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あれから少しほんの少しだけエドワードの心が変わった。
いつも胸の中が温かく満ち足りている。
目の前が一段階明るく感じ、何に対しても活力が湧いてくるのだ。
小難しい読むのに時間のかかる本もストレスをあまり感じずに読める。
読書ひとつ取ってもいつもと違う。
一人でいてもエドワードはホーエンハイムを感じていた。
それは最愛にして弟のアルフォンスに対する思いとはちょっと違う。
アルフォンスとはいつも一緒でそれが普通で、お互いにお互いの長所も欠点も判っている事が当たり前だった。
引き裂かれてしまった後、翼を持つ鳥が片羽根をもがれたような痛みと喪失感を常に抱いていた。
だけどホーエンハイムとの関係は違う。
一人の人間として再会し、その存在を知っていった。
少しずつ歩み寄り、絆が深まっていった。この世界で一番大切だと告白されて、色々な思いで揺れるエドワードの心が少ししっかりした気がする。
心の隅にその存在を感じている。
何でだか判らないけど。
気がつくと傍にいたくて、会いたくなって、一緒にいると少し照れくさくて、だけど嬉しい。
だからといってホーエンハイムの部屋にエドワードが入り浸っているという訳ではない。
エドワードは科学の勉強に以前より精力的に取り組むようになった。
ホーエンハイムもアパートにいる時間の定まらない変わらない生活だ。
一緒に過ごす時間の長さは変わらない。
だが、エドワードは二人で過ごす時間の密度が濃くなっているように感じていた。
そしてその時間が次に一人で過ごす時間を豊かにしてくれているのだ。
今日はエドワードは朝から自室に篭り、苦手な分野の本を読んでいた。
ホーエンハイムも自室でまとめたい事があるからと自室に篭っている。朝食の席で会ってからは会っていない。
多分昼食の時間には声をかけられるだろうが・・
しばらくして、玄関口でドアを叩く音がした。
来客は殆どホーエンハイムに関する事が多く、ホーエンハイムが在宅中は部屋が玄関の近くに位置する事もありホーエンハイムが出る事が多い。
エドワードは本を読みながら、『オヤジに来客か郵便かな』と想像した。
玄関ドアの開く音がして。しばらく人の話し声がする。
その後、玄関のドアが閉まり、人の気配が無くなったと思ったら、少しして玄関のドアが開く。
廊下を歩く音がしたと思ったらエドワードの部屋の前で止まり、自室のドアをノックされた。
「ちょっと良いか?エドワード。お前に届け物だ」
「えっ・・オレ?」
ホーエンハイムの声がして、エドワードは不思議そうに返事をした。
慌ててエドワードが自室のドアを開けると、ホーエンハイムは困った顔をして手にしている手紙を見つめている。
ホーエンハイムは戸惑った動作でエドワードに手紙を渡す。
エドワードは差出人を見て首を傾げる。知らない名前だった。
だが『クヴァント』という名前に聞き覚えがある。
「もしかして・・・この前の」
「あぁ・・あの時お前を怒らせた青年のようだな。お詫びの印として贈り物を持って来たようだ」
「何?」
「まぁ・・見れば判る」
ホーエンハイムは口を濁し、エドワードに自分の後について来るように促した。
二人の住んでいる部屋を出て階段を下り、外に出る。
アパートの建物の前には新品の車が置かれていた。
重厚で頑丈な作り。外装はぴかぴかで、機動性も良さそうだ。エドワード自身、車大好きという訳ではないが、『いいじゃん。コレ』と感じる車だった。
ホーエンハイムは車のドアの部分に手を触れると、後ろを振り返りエドワードに向かって口を開いた。
「これが、お前に対するお詫びの印だという事だ」
エドワードは目を丸くした。車に駆け寄り、隅々を舐めまわすように、じっくりと観察する。
「スッゲー!本当にあいつの家は大金持ちだったんだな」
「あの一族は自動車に携わる仕事をしているんだ」
「あぁ・・ナルホドそれでね」
エドワードは機嫌が良くなり笑顔が零れる。『コレに免じて、こんど会った時にボコにするのは止めておこう』と思う。
「じゃあ。遠慮はいらないよな」
エドワードは荒々しく飛び乗るように助手席に座ると、期待に満ち溢れた視線でホーエンハイムを見つめた。
エドワードの求めている事が推測できなくて、ホーエンハイムが不思議そうな顔をすると、エドワードは残念そうな顔になる。
「オヤジが運転を教えてくれるんじゃないのか?・・あ・・もしかして、運転出来ないのか?」
「出来る事は出来るが・・」
ホーエンハイムが肯定的な言葉を言うとエドワードの瞳が輝き出す。
待ったの効かないエドワードの性格は重々承知していたが、念のためにとホーエンハイムは確認する。
「もしかして・・今か?」
「そうそう。丁度天気もいいしさっ」
機嫌よくエドワードは返答し、思いついたように声を上げた。
「あっ!・・ちょっと待った!」
慌てて助手席から降りると、車のドアにもたれて、エドワードは言葉を続ける。
「いつもの店で食い物と飲み物、買ってくるからさ。サンドイッチか何かだったら品切れって事無いだろうし・・オヤジは何かリクエストある?」
エドワードの思いつきは車の運転を教えてもらいつつドライブする事に変化したようだった。
キラキラと瞳が輝き、ウキウキした気持ちが零れだしている。
エドワードの楽しそうな姿を見ているだけでホーエンハイムも何だか嬉しく楽しくなる。
「いや・・適当に見繕ってくれたらいいから」
「そ?・・じゃ、すぐ行ってくるからさ。オヤジはオレが帰ってきたら・・すぐに車出せるようにしてくれよな」
エドワードは言いながら駆け出す。
「やれやれ・・慌しい事だ」
ホーエンハイムは苦笑しながら、車の点検をする。ホーエンハイムは困った顔をしながらも、エドワードと行くドライブが楽しい時間になる事を確信していた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー おわり (20051129作成)
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