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◆7日目 |
バリ・ベトナム他海外編
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◆6日目 |
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◆5日目 日の出とイルカウォッチング〜滝の見学〜バンジャール・テガ温泉〜添乗員の両親迎えと親戚見学〜食後は海辺で宴会・・・ロビナ泊 イルカウオッチングのために五時に起床して六時には船に乗った。 縦に細長い船で船幅は一人が座れるだけにの幅で、5〜6人しか乗れない。 私は一番前に座った。この日は波が荒く、服は濡れ、船は揺れていた。 七時半頃まで海の上で目をあちこちに泳がせたが、イルカを一頭も見ることが出来なかった。 その後、着替えて朝食を食べた後、彼女はコテージでのんびりすると言う。 私だけ運転手とガイドの三人で滝を見学に行き、パクリサン川とプタス川に挟まれた町のタンパシリンに行きました。祭礼の際には多くの人が身を清めに来ると言う沐浴場に洋服で入り、宿に戻って来ました。 午後は、ガイドとアシスタント(兄妹)の実家が近くなので、両親を招待すると言うので、迎えに行くのに私も便乗させてもらいました。 車で一時間半ぐらい走っただろうか? のどかな田園風景を眺めながら、親戚だと言う家に着き、歩いてくる両親を待ちました。 かなり田舎でしたが、ガイドさんの生家はそこから歩いて一時間も奥だと聞きびっくりでした。 その親戚宅は、赤ちゃんが生まれて三ヶ月のお祝い行事がありました。 ご近所さんがお祝い品を持ってやってきました。 家の中には、おコメ等々たくさんの品物が飾って置いて有りました。 お客をもてなして出すのは、バリコーヒーと手作りのお菓子です。 私もコーヒーを頂いたのですが、欠けた茶碗でした。 お菓子にはハエがたかり、それを食べてくださいとすすめられました。 食べかす等は、地べたに落とすのです。にわとりが5〜6羽いたでしょうか? 餌として食べ歩いているのです。 私は田舎育ちだからハエや蚊ではびっくりしませんでしたが、彼女は都会育ち。 同行しなくて良かったと思いました。 台所を覗かせて頂きました。薄暗い部屋で、中の様子がよく見えませんでした。 確認まではしませんでしたが、多分電気は無かったのだと思います。 お風呂と名のつくものは家の外のドラム缶です。雨水で行水するのです。 急斜面を降りると川がありました。子供たちは川で行水をするようです。 この日は、海辺の店に両親やガイド、全員が泊まりました。 そして、私たちが来ると言うことで現地のお客さんが来ていました。 二人のお子さんが同じ病気で産まれ、病名を知りたいと言う事でした。 バリの医療は遅れています。日本だったら今の時代。羊水検査等をして何とか対処が出来たのではないかと思うところが有りました。 あきらかに筋肉の病気でした。でも、私達は思うだけで、何も言えませんでした。 ただ、バリでは車椅子もまともなものが無い生活。次回、仲間が届けることを約束してきました。 そして、今年の四月に持参することが出来たのです。お絵かきが好きだと言うのでパソコンも持っていきました。 ところが、その家庭には電気が通じていなかったのでした。私達はそこまで考えませんでした。 隣の家からケーブルで繋ぎ、やっとパソコンも使えるようになったと聞きました。 余談ですが、学校での教科書も一人一冊無いようです。障害者でも金持ちは良い暮らしが出来るのですが、貧乏な家の子供は大変です。 まだ小さいから良いけれど、下の子を家に置いて、母親は上の子を毎日学校に送迎です。 スーパーで働きながら、学校に何回か行きトイレの介助をするのです。 この四月、車椅子と共に日本から紙オムツを持っていきました。便利ですが、それを買う財が追いつかないのが現状でした。 ガイドさんの話しでは、バリでは、日本円の一万円で一ヶ月かなり贅沢が出来ます。日本の物価と雲泥の差があるのです。現に日本から年金暮らしのかなりの人が移住しています。 たくさんの観光客がバリに行き、お金を落とすことが彼らの生活を支えているのだと思います。 この日は、ただ観光するだけでなく、バリ生活状況を聞き色々と考えさせられました。
そして、改めて日本の良さも悪さも見えて来ました。 同情だけでは何の解決にもならないのだと・・・知りました。 |
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◆4日目 サヌールからロビナへ移動〜 |
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◆3日目 |



