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◆[フランスからこんにちは](21/28) 今、まさに目の前のドアの向こうに誰かがやって来たのだ。もしかしたら杉田君が旅行を知って止めに来てくれたのだろうかと心が浮かれそうになった。 杉田君の足音かと思うと体がとても軽くなって思わず立ち上がってしまった。 拳を握り締め乍らドアの開くのをジッと待った。 ゆっくり開くドアの向こうから杉田君の優しい眼差しを見れるのだろうかと、いつもに増して逸る心を押し殺しジッとドアが開くのを待っていた。 まるでスローモーションでもかかったかと思うような、ほんの一瞬のドアの開く時間が、私にはとてつもなく長い映画のワンシーンを見ている様だった。 「ごめん、遅くなって!」 ドアの隙間から先輩の顔が見えると、ついさっきまで見えていたスローモーションはどこかへと消え去り、いつもの光景へと時間が戻されてしまったような感覚に陥った。 「いえ・・・それは」 元気良く走って来た先輩の顔は今から行く旅行に浮かれているのか、相当嬉しそうな表情をして見せていた。微笑む頬は赤く染まり見つめるその瞳は実に熱い。 そんな先輩と二人だけの九州旅行なんて・・・本当に行けるものだろうかと杉田君を裏切っている気分になっている。 今、「ごめん」と謝れば済むことなのに、こんな先輩の表情を見せられたら断れなくなった。 ついさっきまで旅行は断ろうと思ったのに、杉田君がここへ来てくれたらとそんな事ばかり考えているのに・・・ 「荷物はこれだけ?女の子にしては随分少ないんだな」 「え・・あ・・はい」 早く「旅行へは行かない」と言わなきゃいけないのに、どうしてその一言が言えないのだろう。憧れていた先輩と二人っきりの旅行だから?それとも杉田君に裏切られていると思ったから? でも、そんな杉田君を未だに待っている自分がいるのに、こんなあやふやな気持ちのまま旅行へ行ってもいいの? 私って、もしかして最低な女だったりして? 「さあ、荷物貸せよ、俺が持って行くから」 そう言って先輩はさっさと荷物を持ってしまった。 「いや、自分で運ぶので大丈夫です!!」 慌てて自分の荷物を取り返すとしっかり荷物を抱きしめてしまった。 「行くぞ」 最低な私は先輩の声に釣られ、結局旅行を断れなくて先輩と一緒にアパートを後にしてしまった。
◆[フランスからこんにちは](22/28) 先輩の車に乗せられ空港へと向かった私は、やっぱりこの旅行は間違っていると悩んでいた。このまま飛行機に乗ったら戻ってはこれない。 旅行日程を終えるまで先輩と二人だけだと思うと胸が苦しくなりそうだ。 憧れていた先輩と旅行が出来ると高校時代の自分が知ったら、きっと、天にまで昇る思いで浮かれては喜んだだろう。けれど、今はそんな気持ちはこれっぽちもない。 それどころか、空港が近づくにつれ私の心臓はバクバクして杉田君の姿を追い求めていた。 何度も携帯電話を眺めては通話の履歴かメールが入っていないかと何度も確認した。しかし、何度確認してもそんなものはなかった。 きっと今頃はあの可愛い女の子と二人だけで過ごしているのだろうと思うと嫉妬で顔が熱くなりそうだ。 そうよ!杉田君だって昔の彼女と二人だけで過ごしているんだから、私だって・・・・ 「先輩、飛行機降りたらその後の予定って何ですか?!」 「え・・あ・・そうだね。取り敢えずガイドブックでは近くのお店で美味しい有明海の料理でも食べようかと思っているけど。いいかな?」 「良いですよ。で、有明海の料理って何か特別なものってあるんですか?」 「ああ、エイリアンみたいなのもいるし靴底見たいなのもいるし」 「エイリアン?!!!それに靴底??そんなの食べられるんですか?!」 「ああ、地元ではかなりの人気メニューらしいぞ」 もしかして、私はこの旅行はやっぱり間違っていたのかも? そんなエイリアンみたいなものや靴底みたいなものをわざわざ食べに行かなくても、こっちには美味しい料理が沢山あるのに。 そもそも、それって食べられるものなの?お腹壊すことないの? いや、そうじゃなくてエイリアンみたいな生き物がいる場所って・・・逆に私達人間が危ないんじゃないの?そんな危険生物のいる所へ行かなくても良いのに・・・ もう、それを聞いただけで帰りたい気分になってしまった。 だけど、そんな私の気分などに関係なく時間は刻々と過ぎて行き、空港に到着した私は飛行機へと乗せられてしまった。 そして、先輩に連れられてそのまま飛行機は九州の佐賀空港へと向かって行った。 九州までの道のりはそれ程遠いものではなくちょっと昼寝でもしているとあっという間に着いてしまう。本当に日本って狭い国なんだなぁってこんな時は感じてしまう。 降り立ったその場はとても懐かしい雰囲気のある風景を持つ空港で実に心の和む所だった。 田園の広がる佐賀平野を望みながら旋回する飛行機に、情緒豊かな景色に圧倒されながらも心の休まりそうな景色に案外ここへ来たのも悪くは思えなくなった。 「うーん、空気が美味しい!凄い、素敵なところ!」 「やっと笑ったな」 「え?」 「ここへ来るまでは辛そうな顔をしてたから、本当は無理矢理旅行へ連れて行くようで、ちょっと心配してたんだ」 先輩は何もかも分かった上でこの旅行を強行突破したのだ。そんな先輩にこれ以上心配をかけられないと思った私は思いっきり笑顔を向けていた。 |
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