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そう遅くない夜。夕食後。
ホーエンハイムはエドワードを前に難しい顔をしていた。
戸惑うような表情で時々口を開きかけ閉じる。
・・言葉をはばかるような事を言おうとしているのか?
・・・どうせロクでもないくだらない事に決まっている。
エドワードはホーエンハイムの残した手紙のことが忘れられなくて、気になって悶々と考えた挙句、最近何か膝を突き合わせて話し合わなくてはならない深刻な話は無いという答えに辿りついた。
目標に向ってまっしぐら、細かい物事に拘らないエドワードとは逆でホーエンハイムは細かいところまで気持ちが行き届き目が行く。
そんなところは弟アルフォンスにも似ている気がしていた。
リゼンブールで生活している間、アルフォン素の取り越し苦労に度々付き合わされエドワードはその時々に衝突したものたが、ホーエンハイムの心配症はアルフォンスの上を行っている。
・・・ったく、面倒くさいオヤジだぜ。
エドワードはそう思ったが、口に出さずにホーエンハイムを見つめる。不用意な発言でホーエンハイムがエドワードを怒らせる事は多いが、エドワードの不用意な発言はホーエンハイムを落ち込ませる事も多い。
ちょっとした嫌味ひとつで自分の存在までも問われたりして。発言したエドワード自身も驚くほどダメージを与えてしまう事も多い。
そして落ち込んでいるのを見かねて、本意ではないがエドワードから元気付ける事も多いのだ。
過去の自分の行動を後悔して反省しているホーエンハイムにしてみれば、気持ちを直ぐに切り替える事は無理なのは仕方無いのかもしれないが、エドワードにとっては鬱陶しい事この上ない。
エドワードは必要以上に怒らないように、ホーエンハイムの真意を探ろうとする。
エドワードにとって待つ時間は普通の人よりも遥かに忍耐と我慢が必要になる。エドワードはホーエンハイムが言葉を紡ぎ出す前に苛々を募らせた。
「あの・・な・・エドワード」
「何?」
待っているのにいい加減痺れが切れてきた。エドワードは変な事言いやがったら、只では済まないからな・・という思いを込めて、つっけんどんに答える。
ホーエンハイムは意を決した表情をして、エドワードを真っ直ぐに見つめると口を開いた。
「これだけは言っておくが・・・俺はお前との関係に金銭を絡めるつもりは、カケラも無いんだからな」
ホーエンハイムの言葉はエドワードの耳を上滑りする。一瞬何を言われているのか理解出来なかった。
「はぁ?」
頭の中で反芻して、ホーエンハイムの言いたい事を理解すると、今度は一瞬で頭に血が上る。
確かにエドワードはホーエンハイムと関係を持っているが、それは特別な状況と気持ちからだ。エドワード自身その気持ちが何なのか、愛なのか恋なのか・・・はっきりとは判断出来ないが、真剣な気持ちからであって、簡単な気持ちではないのは確かだ。まして、金銭のことと関係するなど考えたことも無い。
「何、あんた訳判んない事言ってんだ。あんまり変な事言うと怒るぞ!」
怒気を含んだ声を聞いて、ホーエンハイムは眉を悲しげに潜めた。
「・・もう・・怒っているじゃないか」
ホーエンハイムは恨めしそうに気弱な情けない表情をしてエドワードを見る。
「あんたが変な事言うから怒るだけだぜ。何でそんな事思ったんだ」
問いただすように、詰問するようなエドワードを見て、ホーエンハイムは安堵するような表情をする。少し俯くと、小さなため息をついた。
「俺の・・思い違いだったのか・・」
「あのさ・・オレそんな風に聞こえる言葉を言った?どうして、そんな事を考えていると思ったんだ」
「昨日・・」
「昨日?」
「夜。お前・・怒ったじゃないか。こずかいの話しをした時に・・」
「・・・あぁ。その事・・」
エドワードは昨日の腹いせが誤解を生み、ホーエンハイムを悩ませていた事にようやっと気づいた。
「あんた。昨日の事、気にしていたのか。それでね・・そっか・・そうなのか・・」
変な方向に勘違いされるのは不快だが、エドワードの言葉や行動を重く受け止めていた事実は嬉しい。温かいモノが胸の中から湧き上がって来る。エドワードの口元は自然と緩んでいた。
「何で笑うんだ?」
「おかしいからさ。あのさ。昨日オレが怒ったのって、あんたが思っている理由じゃないんだ」
「じゃあ・・どうして怒ったんだ」
ホーエンハイムはそんなエドワードを見て不思議そうに問う。
「もしかして・・気がつかないうちに、お前の気に障ることをしたのかな・・だったら済まなかった」
訳も判らないのに謝罪するホーエンハイムにお灸が効きすぎたかと、エドワードは反省する。誠意には誠意で返す。それがエドワードだ。
恥ずかしいので本当は言いたくないのだが、エドワードを大切に思って真剣に悩むホーエンハイムに昨日怒った訳を話してもいいかなという気持ちになる。エドワードは真っ直ぐに見つめるホーエンハイムから視線を外した。
「ったく。訳判んないのに謝んなよ。あんた。腰低すぎだぜ・・・あのさ昨日の事はさ・・ホントは言いにくいんけど・・オレまだ足りなくて・・まだしたいなって思っていたんだ・・・はっきり言わないオレも悪いのかも知れないけど・・だけどあんたも話しを始めたら夢中になってオレが良いっていうのにどうしても話を続けようとするしさ。オレの気持ち判ってくれないから怒ったんだ・・それって、オレの我ままだって判っているけどさ・・」
「エドワード・・」
エドワードの目の端でホーエンハイムの顔から暗さが消し去るのが見える。
ホーエンハイムは椅子から立ち上がると、エドワードの傍に近づき、穏やかな声で耳元に囁いた。
「今はどうなんだ?」
エドワードは頬が赤くなるのを感じていた。
「今って」
ホーエンハイムが何を言っているのか判っていたが、とぼけて問い返す。
「まだ、間に合うのか・・お前の気持ちに・・」
ホーエンハイムの言葉の温度が上がっている。エドワードの耳をくすぐる声はそれだけでエドワードの熱も上げて行く。
「それは、これからの・・あんた次第だな」
エドワードは伏せ気味の顔を上げ、強気の言葉を投げつける。
ホーエンハイムの瞳とエドワードの瞳が絡みつく。
情熱的な唇がエドワードを奪って行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー おわり (20060621作成)
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