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 ホーエンハイムがエドワードの腕ごと手を回して頬を包み、瞳をのぞき込む。
 熱い視線に晒されてエドワードの体も燻され温度が上がる。
 ふと、さっきの積極的な自分の行為を思い返し自覚して急に照れくさくなり、エドワードは顔を赤らめ少し俯いた。   
 誘うような仕草をしたかと思えば、自分の行動に照れて俯く。
 エドワードのアンバランスな行動が微笑ましく、ホーエンハイムは笑みを深めた。
 ホーエンハイムはゆっくりと顔を近づけるとエドワードの耳元で低く囁く。
「教えてあげる」
 ホーエンハイムの熱い吐息を耳元で感じて、エドワードの体から力が抜けそうになる。
 甘い毒が全身を駆け巡る。
 全身が痺れてエドワードの全身が震えた。
 エドワードは背中に回した指先に力を入れて、ホーエンハイムに取りすがった。
 いつもとは余分に力が入ったのか、義手から軋んで擦れた金属音がする。
 ホーエンハイムは腕を下に滑らせて、エドワードの腰に手を回して撫でた。
「エドワード」
 促すようにホーエンハイムから呼ばれて、エドワードはハッとした。
 エドワードは自分が無理な姿勢をしていると気がつき、ホーエンハイムの膝に乗り上げると膝立ちになり向かい合わせになって、改めてホーエンハイムの首に腕を回した。
 体は細かく震え続ける。
 大した事もしていないのに急に変化した自分を取り戻したくて、少し落ち着きたくて、エドワードはホーエンハイムの視線を避け薄く目を閉じると、自分の額をホーエンハイムの額に触れさせる。
 ホーエンハイムは深く呼吸するエドワードの頬に自分の頬を擦り付けると、くすぐったさに驚いたエドワードの口元から舌を滑り込ませた。
 驚いて縮こまるエドワードの舌を追いかけ、小さな舌を包み込むようにねっとりと絡める。
 ホーエンハイムの舌がゆっくりとエドワードの舌を撫でるとエドワードの背中がビクっと跳ね上がる。
 丁寧に撫でまわすとエドワードの舌もその動きにおずおずと様子で応えはじめた。
 唇を離すと甘い吐息がエドワードの口から漏れた。
 どちらの物とも判らない唾液が口元から溢れそうになり、エドワードは咄嗟に嚥下する。    
 薄く開いた瞳は潤みホーエンハイムをうっとりと見つめた。
 ホーエンハイムは微笑みながらエドワードの濡れた唇に自分の唇を触れ合わせる。
 ホーエンハイムは啄ばむようなキスをしながら、机の上にあるグラスを持ち上げ、キスの合間の唇を離した隙に少し口に含んだ。
 ナポレオンを口の中で転がし、馴染むとエドワードの薄く開いた口元から少しづつ流し込む。
 ナポレオンの香りがエドワードの口いっぱいに広がる。
 味わって慎重に飲み込むとホーエンハイムの舌が追いかけるようにエドワードの口腔に入り込む。
 強く絡められて、濃いアルコールと官能の刺激に体が高まっていくのをエドワードは感じた。
 ホーエンハイムはエドワードに口移しで何度も・・何度もナポレオンを流し込む。
 アルコールと刺激で酔いが周り、エドワードは体から力が抜けていくのを今度は止められなかった。 
 ホーエンハイムが体を離すと、エドワードはくったりとして、膝立ちだった足を下ろし、ホーエンハイムにもたれかかった。
 甘えるようにホーエンハイムの体に頬を擦りつける。
 香りが鼻を掠めた。
 いつものホーエンハイムの香りの残滓を感じて、エドワードは安心する。
・・・そういえば、もう嫌な香りがしない。
 エドワードが視線を机に移すと、机の上の葉巻はずいぶんと小さくなっていた。
 だがまだ紫煙を吐き出し続けている。
 葉巻の香りは部屋中に充満しているのだろうが、エドワードにはもう気にならなくなっていた。 
 おそらくエドワード自身もその香りを身にまとっているのだろう。
 葉巻は燃えるのに時間がかかる。
 一本で三十分前後はかかるのが普通で中には一時間楽しめるものもある。
 酩酊する意識の片隅でエドワードは、『せっかく久しぶりに葉巻を楽しんでいたのに邪魔して悪かったな』と思った。
 ホーエンハイムはエドワードに回した腕に力を入れ、強く抱きしめ耳元で囁いた。
「ベッドに行こう」
「葉巻・・このままでいいのか?」
 エドワードは視線の先にある葉巻を見つめながら言う。
「あぁ。これはもう終わりだから」
 ホーエンハイムはエドワードの眉間に軽くくちづけると、あっさりと答えた。
「それより、今度はお前を味わわせてくれるんだろう?」
 ホーエンハイムの囁きと眼差しで、エドワードの体は熱く燃える。
 まるで気化したアルコールに火を灯されたようだと、エドワードは感じた。





----------------------------------------  了 (20051019〜20作成)

 水分が気管に入ったためか、ぜいぜいとした湿った呼吸音を立てながらエドワードは咳き込む。
 エドワードの背中をホーエンハイムは軽く叩いたり擦ったりした。
 まもなく湿った音は無くなったが、エドワードの咳は止まらなかった。
 むせた拍子にアルコールを気管に間違って飲み込んでしまったのだろう。なかなか異物の入った違和感と息苦しさは抜けない。
 げほげほっ・・といつまでも咳き込むエドワードをホーエンハイムは心配そうに見つめながら背中をさすり続けた。
 エドワードは涙を滲ませながら息を整える。
 自業自得の結果に情けなく思いながら、心配そうな顔をして背中を擦る大きな手を心地よく感じる。ホーエンハイムの存在を面映く嬉しく思う。さっきまで強く感じていた違和感と不快感がエドワードの中で少しずつ萎んでいく。
 呼吸がやや落ち着いて来たところを見計らってホーエンハイムが声をかける。
「大丈夫か?」
 疑問系にはしているが、大丈夫な状況にあるのは確かで、声をかけたのは確認に過ぎない。
 何故なら大丈夫で無い状況なら問答無用に応急処置を始めるからだ。
 エドワードに言葉を出させるきっかけとしてかけた言葉であるのかも知れない。
 ホーエンハイムの瞳が眼鏡の奥で心配そうに見つめる。
 真剣に心配しているホーエンハイムの表情がおかしくてエドワードは口元を歪ませて「まぁ・・何とか」と声を絞り出した。
 エドワードがいつもの声を発する事が出来た事を確認してホーエンハイムはホッとした表情をする。
「これはそんな風に飲むもんじゃない。少しづつ口に含んで、香りと味をゆっくりと味わって飲まなければ」
 横から酒を奪ったエドワードの行為は咎めないホーエンハイムの言葉にエドワードは苦笑いした。怒られる前に自ら罰は受けたって事になっちまったな、と思う。
「それは今判った」
「お前にはまだ早かったんじゃないのか?」
「何だと!・・・オレだって酒くらい昔から飲んでたさ」
 子ども扱いされた事にムッとしてエドワードが答えるとホーエンハイムの瞳が曇った。
「・・昔から・・?」
 ホーエンハイムはエドワードの言葉を咎めるように聞き返した。
 いきなり親の表情になったホーエンハイムを見て、エドワードはギクリとした。
 ホーエンハイムの眼鏡の奥の瞳の温度が下がる。
 心配そうな顔とも柔らかい笑顔とも違う堅い表情。
 怒ったのか悩んでいるのかエドワードには判らない読めない顔だった。
・・・やっべー。余分な事言っちまったぜ。
 エドワードは過去にホーエンハイムが同じような表情をした時に起こった事を思い出し、心の中で舌打ちする。
もし事を深刻に受け止めて考えが間違っていると思ったのならば、いつもの優しく穏やかな姿を消しさって、厳しい言葉で辛辣に論理的に追い詰め、エドワードのプライドを圧し折って悔し涙を滲ませるまで責める事だろう。
 たった一度だけであるが、自分の体を使った実験をしようとしてエドワードはホーエンハイムにこっぴどく叱られた事がある。
 後でよく考えてみると、失敗したら大変な事故を起こしかねなく、小さな怪我では済まない実験だった。
 エドワードはその時は事の重大性に気がつかなかったのだが、エドワードの居た世界でもこの世界でも判っていない事象だった。   
 ホーエンハイムは実験を中止するように強くエドワードに言った。
 エドワードが幾ら反論しても、ホーエンハイムは実験につがると思われる現実に起こっている事象から論理的に危険度を弾き出し、エドワードの言葉はことごとく否定され撤回された。  
 エドワードの論理的に甘い部分を突き崩されてホーエンハイムはエドワードの理論を論破する。
 エドワード自身は理論が正しいかどうか知りたいが故に実験をしたかったのに、ホーエンハイムは実験するまでも無いと言い放った。
『そんな事しようとするなんて、狂気の沙汰だ』と、ホーエンハイムはエドワードに厳しく言い実験を止めさせたのだった。
 ホーエンハイムの言うことはエドワードには全て正しいと思われ、論破されて屈辱を感じながらも認めるしかなかった。
 俯いたエドワードの目に悔し涙が滲んでいたが、エドワードはホーエンハイムに悟れたくなくて密かに拭った。
 エドワードが自分の非を認めたところでホーエンハイムは今までの厳しい姿勢を消し去り、元の穏やかな姿に戻ってエドワードに安全に実験する方法を示唆したのだった。
・・・今・・思い出しても腹立つ。
 苦い思い出を思い出しエドワードは不快感に眉間に皺を寄せる。
・・・いや、待てよ。怒っているとは限らないな。
 他にも似たような表情を見た時の事をエドワードは思い出した。
 過去に経験した苦労話をついぽろっと愚痴っぽくホーエンハイムに言った後の事だった。
 ほんの少し責める口調も入っていたかも知れない。
 だけどその時のエドワードは真剣にホーエンハイムに謝罪して欲しいと思って言った訳ではなかった。
 ついちょっと、いつもの嫌味が交じっただけだ。
 だが、その後ホーエンハイムの後悔を喚起したのか、しばらくの間ホーエンハイムが自身の後悔と懺悔の気持ちに沈み込んでいた事もある。
・・・どっちにしても鬱陶しい事になるのは確かだな。
 後々面倒事を思い、エドワードは言い訳を考える。
「まぁまぁ・・オレも国家錬金術師なんていう仕事をしてたからさ・・子供じゃ縁の無い付き合いがあった訳だ・・今のオヤジみたいにさ。色々とな」
 努めて軽い口調でエドワードは言い放った。
「色々・・と、か」
 ホーエンハイムは少し寂しげな顔をしてエドワードの顔を見つめた。
 先ほどの暗い瞳の温度が 僅かに上がる。
 エドワードは努めてニッコリと笑うと「そうそう」と軽い口調で頷く。
 エドワードはナポレオンの瓶を左の指先で弾いた。ガラスの甲高い音が辺りに響く。
「だから・・さ。こんな高い酒は縁が無かったって訳」
 エドワードは言いながら、グラスにブランデーのナポレオンの瓶から琥珀色の液体を注ぐ。
「オヤジが教えてくれるんだろう?」
 エドワードは疑問系でホーエンハイムに問い掛けるように言う。意図を持ってホーエンハイムに微笑みかけると、ホーエンハイムの首に腕を回して引き寄せた。
 そっと触れるように、唇を合わせる。
 すぐに唇を離してエドワードがホーエンハイムの瞳を覗くと、眼鏡の奥の瞳は柔らかい光を湛えている。
 ニッと人の悪い悪戯を企む含んだ笑顔をエドワードは浮かべた。
・・・やっと気を逸らせたか。まぁ、この為に来たって言えばそうだけど。
 困ったような微笑みを浮かべたホーエンハイムの唇をエドワードはその輪郭をなぞるように舐める。
 舌先で撫でるように舐める。エドワードの舌先が唇から離れた時ホーエンハイムの口元から熱い吐息が漏れた。
 熱く濃厚な時間のはじまりの鐘が心の中で鳴り響いた。




----------------------------------------- つづく (20051011〜17作成)

「そうか?」
 エドワードの不機嫌そうな言葉を聞いて、ホーエンハイムは目尻に皺を寄せ微笑んだ。
 いつもでは無い姿によそよそしさを感じて疎外感を受けていると示しているエドワードの言葉と態度は、そもそもホーエンハイムに対して親しみを持っているという意味の裏返しに思える。
 言葉ではないが、エドワードからの好意をはっきりと表現されたみたいでホーエンハイムは嬉しくなった。
 俯いたエドワードの頬を優しく撫でる。
 ホーエンハイムの方からは俯いたエドワードの表情は見えない。
 だが、撫でる手を払う素振りは無かったので、エドワード自身撫でられる事に拒否感はないのだろう。
 慰撫するように撫でつづけると、ホーエンハイムの手のひらにエドワード自身も頬を摺り寄せる。
 エドワードの甘えた態度にホーエンハイムは落ち着かない気持ちになった。
 ふとホーエンハイムはエドワードが自室を訪問した理由を思い出す。
エドワードは眠れなくなったから来た、と言った。
「眠れない」という言葉は単に睡眠が足りてて眠ることが出来ないのではなく、眠ろうとしても眠りを妨げる考えが頭に浮かび、払拭出来ないと言うことだ。
 考えれば考えるほど憂鬱になって気持ちの滅入る推論。
 今学んでいる事の全てが実りの無い無意味な事だという結論になる事。
 愛する人を本当は失ってしまっているかもしれない可能性。
 道は半ばどころか始まったばかりだから、今のエドワードには何が有効か無効なのかすら手探り状態で判らない。
 五里霧中の中でエドワードは先に来るかも知れない否定的な結果に不安を覚えているのだ。
 何も知らない子供の時と違って、数々の成功と失敗を見て知って経験してきた。
 努力して方向さえ間違わなければ成功し夢見た事が現実に訪れると、今のエドワードは純粋に信じる事は出来ない。
 負の思考を追い払いたい、今の状況を助けて欲しいというサインをエドワードは出している。
 それは言外にホーエンハイムを誘っているのかも知れない。
 思った事を隠せないエドワード瞳を見つめたら、真実が判るのだろうが、何しろエドワードは不機嫌そうにして顔を伏せたままでホーエンハイムには断定出来なかった。
 ホーエンハイムはエドワードの下顎に指で触れて顔を上げる。
「あんたのそんな姿を見たのは初めてだし」
 ホーエンハイムの指に従ったエドワードは悔しいそうな表情をしながら、ホーエンハイムを見つめる。
「そうだった・・かな?・・葉巻は付き合いで嗜む程度。知っているってだけだから・・格別に好きって訳でもない」
 ホーエンハイムを見つめるエドワードの瞳が甘く潤む。
 エドワードの瞳に惹かれるように、ホーエンハイムは顔を近づけると、その唇を啄ばむようにくちづけた。
 触れて離れる唇。
 ホーエンハイムからは芳しい葉巻の香りだけではなくて嗅ぎなれないアルコールの香りが薫った。
 唇が離れるとエドワードは薄く瞳を開いた。
 ホーエンハイムの瞳を悩ましく見つめる。
 紅い舌がエドワードの口元からのぞきゆっくりと舐める。くちづけの感覚の残る自分の唇を舌先で確認した。
 そっと触れ合わせただけなのに、エドワードの瞳は甘さを高めて蜜を含ませたそれに変わっていた。
 吐き出す吐息も熱くなまめかしい。
 舌先が唇を潤すように唇の輪郭に沿って滑る。
 ホ―エンハイムは扇情的に動くエドワードの舌先に近づくと、自分の唇でエドワードの舌先に触れる。
 そして、柔らかく噛んだ。
 軽いくちづけを想像していたエドワードは、予期せぬホーエンハイムの行動に驚いて自分の舌を口腔へと仕舞いこんだ。
 エドワードの口の中で不思議な香りが薫る。眉間に皺を寄せて、顔を歪ませた。
 エドワードの舌先に残る香り。
 ホーエンハイムが好んで飲んでいるワインとは違う深みのアルコールの香り。
 柔らかい草の煙に交じってエドワードの口の中で響き渡る。
 香りの調和は取れているのかも知れないが、普段とは違うという違和感がやはり不快だった。
 エドワードは視線を机の上に彷徨わせて、灰皿を素通りし、液体の入ったグラスに注がれる。
「酒も、いつものワインじゃないんだ」
 ホーエンハイムはエドワードの視線を追い、グラスに止まる。そして、机の奥で本の影になって見えなくなっているところから瓶を出して、見えるように手前に出す。
「これの事か」
 もうひとつ瓶を出し、計二本の酒の瓶がエドワードの前に置かれた。その瓶はエドワードは見たことの無い酒瓶だった。薄暗いランプの光で照らされているため正確な色は判らないが、濃い色の瓶だった。
 ビールでもなくワインでもない、リキュールでもない。今まで身近では見たことのない瓶。
 エドワードの視線が瓶のラベルを捕らえる。瓶の上には歴史上の人物の名前が書かれていた。
「ナポレオン?」
 エドワードは瓶に書かれた文字を読み上げた。
「そうだ。ブランデーの一種だな。熟成年で呼び名が変わる」
 ホーエンハイムはエドワードにそう説明すると濡れた唇を指先でなぞる。
 愛撫するようなホーエンハイムの指の動きにエドワードの瞳がとろける。
 行為の予感にエドワードの全身が震え。
 そして先を促すような淫靡な色が宿った。
 瞬きもせずにホーエンハイムを見つめるエドワードの瞳をホーエンハイムは見つめ返し、こんなあわいもない刺激に反応するエドワードを微笑ましく思い、優しく笑った。
 ホーエンハイムの余裕の表情を見て、うっとりと緩ませたエドワードの表情が変わる。
 ムッとした不機嫌な表情になった。
 一旦快楽の波にさらわせてしまったら、エドワード自身が普段はプライドは許さなくてとても言えない事や恥ずかしくて出来ない事だって何だって出来る。
 だが、胸の中に期待と燻った情欲が点っていても、今のエドワードは半分は正気だ。
 エドワードはホーエンハイムに翻弄されていいように扱われている気になり、何となく面白くなくて、顔を背ける。
 そんなエドワードを見て、ホーエンハイムはおかしそうに笑った。
 ホーエンハイムはエドワードの目の前の酒を指差すと口を開く。
「こっちの酒は頂いたものだ。今味わっている葉巻も。試してからお礼をしようかと思って。ついでにこちらからも何か贈ろうと思ってたところだったんだ・・・英国から仏蘭西の酒を贈られるっていうのも妙な話だな。ウィンストンの送ってくれたのはグランシャンパーニュ地方のだから、同じナポレオンでも私はアルマニャックにしようかと思っているんだ・・彼は酒も葉巻も大好きだから・・・」
 ホーエンハイムは交友関係を交えて説明する。
「ふぅん」
 エドワードは険のある声で、興味なさそうに素っ気無く相槌を打った。
 エドワード自身の気持ちが乗っている時には身を入れて聞くが、今はむくれて聞く気にならない。
 ホーエンハイムに顔を背けたままだ。
 だが、激怒するほどではないことはホーエンハイムの膝の上に乗ったままなのを見ても判る。
 本気で怒ったらエドワードはホーエンハイムを殴りつけて部屋の外に飛び出すからだ。
 判り易すぎるエドワードの反応にホーエンハイムは少し困った顔をした。
 エドワードは一度機嫌を損ねてしまうとなかなか機嫌を直さない事を身をもって知っている。
 微妙に抉れた気持ちをどう直そうか・・ホーエンハイムは考えた。
「そして今飲んでいるのが、アルマニャックのナポレオン」
 ホーエンハイムがグラスを持ち上げようとすると、エドワードが横から奪った。
「こら・・勝手に横から・・」
 たしなめるように叱るホーエンハイムをエドワードは横目で見る。
 エドワードはホーエンハイムを挑戦的に見つめると、ニヤリと笑ってブランデーを一気にあおった。
 アルコールの高い液体がエドワードの咽喉を通り過ぎた。
 飲み込んだ瞬間にむせて咳き込む。
「うへっ・・・・・・何だこの味」
 咳き込みながら、目に涙を浮かべてエドワードは吐き捨てるように言った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー つづく (20051008〜11作成)

       *       *


 夜。
 自室を出てホーエンハイムの部屋に向おうとしていたエドワードは、廊下に出て違和感に気づいた。
・・・何だろう?この匂い?
 廊下にいつもは嗅いだ事のない香りがしているのだ。廊下が薄暗いせいもあるのか、視覚で情報が取れない分、他の感覚が鋭敏になる。
 ほんのり甘く香りの高い、草の焼ける匂い。
 一瞬、ホーエンハイムがキッチンで何かしているのかとエドワードは思ったが、その香りは料理などで使う香草の匂いとは違う。
 何よりその匂いはホーエンハイムの自室の方から漂ってくるのだ。
 新しい薬草でも手に入って、薫じているのかとも考えたが、何となく違う気がした。
 不思議に思いながら、興味に駆られて、エドワードはホーエンハイムの部屋のドアを開いた。
 勿論、ノックなどはしない。
 そしてそれはいつもの事だった。
 エドワードの自室に入る時のホーエンハイムは殆どの場合ノックをして、返事を待ってから入るのだが、エドワードはそんな気を回す事は一度も無かった。
 ドアを開けると、薄暗い部屋の中に小さなランプを灯して、ホーエンハイムは机の前の椅子に腰掛けていた。
 見慣れた背中。いつもの姿。
 部屋には廊下に漂っていた香りが充満していた。
「オヤジ・・何やってんだ?」
 前置きも無くエドワードは単刀直入に疑問を口にした。
 見慣れた背中がゆっくりと、エドワードの方を向く。穏やかで落ち着いた顔。
 遠い視線。
 深遠の底に意識があるのだろう。
 ホーエンハイムが深く考え事をしている特有の瞳でエドワードを振り返った。
・・・今は、なぁに考え込んでいるんだか。
 考え事をしているときのホーエンハイムは瞳に物を写しても、見ているようで見えていない。
 思索に深く潜っている時は物音がすると条件反射のように視線を向けるが、その実何も見ていない事をエドワードは経験上知っている。
 その事を知らなかった時のエドワードは、ホーエンハイムが自分をを故意に無視してないがしろにされたと思い激怒した。
 ホーエンハイムと暮らし始めた間もない、エドワードが元気になった頃の事だった。
 そんなエドワードを見てホーエンハイムは苦笑いをしながらエドワードに気がつかなかったと謝罪した。
 エドワード自身はどうにも納得がいかなくて、何度もホーエンハイムが思索していると思われる時に攻撃を加えた。
 エドワードの目の前で、ホーエンハイムはエドワードの攻撃を、表情ひとつも変えず眉毛ひとつも動かさずに防御してみせた。
 そうして漸くホーエンハイムが単にとぼけているのではなく、深く考え込むと周囲の事に本当に気づかなかったとエドワードは納得した。
 エドワードはその時、考え事をするホーエンハイムのあまりの集中力と不器用さに呆れるを通り越して感心したものだった。
 そしてその深い思索こそがホーエンハイムの能力の一部で、常人の辿り着けない所まで行き着けた才能だとエドワードには判った。
 そんな瞳のホーエンハイムに真面目に話し掛けても碌な返事はもらえるはずは無い。
 エドワードは待つことが大嫌いだったので、ホーエンハイムの考え事が学術的で結論まで長くかかる事でないことを祈る気持ちで、その姿を見つめる。
 エドワードの祈りが通じたのか、すぐにホーエンハイムの遠かった視線がエドワードに定まる。ホーエンハイムはエドワードの姿を認めると、「おや?」というような、不思議そうな表情を浮かべて、首を傾げた。
「・・エドワード・・寝てるんじゃなかったのか?」
 エドワードはすぐにホーエンハイムの心が現実に戻って来たことにホッとした。
「ちょっと・・思いついて、気になる事を調べていたんだ・・」
 言いながらエドワードはホーエンハイムの部屋に来た理由を思い出す。
 エドワードは夕食後に眠気に襲われて、何か話したさそうにしているホーエンハイムを無視して「早いけどもう寝る」と自室に篭った事も思い出した。
 眠いからとベッドに横になったエドワードは、まどろみの中でふと思いつきが頭を過ぎり、飛び起きて調べ物をはじめたのだった。
 エドワードの調べ物は上手く行かず、ホーエンハイムの書斎の本を思い返したが、該当する本は確かな無かったはずで、自分の調べたい事はこの家では判らないだろうと結論に至った。
 悶々として眠れなくなったエドワードは、いつもの癖で自然とホーエンハイムの部屋に向っていた。
 エドワードは自らを振り返り、我ながら勝手な事をしていると自覚した。
 熟睡しているだろうと思っていたホーエンハイムの不思議そうな顔に、エドワードはバツの悪い苦笑いを返した。
「そしたら眠れなくなって・・さ」
 エドワードは先を続けるかどうか迷って言葉を切った。
 眠れない夜、ホーエンハイムの自室を訪ねる理由はひとつ。
「あぁ」
 合点がいった表情をして、ホーエンハイムは穏やかに笑い、エドワードの方に手を伸ばす。傍においでのサインだ。
 エドワードは自分の身勝手な行動を恥じて少し俯きながら、ホーエンハイムの手に誘われるように近づいた。
 ホーエンハイムは傍らに立ったエドワードを躊躇した腕ごと自分の引き寄せて、自らの膝に乗せた。
 エドワードの小さな体をホーエンハイムの大きな胸で包み、そっと抱きしめる。
 エドワードは微妙な表情をしつつ戸惑っていたが、すぐに観念して胸にもたれかかった。
 いつもと違う香りがエドワードの鼻につく。
 ホーエンハイムのいつも使っている香水の香りに混ざった、他の香り。
 エドワードは違和感に顔を歪め、体を強張らせた。
 机の上を見ると煙を上らせる葉巻が灰皿に乗っていた。
 ホーエンハイムは葉巻を掴むと口に含み、少しして煙を吐き出す。
 ほんのり甘く芳醇な香り。草の燃える匂い。
・・・この匂いだったのか。
 エドワードはホーエンハイムの姿と立ち上る紫煙を驚いた表情で見つめた。
 初めて見るホーエンハイムの姿と、嗅いだことのない香りに、エドワードは落ち着かない気持ちになった。知らないホーエンハイムの香りにいつもの安心感ではなく、不快感を感じる。
「何か変な匂いだな」
 エドワードは思ったままを口にした。
「変・・か・・?」
 エドワードの言葉を聞いてホーエンハイムはおかしいそうに顔を崩し、含み笑いでエドワードの言葉を復唱した。
「何だか、あんたじゃないみたいだ」




ーーーーーーーーーーーーーーー つづく (20051003〜06作成)

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