彩香の部屋(筆跡鑑定人・筆跡診断士)

おだやかな春がきて笑顔の多い年でありますように(●^o^●)

バリ・ベトナム他海外編

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旅行の準備

今日は、三日後に控えたベトナム旅行の支度をした。

先週の金曜日。
大丸がご優待で15%になるのを待って、かねてから欲しかった某メーカーの小さ目のスーツケースをやっと買うことが出来た。
散々迷ったが、やっぱり黒にしたのである。

現地で着る洋服はすんなりケースにつめることが出来たが・・・
靴はどうしょうかなぁ〜〜〜
歩きやすい靴はもちろんなのだが、現地は夏だろうからなぁ〜〜〜
やっぱり・・・ブーツでなく、靴なんだが。
要検討だなぁ〜〜〜

去年のサイパン旅行記

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実は、この記事を書くのにあたり、三回目の挑戦となっている。
自分でも呆れているのだが、アップする際に写真容量がオーバーし、画像縮小している間に書き込んだ記事(ブログ)が消えていたのだ。
一回目で勉強すればいいのに・・・二回も失敗した。
今回は、文章をコピーしていてもよかったが、写真アップを先にしたのである。

去年の12月に、初めて訪れたサイパンでした。

サイパン島は、日本の南約2,400km、北緯15度13分、東経145度43分に位置し、面積は約185km2(伊豆大島の約2倍)。南北に細長い形をしており、サンゴ礁に囲まれている。
島の西海岸が平坦地で、人々のおもな生活の場となっている。
島の最高峰は標高473mのタポチョ山。テニアン島はサイパン島から南へ約5km、面積は約100km2(伊豆大島とほぼ同じ)、ロタ島は同じく南へ約136km、約125km2(島の一周はおよそ山手線の一周に相当)の広さです。
北マリアナ諸島のシンボルツリーはフレームツリー。日本名に「花炎樹」とあるように、6〜7月ごろには、燃え立つような赤い花をつけます。かつての日本人移民たちの間では、「南洋桜」とも呼ばれ、故国を懐かしんだといわれます。
戦前は軍艦島と呼ばれ日本軍の秘密要塞となっていました。その頃の残骸が島の至る所に残っていました。
天皇陛下がご訪問された後でしたので、修復の後が見られ、綺麗な観光地となっておりました。

サイパン飛行場を降りて、廻りを見渡せば・・・ やはりここは南国!
12月といえ、ギラギラ輝く太陽がやけに眩しいサイパン!

さっそく、ホテルに荷物を置いて、近辺の散策とショッピングを♪
夕食は、みんなこの時ばかりと念入りにお化粧して、全員がドレッシーな服装に着替えホテルの最上階におもむきました。
私も以前のパーティで着てタンスの肥やしとなっていたワンピースとショールを持参し、みんなと同じにように露出する肌や目の周り、髪にと、光る粉パールを振りまいたのでした。
美味しいお酒と料理の後は、みんなで町に繰り出しディスコでした。
最初は壁の花だった人たちも踊りだし、そのうち店に曲のリクエストをした人も出てきました。

二日目。
バスに乗っての観光です。
戦時中は悲劇の場所となったサバネタ岬にはたくさんの慰霊塔が建っていました。
日本の一般市民が多数、この海に飛び込み自殺をしたためです
ラスト コマンド ポスト
観光地化されている戦跡だが、やはり戦争の恐ろしさと無念さを感じてしまった。
最近、塗装された迷彩色の大砲や戦車の残骸が物語っていました。
後方に見える洞窟を利用した司令部跡は壁に大小多数の穴がいくつもあってえぐれ面は米軍の砲弾による弾痕です。
戦争の悲惨な様子を忍ばせており、戦争はサイパンに悲しい傷痕をいくつも残していました。
中でも、このスーサイドクリフ(自殺の崖)と荒い波が打ち寄せるバンザイクリフは悲劇を象徴している場所です。

午後はホテルに戻り、島に行きました。
泳ぐ人、散歩する人、海に潜って魚を観賞する人、それぞれ楽しんだ後は、タポチョ山でディナーとチェモロ人の踊りを堪能しながら食事でした。
そのうちに、観光人すべてが一緒になって踊りだし、私達は二日続けて踊ることになったのです。
ホテルに着いてから、女性陣はマッサージに行き、残り組みは皆で酒盛りとなり・・・

三日目。
船に乗り込んで遊覧を。
途中、六人乗りの小型船に乗りかえて、波のアップダウンとスピードを堪能しながら、このまま日本まで帰れたらいいなぁ、と切に思いました。
運転のお兄さんが、一番前に座わらないように言ったのだが、誰も前に座らなかったので私が座ることになった。
船が走り出して直ぐに理由が飲み込めたが後のまつりだった。
スピードとアップダウンで、体重の軽い私は振り落とされそうだったのでした。
必死になってそのお兄さんにしがみつき、彼も私の体が落ちないように掴んでいたのでした。

宿に戻り、帰路の準備をして、集合となったのでしたが。
添乗員の手違いで、出発まで一時間強の時間が有った私達。
昨夜マッサージを受けなかったことに未練があり、係りに連絡したら直ぐに予約が出来るというので、
50分の美顔マッサージを心地よく受けてきたのでした。

透明度の深いコバルトブルーの海!
雨上がりのハイビスカスが寂しくも美しく咲いていました。
南国では当たり前のハイビスカスも一輪のショットでは物悲しい感がしました。

短い期間の盛り沢山の行事。
それほど強行軍には感じなかった旅行でした。

バリ島10日目

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◆10日目 成田着(7時着) 

飛行機のなかで、昼間のサイクリングで疲れた私は良く眠り、翌朝成田に無事到着したのでした。
お互いのトランクの中は、お土産と塩が何キロと言うほど入っていた。
バリの塩は美味しい。彼女は十キロ買って来たが、私は五キロにした。
お互い宅急便でお願いして、彼女と又の再会を約束して帰路に着きました。

◎バリのおみやげ(一部掲載)
  サンダル・・・これは2日目にスーパーで購入
  おたまとはし・・・キンタマーニ山を越えてロビナに向かう市場
  絵画 2点
  籐バック、ランチョンマット(4枚)、コースター・・・クタの工場
  鈴(音色とデザインが気にいる。)(定価-1ヶRp18500)・・・安く購入
  テーブル生地、写真たて、扇子(子供達から購入)
  塩・・・5キロ
  置物、バリコーヒーや本場の胡椒を大量購入


◎バリの魅力
 バリ島は、「神々の島」と呼ばれのどかな風景が広がっていました。
 現地人の穏やかなまなざしに、癒しを求める人たちが途切れることなく訪れる気持ちがわかります。
 そして、世界中から訪れる旅行者によって、日々発展する町の中の風景。
 昔の日本生活を思い出させる暮らし振りから、都会的センスが磨かれている町並み。
 豊かな自然のなかに、都会的なスタイリッシュ感覚もある。
 二つのバランスが生み出す不思議な世界だった。
 世界で一番洗練されたリゾート地といえるのではないか(他を知らないから?)。
 どこからともなく聞こえてくるガムランの心地よい音色♪
 ウブドの濃厚な自然の息吹に身をまかせながら、贅沢な時間を過ごす。
 

 瞬く間に、10日間が過ぎていました。
 そして、この時から南の島の虜になったのです。

バリ島9日目

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◆9日目
 ウブド市場散策〜最後の晩餐〜飛行場へ(23時発)

今日は、日本に帰る最後の日となった。
彼女はのんびりとコテージで過ごすという。
午前中は、のんびりとコテージでおしゃべりの時間が過ぎた。
添乗員さんたちは夕方四時に迎えに来ると言う。それまではフリーだった。
バリに来て、いつもガイドさんがつきっきりだったが、朝食後、私はコテージの自転車を借りて市場まで出かける決心をした。
自転車は男性用の三角だった。
小ぶりだったので練習してみたら、足を後ろから回して乗ることが出来たので借りることにした。
坂を下って10分位だろうか。市場に辿りついた。
二日目で見学した王様の玄関の道路の反対側は、昨夜音楽を聞いた会場だった。
市場はそこの一角に有った。
町の中で、日本人と会ったのは1名だけだった。
町の人はみんなやさしい。日本語で笑顔で挨拶をしてくれる。

市場は、小物類が所狭しと並べられていた。
1ケ購入するより、2ケ、3ケと大量に買えば超お買い得だったが、私は眺めただけで小さな買い物だけをした。
市場と反対の方向に、一キロぐらいだろうか?行ってみた。
個人のお店が並んでいたが、覗いただけで何も買わなかった。

宿に戻る道は、行きの下り坂と違って、暑さと共に倍の時間を要してやっと辿りついた。
さすがに、体力を消耗した。
コテージで少し体を休めてから、最後の荷物整理をした。
日本から持参した医薬品や化粧品等を仲間にあげ、宿で親しくなった彼女たちに別れを告げた。

鈴を買いたいと言う彼女のためにお土産や行き,私もお土産用に購入した。
値段の交渉をするのがまた、楽しかったのである(*⌒∇⌒)ノ♪

バリ最後の夕飯は、日本食のお店に入りお寿司を食べることになった。

飛行場には、遅い時間であるのに、出迎えてくれた以前の介助者の仲間達も見送りに来てくれた。
みんなに見送られて・・・
再会を約束して〜〜〜
バリ島に別れを告げたのでした。
飛行機の中は、テロの後のバリに向かう空席と違い、満席でした。

バリ島8日目

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◆8日目
 キンタマーニ山展望〜コーヒー農園〜動物園〜レゴン観賞・・・ウブド泊

のんびりの朝食。
コテージで働いている彼女とのおしゃべり♪

彼女と別行動をとり、運転手とガイドの三人で、キンタマーニ山が良く見える展望に行くことになった。
いつもの運転手が、今日は違って見えた。
構わなかった身なりがビシッと決まっていたのだ。
髪の毛はさっぱりとなり、髭も剃って、洋服もすっきりとしていた。
おまけに、、、香水をつけていたのだ。
何事かとからかえば・・・どうも、好きな人が出来たらしい。
バリは一夫多妻だから、、、
後ろの席から、からかったひと時でした。

キンタマーニ山を充分に堪能した後は、コーヒー農園に行き、試飲をさせてもらってから、コーヒー豆と香辛料をお土産に何点か買ってきた。

そして、三人で昼食を食べてから、ガイドと二人で動物園に入る。
二人だけだから・・・
運転手の恋愛経緯を聞いたり、ガイドと日本人人妻とのラブストーリを聞いたりととりとめのない会話が続いた。
これが、若く素敵な女性だったら、また違った時間が過ぎたのかも知れない??
バリ人の日焼けした肉体とともに優しくされたら、勘違いや錯覚する日本人は多いのかも知れない。


夕方からは、ちゃんとした踊りを見たいと言う私たちの要望で、音楽鑑賞に行くことになった〜♪└( ̄◇ ̄)┐♪└( ̄◇ ̄)┐♪
楽しいひとときを過ごした時間となりました。

音楽の余韻を残しながら・・・
バリ最後の夜を意識し、ベットに入りました。

なかなか寝付けなかった夜でした。

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