■「この遺跡は、慈仙寺内にあった広島藩浅野家御年寄岡本宮内の墓であり、原爆により、墓の笠にあたる相輪が飛び崩れたものである」説明看板より
■平和公園の北の端である、本川と元安川に分かれるこのあたりは、慈仙寺という浄土真宗西山派のお寺があったそうです。
■この墓石の建立は1689年、浅野藩の重役クラスで、どっしりした土台に墓石があり、その上に五輪があったそうです。それが散乱しています。この墓石は被爆した墓であり、散乱の様子は爆風のすさまじさを伝えています。この場所は当時のままで、この低い場所が当時の中島町の地面だったそうです。
■平和公園建設当時、亡くなられた方の遺骨がたくさん掘り出されたそうです。しかし、今もなおこの辺りには掘り出されていない遺骨が眠っていると言われています。
☆この遺跡は平和公園内にあります。でも、あまり目立ちません。遠くから見るとまるで水のない池のように見えます。気をつけて見なければ置き忘れた石がただ散乱しているだけのように見えます。
きれいな緑に覆われた平和公園。しかし以前ここが町であったことを静かに語る墓石。ある意味では、小さな原爆ドームかもしれません。多くの説明がないため見過ごされがちですが、当時のようすを今も語り続けています。
●地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=34.23.27.513&el=132.27.16.633&la=1&sc=2&CE.x=220&CE.y=271
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