彩香の部屋(筆跡鑑定人・筆跡診断士)

おだやかな春がきて笑顔の多い年でありますように(●^o^●)

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「祇園四条駅」には、四時半過ぎに到着です。
懇親会まで、2時間弱あります
明日は「伏見」に行く予定なので・・・
お土産を買うべく、足が痛いと言いながらも歩きまわりました。
 
今夜の懇親会場は 
 
萬燕楽(よろずえんらく)
 
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日中は寒さを感じませんでしたが・・・
夜になって、一段と寒さが増しましたね。
一番先に到着した私
ストーブの前で、熱いお茶を頂きながら、全員が来るのを待ちました。
 
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どれも美味しい料理でしたね
 
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9人での飲み会でした
料理は、1人3,500円
飲んで、食べて、1人5,000円の会費でした。
 
ホテルに帰り、部屋に集まり、又、酒盛りでした
但し、3人は別のお店に行き、1人は就寝と言うので、5人の宴会です
 
どんだけ飲んだかなぁ〜〜〜
「東福寺」を後にして歩いていたら、「ぶん陀院」を見つけました。
まだ拝見出来ると聞いたので立ち寄りました
 
ぶん陀院、別名は「雪舟寺」
 
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【引用】
雪舟作と伝えられる庭があることから雪舟寺と呼ばれているが、正式名はぶん陀院。 東福寺の培頭の一つ。 また 茶室・図南亭の復元もみられる。これは茶関白といわれた一条恵観ゆかりの茶室。
南庭は雪舟(1420〜1506)の作庭と伝えられている。
雪舟が少年時代を過ごした備前(岡山県)の宝福寺は、東福寺の末寺であり、雪舟が東福寺に参った時には芬陀院に宿泊したというゆかりがある。
舟作と伝えられる庭があることから雪舟寺と呼ばれているが、正式名はぶん陀院。 東福寺の培頭の一つ。 また 茶室・図南亭の復元もみられる。これは茶関白といわれた一条恵観ゆかりの茶室。
南庭は雪舟(1420〜1506)の作庭と伝えられている。
 
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雪舟作と伝えられる庭があることから雪舟寺と呼ばれているが、正式名はぶん陀院。 東福寺の培頭の一つ。 また 茶室・図南亭の復元もみられる。これは茶関白といわれた一条恵観ゆかりの茶室。
南庭は雪舟(1420〜1506)の作庭と伝えられている。

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雪舟が少年時代を過ごした備前(岡山県)の宝福寺は、東福寺の末寺であり、雪舟が東福寺に参った時には芬陀院に宿泊したというゆかりがある。
庭園の様式は、禅院式枯山水庭園で、寛正・応仁(1460〜68)頃の作、京都最古の枯山水のひとつとなる。向かって左側の鶴島は折鶴を、右の亀島は二重 の石組みにより亀の姿を表している。火災や歳月で一時期は荒廃したが、昭和14年、重森三玲により復元修復された。幸いに、一石も補足することなく往年の 姿を再現している。

昭和14年、重森三玲により南庭が修復された時、重森は新たに東庭を作庭した。こちらにも鶴亀の島があり、近景の鶴島を中心に、蓬莱(仙人が住む不老不死の地)の連山を表している。
 
 
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これから、18時半の飲み会に参加するため、「祇園四条駅」に向かいますね

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