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イギリスで暮らす日本人3人家族のブログ

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私の少子化対策

イギリスではわりと一人っ子は珍しいほうではないかと思います。
もちろん、宗教上の理由で、避妊や中絶ができないという事情もあるのでしょうが。

日本が少子化と言われて久しいのですが、このままでは国力にも影響が出てくるような気がして心配しています。たしかに、時折日本へ里帰りするたびに、子供の姿よりも老人の姿を良く見かけますね。

この間のブログで出産費用を無料に・・・ということは書きましたが、これは私は随分前からそうなればいいと思っていました。自分の周囲でも「出産するお金がない」といって、子供が欲しいのに我慢して共働きを続ける人がたくさんいたからです。

もう1つは、日本ではなぜか「子供がいると自由な時間がなくなる、子供を持つと好きなことができない」というのが常識化されています。
イギリスでは、子供は随分小さいうちからベビーシッターやチャイルドマインダー(保育ママ)に預けて母親は働いたり、出かけたりしているのが普通です。子供がいるから何もできないというのは、実は「小さいうちから子供を預けるなんて」という年輩の方々の思い込みが、世代を超えてそのように伝わっているのではないかと想像します。
子育て経験者であれば「子供は預けて出かけてきたら?」というべきです。そのためには、子供を安心して預ける施設をどんどん増やすことが、少子化対策につながります。
一番いいのは「子供がいないシングルカップル」ではなく、「子供がいるけど仲のよい夫婦」を主人公にしたトレンディドラマをどんどん作ることですね!

そして、私がもっとも言いたいのは、日本では子育て中の母親が外へ出かけるのになぜか苦労したり、遠慮したりしなければならない、日本の現状があります。
私はイギリスでベビーカーごとバスに乗れたり、地下鉄の乗れたりするおかげで、子供がいないときと殆ど変わらない生活ができました。
ところが日本へ里帰りした際に、バスにはベビーカーは駄目、電車も駄目。おまけに赤ちゃん用品の大手某ホンポさんに行ったときですら「ベビーカーで店内に入らない下さい」と言われました。
私は本当に頭にきて「それじゃあ買い物はしません!」と怒って帰ってきてしまいました。
どうして日本は誰も子育て中のお母さんに優しくないんだろう、私は本当にイギリスで子育て出来てよかったと心底思いましたよ。
イギリスではバスなどの車椅子をおくスペースにはベビーカーを置いても誰も文句は言いません。
私もあるとき、たまたま居合わせたイギリス人に言われました。
「赤ちゃんはある意味、Disabledよね。あなたは堂々とここを使うべきだわ」
日本にだって車椅子の人のスペースがあるバスは走っているでしょう。車椅子のかたがいないような場合は、ベビーカーが使ってもいいんじゃないでしょうか。

イギリスは出産にはお金がかかりません。
そう、無料です。

私が東京で娘を出産するとき、40万円くらいかかりました。
出産一時金をもらっても、はっきり言って赤字。
私の知っている若いご夫婦も「出産にお金がかかるから、まだ産めない。子供が欲しいけど、出産費用をためないと・・・」とため息。
私はいつも、イギリスのように出産費用が無料にならないかなあ、って思っていました。

ところが、今日のニュースで、日本も出産を無料化するという少子化対策が検討されている、というのを読みました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060113-00000001-yom-pol

私、大賛成です!
なにしろ子供って、産んだあともお金がかかるんです。
出産で赤字になるようなら、誰も産みたくありません。

早く実現すると良いですね!

日本の底力

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随分ご無沙汰をしてしまいました。みなさん、元気でしょうか。

最近、とても親しくなったインド人のご家庭があります。
先日、ディナーに招かれ、そのお宅へ伺いました。
私がいつも良くお話をするのは、その家の60代のおじいちゃんで、インドでは映画監督をされていた
方です。経験をたくさんつまれているだけあって、話の内容が濃くて、とても勉強になることばかり。

ディナーでは、数々のインド料理がふるまわれ、まるで「ここはインド?」という雰囲気。
それにしてもインドの家庭料理をはじめて頂きましたが、すごく上品で、レストランで食べるよりも
ずーっと美味しかったです。

さて、こういうとき、いつも話題にのぼるのは両国の話です。
私は「インド人はとても賢いですよね、ゼロを考えたのはインド人だってテレビでやってました」
と言いました。夫も「日本でもそうですが、IT業界で活躍しているのはインド人が多いですね」
という話をしました。

ところがインド人おじいちゃんは「そんなことはないですよ、私が一番素晴らしいと思うのは
日本人ですよ」といいました。
彼は仕事柄、映画をよく見ています。黒沢明が大好きで、彼の映画の世界をよく知っています。
それ以上に彼が言った言葉におどろきました。

「日本はヒロシマの後、本当に素晴らしい発展をとげてきましたよね。
ヒロシマの原爆が落ちてから、大地には何もなくなったのに、そこから立ち上がったあの力に
我々は驚いているのですよ。本当に素晴らしい能力を持っている人種ですよ」


日本人は世界の中でけなされることはあっても、あまり褒められることはなかったように思います。
とくに第二次世界大戦については、日本は「悪い」と決め付けられていたように思います。

私の祖父母も、東京大空襲で大変な思いをして生き延びました。
広島ほどではありませんが、本当に焼け野原から1からの出発でした。苦しんで、悲しんで、たくさんの
涙を流して、復興を目指して頑張って生きてきました。
私は、このインドのおじいちゃんの一言で、私の祖父母や、日本の皆さんのご先祖様たちの苦労が報われた
ような気がしました。ちゃんと見てくれている人はいるんだ、と。

今の日本の繁栄は、戦争で亡くなったり、復興を目指してがんばった人々の努力の上になりたっているのだから
日ごろ感謝しなくてはいけないですね。

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基本的に私は自分の子供に何を習わせたいというのが、まったくといっていいほど無い。
でも、私はイギリス式に?小さいときから自分でやりたいと言うことはやらせようと思っていた。
2歳の頃、娘がバレエをやりたいと言い出した。もちろん2歳では早すぎるのだが、どうもあのチュチュやひらひらのドレスが着たかったようだ。
まあ、きっかけは何であれ、娘は3歳からバレエを習っている。もちろんバレエクラスでは最年少。
先生はロイヤルアカデミーのリタイアされた先生で、ともかく娘はただジャンプしたり駆け回るのが楽しくて行っているのだが、ともかく良いところを探してほめる。
エクセレント!ラブリー!ビューティフル!もうこれでもかとばかりに褒めちぎる!
そのせいか、娘はバレエがもっと好きになった。

私はこれでも?小さい頃、日本で何度か絵のコンクールなどに入賞したことがある。両親は私が絵を描くのが好きなのを知って理解していたので、高校も美術専門学校も受験したが、結局、高校の美術教育に力を入れているところを選んだ。でも、私の「絵を書きたい」という意欲は実はもう高校の時にはなくなっていた。

それはなぜか、というと・・・
小学校の時、校内で風景画のコンクールがあり、放課後に私は一人で校庭で絵を書いていた。校長先生がやってきて「君は本当に絵が上手だね、その木なんか表皮が本当にリアルだよ」と褒めてくれた。ところが、私の担任の先生がやってきて、こう言い放った。「いやあ、全然だめですよ、なんといっても絵が暗いんです。子供らしさがありません」と。
その時は悔しくて、もう絵のコンクールに出そうと言う気がなくなってしまった。
家に帰っても小学生の私はずっと泣いていた。子供らしい絵ってなんだろう?と。母が心配していたので、今日の出来事を話した。すると母が言った。
「それね、幼稚園のときにもいわれたのよ。あなたの絵は子供らしくないって、いつも言われてたわ」と。
そういえば幼稚園の時の妹の絵は「子供らしくて素晴らしい絵だ」とよく褒められていた。妹の絵には必ず、空に太陽があって、色彩感覚も子供が好むような明るい色だ。それに比べて私の絵は、どこか寂しげで色も暗い色を使っている。母が言った。
「幼稚園のときに言われたのは、あなたの絵は太陽を書かないから子供らしくないって。私たちはそんな風に思わなかったけどね」

小学校低学年の私はとても傷ついた。私の絵は子供らしくないから、誰にもほめてもらえなかったのだ。
ところがその頃、ひそかに応募していた絵のコンクールで賞を取った。その時に私はある美術関係の方の事務所へ母と行った記憶がある。
「お母さん、お子さんにきちんと絵をやらせてあげてください。とても素晴らしい素質を持っていると思います。この絵を見て本当に小学生が書いたのかとびっくりしました。」と母に話しているのを、私はだまって横で聞いていた。
帰りの電車の中で「どうする?絵をどこかで習うならやってもいいよ、お母さんは応援するわよ」と母に聞かれたが、私はもう絵を描くことが恐怖になりつつあった。だから「ううん、もう絵はやらないよ」と答えた。

母は私がこの年になっても、そのことが頭を離れないらしい。今でも「子育てから少し開放されたんだから絵でも描いたら?」とすすめる。私も冷静に過去を振り返ることができるようになったので、小学生の私の受けた傷をこうして人に話せるようになった。
それまでは、うちの夫ですら話したことが無かった。小さい時の心の傷は、本当に根が深いものですね。

この前の日記に娘のムンク風の絵の画像を載せた。
ある日本人の知り合いは「3歳なのにこんな暗い色を使うの?」と言った。やっぱり日本人はどこかで「子供は明るい色を使うべき」と思っているのかな?

イギリス人は、とにかく子供を褒めるのが上手だ。
娘も幼稚園などでもこんな暗い絵を書いてくるのだが「この色がとってもラブリーねって言われたよ」とうれしそうだ。娘は紫が大好きなので、どうしてもそういう暗い絵になりがちだけど、イギリス人の先生は「色使いが本当にステキ!」と大げさに褒めてくれたみたいだ。
それが子供のやる気を促して、たくさんの芸術家をはぐくんでいる環境だとしたら、それはイギリスのとてもよいところだと思う。

私も小さいころイギリスにいたら良かったな・・・と思う今日このごろでした。

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イギリスは今日はVE Day(Victory of Europe)で、全国各地で記念式典が行われていました。
日本で言う終戦記念日に当たるものだと思いますが、イギリスにしてみたら戦勝記念日?なので、式典は結構派手に行われていました。

式典には有名歌手などが出場しており、テレビでその中継を見ていた4歳の娘が「私もここに行って音楽を聴きたいな」とつぶやいた。
とても複雑な心境である。
なぜなら、娘にこのような音楽のイベントを見せるのは大賛成なのだが、日本はかつての敵国であり、その戦争の記念式典にわれわれ日本人が行くべきではないと思ったからだ。

十数年前までは、このような第二次世界大戦関連のイベントの日に、日本人はロンドン市内などを歩かないようにと大使館からお達しが出ていたと聞いた。なぜなら、投石、馬事罵声を浴びせられることも以前は多数あったようだ。
最近のイギリスは表向きは日本に対し、友好である。実際には、まだまだ戦争の影は引きずっていると私は感じる。

知り合いの日本人女性がイギリス人男性と恋に落ちた。家族に紹介すべく、イギリス人男性の家を訪れたとき、男性の両親は「可愛い日本人女性が来てくれた」と大歓迎だったそうだが、奥に座っていた男性の祖母がこう怒鳴った。
「私の眼の黒いうちは、日本人なんかと結婚などさせるものか!」

このように、戦争を体験した世代は、いまだに日本やドイツがかつての敵国であるという意識が強い。
「的だった国の車なんか乗れるか」と日本車を拒否している老夫婦の話しや、スーパーでいきなり「日本人なんて大嫌いよ」というおばあちゃん・・・etc
知り合いなどから聞いてびっくりする話もあるのだが、その反対で私は日本にいるときにこんな体験をした。
電車を待っているとき、私の着てたイギリス国旗の柄の洋服をじっと見ているおじいさんがいた。なんだろうと思って、おじいさんと眼があったその時、おじいさんに急に怒鳴られた。
「おまえ、イギリスは敵国だろう!そんな服はみっともないから着るんじゃない!」
高校生のときだったので、とてもびっくりした覚えがある。

イギリスに住んでからというもの、日本への差別や偏見があることを思い知らされるとともに、私の中の日本への愛国心はとても強くなったと思う。そしてさらにわかったことは「世界はいつか1つになれる」というのはあくまでも理想であり、現実には「世界はいつまでもわかりあえない」そんなものなのだと思う。

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