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美味い料理を黙々と片付けていたエドワードは、ふと思いついて、フォークの手を止める。
「そう言えば、不思議に思ってたんだけど・・あんたがコッチの世界に飛ばされて、その後オレがコッチのエドワードの体に入った・・その時にあのエドワードは亡くなったのかも知れないけど・・その後にオレは肉体を伴ってコッチに来ただろう・・確かその間ってのは数年単位で時間がズレているよな・・何でなんだろう?行き来をする間に時間が経っちまうのか?」
心配そうな顔をしてエドワードはホーエンハイムに問い掛ける。
自分の元いた世界に戻るという目標のある今、その事は気になるし重用な事だ。
ホーエンハイムもエドワードの言葉を聞いて食事をしていた手を止め、少し考え込んだ。
そして、迷った表情をしながら、口を開いた。
「はっきりとした事は判らないが・・時間は意思の力で超えられるのかも知れない。お前が魂だけコッチに来た時は多分自分の肉体に惹かれて来たのだろう。私の場合は自分の肉体を求めるよりも他に強い渇望があったから、その存在を求めて見つける旅をしたのかも知れない」
「強い渇望って?」
エドワードはホーエンハイムの言葉の意味を図りかねて聞き返す。直後に閃きその事を口にした。
「もしかして・・・母さん?」
エドワードの問いかけにホーエンハイムから返答は無かったが、眼鏡の奥の瞳が温かい色を湛えている。
寂しげだけど、満足そうな矛盾する表情。
「オヤジこっちの母さんに逢えたんだ」
「あぁ・・・出会って少しして直ぐに病気で亡くなったが・・・こちらでは看取ってあげる事は出来たよ。・・こちら側の世界でもトリシャは病気で亡くなる運命だったようだ・・これは仮定だから確信はないが、お前が体を伴って落ちて来た時があちらの世界と正しく対応する世界だったら。もしかすると、同じ時期にトリシャは亡くなったという事になるな」
ホーエンハイムはそう言うと、遠くを仰ぎ見る。遥かはるか遠く。
「まぁ・・・私の場合、遥か過去の存在だから・・過去を遡るのは難しかったのかも知れないけど・・・」
「こっちの母さんと、やり直したかった?」
「いいや。この世界のトリシャは向こう側のトリシャとは違う。姿かたち、魂までも同じだが・・違う道を歩んだ違う人間だ。私のトリシャでは無かった。まるで双子の妹を見ているようだったよ」
独白するホーエンハイムは寂しそうだったが、同時に何もかも悟ったような、さっぱりした表情をしていた。
こちら側のトリシャに出会って、後悔や無念は心に押し寄せても、妻の死と存在の消滅を自覚したかのような印象をエドワードは受けた。
「こちらのエドワード君の話だと、父親は生まれてすぐに病気で亡くなったそうだ。母親のトリシャとずっと二人暮らしだと言っていたよ。だから、こちら側のアルフォンスはトリシャの子供としては生まれて来れずに・・多分違う場所にいるのだろう」
エドワードはホーエンハイムの言葉を聞いて、何処かで聞いた話だなと思う。
そして、こちらのエドワードの体に魂が入った時にした会話だと思い出した。
「お前は、こちら側のアルフォンスに逢いたいか?」
ホーエンハイムが問い掛けると、エドワードははじめから答えは決まっているように、すぐに首を横に振る。
「オレ?・・・いや、いい。オレは探そうとは思っていないさ・・・オヤジが今言ったじゃないか?こちら側の母さんは、自分の知っている母さんじゃ無かったって・・・同じ魂っていったって、それは違う人間だもんな。だから、オレは絶対に帰るんだって思ってその方法を探しているんじゃないか・・それにそんな風にこっちのアルを探すのって、身代わりを探すみたいで相手に悪いじゃないか」
「それはそうだな」
断言するエドワードにホーエンハイムは安心したような笑みを浮かべた。
「だが、近くにいると自分の感情というものは制御出来なくなるものでもある・・・私は身寄りの無くなったエドワード君を私も同じ家族を失った境遇である事を話して、一緒に暮らす事にした。エドワード君は親類でもない私に母親の治療をしてもらった事すら恐縮していたのに、一緒に暮らす事には遠慮があって抵抗感があったみたいだった・・・一緒に暮らしていた間、私はエドワード君にお前の変わりとして接していた気がするよ。お互い身寄りが無いから、私の事を父親として接してくれるようにエドワード君には頼んだけれど・・エドワード君は最後まで私のことを親切な小父さんだと思っていたようだったな」
作り物の家族でも傍にいるとその存在を求めてしまうものなのか・・エドワードは今まで考えてもみなかった可能性に深く考えさせられる。
「私はトリシャの残した子供と離れたくなかったんだ。身代わりだと判っていても。半ば強引に説得して・・・仕事の都合でロンドンに連れて行ったんだが・・・そのせいでエドワード君が死ぬことになってしまった・・・な・・」
ため息をつきつつホーエンハイムは言葉を区切った。
「沢山の人々の生きていく姿や死んでいく姿を見てきた・・・病を克服して死から逃れ、長く生きていく事を求めたけれど、それが本当に良い事なのか・・私には判らない。生まれるのが自然なら、死も必然で自然な事だ。それに、いつか終れるという事は哀しみも永遠には続かないという事だ。今の私にはそれすら救いに思えてくる」
ホーエンハイムの静かな声はまるで遺言のようにも聴こえる。
エドワードはホーエンハイムの言葉を聞きながら、胸の内にふつふつと怒りに似た不快な感情が湧いて来るのを感じた。
「あんたのそれって、年寄りの戯言?」
「おいおい・・エドワード・・」
ホーエンハイムはエドワードのあんまりの言い方に苦笑する。
でもエドワードの瞳は真剣そのもので、言葉では茶化しているものの実はそうではない。
エドワードの瞳には怒りに似た光が点り、手にしたフォークをギュっと握り締める。
しばらくエドワードはホーエンハイムを睨みつけていたが、自ら視線を外すと目を伏せて、大きく重いため息をついた。
「あのさ・・オレが・・もしも・・もしもだけど、元いた世界に戻れなかったら・・・コッチであんたの面倒を見てやってもいいぜ・・・まぁ、そんな事にはならないと思うけど。きっと・・絶対に・・オレは帰るんだから・・あ・・でも帰る方法が見つかったら、あんたと一緒に帰るって事も出来るかも知れないぜ・・・なっ・・そしたら、年取って足腰立たなくなった、あんたの面倒見てやるぜ」
エドワードはそう言うと、顔を上げてニヤリと笑った。
「アルだって賛成すると思うし・・・『老いては子に従え』だぜ・・・ったく。そんな暗い事ばっか考えんなよ。オヤジ・・ストレスで頭ハゲるぜ」
「・・そう・・だな・・」
ホーエンハイムはエドワードの言葉を聞き、顔を歪ませた。あんまりな言い様だが、エドワードがホーエンハイムを思っている事が伝わる。眼鏡の奥の瞳がじんわりと潤んできた。
ホーエンハイムは何回かゆっくりと瞬きをして、先ほどまでの暗い表情を取り去る。
そして、うって変わった明るい笑顔でエドワードに言い放った。
「・・でもな、エドワード・・お前が私の面倒を見るって言うなら・・その前に私を養えるくらい稼ぐようにならないといけないな」
収入はゼロに等しく、ホーエンハイムに面倒を見てもらっているエドワードには痛い一言だった。
ぐうの音も出ないエドワードと朗らかに笑うホーエンハイムの間で、万聖節の夜は深けていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 了 (20051030〜31作成)
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