彩香の部屋(筆跡鑑定人・筆跡診断士)

おだやかな春がきて笑顔の多い年でありますように(●^o^●)

バリ・ベトナム他海外編

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バリ島7日目

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◆7日目
サファリアパーク〜デビ婦人の別荘見学〜ギャラリー観賞〜アタ製品(あしたば)見学〜
 ウブドのホタル観賞・・・ウブド泊

昨日、遅い時間に宿に着いた私達。
玄関横を通り、暗い庭を眺めながらコテージの私たちの部屋に入っただけだったから、朝ベットから起きて、一番に庭に出て周りを眺めた。
目の前では、農家の人たちがすでに働いていた。
農機具を使わない農作業は、遠い昔の日本での姿だった。
私の子供時代にタイムスリップしたような感じがした。

のんびりと庭を眺めながらの朝食。
そこで働いている若い女の子。日本語が上手でおしゃべりに華がさいた。
彼女は、週末を実家に帰り、平日は朝の五時ごろから夜の八時頃までの就労。午後しばしの昼寝が有るのみ。そんな労働でも賃金は低い。最初、一週間分の賃金かと思った私だったが、彼女は1〜30と数字を書いてくれた。
彼女は、以前日本人宅でメイドをして働いたことがあるらしい。
また、日本人宅でメイドとして働きたい願望があるらしい。
それを比較すれば、日本から行った知り合いの人の手足となって働いている彼女は、三倍以上の給金を貰い、給料すべてを貯金している。衣食住はまかなって貰い、床屋も一緒に行って払ってもらっているし、私達のように観光で日本人が行けば、一緒に料理を食べるのだから、日本料理大好きなのもうなずける。
そして、現地の男性に目もくれなくなる気持ちもわかる。
日本人男性と結婚したいと言っていたけれど、難しい問題である。

テレビに良く出る(?)デビ婦人の別荘を見学したが、残念ながら中には入れなかった。
その後、昼食だったが、彼女はピザ、私は写真の料理を食べた。

それから、絵画を買うためにギャラリーに行き、各2点ずつ購入した。
値段が有ってないような。最初の半値以下で買ったのだが、交渉時間が楽しかった。

その後、籐製品のお店に。
実際に仕事しているお店の裏の工場を見せてもらった。若い男女が楽しそうに働いていた。
その手つきは器用な人たちばかりだった。
何を買おうか迷ったが、小ぶりのバックとランチョンマット、コースターを買ってきた。
日本で買ったら、三倍以上の値段はするであろう。

宿に戻り、近くの田園にホタルを見に行った。
沢山のホタルを想像していたが、パラパラの数しか見ることが出来なかった。
でも、、、子供の頃に田んぼで見た光景を思い出していた。
バリのウブドは、まさに日本の遠い昔の光景でした。

そして、その後、久しぶりに日本食を食べた私達でした。

※一番下の写真は、バリで初めて日本人観光の人に会った瞬間でした。

バリ島6日目

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◆6日目
 日の出とイルカウォッチング〜〜夕日のタナロット寺院・・・ウブド泊

昨日と同じ日の出を見ることが出来た。
波の荒かった昨日が嘘のように、おだやかな海だった。
海に出て、30分過ぎた頃であろうか。
あっちこっちと、イルカが飛んでいるではないか。
仲間内で、「あっちにもいる。こっちにもいる。」と声を出しながら、私達の目は昨日見ることが出来なかったイルカの群れを目に焼き付けようと右に左にと顔が動きっぱなしだった。
イルカウォッチングを堪能して、海を充分に眺め済んだ後は、コテージに戻り、ゆっくりの朝食を済ました。そして、ウブドに移動する為に荷物の整理をして、車に乗り込んだ。
この日は、いつもの仲間6人の他に、ご両親と添乗員の妹さんも乗り込んで途中までが一緒だった。

この日の行程(道路)はよく覚えていないのだ。
たぶん、海は見ていないから、テガからププアン〜タバナンを経由してタナロット寺院に到着したのだと思う。
走るところ、段々の田園風景だった。途中、朝食を食べた店だけは思い出の中にインプットされている。
昼食後はご両親だけを降ろして、今度は山道の細い道を走った気がする。
確かな行程を、メールで聞いてみようかと思っている。

タナロット寺院に行くのだと思っていたら、近くのホテルの庭でタナロット寺院を眺めただけだった。
まだ周りは明るく、寺院の周りに人が溢れているのが見えた。
私は近くに行くことが出来なかったのが残念だった。次回行くことがあれば、是非観光したいと思う。
芝生に座り、タナロット寺院を横目で見ながら、夕日が沈んで行くのを眺めただけでした。

それから、二人だけのちょっと豪華な食事が待っていた。
いつもなら、ガイド・運転手さんたちと一緒の食事なのだが、今回だけは別々で食べることになった。
量が多すぎて食べきれない私達は、残したお肉を包んでもらい、ガイドさんにおみやげとして渡した。

その後、一時間ぐらい走っただろうか?
ウブドのコテージに落ち着いたのである。

バリ島5日目

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◆5日目
日の出とイルカウォッチング〜滝の見学〜バンジャール・テガ温泉〜添乗員の両親迎えと親戚見学〜食後は海辺で宴会・・・ロビナ泊

イルカウオッチングのために五時に起床して六時には船に乗った。
縦に細長い船で船幅は一人が座れるだけにの幅で、5〜6人しか乗れない。
私は一番前に座った。この日は波が荒く、服は濡れ、船は揺れていた。
七時半頃まで海の上で目をあちこちに泳がせたが、イルカを一頭も見ることが出来なかった。


その後、着替えて朝食を食べた後、彼女はコテージでのんびりすると言う。
私だけ運転手とガイドの三人で滝を見学に行き、パクリサン川とプタス川に挟まれた町のタンパシリンに行きました。祭礼の際には多くの人が身を清めに来ると言う沐浴場に洋服で入り、宿に戻って来ました。

午後は、ガイドとアシスタント(兄妹)の実家が近くなので、両親を招待すると言うので、迎えに行くのに私も便乗させてもらいました。
車で一時間半ぐらい走っただろうか?
のどかな田園風景を眺めながら、親戚だと言う家に着き、歩いてくる両親を待ちました。
かなり田舎でしたが、ガイドさんの生家はそこから歩いて一時間も奥だと聞きびっくりでした。
その親戚宅は、赤ちゃんが生まれて三ヶ月のお祝い行事がありました。
ご近所さんがお祝い品を持ってやってきました。
家の中には、おコメ等々たくさんの品物が飾って置いて有りました。
お客をもてなして出すのは、バリコーヒーと手作りのお菓子です。
私もコーヒーを頂いたのですが、欠けた茶碗でした。
お菓子にはハエがたかり、それを食べてくださいとすすめられました。
食べかす等は、地べたに落とすのです。にわとりが5〜6羽いたでしょうか?
餌として食べ歩いているのです。
私は田舎育ちだからハエや蚊ではびっくりしませんでしたが、彼女は都会育ち。
同行しなくて良かったと思いました。

台所を覗かせて頂きました。薄暗い部屋で、中の様子がよく見えませんでした。
確認まではしませんでしたが、多分電気は無かったのだと思います。
お風呂と名のつくものは家の外のドラム缶です。雨水で行水するのです。
急斜面を降りると川がありました。子供たちは川で行水をするようです。

この日は、海辺の店に両親やガイド、全員が泊まりました。
そして、私たちが来ると言うことで現地のお客さんが来ていました。
二人のお子さんが同じ病気で産まれ、病名を知りたいと言う事でした。
バリの医療は遅れています。日本だったら今の時代。羊水検査等をして何とか対処が出来たのではないかと思うところが有りました。
あきらかに筋肉の病気でした。でも、私達は思うだけで、何も言えませんでした。
ただ、バリでは車椅子もまともなものが無い生活。次回、仲間が届けることを約束してきました。
そして、今年の四月に持参することが出来たのです。お絵かきが好きだと言うのでパソコンも持っていきました。
ところが、その家庭には電気が通じていなかったのでした。私達はそこまで考えませんでした。
隣の家からケーブルで繋ぎ、やっとパソコンも使えるようになったと聞きました。
余談ですが、学校での教科書も一人一冊無いようです。障害者でも金持ちは良い暮らしが出来るのですが、貧乏な家の子供は大変です。
まだ小さいから良いけれど、下の子を家に置いて、母親は上の子を毎日学校に送迎です。
スーパーで働きながら、学校に何回か行きトイレの介助をするのです。
この四月、車椅子と共に日本から紙オムツを持っていきました。便利ですが、それを買う財が追いつかないのが現状でした。
ガイドさんの話しでは、バリでは、日本円の一万円で一ヶ月かなり贅沢が出来ます。日本の物価と雲泥の差があるのです。現に日本から年金暮らしのかなりの人が移住しています。
たくさんの観光客がバリに行き、お金を落とすことが彼らの生活を支えているのだと思います。

この日は、ただ観光するだけでなく、バリ生活状況を聞き色々と考えさせられました。
そして、改めて日本の良さも悪さも見えて来ました。
同情だけでは何の解決にもならないのだと・・・知りました。

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バリ島4日目

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◆4日目 サヌールからロビナへ移動〜
     バドゥール山をこえて〜ウルン・ダヌ・ブラタン寺院・・・ロビナ泊

私達は、のんびりと朝食を食べてから、北のロビナに行く為に荷物をまとめた。

私達の他に運転手・ガイド・彼女の介助者・知人・知人のアシスタントの計七人で車に乗り込んだ。
おしゃべりに華が咲きまるで遠足気分でした。
美しい景色を見るために、途中何度も車を停めて自然を満喫しました。
バドゥール湖を眺め、バドゥール山をこえて、ウルン・ダヌ・ブラタン寺院とチャンディクニンのマーケットによりお土産や果物を買いました。

夕方、ロビナに到着してコテージの部屋に荷物を納めた後、歩いて2分もかからない海辺に出て夕日が沈んでいくのを眺めた後、夕食の団欒でした。
ここの夕食で、サテと呼ばれる日本でいう焼き鳥でしょうか?
魚の炭火焼です。
魚の種類はいろいろあるようです。味付けもさまざまで甘辛のたれで食べるのですが、魚好き日本人には好かれる料理だと思います。とても美味しかった♪
少し濃い味で魚なのですが、小さな串刺しにさされてコンロごと出してくれるのです。
そのコンロが可愛くて、お土産に持ち帰りたくなるような(ちなみに今年出かけた知人は買って帰る)。この日は、ビール(ビンタン)の量がすすみました。
食後、海辺の店で・・・
お酒と共に若者のギター演奏を聴いて、就寝でした。

バリ島 3日目

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◆3日目
パラセイリングとダイビング体験〜観光〜ケチャ観賞(サヌール泊)

午前中、彼女はホテルでのんびりすると言う。
私だけ、ガイド・添乗員の三人で海に行きパラセイリングとダイビングを体験することになった。
パラセイリングは恐くも無く、空に飛んであっという間に地上に降りてしまった。
それよりも、ダイビングが心配だった。
日本だったら絶対に体験しないだろうに・・・
ガイド達から、「車椅子の人だって両方経験しているよ!」と言われたら、日本と違って私でも出来そうな気分になってしまったのだ。
船の場所まで岸辺から何キロぐらいだったのか? 船上から岸辺は見えなかった。

小柄な私は運転者の前に乗せられ、塩水を顔に浴びて小船に着いた。
塩水で目が痛かったが、おじさんから生水を貰い目を洗ったら良くなった。
揺れる船上で順番を待っていた時に。
水中ダイビングが終わって船に上がって来る青年達の中の一人が、悲痛な、、、苦しそうな顔で上がってきたのを見たら急に恐くなった。彼は仲間達から笑われていた。
そんな彼を見ていたら、、、
泳げない私・・・実践したい気持ちと辞めたい気持ちが交錯する中で、インストラクターは私の気持ちも知らずに海の中に降ろした。
小船に手をかけながら、、、押し寄せる波が顔にかかった。泳げない私は急に恐くなり、もう・・・辞めますと騒ぐ私がいた。
インストラクターは驚くふうでもなく、笑って、私の手を握り大丈夫だと言う。そして、酸素ボンベの口をくわえさせて呼吸できるかと聞いてきた。その間、優しく時間をかけてくれた。そして、僕の手を離さなければ大丈夫だよ!と、言って真下の海の中へ導いてくれた。
恐がっていたのは最初だけ・・・海の中の魚を見たらもう恐怖なんて無かった。
いつしか、自分から彼の手を離し、持っていたパンをビニール袋から取り出し、魚たちにあげた。
魚と一体になる瞬間をちょっぴりと味わいました♪
帰路の中、、、目の悪い人は、水の感触と匂い、魚が餌を食べる時の感触を体験するのだと言う。
なんだか・・・やみつきになりそうな一瞬でした。
この体験費用は、日本円とさほど変わりませんでした(ちなみに世界共通だと聞く)。
バリの値段情報を知れば高いと思ったが・・・
ドアの開閉から荷物持ちまでしてもらい、お嬢様気分(*^-^*)☆°
素晴らしい体験をしました♪

私が楽しんでいる間、彼女は日本の知人とホテルの周りを散歩したようです。

午後は、前回の旅行でお世話になった親子が尋ねて来てくれました。
皆で写真を撮り、ひと時海を散歩しました。
夕方は、車で少し遠出をして、田舎の風景を楽しみながらの観光です。
それから、夕方始まるケチャを見るために、車を何時間も走らせました。
道の舗装されていないケチャの場所は、車椅子で行くには難儀な所でした。たぶん、彼女が初めてのお客さんでしょう!
会場は、夕日が沈む海辺を背景にして、円で輪を囲むようにしての観賞です。
私達二人は一番目に座ったのは良いのですが、、、途中、蹴散らした火の粉が飛んで来た時にはびっくりでした。私は直ぐに避けられるのですが、彼女の場合は無理なので・・・その点に関しては、今後観光するでああろう障害者のことを思ってガイドさんに助言したのでした。

帰路の道、先日テロがあった現場を通って見てきました。
現地の生々しい新聞にはびっくりしました。
日本だったら報道しないだろうな? と、思いました。
案の定、一部テロの残骸が残っており、悲惨さを物語っていました。

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