そよかぜにのせて

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戦争の傷跡/平和に関するもの

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■1929年 大正屋呉服店として建てられた。地下1階、地上3階の鉄筋コンクリート造り。当時としては大変モダンな建物だった。
■1943年 戦争が激しくなり、呉服店は廃業。広島燃料配給統制組合が入り、石炭や木炭など生活に必要な燃料の配給業務を行うようになった。
■1945年 8月6日 爆心地から170m。至近距離にもかかわらず倒壊を免れた。この辺りは中島本町、天神町、材木町などの町があり、広島の繁華街でもあった。原爆のために町は壊滅。生存者はいないと思われた。しかし、被爆当時、偶然にもこの建物の地下に書類を取りに行った野村英三さんが生き残った。(1982年死去)その地下室は今も現存し、許可を取れば見学できる。
■地下はかびくさく、世間から取り残されてでもいるかのような、まるで当時にタイムスリップしていくような感覚におそわれる。地下水をくみ上げていたと思われる道具もさびついていて。壁は黒ずんでいるところもあり、もしかしたら焼けた跡かもしれない。半地下で、上部には細長い窓が付いていた。ここにいて被爆した野村さんはどんな体験をしたのだろうか。

★野村英三さんの体験記
http://www.pcf.city.hiroshima.jp/peacesite/Japanese/Stage1/1-2/1-2-19J.html

■1957年 広島市が買収。復興事務所となる。家を建てたり修理したりする手続きや証明書を発行する場所となった。
■1982年 レストハウスとなる。
■1995年 広島市はこのレストハウスを解体する方針を打ち出す。市民から、保存活用を求める声が広がり、11万を超える署名が集まる。解体案は凍結。その後のことについては不明のまま。

★地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.23.26.192&el=132.27.21.515&la=1&sc=2&CE.x=228&CE.y=252

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学習旅行の調べ物の資料として使わさせていただきました。
詳しく書いてあって、ためになりました。
ありがとうございましたm(--)m

2011/5/2(月) 午後 4:35 [ N・K ]


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