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■広島平和記念資料館地下1階 『第三の被爆・第五福竜丸とヒロシマ』
■1954年3月1日午前6時45分 静岡県のマグロはえ縄漁船「第五福竜丸」は、アメリカの水爆実験のため被爆した。乗組員は死の灰を浴びた。久保山さんは、その半年後亡くなった。
■被害は第五福竜丸だけではなく、1954年12月末までに856隻が被害を受けた。これらの船から水揚げされたまぐろは「原爆マグロ」と呼ばれ、約490トンが廃棄された。
■アメリカの水爆実験は、ビキニ環礁のナム島近くの珊瑚礁上で行われた。この実験でマーシャル諸島のほぼ全域が放射能で汚染された。
■ロンゲラップ環礁の住民は、1957年に島に戻された。しかし、病気が多発し、1985年、自分たちで決断し、メジャッド島に移住した。
★広島平和記念資料館 パンフレットより
■いろんな記念日があるけど、この日も忘れてはいけない日だと思った。もちろん「1945年8月6日8時15分」これは絶対・・・と言いたいけど、広島に住んでいる人でさえ、忘れていっているのが現状だ。小学生でも半分近くの子が、この日を言えない。広島に住んでいながら、資料館へも行ったことがない子が多くいる。ましてや、「第三の被爆」は、子ども達の記憶にはなることは難しいだろう。
◇第五福竜丸展示館 http://www.d5f.org/intro.html
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