料理

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 居間のテーブルに並べられたのは、肉の団子の入った煮込み料理。数種類のパンだった。
 慣れない事をしている自覚から照れくさくて、エドワードは用意している間、ホーエンハイムの顔を見る事が出来なかった。
 エドワードの作った料理の前でホーエンハイムは顔を輝かせる。
「これは美味しそうだ」
 嬉しそうにホーエンハイムが言うとエドワードは視線を逸らして、ぽつりと呟く。
「ほんっとーに簡単なもんだけど・・さ」
 スープ皿からはお腹を直撃する良い匂いが漂ってきていた。
 ホーエンハイムは忙しさで感じなかった空腹を感じる。
「家に帰ってきたら料理が用意されているというのは良いものだな」
 笑顔のまま懐かしい風景を思い出すように、しみじみとホーエンハイムが呟いた。
 ホーエンハイムは食事を準備してくれたテーブル前の椅子に座り、言葉をかけようとするとその様子が判っているのかいないのか、ホーエンハイムの顔を見ようともしないエドワードはそそくさとその場を離れた。
「あ・・オレ。オレの分持って来るから」
「お前も、まだ食べていなかったのか」
「うん。そう」
「遅くなって済まなかった・・もっと早くに帰って来れればお前を待たせる事はなかったのだけど・・」
 ホーエンハイムの言葉の途中でエドワードは声を上げる。口早に言い放った。
「そんな事、いいって・・あんたは、気にすんな!」
 簡単に言うとエドワードはキッチンへと逃げるように飛び出した。
 キッチンで自分の食事を用意するエドワードはホーエンハイムに聞こえないように「良いものだな・・か」とホーエンハイムの言葉を口の中で繰り返す。
「そうだろ。やっぱ。買ってきたもんばっかじゃなくて、作ったものの方がいいんだよ。何であいつは外で買ってきたものばっかなんだろうな?」
 嫌味ではなく純粋にエドワードは不思議に思った。


 二人でテーブルにつき、遅い夕食を取る。
 いつもは賑やかな食卓が今日は静かだった。
 ひとりでまくし立てるように喋るエドワード静かだからだ。
 エドワードは自分の作った肉団子を一口食べるなり、表情を曇らせる。
・・・不味い。どうしてこうなったんだ?
 レシピは食堂の人に教えてもらった通りにしたはずだった。だが、出来上がったものは全く違う。
 スープの味見はしたものの、他には気持ちが向かなかった。
 何と言っても殆ど左手だけでの料理だ。右手の機械鎧が不調で思いもかけない所で手間取って細かい所まで気が回らなかった。
 ホーエンハイムはエドワードが遅くまで食事をせずに待っていたと考えたが、実は作業が進まず遅くまで料理に時間がかかってしまったというのが真実だった。
 ホーエンハイムが帰って来た時に、待っていた振りをしたが、本当は出来上がったばかりだったのだった。
 エドワードは失敗したと思い、困ったように眉間にしわを寄せる。
 ホーエンハイムの様子をうかがうようにチラリと見た。
 ホーエンハイムは笑顔のまま食事を続けている。
 エドワードの視線に気がつくと、「どうしたんだ?」と声をかけた。
「あの・・さ・・これ・・ちょっと不味くないか?」
 エドワードがおずおずと言うと、ホーエンハイムは軽く首を傾げて、口を開いた。
「そんな事はないよ・・上手く出来ているんじゃないか?」
 エドワードは『こいつ、もしかして味音痴か?』と美味しそうに食事を進めるホーエンハイムの事を疑ったが口には出さずに答える。
「まぁ、まぁだけど・・さ。オレはもうちょっと肉の・・何て言うか・・雑味が気になる感じなんだ。そんな事ないか?」
「あぁ・・・まぁ・・そうだな」
 気になる事をホーエンハイムに肯定されて、エドワードはやっぱり判ってて知らん振りされたのかと、ため息をついた。
「どうすればいいんだと思う?あんた判る?」
 失敗は失敗だと腹を括ってエドワードは素直に尋ねる。理由の判る失敗だったり、自信のある事で他愛の無い落ち度だと恥ずかしさを知られないように奔走したり、逆ギレする事もあるが、料理に対しては不得意の自覚がある。
 失敗の原因すら想像出来なかったエドワードは素直にならざるを得なかった。
 ホーエンハイムはもう一度肉団子を口に含んで、味わうように咀嚼して飲み込む。
 その様子をエドワードはジッと見つめていた。
 ホーエンハイムは「多分・・これは・・」と考える表情をしながら言葉を紡ぐ。
「ひき肉に下味をつけた後、馴染ませずに鍋に入れただろう。香草も入ってはいるが、混ざっていないな。もっと練りこんた方がいい」
「うん」
「あと・・アクの取り方ももっと丁寧にするともっと美味しくなるよ」
「そっか、そうなんだ」
「それから、周囲を焼いて焦げ目をつけてから煮たら、肉の焼けた芳ばしい香りがついて美味しくなる。でも、私はこれでも充分美味しいと思うけどな」
「誉めてくれるのは嬉しいけど・・さ・・」
 細かい説明を聞きながら素直に頷いていたエドワードは、ホーエンハイムに誉められた途端複雑な表情を浮かべた。
「あのさ・・ちょっと聞きたいんだけど。あんた料理するの嫌いな訳?」
「どうして、そんな事を急に言い出すんだ?」
 エドワードの問いにホーエンハイムは不思議そうに聞き返す。
 エドワードはホーエンハイムの何気ない質問返しについ答えそうになって、ふと思いとどまる。 今質問しているのはエドワード自身だ。はぐらかされた気持ちになって、エドワードはムッとした。
「質問しているのは、こっちの方なんだけど」
 エドワードの声が氷点下になる。
 そんなエドワードの様子を見て、ホーエンハイムは不思議そうに顔を傾げると、思いついたように口を開いた。
「あぁ。スマナイ・・・お前が聞いていたのは、私が料理が嫌いかだったか、どうかだったな?」
「そうそう・・それで」
 エドワードは緊張感の無いホーつい険のある口調になる。
「意識した事無かったな」
 ホーエンハイムの答えにエドワードはガックリと肩を落とした。
「作ってんの見た事ないし・・いっつも店で買うか、外で食べるかだし、そうかと思ってたんだけど」
 一番驚いたのはエドワードは具合が悪く臥せっていた時のスープですら、店で買ってきていたという話しを聞いていたからだ。
 エドワードの言葉にホーエンハイムは「あぁ」と思いついたように言う。
「店はどこにでもあるし、料理の専門の人がいるのだからいいんじゃないのか。その方が美味しく出来ている訳だし」
 当たり前の事だと言わんばかりのホーエンハイムの返答にエドワードはカチンと来る。
・・・何でこいつは自分で作るという選択肢が無いんだ。
「母さんと暮らしていた時だって。あんた見てただけだろう?」
「そんな事はない・・ちゃんと手伝ったさ」
「手伝う?」
「そうそう・・」
「あんたさ自分で作ろうと思わないのか?」
「いや・・でも、あの味はトリシャでなくては出せないものだし。体調が悪い時は、トリシャの言った通りに作りもしたさ。食べる前に味は調えてもらったが」
 何処までも平行線の会話にエドワードは脱力した。
 料理を作ろうという気持ちがカケラしか無いと判ったからだ。
「もういいから・・お代わりする?」
 エドワードは自分から会話を打ち切り、ホーエンハイムのスープ皿に中身が残っていない事を確認すると声をかける。
「もう少しもらおうかな・・胡椒も一緒に持ってきてくれたら嬉しいな」
「白胡椒?」
「そうそう」
 ホーエンハイムに笑顔でキッチンに送り出されて、エドワードはキッチンで大きなため息をついた。
「あいつ作りもしない癖に、口と知識は確かなんだよな」
 鍋からスープをよそうと、お玉を握る手に力をこめる。闘志を燃やした。
「このまんまじゃ、気が治まらねぇ・・・オヤジが唸るくらい美味いもん作ってやるんだからな!」
 この日からエドワードの料理に対する挑戦が始ったのだった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 終わり (20060530作成)

 ホーエンハイムは夜遅くに帰ってきた。
 人気の無い煉瓦敷きの道を、ホーエンハイムは大きな袋を抱えて歩く。
 一緒に遠出した人物とは車を持っており一日心当たりの場所を同行したのだが、住んでいるアパートから少し離れた所で車を降り、別れた。
 住んでいるアパートの見える場所につくと、ずり落ちそうな大きな袋を抱え上げ、顔を上げる。
 消えて真っ暗だと思っていた、アパートの居間の窓には電気がついていた。
 ホーエンハイムは常にない光景に不思議に思い首を傾げる。
 いつものエドワードであれば、既に寝ている時間。でもエドワードが自室で本を読んでいるなどして起きている事は度々ある。エドワードの部屋であればホーエンハイムは不思議には思わないだろう。
 いつもはついていない居間が明るいから不思議に思うのだ。
・・・居間でうたた寝でもしているのか?
 そう想像して、ホーエンハイムは足早にアパートへ急いだ。

       *         *

 ホーエンハイムがアパートへの部屋に入り居間に直行すると、エドワードが居間の隣の台所から顔を出した。
「おかえり」
 エドワードが笑顔で迎える。ホーエンハイムは想像と違った現実に一瞬唖然としたが、直ぐに笑顔を浮かべる。
「あぁ・・ただいま」
 迎えてくれる家族の居る事を実感して、ホーエンハイムの頬が緩む。
 笑顔を浮かべるホーエンハイムの前でエドワードは緊張した表情を浮かべると、目を逸らし、俯いた。
「飯。まだなんだろう?オレの晩御飯のついでにあんたの分も作ったから、食べてくれないかな?」
「お前が作ったのか?」
「何だよ。なんか文句でもあんのか!」
 ホーエンハイムが驚いた声を上げた事がエドワードには咎めているようにでも聞こえたのか、怒気を露わに強い口調で言い返す。
「いや・・そんな事はないが・・夜遅くまで待っていてくれたのか。ありがとう」
 ホーエンハイムが素直な気持ちを言葉にすると、エドワードは小さな声で「ならいいけど」と返答する。
「飯。すぐ持ってくるからさ・・ちょっと待ってろよ」
 エドワードの頬は赤く染まり、視線は外したまま、言い放つ。そして、台所へ消えた。
まるで恥ずかしがっているようにも見える表情。
 実はエドワード自身らしくない事をしている事に自覚があり、ホーエンハイムがどんな反応を返したとしても、羞恥のあまり怒ったような口調になったのであろうが、一緒に暮らして間もないホーエンハイムにはまだその事は判らなかった。
 ホーエンハイムはエドワードのその表情をどう判断してよいか判らず。困った顔をした。
 そして腕に抱えた大きな袋の存在を思い出し、自分の部屋に荷物を運んでから居間に戻る事にした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー つづく (20060523作成)

        *      *


 エドワードはキッチンにある、ストッカーの中の食材を確認してため息をついた。
 ストッカーにはエドワードが補充した缶詰や瓶詰めが並んでいる。一週間前にほんの少し増えたが、その後はサッパリだった。
 社会情勢が悪い事を知っているエドワードは、何かが起こって食料の供給が滞った時のために食料の備蓄が欲しいと常々考えていた。
 旅をしている時なら、持ち運べる僅かな食料しか持てないが、今は定住しているのだ。
 一時期の事になるのかも知れないが、予想に反して長くなる事も考えられる。
「あいつ・・先週あんだけもっと補充しとけって言ったのに。全然判ってないぜ」
 荒々しくストッカーの扉を閉める。
・・・あいつは今でも旅をしている感覚なんだろうか?
 エドワードはホーエンハイムにしつこく訴えた事を思い出して、肩を落した。
 旅の生活が長いエドワードにとって、何かあったら直ぐに動けるよう出来るのならば、それに越した事はない。
 だがエドワードには身動きが取れない事情があった。元いた世界から持って来た今のエドワードは機械鎧の調子悪く、日に日に動作範囲が狭まっているのだ。
 ホーエンハイムは今まで直ぐに手に入る材料や工具で整備をしてくれていたが、それも焼け石に水。
 早晩に機械鎧が動かなくなってもおかしくない状況だ。
 毎日ホーエンハイムはエドワードの機械鎧の整備や調整に頭を悩ませていた。
 だから、エドワード自身この場所を動く事が出来ない。
 今はこの場を動く事が出来ない事を充分に自覚しているから、なおさら色んな意味で慎重にならざるを得ない。
 成長期のエドワードにとって食事は重要な事だった。
 頼りになるのは左手だけの状況では一度に買ってこれる食材はたかが知れている。
 だから、エドワードはホーエンハイムに頼んだというのに、ホーエンハイムは言われた翌日は気にしたがその後は気にする様子は無かった。
 市場で見つけた瑞々しい果物など、その日のうちに食べそうな物はお土産に買っていたが先の食事を考えている様子はではなかった。
 実際ホーエンハイムはエドワードの機械鎧の事で頭を悩ませている状態で、それが最重要項目だったから今現在は困っていない食事の事まで気が回らないのは仕方ない。
 でも、自分が重要だと思っている事は相手にも重要であって欲しいと思うエドワードには、そんな風に気は回らないのだった。
「あいつは全然自分から料理なんかしようって気ないゼ。一応ここの戦争は終ったとは言え、こんな不安定な社会事情じゃ、いつ何があってもおかしくないってのに。食料の確保しなくて心配じゃないのかよ・・ったく。」
 そこまで悪態をついて、エドワードはホーエンハイムの部屋に自分用の酒を持っていることを思い出した。
 年代モノのもらい物とかいう高価な酒がゴロゴロしている。
「あぁ・・あいつは酒はあればいいのかな・・酒なんて何処がいいのか・・・飲んで飲めない事無いけどあんま、美味しいと思わねぇし・・・オレはそんなんだけじゃ全然足りないけどな」
 エドワードが錬金術の使えない世界に落ちてきて、ホーエンハイムと暮らし始めてから、しばらく経つ。
 先日ホーエンハイムとした会話をエドワードは思い出していた。
 エドワードが料理をして夕食をした時だ。
 食事と言えばホーエンハイムが店から調理済みのその時食べるための食料を買ってくるか、エドワードを外食に連れ出すのが常だった。
 そして、ホーエンハイムが外出で遅くなる時はエドワードに食事に使う充分なお金を置いておく。
 後ろを振り返りキッチンのテーブルの上を見ると封筒がある。
 封筒には見慣れたホーエンハイムの文字。中には食事に使うお金が入っているのだろう。
 今日は朝からホーエンハイムは遠出していた。
 帰って来るのも遅くなるであろう事が判っていた。
 ホーエンハイムの外出の理由は機械鎧に使えるパーツを探し。
 今まで探していた所だけでは材料が揃わないと、他の場所に足を伸ばす予定だった。
 遅くなっても今日中には帰ってくるからと言い残したホーエンハイムだったから、遠出とは言えいつも歩いている場所のほんの先であるのだろうが・・
 そして遅くに帰ってきた時にホーエンハイムが食事を取らない事もエドワードには判っていた。
以前遅くに帰って来たホーエンハイムに外で食べてきたかと聞いたら「違う」と返事が返ってきて、それなら他の理由があるのかと思い、理由を聞いた時に返ってきた返事はたった一言「もう夜遅いし、面倒だからな」だった。
 気になってエドワードは簡単な料理を作りホーエンハイムに持っていった。
 いつものようにノックもせずにホーエンハイムの部屋に入る。
 腹が減って眠れなくなっているんじゃないかという、心配をよそにホーエンハイムは自室でノンビリと酒を飲んでいた。
 琥珀色の液体が揺れるグラスを嬉しそうに眺め、香りを嗅ぐ。
 ゆっくりと口に含んでから、時間を置いて嚥下する。
 味わい余韻を楽しむように飲んでいた。
 その姿を見てエドワードは、酒が食事の代わりになるのかと思ったのだった。
・・・今日も酒だけで済ますつもりかな?
 そう考えたエドワードだったが、自分の為にホーエンハイムを遅くまで外出させているというのは何だか悪くて、エドワードは今ある材料で出来る料理を作り始めていた。
・・・別にあいつに優しくしようとかそんなんじゃないんだぜ。オレのために遅くまで機械鎧の修理の材料を探しに行ってくれたオヤジだから。報酬の代わりみたいなもんだ。それに、これはオレの晩御飯でもある訳だし・・
 自分で自分に言い訳をしつつ、エドワードは器用な左手と動きの悪い右手で食材と格闘と始めたのだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー   つづく (20060516作成)

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