1960年 日米安保改定
それでは集団的自衛権について、日本政府はどう考えてきたのでしょうか。意外なことに、70年代以前に、集団的自衛権についての明確な考えはなかったといってよいのです。
朝鮮戦争の勃発後、「在日米軍基地が爆撃され、アメリカとの間で集団的自衛権の問題が生じ、警察予備隊に朝鮮戦線を守ってもらいたいという要求が出てきたらどうするのか」という趣旨の国会質問に対し、政府はこう答えています。
「日本は独立国なので、集団的自衛権も個別的自衛権も完全に持つ。しかし、憲法第9条により、日本は自発的にその自衛権を行使するもっとも有効な手段である軍備を」切持たないことにしている。だから、われわれはこの憲法を堅持する限りは、、こ懸念のようなことは断じてやってはいけないし、また他国が日本に対してこれを要請することもあり得ないと信ずる」(51年11月7日、西村熊雄外務省条約局長の答弁)
安保改定(新日米安保条約の締結)が議論された60年には、自衛隊を海外に派遣しないかたちでの集団的自衛権行使がありうる、との政府答弁も見られます。
「たとえば、現在の安保条約において、米国に対し施設区域を提供している。あるいは、米国が他の国の侵略を受けた場合に、これに対して経済的な援助を与えるということ、こういうことを集団的自衛権というような言葉で理解すれば、私は日本の憲法は否定しているとは考えない」(60年3月31日、林修三内閣法制局長官の答弁)
半世紀以上前のこの答弁は、本書で述べてきた私の考えにとても近いものですが、これ以上突っ込んだ話は出ずに終わっています。
1970年代 曖昧な政府答弁
高度成長時代、人びとの関心は経済面に集中しましたが、集団的自衛権が国会で議論されていなかったわけではありません。しかし、政府答弁を見ると「だいたいこんな感じだろう」というものばかりです。
「我が国が集団的自衛権の恩恵を受けているのはともかくとして、我が国が他国の安全のために兵力を派出してそれを守るということは憲法第9条のもとには許されないだろうという趣旨で、集団的自衛権は憲法第9条で認めていないだろうというのが我々の考え方である」(69年3月5日、参議院予算委員会での高辻正巳内閣法制局長官の答弁)
70年代に入ろうという段階でも、日本政府は集団的自衛権に関する明確な定義や考えを持っていなかったことがわかります。野党側も突っ込んだ議論はせず、「憲法上は認められないだろう」という曖昧な政府答弁を引き出すだけに終始していました。
1980年代 権利はあれども行使せず
80年代に入ると、アメリカはレーガン大統領が「力による平和」と呼ばれた外交戦略を推進してソ連に対抗します。これが引き金となって米ソ軍拡競争が進み、やがてコスト負担に苦しむソ連の屋台骨が揺らいでいくのです。
日本も81年5月にシーレーン防衛を表明し、82年11月に最初の日米共同統合実動演習が行われるなど、日米の軍事協力が強化されていきます。そんななか、鈴木善幸内閣は新たな憲法解釈を示しました。
「国際法上、国家は、集団的自衛権、すなわち、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利を有しているものとされている。我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている」(81年5月29日、政府答弁書)
それからの33年間、湾岸戦争、同時多発テロ、アフガン戦争、イラク戦争などがあったにもかかわらず、日本は2014年7月1日に安倍内閣が集団的自衛権の行使容認の閣議決定をするまで、この「権利はあれども行使せず」の立場を続けたのです。
このように、個別的自衛権についても、また集団的自衛権についても、日本政府は時代とともに政府答弁を変え、憲法解釈を変えてきたのです。
1954年の自衛隊の創設に対して、「解釈改憲の結果だ。断じて許せない」と反対する日本国民が多数を占めなかったのは、「解釈改憲」が「憲法解釈を極端に変えることによる事実上の憲法改正」を意味するのに対し、憲法解釈の変更は許容範囲内と受け止めたからにほかなりません。
そのように歴史を振り返れば、安倍内閣が「集団的自衛権はあるが、行使できない」という憲法解釈を33年後に変更し、「集団的自衛権を行使できる」としても、別におかしなことや、許されないことではないのです。
Q40 
日本の民主主義は大丈夫なのでしょうか?
 
A 
歯止め、歯止めと連呼するマスコミの報道を見て、二つの思いがよぎりました。
第一は、そんなに自分たちの民主主義に自信がないのか、ということです。自衛隊を海外に出したくなければ「海外に出さない」という政権を、戦争をしたくなければ「戦争は絶対にしない」という政権を選べばよいのです。歯止め、歯止めと大騒ぎするマスコミは、「日本人には自分たちに相応しい政権すら選べない」と宣伝しているように見えます。
いまひとつは、そもそも自衛隊に海外で本格的な戦争ができると思っているのか、という点です。
すでにご説明したように、日本の自衛隊は「戦力投射能力」を持っておらず、海外に大兵力を送り込むことなどできません。「専守防衛」を画に描いたような軍事組織である自衛隊には、海外で戦争したくてもできないのです。
2004年に国民保護法「武力攻撃事態等における国民の保護のための処置hに関する法律)が成立したときも、笑うに笑えない光景が展開されました。外国による武力攻撃事態にあたって、政府が運輸事業者や報道関係など指定公共機関に協力を求めることができるとしたことに対して、「自衛隊を海外での戦争に出すための国家総動員法」との大合唱が起きたのです。
しかし、自衛隊は海外では戦えない構造です。運輸事業者や報道関係だけでなく、有事法制のもとで国民が総力を挙げて戦わなければならない相手は、日本国を侵略してきた敵なのです。ということになれば、有事法制に反対する人たちは結果として「敵の手先」の役割を果たすことになりはしないか。そう指摘すると、みんな黙ってしまいました。その光景を忘れることができません。
民主主義社会はみずから作り出すもの
このように、歯止め、歯止めと騒ぐのは、日本の防衛力の現状を把握していないからです。これは、マスコミも含めて日本人の多くが税金の使い道をチェックしていないということで、日本の民主主義が形式に流れている証拠というべきでしょう。
あらためて説明するまでもなく、民主主義とは納税者である国民が国家社会の主人公であるシステムです。そこにおいては、国民(納税者)の代表である国会、ジャーナリズム、アカデミズム、シンクタンクが高い専門的知見を備え、政府を厳しくチェックするとともに、時には力を貸す役割を果たさなければなりません。
立法.司法・行政による三権分立という抑制均衡(チェック・アンド・バランス)、つまり政治権力が特定部門に集中するのを防ぐために、権力相互間で抑制と均衡を保たせる仕組みもまた、国民の代表が役割を果たしていないところでは形式に流れてしまうのです。
逆に、民主主義が機能しているところでは、世界に通用する国家戦略や外交の力が生まれてくるのです。
ここで強調しておきたいのは、ジャーナリズムは「国民の代表」の中心に位置づけられるという点です。それは、ほかの「国民の代表」だけでなく、ジャーナリズム自身をもチェックできる立場だからです。その衿侍が日本のジャーナリズムに存在していれば、誤報を取り繕ったり、発表ジャーナリズムに堕することはないはずです。だからこそ、第4章では期待を込めて、ジャーナリズムの責任を厳しく問いただしたのです。

日本の国家戦略や外交力こそ強力な「歯止め」
私は湾岸戦争が始まる直前の1990年12月、『「湾岸危機」の教訓戦略なき日本の敗北』(PHP研究所)という本を出しました。
その本で私は、日本はアメリカ、イラク、国連の三者に対して、もっとも発言力を行使できる国として行動する必要性を訴えました。
日本人は自覚していませんでしたが、当時の日本は(1)アメリカに戦略的根拠地である日本列島を提供するもっとも対等に近い同盟国であり、(2)イラクに対して世界でもっとも多額の投資をし、経済的な関わりの深い先進国であり、(3)国連に対して世界で2番目に多くの分担金を負担し、滞納もない国、だったからです。
日本がそのような発言力を行使し、湾岸危機を平和的に解決する努力を惜しまなければ、湾岸戦争でカネだけ出して何もしない国などと、非難されることもなかったはずです。しかし、日本は何もしようとしませんでした。事態の平和的解決を目指して動き、存在感を示したのはフランスやソ連でしたし、アメリカの軍事的突出を押さえたのはNATOなどの同盟国でした。
自衛隊の活動の歯止めとなるのは、軍事の基礎知識もない人びとによって書かれた法律や制度ではなく、まず第一に民主主義を機能させることであり、同時に明確な国家戦略に基づく外交力を発揮することなのです。
集団的自衛権について、安倍内閣は大きな一歩を踏み出したわけですが、日本の安全保障に関する現状は課題だらけだということを直視し、きめ細かく詰めていってほしいものです。ここでも「チーム安倍」の力量が試されています。

Q39 
日本側が中国に領海侵犯を許してしまっていることには、どんな問題があるのでしょう?
A 
まず、中国が日本周辺海域を行動するうえで根拠としている法律などについて説明しておきます。
第一に、日本政府が領海や排他的経済水域(EEZ)に関して国際的根拠としている国連海洋法条約は、「各国政府が非商業的目的のために運航する船舶」に軍艦なみの治外法権を与えています。この種の船舶が、領海内の無害通航に関する規則に違反しても、沿岸国は退去を要求し、損害賠償を所属国に求めることしかできないのです。中国の公船(漁業監視船や調査船など)のケースはこれに該当するのです。
第二に、日本が領海警備の根拠法として2008年に定めた「領海等における外国船舶の航行に関する法律」も国連海洋法条約に準拠した解釈を採用、「軍艦及び各国政府が所有し又は運航する船舶であって非商業的目的のみに使用されるもの」を適用から除外しています。これに基づき、中国の公船も適用を除外されているのです。
第三に、現行の日中漁業協定は、北緯27度以南の東シナ海の日本EEZについて棚上げしており、この海域で中国が自国漁船を取り締る権利を否定していません。だから、中国の公船は、これを根拠に行動することができるのです。
第四に、日本政府はこの海域を「EEZ漁業法適用特例対象海域」に指定し、中国漁船に対して漁業関係法令を適用していません。その結果、これを根拠に中国漁船は操業しているのです。
非常に残念なことですが、中国政府には自国の公船の活動を日本が容認していると主張するだけの根拠がある、と考えるのが国際法的にも自然なのです。
海洋国家として生き残るための法整備が急務
あまり知られていないことですが、尖閣諸島周辺で行動する中国の公船は機関砲以上の固定武装を持たない非武装の状態です。これは意図的な措置と考えられますが、かりに海上保安庁の巡視船が非武装の中国公船を享捕したり銃撃したりすることになれば、これを幸いとして、国際世論に日本の暴挙と国際法違反を訴え、最初は武装した巡視船、次にけ海軍の艦船を派遣、尖閣諸島問題を国連海洋法条約に規定された海上警察権の舞台から、一気に軍事力と軍事力が対時する新たな土俵に上らせようとするでしょう。目下のところ日本には対処できるだけの備えはないのです。
日本の領海に関する法律(領海等における外国船舶の航行に関する法律)は領海侵犯し方外国の公船や軍艦に対して、国連海洋法条約に基づいて「退去を求めることができる」「しかるべき措置を講じることができる」としていますが、相手がたじろぐような強制力を備えていない形式的な法律という点も重大な問題です。
この法律が通用するのは、海をはさむ両国が良好な関係にある場合であって、日本と中国の間ではなんの役にも立たないことを肝に銘じる必要があります。
日本は、どうすればよいのでしょうか。まず手掛けなければならないのは、法制度に関する不備を正すことです。少なくとも当該海域を日本国の「死活的重要」な海域であり、中国側の表現を借りると「核心的利益」とする領域警備法、これと補完関係に位置づけられる国境法を制定し、中国側の行動を規制できるようにしなければなりません。日中漁業協定についても、棚上げされた部分を詰めて、中国側に拡大解釈の余地が少なくなるようにする必要があります。
ベトナム国会は2012年6月、国連海洋法条約を遵守する立場を明確にしながらも、ベトナム領海への外国公船などの立ち入りにはベトナム政府の許可を必要とするとした海洋法を成立させました。中国は非難の声を上げましたが、一部の係争海域を除いて、ベトナム領海への立ち入りを抑制するようになっています。
2014年5月、南シナ海で中国とベトナムが衝突を繰り返したあと、徹底抗戦の姿勢を崩さないベトナム側に対して、中国は外交の最高責任者である楊潔籏国務委員を6月と10月にハノイに派遣し、10月にはグエン・タン・ズン首相と李克強首相がイタリアのミラノで、フン・クアン・タイン国防相と常万全国防相が北京で会談しています。ひたすら中国の顔色をうかがい、事を荒立てないようにする日本の姿勢とベトナムの対中外交は、明らかに違っていることがわかると思います。
これが、世界に通用するレベルの海洋権益を保護する取り組みです。日本が強い姿勢をとることで日中関係にきしみを生じようとも、動揺してはいけません。領域警備法、国境法などの制定によって初めて、日本は中国と対等の条件で外交交渉に臨むことができるのです。
2014年秋に起きた小笠原、伊豆諸島海域での中国漁船によるサンゴ大量密漁事件のようなケースについても、中国政府が厳しく規制するようになるのは間違いないでしょう。
海白と海保のねじれた関係
領海に関する法律以外にも、海上自衛隊と海上保安庁に多数の同名異船が存在し、世界から「日本には国境を守る意志が存在しない」とみなされてきたという、笑えない問題があります。この国家とは思えない実態は、少しずつ改善されているとはいえ、まだまだ残っています。
同名異船は、私が最初に調べた1988年7月段階で49組98隻もありました。これはほかの組織との識別などを定めた自衛隊法と海上保安庁法に触れると指摘した結果、新造船から名前の重複を避けることになりましたが、海上保安庁側からの報告によれば2013年3月時点で15組30隻となっています。
海軍である海上自衛隊と沿岸警備隊である海上保安庁がこんな課題を残していては、海洋権益を守るどころではないでしょう。日本が攻撃を受けるような事態やグレーゾーン事態に直面したとき、海上自衛隊と海上保安庁の関係はどのようになるのか、考えてみたいと思います。
海上自衛隊と海上保安庁の関係について、自衛隊法第80条(海上保安庁の統制)は次のように記しています。
〈内閣総理大臣は、第76条第1項又は第78条第1項の規定による自衛隊の全部又は一部に対する出動命令があつた場合において、特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れることができる。
2 内閣総理大臣は、前項の規定により海上保安庁の全部又は一部を防衛大臣の統制下に入れた場合には、政令で定めるところにより、防衛大臣にこれを指揮させるものとする。
3 内閣総理大臣は、第1項の規定による統制につき、その必要がなくなつたと認める場合には、すみやかに、これを解除しなければならない。〉
ここでいう「第76条第1項又は第78条第1項」とは、それぞれ自衛隊法の条項のことで、防衛出動と命令による治安出動を定めています。
これで両者の連携がスムーズであれば心配はいらないのですが、実は、そうではありません。
海上保安庁の統制にあたっても、次のような法律の解釈があり、それを読むとスムーズな連携が実現しない可能性のほうを危惧せざるをえないのです。
〈内閣総理大臣は、防衛出動を命じた場合、特別の必要があると認めるときは、海上保安庁の全部又は一部をその統制下に入れることができる。このとき、統制下に入れた海上保安庁は、防衛大臣に指揮させるが、防衛大臣の海上保安庁の全部又は一部に対する指揮は、海上保安庁長官に対して行うものとされている。〉
海上保安庁の組織と機能を十分に理解していない防衛大臣だから、海上保安庁長官に任せるというのは当たり前ですし、それだけなら当然です。しかし、海上保安庁法第25条の次の条文が適用されると、海上保安庁の統制が円滑に進まない可能性を考えておかざるを得なくなるのです。
〈この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、又は軍隊の機能を営むことを認めるものとこれを解釈してはならない。〉
防衛出動が出た段階で「(防衛大臣の)指揮監督を受ける」ことになる海上保安庁ですが、実際には海上保安庁の行動について海上保安庁長官に委ねているのです。海上保安庁側が海上保安庁法第25条を前面にかざして、自衛隊の統制下に入らない可能性は、ありえることとして考えておかなければならないのです。
この問題を解決しておかないと、同じように海上自衛隊と海上保安庁が協力して行動しなければならない自衛隊法第82条(海上警備行動)の事態についても、スムーズな連携が損なわれると思わなければなりません。
そんなことは起きないとタカをくくっていると、国家の危急存亡の時、国民が泣きを見るはめになることを忘れてはなりません。

Q38 
中国の領海侵犯が止まらないのはなぜですか?
A  
私は、日本が集団的自衛権を語るなど「10年早い」との思いを抱いてきましたが、そう思わせられる一例は中国の領海侵犯を許している現状です。
さきに述べたような国際的な常識を踏まえたうえで、日本が取り組むべきことは足もとを固める作業です。まず塊よりはじめよというではありませんか。
ここでは、なぜ尖閣諸島周辺海域での中国の領海侵犯を許すことになったのか、根本的な原因を考えてみたいと思います。
結論から言うなら、海洋国家としての戦略が不在だからです。
原因1 日本は海洋権益を守ろうとしていない
日本は、領海と排他的経済水域(EEZ)を合わせると世界で第6位の広大な面積の海を持っています。広さの順でいうと、アメリカ、ロシア、オーストラリア、インドネシアカナダ、日本、ニュージーランド、チリ、ブラジル、キリバス(以下、海外領土を除く)で、中国は第15位です。
日本の領海は水産資源だけでなく、エネルギー資源、鉱物資源の宝庫でもあります。テクノロジーの発達によって、そのすべてが日本のものになるといっても間違いないのです。
原因2 日本は海洋資源大国であることを自覚していない
一例を挙げれば、メタンハイドレートがあります。これを見れば、日本が世界有数の海洋資源大国であることがわかるはずです。
メタンハイドレートとは、カゴ状構造をした水分子の中にメタン分子が入った水和物(ハイドレート)で、水とメタンガスがあるところに低温・高圧の条件がそろうと生成され、一見すると氷に見えますが、火をつけると燃えるので「燃える氷」と呼ばれます。日本近海は世界有数のメタンハイドレート埋蔵地帯で、本州、四国、九州など西日本の南側にある南海トラフが最大の推定埋蔵域とされています。
海底には、天然ガスだけでなく石油も眠っています。海底石油の9割方は水深200メートルより浅い海底にあるとされ、大陸棚は大いに有望なのです。海底石油の埋蔵量は、現在地球上にある埋蔵量の4分の1ともいわれています。
銅、亜鉛、レアメタルなどを含む「海底熱水鉱床」も資源として有望視されています。これは海底で熱水(マグマ活動によって生じる高温の水溶液)作用にともなって形成される鉱床です。熱水は岩石を溶かしたり、岩石と反応して変質させたりしますが、冷えると溶けていた金属を沈殿させ、熱水鉱床をつくるのです。
金、銀、銅、亜鉛、鉛、水銀、アンチモン、スズ、タングステン、モリブデン、マンガン、蛍石など、さまざまな鉱床があり、政府は沖縄近海と伊豆・小笠原両諸島周辺の2カ所で海底熱水鉱床の探査を進めています。
国家戦略なき日本
このような現実を目の前にすれば、本来、日本には海洋権益を守りきる国家戦略や取り組みがあってしかるべきでしょう。しかし、それが存在しないに等しいのです。まず国家戦略の面について、問題点を挙げておきましょう。
日本には首相を本部長や議長とする○○本部や△△会議がたくさん設置されています。国家の安全保障という私の仕事に関係するものでいうと、総合海洋政策本部、宇宙開発戦略本部、原子力防災会議、高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部(IT総合戦略本部)などです。
たとえば、日本政府は2007年の海洋基本法に基づいて、海洋に関する施策を集中的かつ総合的に推進するための総合海洋政策本部を設置しています。本部長は内閣総理大臣、副本部長は内閣官房長官と海洋政策担当大臣、本部員は本部長及び副本部長以外の全国務大臣です。それが、海洋戦略について機能してこなかったのです。
○○本部や△△会議に共通している問題が、日本に国家戦略が存在しないこと、その結果、例えば中国の領海侵犯を許してしまっている現実を物語っています。
そうした○○本部や▲△会議に特徴的なのは、その分野の最高権威と呼べる専門家を集めている一方で、セキュリティ、つまり安全保障や危機管理の専門家が不在の状態でやってきたという在り方です。
考えればわかることですが、高いレベルのセキュリティの専門家であれば、海洋や宇宙、原子力、ITの専門知識がなくても、100点満点で60点くらいの答案を書くことができます。そこに各分野の最高権威の知見が加われば、答案は常に80点以上のものとなり、世界の水準をクリアできるのです。
一方、各分野の最高権威を何人集めたところで、合格点に達するほどの答案を書くことは難しいといわざるをえません。これは、色々な会議や審議会、委員会に関わってきた私の経験からもいえることですが、日本は現実を見て国家戦略を立案しようとしてこなかった結果、「各分野の最高権威」に任せておけばなんとかなるという落とし穴にはまることを繰り返してきているのです。
政府は2014年11月7日、15年度から10年間で実施する安全保障を重視した新たな宇宙基本計画の素案をまとめ、その一日前にはサイバーセキュリティ基本法が衆議院で成立しましたが、同じ轍を踏まないことを祈らずにはいられません。

Q37 
湾岸戦争のとき、日本はアメリカに引きずられる一方だったのでは?
A 
そう受け止めているのが日本人ですが実は湾岸戦争でも集団的自衛権はアメリカの単独行動を抑制したのです。
その現実は、当時のアメリカの国務長官ジェームズ・べーカーの回顧録『シャトル外交激動の四年」(邦訳は新潮文庫)を読めば明らかです。
べーカーは、湾岸戦争に向かって危機が深まるなか、同盟国やアラブ諸国の協力を取り付けるため、文字通りシャトルのように世界を飛び回りましたが、印象に残っているのはイギリスについての次の趣旨の発言です。
「今回もまた、最も手を焼かされたのはイギリスだった。しかし、今回もまた最も頼りになったのもイギリスだった」
イギリスは多国籍軍への参加について「ノー」を連発しましたが、アメリカの要求を値切り倒し、参加を決めたあとは最後まで付き合いました。イギリス以外の同盟国も、国益をかけてアメリカの要求を値切ったのです。
べーカーの回顧録を読めば、ドイツのケースと同じで、集団的自衛権で結ばれた同盟関係がアメリカの欲する軍事的突出にブレーキをかけたことがわかると思います。
なんの抵抗もしなかった日本はといえば、分厚い回顧録の中に1行半だけ、130億ドルを拠出したと触れられているにすぎません。
べーカー回顧録を読むと、ある国が国益をかけて自らの主張を貫き、アメリカと一時的に対立したとしても、国際政治の世界では、むしろそのことが評価の対象になること、対立を避けようと先方の期待を付度して黙ってカネを出すような態度では軽んじられてしまうこと、そんな国際常識についても教えられるのです。
集団的白衛権は戦争を防いできた
西恭之氏は、以下のように日本の議論に疑問を呈しています。
                      *
〈集団的自衛権の行使は、国際的な常識に従えば、同盟関係を活用して侵略を抑止するための前提条件とされています。それなのに日本の議論では、大国の利益のための戦争を起こしやすくしている、との指摘があります。
たとえばこんな調子です。
「集団的自衛権は、小国どうしのいざこざに大国が軍事介入する口実に使われることが多い」(2014年3月3日付朝日新聞コからわかる集団的自衛権」)
「第二次世界大戦後に起きた戦争の多くは、集団的自衛権行使を大義名分にしている。(略)集団的自衛権行使を容認していることが戦争を起こしやすくしていると考えられる」
(半田滋・東京新聞編集委員著『日本は戦争をするのか』岩波新書、2014年5月20日発行)
「集団的自衛権が戦後どう使われてきたか検証が必要だ。ベトナム戦争、チェコ侵略、アフガニスタン戦争。こういう例を見ると大国による侵略や軍事介入の口実とされてきた」(井上哲士参議院議員〔共産〕、参院外交防衛委員会、2014年5月29日)
国連憲章が集団的自衛権を国家の自然権と認めているのは、同盟関係によって侵略を抑止するためには、集団的自衛権の行使が前提条件となるからです。したがって、日本の議論のように「集団的自衛権が戦争を起こしやすくしたのか」について知るためには、抑止が失敗して集団的自衛権の行使を迫られた例や、国連安全保障理事会の常任理事国が自らの特権を悪用して行なった侵略の例を数え上げるだけでなく、集団的自衛権行使の可能性が侵略を抑止した例と対比する必要があります。
実を言えば、アメリカとすでに同盟条約を結んでいた国が第三国に戦争をしかけられた例は、南ベトナムしかありません。その南ベトナムも、北ベトナムを外国として承認したことはありませんから、北ベトナムを「第三国」とみなさなければ、アメリカとの同盟関係がありながら侵略されたケースはゼロとなるのです。
アルゼンチンがアメリカの同盟国であるイギリスの領土を攻撃したフォークランド紛争にしても、南大西洋のフォークランド諸島は、アメリカとイギリスの同盟条約である北大西洋条約(NATO条約)の地理的範囲の外ですから、アメリカとの同盟関係が侵略の抑止に失敗したケースにはあたりません。
また、9・11同時多発テロ以後、アフガニスタンのタリバン政権とアルカイダに対して集団的自衛権を行使したのは、アメリカではありません。第4章で述べたように、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアのほか、カナダ、オーストラリア、デンマーク、ノルウェーといった国々が、それぞれの理由によってNATOなどの条約に基づいて集団的自衛権を行使したのです。ニュージーランドは、非核地帯化をめぐってアメリカと対立し、ANZUS条約上の防衛義務を1986年に停止されていたのに、これらの国々と集団的自衛権を行使しました。どの国々がなぜ、集団的自衛権を行使したのかについて、事実関係をおさえる必要があります。〉
                   *
西恭之氏が指摘するように、アフガニスタン戦争における集団的自衛権の行使の状況を検証すれば、軍事大国でない「小国」や中立国にも、集団的自衛権を行使する場合と、それなりの理由があることが明らかになるのです。

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