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16日の午後2時、座卓にゴザを引いた上の位牌を仏壇の中に収める。
兄貴で19代目だと言う。位牌が幾つも有る。
母が言うには、倍以上あったのをまとめて貰い、一部はお寺様に預けたから数が少なくなったと言う。
昔は畳一枚程の木枠を組み立てて、周りに縄を張って、ほおづきと名前を忘れたが緑の葉を交互に縄に差し込んだ。
他所の家は畳半分だったから、何故我が家は大きいの、と聞いたことが有る。
祖母が、ご先祖様が一杯いるからだよ、と言った。
掛け軸は丸めてしまい、飾ってあったお花・やかんに水・お線香・午前中作ったお団子をもってお墓へと向かう。
母は、杖を使って、なだらかな山を登る。
「登れるのも今年が最後かもしれない
確か・・・
去年も同じ言葉を言った。
まだまだ4〜5年は大丈夫だろう
初めて見るお花でした。
調べたら、、、
【きんぽうげ科せんにんそう属】 |
花のお部屋
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実家には、百日紅の木が4本ある
4本ともピンク色なのだが、微妙に色が違う。
裸の幹に、、、毎日の暑さに対抗するかのように萎れる事も無く、この夏を乗り切ろうと頑張っている。
子供のころはジャングルだった庭
二階よりも高いミカンの木が有り、冬は父親が藁で囲んでいた。
真っ暗なミカンの三角の部屋を良く出入りした。
ミカンの倍は有っただろう「枇杷の木」も毎年実がなるのが楽しみだった子供時代。
採って食べた味は今でも忘れられない。
田んぼに蛍もいたし、山からの水が流れ、魚が泳いでいた。
どじょうやザリガニを取ったし、小学校低学年の時は下校途中、川遊びが毎日だった。
山の木は、家の1/3をすっぽりと飲み込んだようだった。うっそうと茂り、午後になる家に日差しは無かった。
子供時代は、アニメの「ハイジ」を重ねた私だったのである
植え木職人まがいの仕事をしていた父親が手入れした庭の面影は微塵も無くなった。
実家を継いでいる長男には父親の遺伝は受け継いでいないようだ。
現在は手入れをする人も無く、面倒くさいと言って、短く切って貰っているだけである。
母親が居なくなった後の実家はどうなるのであろう
と
今回は感じさせられたのだった |
京がのこ (京鹿の子) 宿根草
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のあざみ 〔野薊)
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全部開いたら・・・
綺麗でしょうね〜♪ |



