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◆[フランスからこんにちは](19/28) 「先輩、もう大丈夫ですから。私一人でも平気ですから」 何だか、今は一人になりたい気分だった。憧れの先輩と同じ部屋で手を差し伸ばせば届く距離にいるのに、手を伸ばして先輩に抱きつきたいと思えない。 先輩の胸に縋って泣いてしまったけれど、あれは本意ではない。本当は、杉田君に抱きしめられたかった。杉田君の腕の中で真実を聞きたかった。 なのに、いつも、肝心な話になると杉田君は私の中からスルリと抜けてしまう。 きっと、その程度の関係なのだと思い知ってしまった。 「帰れと言われてもね・・・・こんな状態の相川を残しては帰れないだろう?」 「先輩?」 「学校視察はもう終わる。そしたら一緒にあの九州旅行へ行かないか?」 「九州へ?」 「勿論、宿泊部屋は別にするから」 先輩と二人だけの旅行は少し抵抗感じるけれど、この場から離れられるのは助かるかも・・・ それに、今は少しでも気分を晴らしたい。杉田君ばかりを考えてしまっては涙が枯れて無くなってしまいそう。 先輩との九州旅行は失恋旅行にしても良いのかも知れない。そんな絶妙なタイミングで旅行が出来るなんて。 最悪なことなのかグッドタイミングなのか・・・・私には分からない。 「あの、本当に部屋は別々ですよね?」 「ああ、保証する。絶対に相川には指一本触れないと誓うよ」 そこまで紳士的になられてしまうと断る理由が見つからない。 それどころか、私は杉田君から逃げたくてこの旅行へ行きたがっている。 杉田君を非難するなんて、今の私にはそんな資格はない。だって、先輩と二人だけの旅行へ行くと決めたのだから。 私は先輩と二人で九州の旅行へ行く決心をした。 すると、その夜は先輩は視察団の人達と同じホテルへと帰って行った。 それから翌日はいつも通りに学校へ行くことが出来た。 最初は杉田君の顔を見たら泣くだろうかとか、怒って杉田君を罵るだろうかとか、いろいろ考えた。 けれど、そんな心配は必要なかった。あの日、あの女子と子どもを連れ帰った日の翌日から杉田君は学校を休んでいた。 そしてこの一週間は学校を休学すると生島先生へ連絡があったそうだ。 それを聞いてホッとしている自分がいた。 胸が締め付けられ悲しさも増したが、近藤先輩が私を気遣ってくれたお蔭で多少は悲しみも減らすことが出来た。
◆[フランスからこんにちは](20/28) いよいよ、近藤先輩と一緒に行く失恋旅行の日がやって来た。 フランスからの視察団は無事接待も研修も何もかもが終わった。杉田君のフランス語通訳がなくても近藤先輩の通訳で事なきを得た。 坂田先生にだけは金曜日の夜に旅行へ出ると話をしてしまった。 本当は話すつもりはなかったけれど、やはり、あの時の女子生徒と子どもについて訊かれてしまって。私は答えようがなく戸惑っていると、それを察してくれた坂田先生が慰めようとしてくれた。 だから、失恋旅行へ行くと九州への旅を話してしまった。 それは一人旅行の様に伝えた。まさか先輩が一緒の旅行とは口が裂けても言えなかった。 そして、旅行準備を整えた私は小さ目のバッグに取り敢えずの下着の替えと丸めて畳んでもシワにならない素材の服を入れた。 旅行の準備を終えた頃に、先輩が迎えに来てくれる約束になっていた。 私は準備が出来た荷物を玄関まで運ぶとそこに腰を下ろして悩んでしまった。本当に先輩と二人だけの旅行に行っても言いのものだろうかと。 杉田君との連絡は取れていないけれど、私からも一度も連絡しようとしなかったしメール一つ送らなかった。真相を確かめようともせず、杉田君から訊き出そうともしなかった。 私が怒っているのは分かっているはずなのに、以前も女子生徒の妊娠騒動について真実を知りたいからと訊いても、杉田君は本当の事を教えてくれなかった。 そんなに私は信用できない人間なのだろうかと、少し悩んでしまう。もしかして、私の口が軽いと思われているのか。そこまで信頼されていなかったと思うと杉田君ではなく私に問題があるのだろうかと、そう考えてしまう。 今、目の前にある玄関ドアが開けば私は先輩の手を取り旅行へと出かける。 もし、旅行先で先輩が迫ってきたらどうする? あんな約束したとしても、先輩も言ってた。魔がさすことだってあるのだと。 もし、旅行先で先輩だけでなくて私も魔が差したらどうなる? 私も杉田君を裏切ったことになる・・・・ううん、そもそもこの旅行へ行くこと自体裏切り行為だ。 杉田君以外の男性と旅行へ行くのだから。 冷静になって考えると私はもしかしたら、今からもの凄いことをしでかそうとしているのではないだろうか? 杉田君ばかりを非難している私が全く同じことをしようとしている。 私は旅行には行けない・・・ すると、玄関前の通路をドタドタと走る足音が聞こえて来た。かなり急いで走る足音だ。 その足音に混ざってその人の乱れた呼吸まで聞こえてきそうだった。どこへそんなに急ぐのだろうかとその音を聞いていた。 すると、だんだん近づく音に、この部屋の近くの住人だろうかと耳を澄ませた。 ところが自分の部屋の玄関ドアの前でその音は止まった。 |
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